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永続転生記

偽物聖女扱いされたので、魔王退治をボイコットします

作者: 天原 重音

 王城謁見の間。

 朝早くに王家から呼び出され、何事かと思えば――聖女ネタのネット小説のテンプレのような展開が待っていた。

 目がチカチカする黄色のド派手なドレスを身に纏い、ジャラジャラと宝飾を身に着けて派手に着飾った義妹と、父伯爵と継母に買収されたガマ枢機卿が自分を指さして糾弾する。自分は糾弾されているけど、偽物の証拠が無い。周囲にいる貴族達は、面白そうな寸劇を観賞している気分なのか、皆楽しそうな顔をしている。

「私こそが真の聖女よ!」

 寝言は寝て言え。あと、聖女を名乗るのならドレスじゃなくて修道服を着ろよ。ちなみに自分は紺色の修道女の服をキチンと着ている。

 そう言い返したいが、生憎、今の自分は寝不足の為、非常に眠い。

 神託を降ろして自分を聖女に指名した女神に招かれた『真夜中のお茶会』で結構遅くまで夜更かしをした結果だ。

 眠気が強いので、ギャーギャー騒ぐ義妹から何を言われても聞き流せた。口から出るのは言葉ではなく欠伸だ。

「ちょっと! 聞いてんの!?」

 目を血走らせた義妹がキャンキャン喚いている。

 義妹が真の聖女ならば、自分はお役御免って事だよね。ならば仕事を押し付けても文句は言われないな。

「真の聖女が其方で、私が偽物と言うのなら、聖女の仕事はす・べ・て・其方でやって下さいね。――魔王退治とか」

「……え?」

 義妹の顔がポカンとしたものになった。阿呆じゃねーの。この国の聖女の起源は『五百年前に魔王を封印した光属性の魔法を使う女性』なのだ。聖女の称号を得ると言う事は、封印が解けて復活した魔王の再封印か討伐をするのが決まりである。

 聖女になった時に聞かされる決定事項なのだが、徐々に青くなって行く義妹のあの顔は聞いていないか聞き流したな。

「昨夜女神さまからの御告げで、一ヶ月後にペサーニャ辺境伯領と隣接している魔の森の奥で魔王の封印が完全に解けて復活するそうです。私が偽の聖女ならば出向く必要は有りませんね。『貴女が』真の聖女として頑張って下さい。私は何が起きても知りませんし行きません。国が滅びようが誰も助けません」

 笑顔で言い切ってやれば、謁見の間にいた誰もが顔色を変えた。国王に至っては今にも倒れそうな顔をしている。糾弾に王家も関わっていたのか。

 静まり返り、誰一人動かない。理解が追い付いていないのか。なら、丁度良い。

「では失礼しますね」

 一礼してから退出した。

 扉を閉めた直後、扉越しに幾つもの怒号が響いた。

 気にしないで転移魔法で神殿に向かった。トマス神殿長官の執務室に向かう。城から戻ったら事の顛末の説明をする約束だったので、急な面会だったが簡単に許可が下りた。

「……そうか。やはり、王家とガマ枢機卿が一枚噛んでいたか」

 神殿長官は心底残念そうに呟いた。

 金で聖女の地位が売買されていたんだから、そりゃそうだ。

 ため息を零した神殿長官は、机の引き出しから直径ニ十センチ程度の麻袋を取り出した。

「約束通り、これまでの仕事分の給金だ持って行くと良い」

「二年程度でしたがお世話になりました」

 給金を受け取り、頭を下げて最後の挨拶をする。私室に戻り、修道服から私服に着替えて神殿から去った。

 


 一ヶ月半後。

 隣国のカフェで軽食を取りながら、都合よく存在した、購入した新聞を読む。元いた国の識字率は低かった為、新聞と言った紙媒体のメディア系は無かった。代わりに何が存在したのかと言うと、井戸端会議や、お金を貰って噂を流す『囀り鳥』と呼ばれる職業の人達が流す噂しかない。

 見出しは『隣国の自称真の聖女とその両親、王家への詐称罪で処刑される』だ。

 その下の詳細は、『金で聖女の地位を手に入れようと目論んだ一家が、買収した枢機卿と共に女神ディアナの神託で選ばれた真の聖女である義姉を偽の聖女に仕立て上げて追放した。そのせいで、先日復活した魔王の封印が施せる人間がおらず、国を窮地に追いやった。自称聖女は魔法が殆ど使えない素人同然で、追放された真の聖女である義姉の捜索が続いている』などが書かれている。

