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二人の転生者  作者: 冬野夏
第0章
1/13

1 転生前

 

 赤木(あかぎ)(たける)は串を唇へ近づけると実る鳥皮を削ぐように口内へ滑らせた。くちゃくちゃと荒く咀嚼しながら右膝を揺らし続け、喉へ流し込むように酒を飲んだ。

 仕事をクビになった。競馬で大敗した。そんな日は決まってここに、飲み屋横丁にある掘っ立て小屋のようなこの居酒屋に足を運び、やけ酒を煽るのが常だった。そして今回に関していえば前者であり、クビになった原因は身から出た錆といえる正当なものだった。赤木は数時間前までモバイルショップで働いてた。顧客の機種変更時に生じる業務のサポート役としてであり、主な業務は新機種へのデータ移行や保護フィルムの貼り付け等々。

 歳は今年で四十八になり、これまで様々な業種を転々としてきた。しかしどの仕事も長続きせず、自分は飽き性なのだからと自らの忍耐力のなさを胡麻化していた。今回の仕事も派遣会社からようやく紹介してもらった仕事だが、赤木は電子機器に疎く、社員が業務を教えるのには骨が折れた。そもそも手先からして不器用であり、任された保護フィルムの貼り付けを何度もやり直してはとうとう一枚を無駄にしてしまったことが何度もあった。次第に周りも頼るのをやめ、そのため赤木は一日中ただ指定された場所に座っていることが業務になっていた。

 周りが忙しなく動き回っている中、自分だけがじっと席に座り空気のように扱われることへの嫌悪感は当初、薄かった。次第に社員の憤る視線が赤木の身体へ向けられ、居た堪れなくなると無言で席を立つことが増えていった。駆け込むようにトイレへ避難し、個室に入って一息つくとスマホを取り出して時間を潰す。今ではアプリを用いてゲームをすることができ、その使い方はここで習ったものだった。

 長時間、席を外す行動が一週間以上も続けば流石に目をつけられ、赤木は店長から個室に呼び出されて面談する羽目に。店長は言葉を選びながらも赤木の行動をはっきり非難した。すると頭に血が上り、赤木の元来短気な性格も相まって身を乗り出すと店長の胸ぐらを掴んだ。その時の怒号と、立ち上がる際に崩れ落ちたパイプ椅子の音に気付いて他の社員が飛んで来ると赤木がちょうど右腕を振り上げており、二人の社員が赤木を止めた。赤木は二人に抑えつけられながらも必死に抵抗し、言葉にならない怒号を喚き続けた。店長は襟元を正しながら何の感情も混めず淡々と赤木にクビであることを告げた。



 店内の時計に目を向ける。十七時になろうとしていた。飲み始めて既に二時間が経過していた。もう一杯飲もうと右手を上げ店主に声をかけようとした際に店の引き戸が開き、三人の男が入ってきた。赤木の声はかき消され、宙を彷徨い迷子となった右手は彼の頭部に辿り着き白髪の目立つようになった頭皮の一部をぼりぼり搔いた。フケが粉雪のように、微かに舞った。

 妙に気分がしらけ、赤くなった鼻をこすり付けながら立ち上がる。

 会計をしようと伝票を手に歩き出した瞬間、よろけた足が椅子にもつれ、大きな音を立てて椅子が転がった。赤木は転んだ椅子を戻そうと勢いよく屈むとカウンター席に頭をぶつけ、先ほど入ってきた男たちがそれを見てケタケタ笑う。

 赤木は頭を擦りながらその声を耳にすると鬱屈した激情がマグマのように腸を煮え滾らせたものの、馴染みの店を失いたくない情念が僅かに先行した。

 俯きながらレジの前まで進み、無言で会計を済ませると僅かに足を引き摺りながら店を後にした。後ろ手に引き戸を閉じ切ると中から喧噪な笑い声が聞こえ、赤木は自ずと「ちっ」と舌打ちをした。

 赤木はポケットに手を忍ばせ、薄汚れた地面ばかりを見て歩く。

「くそっ」という小言は幾度も漏れ、スリッパで桜の散った並木道を歩いた。

「クソ忌々しい奴らめ……全員俺のことを馬鹿にしてるだろ。くそっ! いつか俺の方が上だってことを――」

 分からせてやる。

 そう口に出そうとした時だった。

「……っ!!?」

 胸に激しい痛みが生じると呼吸を忘れて屈み込んだ。

 なんだ……これは……。

 もはや声に出すことさえ困難だった。身体はいうことを聞かない。ただ無限に感じる一時の苦しみが夜の帳のように訪れ、赤木のみを囲っていた。彼は絶望し、ありったけの言葉で神を罵ろうとした。しかし望みは叶わず地面に膝をつき、そのまま首を垂れるように前のめりとなって倒れ込むとそのまま絶命した。

 その瞬間、彼は思った。

 この世はなんて理不尽で不条理で、どれほど不平等なのかと。

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