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中庭へと足を運んだものの、ローレンは困惑していた。
新しい魔法を作るといっても、どうすればいい?
ヒントは一切与えらえず、だからこそ自主的に取り組む必要がある。そういった趣旨の授業なのだろうと察してはいたが、かといってどうすれば良いのか。何かアイデアが沸いてくるわけでもない。各々で考え取り組むべき課題であることは理解していたものの、実際どのようにすればいいのか皆目見当がつかない。
ローレンは盗み見るように隣をチラリと一瞥した。先ほど友情を結んだ級友は悩まし気に手を口に当て、熟考しているように見えた。
「魔法を新たに作るって言っても、どうしろって話だよな」
ローレンは親しみを込め、微笑みながら話しかけた。
しかし「そうかな?」という返事を耳にするとローレンは笑みを凍らせた。
「お前、できるのか!?」
「新しい魔法を作るって話? どうだろうね」
ラングは笑って答え、その笑みに偽りは感じられない。
それを嘘くさいなとローレンは思いつつ、苛つきを隠すように目を逸らした。
「そもそも魔法って、どのようなものだと思う?」
不意な質問にローレンは振り返った。
ラングの顔に厭らしさはなく、ただ返答に期待しているように見えた。
「魔法……かぁ。まあ不思議な存在だよな。そんなの、フィクションとかファンタジーの中にしか存在しないと思ってたし」
「そうかな?」
「は?」
思いがけない反応にローレンは驚きを隠さず、反論するように口を開いた。
「そうかなって、お前も元々は俺と同じ世界に居たんだよな?」
「そうだよ」
「だったら! 魔法なんて存在していなかっただろ!? なのに、なんで”そうかな”なんて思うんだよ!?」
ラングは下を向いた。倣うようにローレンも視点を下げてみたものの目に入るのは不揃いな石が転がる黄土色の地面ばかりで、気づけば芝生からは離れていた。ローレンはラングを見つめた。しかし彼がなにを見つめようとしているのかは分からない。
「ひとつ、なにか魔法を見せてもらってもいいかな?」
声をかけられ、ローレンはハッとした。ラングが隣を向くと目が合い、「……いいよ」とローレンは掠れた声を出した。呟くように詠唱すると掌に火の玉がぼぅと現れ、ラングは食い入るようにその火球を見つめた。
「見事な魔法だ」
意外な誉め言葉に不意を突かれながらも悪い気分ではない。照れ笑いを浮かべながら「……それはどうも」と答え、火球をほんの僅か大きくした。
「確かに前の世界では魔法といったものは存在していなかった。このように具現化するのも不可能だったかもしれない。でも」
彼は「炎」と呟いた。その声には暖かみを感じる抑揚があった。しかしそれは声ではなく、確かに「ほのお」だった。彼は言葉を発したのではなく、言葉を存在させていた。
するとラングの目の前に炎が現れた。それは空中で静止しているようで位置を変えず、空中で焚火のように焔の尻尾が揺らめいてた。
その炎の形はローレンにとって、魔法の炎としてはこれまで目にしたことのないものだった。呆気に取られ、僅かな間その炎に見惚れていた。
炎は空気の抜け続ける風船のように身を萎ませ、少しするとその姿を消した。
「……今のは……なんだ?」
ローレンは声を絞り出すと、傍らに居る同級生に声をかけた。ラングはなんでもないように「ことばだよ」と答えた。ことば? ローレンは馬鹿にされているような気がして、彼を睨む。ふざけるな、と声を出そうとした時だった。
ガサガサ、と葉の擦れる音が響き、二人は顔を見合わせる。頭上からだ。そう思い顔を上げると傍の大木の枝が大きく揺れていた。鳥か何かだろうか? 目を凝らすと、僅かな息づかいが聞こえてくる。
「誰か居るのか?」
ローレンが声をかけると羽状複葉の葉が再び身体を揺らして音を立てた。それから「たす……けて」と声が聞こえる。
「たすけて?」
二人は目を凝らして枝木を見つめるも葉が茂っており見通しは悪い。次に耳を澄ませると「誰か……助けて!」とはっきり聞こえた。子供の声だ。
「おーい! 誰か居るのか!」
ローレンが今度、大声で尋ねると茂みの中から顔がひとつ覗いた。現れたのは小さな女の子だった。彼女は不安そうに唇を閉じ、今にも泣きそうな顔をしていた。
「もしかして降りられないのか?」
ローレンの言葉に少女は素直に頷いた。呆れた、とローレンは思った。どのような方法かは分からないが、あんな高くにまで登るのは凄いことかもしれない。だが降りられないとは。まるで猫だな、と思いながらローレンはラングに話しかけた。
「おい、どうする? あそこまでは結構な高さだぞ。下手に降ろそうとして怪我でもさせたら厄介だし、先生を呼んでくるかーー」
「いや、その必要はないよ」
ラングはそれだけ言って、次に小言を唱えた。彼はゆっくりと浮き上がり、みるみるうちに上昇していく。少女の高さにまで到達すると彼は落ち着いた動きで両手を差し出し、彼女を促した。女の子は驚き、目を丸くしながらも差し出された両手の意味を理解すると勇気を振り絞り、両手目掛けて体を跳躍させた。
ずしり、と彼の両手は確かな重みを感じ、少女は目を開けると慈しみのある表情に迎えられ、思わず目を逸らした。顔は赤くなり、胸はぽかぽかしていた。それは少女にとって、初めての気持ちだった。
「飛ぶ瞬間は、目を閉じない方がいいと思うよ」
ラングの助言に少女は「……はい」と目を逸らしたまま素直に頷いた。
二人はゆっくり空中を下降し、地面に足が着くと抱き抱えた少女を慎重に降ろした。
「怪我はない?」
「はい……その……」
「ん?」
「……ありがとう、ございました」
「気にしなくていいよ」
少女は再び「……はい」と答え、端から見ていたローレンはおやっと思った。少女の顔は真っ赤で、実に分かりやすいなと感じられた。そして意識は少女からすぐさまラングに向けられ、ローレンはラングを訝しげに見つめた。先ほどの現象、ラングが宙に浮き上がったのはどういう魔法なんだ? あんな魔法は聞いたことがない……。ローレンは問い質そうと口を開こうとした、そのとき。
「ミーナ!」と後ろから響くような声が聞こえ、二人は思わず振り返った。