 王家も一枚噛んでいた筈なのに、保身の為に切り捨てたか。てか、捜索始まっていたのね。遅いけど。

 記事を読み進めると、魔の森と隣接しているペサーニャ辺境伯領は僅か一日で蹂躙され、魔王の領地と化してしまったそうだ。王家から討伐隊を組んで出しているそうだが、全て返り討ちにされており王都が落ちるのも時間の問題とされている。日に日に増える難民が他国に流出しており、周辺国の治安も悪化の一途を辿っている。

 火急を知らせる内容の記事だが、何とも思えない。

 ぶっちゃけると隣国で良い思い出が無いのだ。記憶を取り戻した過程込みで。

 軽食を食べ終えて移動する。捜索が始まっている以上、連れ戻される可能性が高い。宿を取らずに今日中に出国しよう。



 ……で。

 出国したは良かったが、整備された街道の道を塞ぐように長身瘦躯の一人の男がふらりと現れた。散歩気分でふらふら歩いていたらまさかの登場で驚いた。

 首の後ろで緩く束ねられた紫紺色のように濃く暗い紫色の長髪。こちらを見つめる朱色の赤い瞳は眇められている。

 一目見て普通の人間じゃないのは判る。衣装と外套は黒で統一された貴族風な格好をしているけど、禍々しい魔力が駄々漏れなのだ。容姿も作り物のように整っている。どう考えても、復活した魔王かその部下だよね? 吸血鬼じゃねーよな?

 暫し睨み合うようにしていると、男がふっと笑う。歩く十八禁かね、この男? 色気が駄々漏れなんだが。

 過去に魔族の野郎から受けた所業から、見惚れる事すら出来ない自分が何だか悲しい。いや、見惚れる場面じゃないんだろうけど。

「我が魅了の魔眼が通用せぬとはな。流石は女神に選ばれた聖女と言ったところか」

 そこらの貴族令嬢夫人を魅了出来そうな顔を持っているのに、魅了の魔眼まで持っていたのか。隙が無いな。……あれ?

「魅了の魔眼。……まさか、復活したての魔王?」

 神殿長官から聞いた魔王には、魅了の魔眼を使って王妃や王女を操って他の王族殺害させて数多の国を混乱に陥れたと言う話が残っている。

 思考が逸れて少し落ち着いて来て、ふと疑問が湧く。

「何故、魔王がここにいる?」

 聖女の称号が無くなったと判断して、女神からやれと言われた仕事も放棄したんだけど。あぁ、魔王は知らないのか?

「聖女の称号はもう持っていない。手出しされなきゃ、基本的に何もしないからほっといてくれる?」

 色々と問題の有る発言だと思うが、やる気がない以上、宣言して置いた方が良い。事実、魔王も驚いている。

「聖女の地位に固執して、我の討伐に来るかと思っていたが。放っておけとはな」

「押し付けられた仕事はどうにも、やる気が出なくてね」

 やる気がない。自分の事情を理解している女神にも『何故?』と聞かれたが、これも過去の経験が原因だ。

 何故、見捨てた馬鹿共を自分が助けなきゃならんのだ? 貴族だから風見鶏のように意見が二転三転するのは解るけど、助ける対象には含めたくもない。加えて、仕方が無く助けても文句を言われたら、二度と助けんと思うだろう? 

 肩を竦めていると、魔王にも心当たりが有るのか何も言わない。

「身の危険が無ければ我の邪魔はせぬ、と言う事か」

「降りかかる火の粉は払う。当然でしょう?」

 何かを見定めるような視線は納得に変わった。

「ならばそう言う事にしておくか」

 黒い外套を翻して魔王はこちらに背を向けた。そのまま宙に溶けるように消える。

 何をしに来たのかと突っ込みたいが、戦闘にならなかったのだから気にしなくても良いだろう。それに『手出しされなきゃ何もしない』とはっきりと言ったのだ。これで自分が攻撃して反撃されたら、完全な自業自得だ。

