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放課後になると真っ直ぐ寮へと帰る者が大多数だったが、僅かな数の生徒は教室に残ることもあった。彼らは特に何をするわけでもなく、ただ教室に居残り、級友との会話に花を咲かせていた。例外のうち僅かな生徒は図書室へ向かうこともあった。しかし夏季を前にして放課後に図書室を利用できる一学年は居らず、上級生に追い返されるのが常だった。
この日、ローレンは放課後になっても立ち上がる素振りを見せず、級友が彼に声をかけても微動だにしなかった。
クラスメイトはローレンに軽口を叩き、ローレンもそれに笑って応えてやり過ごす。少しずつ生徒の数は減っていき、最終的には片手で余るほどになる。ローレンは終始、視界の片隅にラングを捉えていた。ラングの方も立ち上がろうとするような動きはなく、まるでこの後も授業があるかのように座り続けていた。
窓辺にはミレイアが居り、彼女にも動きは見られない。そして彼ら二人以外の、教室に居残ろうとする生徒には目を細め、睨みつけるようにじっと見つめた。ローレンと向かい合うように座った級友はその視線に気づくと首を回し、猛禽を思わせるような彼女の鋭い目つきにハッとする。彼女の目は雄弁だった。クラスメイトはそそくさと立ち上がり、また明日なとローレンに声をかけて別れの挨拶を済ませると早々に退室して行った。
教室にはいよいよ三人のみとなる。誰から動くのか。ローレンは二人の様子を静観していたが、なかなか動き出そうとはしない。ラングに至っては手元のノートをじっと見つめており、ローレンとミレイアのことを気にしている様子はまるでない。
ローレンが痺れを切らして声をかけようとした時、ガタっと物音が聞こえ、素早く音の方に注意を向けた。先に動いたのはミレイアで、彼女はため息混じりに二人へ近づいて来る。
彼女は座ったままのローレンへと最初に目を向け、「帰らないの?」と尋ねた。
「ここに居ちゃ邪魔?」
ローレンは茶化すように聞いた。
彼女は微かに微笑んだ。
「そうかも、ね」
「ラングと、二人きりでの逢瀬が希望だから?」
「……っ!?」
ミレイアは振り返ってラングを見つめた。両手は拳を作っており、ローレンはそれを見て彼女の感情を読み取った。それは分かり易いもののように感じられ、手は僅かに震えていた。
「あなた……言ったの?」
声をかけられ、ラングはゆっくり顔を上げる。そしてようやく傍に彼女が立っていることに気が付いたように、僅かに目を見開いた。彼は彼女が何か言おうとしているのを知って、次の言葉を辛抱強く待った。
「……話したの?」
嘆息混じりの声は途中で向きを反対側に向け、ラングはそれを見て事の次第を見取ったように「ああ」と声を上げた。
「話したけど」
「なんでっ!?」
「なんでって、彼に聞かれたら不味いことでも話すつもりだったの?」
「なっ!!?」
ミレイアは思わず顔を赤くする。彼女は顔に出てしまった照れのようなものを自覚すると軽く咳ばらいを一度、二度。それから努めて冷静に「別にそういったことではないけど、部外者に聞かれて好意的なことでもないと思うから」と事務的な口調で話した。
「ローレンは信用できる奴だよ」
「……友達なの?」
「まあ、そうかな」
「そういう会話、本人が居る目の前でするか? 普通」
「それもそうね」とミレイアは少し笑う。
次に二人の間、ちょうど三角形を描ける席に彼女は腰かけるとローレンを見つめ「彼は友達?」とチラリとラングを見て尋ねた。
ローレンはラングを一瞬見つめ、小さく頷いた。
「へぇ、そうなんだ。彼、いつも一人で居るじゃない? だから友達は居ないものだと思ってたわ。だから授業のときのペアだって、あなたが情けをかけたものだと」
「……そうだね」
ローレンは歯切れ悪く答える。実は昔からの付き合いで。そう口に出しかけたのを直前で止め、もし話したらどうなるのかを想像した。根掘り葉掘り聞かれ、最悪転生者であることすらバレるかもしれない。可能性は極端に低いだろう。だが僅かにでもその可能性があるのであればローレンはその可能性を呪る。
彼は助けを求めるようにラングを見つめた。彼は顎に手を添え、ローレンとミレイアのやりとりを真剣に聞き入っていた。
「ところで僕に聞きたかったことって何?」
「ああ。それは……」
当初の目的を思い出したミレイアはラングの方を向いた。途端、彼と目が合った。ラングの真っ直ぐに見つめる眼がミレイアの目と重なり合い、彼女は気圧されたように一瞬目を逸らす。彼女にとって、ラングからこれほど真剣に見つめられるのは初めての事のように感じられた。彼はいつでも上の空。それがミレイアによる、彼への印象だった。特に突出したものは見受けられず、成績は中の下。良くて中の中といったところであり、他の男子生徒と大きく異なる点はない。そんな彼の印象を一変した先の出来事を思い出すと彼女は気を引き締め、再び彼の目を見た。今度は逸らさない。そして目を逸らさない自分に自信を取り戻すとローレンに顔を向け、年相応の悪戯な笑みを見せた。
「聞いたら、あなたも共犯になるかもよ?」
「共犯? なんで?」
彼は軽い気持ちで尋ね、その声音には共犯といった言葉が想起させるであろう恐怖や驚きよりも好奇心が勝っていることを朗々と示すような響きがあった。
ミレイアは座ったまま僅かに身を屈め、ひそめた声でも聞こえるように二人へと体を寄せてこう告げた。
「あなたの例の魔法が、禁忌の可能性もあるってこと」




