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二人の転生者  作者: 冬野夏
第0章
2/13

2 転生1

 

 カーテン越しに明るさを感じるように、閉じられた瞼が明かりを感じると赤木はゆっくり目を開けた。

 周り四方は澄み切った青に染められ、空がそのまま落下してきたかのようだった。


「……ここ……は……?」


 前後の記憶は曖昧だった。そのため今は何時で、ここは何処なのかと赤木は思い出そうと試みた。しかし結果は伴わず、考えたところで二日酔いの朝に似た頭痛が訪れるのみだった。

 霞がかった記憶と同様に、辺りにも霧が立ち込めて見えた。それは朝露のような滑らかさと清々しい匂いがあった。目を凝らすと少しずつ霧が晴れていく。ぼんやり見える霧の先には陽光のような明るさがあり、初夏の日の出に似た温かみがあった。

 霧が晴れると、赤木は傍に誰かが居ることに気が付いた。顔を向けると一人の男が立っている。黒髪は肩まであり、長身のほっそりとした体躯。すらりと長い脚は藍のジーンズに包まれ、白のシャツは肘まで腕まくりをしていた。男は華奢な身体を畳むように左手で右の手首を握っている。

 赤木は慎重に彼の近くまで歩み、その顔をじっくりと見た。凛々しい顔つきには幼さが残り、見た目の印象として二十代ではないかと推測した。

 綺麗な顔だな、と赤木は純粋に思った。

 向こうも赤木に気付くと目を向け、閉口したまま赤木のことをじっと見つめた。

 ほんのわずかな間、二人は見つめ合った。


「あんたはどうしてここに?」


 赤木が尋ねると若い男は目を逸らし、「気付いたらここに……」と呟くように言った。


「俺もなんだ。じゃあ、あんたもここがどこかは知らないのか?」


 男は目を逸らしたまま頷いた。

 嘘をついているようには見えない。この男はおそらく嘘をつくのが下手なのだろう。赤木は男を見て直感的にそう思った。


「あんた若いな、歳は?」


「……二十四です」


「若いねぇ。それになんだか、懐かしいなぁ、その年なら何をやっても楽しいだろう?」


「はぁ」


 気の抜けた返事は誰にも狙いを定めておらず、男は赤木に興味がないように振舞った。実際、彼にとって赤木はどうでも良かった。


「二十四ってことは働いてるのか?」


「いえ」


 男は気後れする様子もなく言った。


「じゃあ……学生か?」


「無職です」


「ふぅん、無職……じゃあ普段は何をしているんだ?」


「詩を書いていました」


「し?」


 赤木は当初その意味が分からなかったが、それが詩を意味するのだと気付くとああと独りでに納得し、先ほどの戸惑いを胡麻化すように鼻頭を指で搔いた。

 次に男から「仕事は何を?」といった質問が飛んで来ることを赤木は予測していながらも男の口は開かず、彼は赤木の充血した目を見ると再び目を逸らした。

 その動作を侮蔑と捉えた赤木は彼を睨むが、次第に彼には悪意などなく単純に自分に興味がないだと理解すると眼光を緩めた。

 つかの間の沈黙が辺りを支配し、赤木は妙な緊張感を覚えた。


「あんた名前は? おっと、名前を聞く前にまず自分から名乗るべきか。俺の名前は赤木猛だ。で、あんたは?」


「……僕は春日部かすかべしおりといいます」


「かすかべ……しおり君か。うん、いい名前じゃないか」


「……どうも」


 春日部は表情にこれと言った起伏を見せない。春日部は赤木に興味がなく、かといって現状にそれほど動揺しているわけでもない。彼は目にする風景を詩にしようと適切な言葉を模索していた。それが彼にとって当たり前のことで、呼吸をするように言葉を探すのが常だった。

 赤木は若者の不敵な振る舞いに少々驚きながらも表情には出さず、ただ唇を少し嚙むと前方に目を向けた。眼前は遥かに広がって見えたが色の濃淡に乏しく、青々とした着色を施した壁が目の前にあるようにも感じられ、遠近法を用いていない西洋絵画を前にして遠近法を感じるような妙な酩酊感を赤木は味わった。


「やれやれ、どうしたもんかね」


赤木は呟きながら助けを求めるように再び若者を見た。春日部は何も答えず、ただじっと思案しているようだった。赤木は次に春日部の眼を見た。その眼は潤い、まるで渇きを知らないように輝いていた。

 赤木は本能的にこの若者が嫌いになった。


”ご機嫌は如何ですか?”


 不意に声が聞こえた。

 女の声だ、と赤木は思った。顔を上げ、辺りに目を凝らすが誰の姿も見当たらない。


「い、今、確かに聞こえたよな!?」


 赤木が興奮して若者に尋ねると、春日部は頷いた。


”非常に残念なお知らせですが、あなた方は亡くなりました”


「亡くなった……死んだ……のか?」


 赤木はまじまじと自分の両手と両腕を見つめた。そこには自分のよく知る身体があった。太く短い指に浅黒く日焼けした皮膚はごつごつしていて、荒い腕毛が繁茂している。赤木には、生前そのままの姿があるように見えた。

 次にゆっくりした動作で右手を左胸に当てる。鼓動が全く感じられない。心臓は確かに止まっていた。赤木は息を飲む。死の実感が急速に押し迫る。職場のトイレを思い出す。個室でスマホを用いていると誰かがトイレに入ってきた時のことを。誰の許可もなく勝手に入り込んで来ることへの嫌悪を赤木は思い出した。


「俺は……死んだのか?」


”そうなのです。誠に残念ですが”


 女の声は頭の中に響いて聞こえた。


「そうか……」


 赤木は事実を知った上でも怯えず、取り乱すことはない。それは死に対する心構えが構築されていたわけでもなく、女の声によるものだった。女の声は慈悲に富み、牧歌的で、望郷を思わせる安らぎがあった。


「でもこれからどうすれば……」


 赤木は独り言のように呟いた。女の声はそれを逃さない。


”心配はいりません。あなた方はこれから転生するのですから”



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