 散歩の気分ではなくなったので転移魔法で移動した。



 更に数ヶ月が経過した。

 生国は魔王との戦争で二ヶ月にも満たない期間で滅びた。魔王は周辺国にも戦争を仕掛けているらしく、魔王の領地は着実に広がっている。このままのペースだと、一年も経たない内にこのロメイラス大陸が魔王の支配下に置かれる。それぐらいに領土の拡大速度が速い。

 滅ぼされた国の民は難民として他国に逃げるか、魔王配下の魔物の餌にされるか、奴隷に堕とされ家畜同然の扱いを受けている。難民として逃げ切ったものは少なく、その殆どが捕まり奴隷にされている。

 貴族平民、身分の貴賎を問わずに奴隷にされ、動けなくなったら餌にされていると情報を得た。しかし、意外な事に平民の子供は見逃されているらしい。

 これはこの世界の事情が原因だろう。

 貴族筋以外で魔力を持って産まれてくる人間はいない。魔物は魔力を持った対象を捕食する事で強くなるので、魔力を持たない平民を襲う事は非常に少ない。襲うとしたら、何日も餌にあり付けていない魔物ぐらいか。子供が見逃されているのは『労働力として使えない』と判断したのだろう。

 ロメイラス大陸から隣のカレイラス大陸への離脱を計画実行する貴族・平民は意外と多く、地続きで繋がっている北の端を目指す人の流れが出来上がっていた。平民の船を利用した移動は、異常に高額な料金と、とある犯罪組織が計画実行した『魔王への人身売買』が元で利用するものは少ない。この計画は成功せず、犯罪組織そのものが魔王の手で潰された。それでもなお、どさくさに紛れた人攫いはあとを絶たない。

 また、船を使った移動は魔物の的になりやすかった事も影響している。これらの事情から船を利用するものは少なかった。貴族ですら利用しないのだから、どれ程少ないのか解るだろう。

 そんな中、自分は何処を移動しているのかと言うとカレイラス大陸でもない第三の大陸を目指して、東の空を移動していた。


 

 雲海を眼下に望みながらの移動。飛空艇って持っていると本当に便利だね。

 女神に一度聞いて知ったが、この星には四つの大陸が存在する。ロメイラス大陸とカレイラス大陸は繋がっていたので知っている。

 残りの二つはアレイアス大陸とパタイアス大陸と言うそうだ。この二つは共に海を隔てているので、上陸するには海か空を行くしかない。空と海どちらが早くに着くかと考えて、空を選んだ。

 ちなみに、移動前に食料品を買えるだけ買った。給金がほぼ金貨と銀貨だけで、余り使わずに冒険者ギルドみたいなところでたまに稼いでいたのが功を奏し、思っていた以上に沢山買えた。所有のクローゼットに普段着が大量に在り、購入は食料品だけとなった。

 雲海が途切れ、眼下に青い海が広がった。望遠機能を使って海の先を見るが大陸はまだ見えない。無人島と思しき孤島に降りて休んだりしたが、流石に三日経過しても大陸に到着しないので、飛ぶ方向を間違えたかと思ってしまう。

 四日目となる今日も、空を行くが孤島しか見えない。日がやや傾き始めて来たので今日はこの島で休もう。

 降りる前に一度、島全体を見る。港らしきものや集落が在ると少々降りづらい。現地民との諍いは面倒なのだ。幸いな事に、この孤島は草一本生えていない岩島だった。渡り鳥一羽もいない。

 それでも念の為に、島から少し離れたところに飛空艇を着水させ宝物庫に収容し、代わりに取り出した魔力駆動の小型ボートに乗り換えて近づく。

「特に目立ったところは無い、か」

 島をぐるりと一周して、再確認してから上陸。岩が一つの山のようになっているこの島で休める場所は山頂部分しかない。ボートを宝物庫に仕舞い、魔法で空を飛んで移動し、山頂に着地。

「あれ?」

 二十メートル程度しかない山頂部分の中心に、魔法陣らしきものが刻まれていた。魔法陣の文字は、ロメイラス大陸とカレイラス大陸では使われていない未知の文字。持っていて良かった言語翻訳技能『無限の言語』。ワクワクしながら魔法陣の文字を読み進めて行く。

 しかし、魔法陣の文字を解読した結果に、思わず膝を着いた。

 何故こんなところに、カレイラス大陸の最果てのダンジョンに通じる転移魔法陣が有るんだよ!

 実はこの世界、誰かが作ったのか、自然に発生したのか分からないが、ファンタジー系お馴染みの魔物がうじゃうじゃいるダンジョンが存在する。魔物の巣と化しているから何処も立ち入り禁止されているんだけどね。内部には強大な魔物が多数生息しており、冒険者ですら入れない。

「はぁ、ご飯作るか」

 気を取り直して、夕食の準備を始めた。

 夜。

 毛布に(くる)まりハーブティーを啜りながら、満天の星空を眺める。暖が取れ、灯りの代わりにもなる焚火は無い。気温がそこまで低い訳でも無く、灯りも代用品が有り、何より薪の代わりになるものが無い為だ。

 これからどうしよう。

 星空を眺めながら思う。星明りで手元が見える程の夜空は美しい。

 ロメイラス大陸とカレイラス大陸の二つが陸続きになっている箇所は、地球で例えると『ユーラシア大陸と北アメリカ大陸の間の海峡が地続きになっている』感じで繋がっているのだ。つまり、この二つの大陸は横長なのである。

 北か南に移動しないと駄目かな?

 う~んと唸っていると、懐かしい気配がした。

 気配の方向を見ると、これまた懐かしい顔が在った。

「久し振りね。ディアナ」

「ええ。久し振りです。イリス」

 白を基調とした衣装に、金髪金眼の二十歳前後の女性。自分を聖女に指名した女神ディアナ本人だ。

 ディアナは自分の隣に腰を下ろすと、何処からか酒瓶と杯を取り出した。見ていると、酒を注いだ杯を差し出して来た。

「飲む?」

「何の酒?」

「神酒」

「それ飲んだら不老不死になる酒じゃん!」

「そうでしたっけ?」

 いらんと杯を押し戻すと、ディアナはケタケタと笑い酒を呷った。自分もハーブティーを啜る。

 互いに無言になると、潮鳴りの音だけが小さく響く。

「……で、文句でも言いに来たの?」

「違います。何となくイリスとお酒が飲みたくなって」

 手酌で酒をどんどん飲んでいるがディアナの頬に赤味が差さない。酒豪かよ。

「てっきり、聖女の務めを果たさない事に対して文句を言いに来たのかと思った」

「ん~。こればっかりは間が悪かったとしか言いようが有りませんね。『降ろした神託が~』と説いた時が、貴女が逃亡を始めた直後でしたので」

「それは間が悪いわね」

 何と言うタイミングか。運も実力の内と言う格言が有るが、正にその通りだと思った。数十年に一度の頻度で大飢饉や自然災害が発生したにも拘らず、ロメイラス大陸とカレイラス大陸の文明がここまで発展出来たのも運が良かったからだ。

 運の尽きが、人類滅亡。しかも、切っ掛けは数名の権力欲から成る買収。

「救いようが無いわねー」

「そうですね」

「あら、否定しないの?」

「過去何度か似たような事が起きていますからね」

「つまり、人類滅亡の危機も一度や二度ではないと言う事か」

「ええ。数十回は超えています」

「……本当に運が尽きたのね」

 運が尽きたと言うか、運命に見放されたとも取れるが。

 再び沈黙が降り掛けたが、視界の端の魔法陣を見てふと湧いた疑問をディアナにぶつけた。

「そう言えば、何でこんなところに、カレイラス大陸の最果てのダンジョンに通じる転移魔法陣が有るの?」

「それはですね。ここは海に沈んだアレイアス大陸最北端の山の一つだからです」

「はぁ!?」

 さらりと、とんでもない事を言われた。確認の為に尋ねる。

「アレイアス大陸が海に沈んでいる?」

「ええ。五百年前に、魔王との戦闘で、大地が割れて海に沈みました」

「どんだけ派手な戦闘したのよ」

 終末戦争かと内心で突っ込む。

「その千年前にパタイアス大陸も同じ末路を辿りましたけど」

「おい」

 思わず、お笑い芸人のようにディアナの背中を軽く叩いて突っ込んだ。

「あんた、大陸は四つ在るとか言っていたくせに、その内二つは沈んだとか言わなかったじゃん!」

「あれ? 言いませんでしたっけ?」

「聞いてない! 聞いていたら他の大陸に離脱しようとか計画しなかったよ!」

「……ああ。それでこんなところに居たのですね」

 納得しました、とディアナはコロコロと笑っている。こっちは意外な事実を知って深くため息を吐いた。

 こんなところで徒労が発覚するとは……。いや、まだ四日しか経っていないからと、地図を思い浮かべた。

「あれ? 星を一周したのか?」

「いえ。半周もしていませんよ。それに南半球の大陸は沈んでいますし」

 現在位置がますます分からなくなって来たので、地面に大雑把な大陸地図を書き、ディアナにアレイアス大陸とパタイアス大陸が何処にどう在ったのか書かせた。

「大体こんな感じですね」

「マジでこうなってんの?」

 地図を見て目を丸くした。

 右上にロメイラス大陸を置き、左に地続きのカレイラス大陸が在る。

 カレイラス大陸の下に台形っぽい形のパタイアス大陸が在り、その右に三日月型と言うか、座椅子型と言うか、それっぽい形の大陸が在る。現在位置は、三日月の頭頂部分。この頭頂部分はがロメイラス大陸とカレイラス大陸のちょうど中間地点に当たる言う事か。

 こうして見ると、余り移動していなかったんだな。地球で例えると『北アメリカ大陸の東海岸から東へ飛び立って、大西洋中央当たりの孤島にいる』と言った感じか。

 現在地や大陸の大雑把な地形が判ったのは良いが、別の問題が浮上するんだよね。

 マジでこれからどうしようか。行先が無いんじゃ改めてどうするか考えないと。

 ハーブティーを飲み切り、お代わりを注いでいると、ディアナが自分を見詰めている事に気づいた。

「どうしたの?」

「これから貴女はどうするのですか?」

「未定」

 ロメイラス大陸に戻る選択肢はない。カレイラス大陸の何処かで時間を潰して転生の術を使うか、別の世界に移動する。現状はこの二択だ。

「そこに魔王をどうにかすると言う選択肢は無いのですか?」

「無い。どうにかして欲しいのなら新しい勇者か聖女を仕立て上げれば良いじゃない」

 言動で忘れそうになるが、こいつは愉快犯や邪神の匂いの無い、正真正銘『善』の女神なのだ。

 思い付きで提案したら、ディアナは杯の酒を一気に呷り始めた。どうした? と内心で小首を傾げていると、飲み終えたディアナは空の杯を眺めながら、異様に深刻そうな顔をした。

「それは無理です。魔王の正体は、二千年前に世界を救った勇者だからです」

「はぃ?」

 世界を救った勇者が、何で魔王にジョブチェンジしてんの!?

「二千年前。この星は一つの選択を迫られました。神を救って星を延命させる代わりに人類の半分を見捨てるか、神を食い潰して二年にも満たない時間を現状維持のまま過ごすか。その決断を迫られ、選択をしたのが当時の勇者――今の魔王です」

 一気に重い話になったんだけど。色々と思うところは在るが、我慢してディアナの昔話を聞く。

「かつてこの星には高度な文明が在りましたが、それは星の寿命たる力を奪い、人類の守護を考える神を生贄にする事で維持されていました。二千年前、人類は星の寿命を奪い続け神を生贄にした罪で、星の防衛機構たる天使と、天使を従えた神々に抹殺される罰が下りました」

 星の防衛機構――天使。聞いた事が無いな。

「意外に思われるかもしれませんが、星にも意思が有ります。そして、二千年前に星は一つの決定を下したのです。――全ての人類を抹殺してでも生きると」

 誰が悪いと問われれば、自分は『共存を模索しなかった人類が悪い』と答えただろう。

「ですが、星の意思に異を唱えた神が出現します。生贄にされていた神本人です。その神は生贄にされる前に、遥か昔の神々の闘争に敗れて封印された事で精神に異常をきたし、『人類を守護する』事しか思考出来ないただの存在に成り下がっていました。生贄にも喜んで成る程の異常っぷりです。その神の教えを信じて守り、天使や神々と戦った青年は『勇者』と称えられました。この勇者が後の魔王です」

「何となく話が読めて来たわね」

 人類を守護する神の教えを守って天使や神々と戦った勇者だが、星の寿命を知り、重い決断を独り背負わされ、非難されたと言う事か。

 ディアナに確認すれば、肯定された。

「その通りです。教えを守った彼は重大な選択を迫られた。彼からすれば『神と共に死ぬか、神を救い星を延命させるか』の二択だったでしょう。どちらかを選択しなければ、どの道人類は滅ぼされてしまう。当時の殆どの人類は『星の寿命はまだ有る』と信じ、彼の主張を一蹴した。独り悩んだ悩んだ彼は『神を救う』事を選んだ。この時彼は『神を救う事で人類の半分が死ぬ』事を知らなかった。……いえ、厳密には違いますね。星の均衡を保つ為に、神が解放され星に還ると同時に『天使が人類の半分を抹殺した』が正しいです。殺した人間の魂を星の力に変換した結果、星の延命は成されました。けれども、今ある豊かさが捨てられない生き残った人類は納得せず、彼を『人類の半分を殺した悪人』と罵った。私達神々からすれば、彼の行いこそ『勇者』と称えるに相応しかったのですが。彼は今まで助けて来た人類が『今まで助けてくれていた神を役立たずと罵り貶す』様子を見て、人類は滅びるべきだったと知り絶望した」

「絶望した結果が、人類を滅ぼす行為に変わったのね?」

「ええ。困った事に、天使はおろか、神々ですらも彼の行動を諫めなかった」

 成程、魔王が人類を殺す理由はこれなのか。

「天使や神々と戦えるだけの力を持つ彼に抵抗出来る人類は存在しなかった。ほぼ一方的に人類は数を減らして行きましたが、一人の人物が彼の封印を試みました。解放されて星に還った筈の神が、彼と直接対話し、封印を施しました」

「それが一回目の封印なのね」

 人類の為に戦い、人類に裏切られ、人類を殺した男に待っていた運命は――救い出した神からの封印。

 悲劇と言えば良いのか、皮肉と言えば良いのか、分からない結末だ。

「封印は永く持ち、彼は千年後に封印から解放されました」

「神の封印が数百年程度じゃ問題だもんね」

「茶々を入れない。……ですが、この場合は封印が千年も維持されない方が良かったのかもしれません」

「どう言う事よ? 封印は永く持つのが良いに決まっているじゃない」

「永きに渡る封印で、彼が持つ負の感情が、彼の魔力を魔物を発生させる程に変質してしまったのです」

「え? 魔物って自然発生じゃなかったの?」

 意外な真実に目を丸くする。ディアナは空だった杯に酒を注いで一口飲む。

「自然発生ではありません。彼の魔力に当てられた野生動物が狂暴・変質化したものが魔物なのです。野生動物を魔物にしてしまった事から、彼は魔王と呼ばれるようになりました。魔物も彼には従順でしたので、益々、魔王のように見えたのでしょう」

 それで魔物が魔王の配下となっていたのか。

「これは神々にとっても予想外の出来事でした。数柱の神が魔王と化した彼を止める為に動きました。返り討ちに遭いながらも、再封印には成功しましたが、その戦闘が原因でパタイアス大陸は海に沈みました。五百年前に封印は内側から破られ、神々との戦いはアレイアス大陸で行われました。アレイアス大陸はこの戦いで海に沈みましたが、決着はロメイラス大陸で着きました。五百年前に私が加護を与えた聖女の魔法で、どうにか封印が出来たのです」

 代わりに聖女は命を落としましたが、と付け加えられた。

「ねぇ、ディアナ。あんたはどうして初代聖女に加護を与えたの?」

 女神の加護云々は初めて知った。率直に疑問をぶつける。

「彼が哀れだったからでしょうか?」

「いや、何で疑問形なのよ」

「当時、神々の間でも『魔王と化した勇者を殺すか否か』で議論が行われていました。私は、どちらを選べば良いのか判らなかった。判断材料を得る為に単身で彼を直接見て、最初に思ったのが可哀想だった」

「同情心が湧いたって事?」

「判りませんが、今思えばそうかもしれませんね」

 そう言って笑うディアナは何処か自嘲気味だ。自棄になって来たのか、ディアナは杯に酒を注ぎ、空にして行く。自分も温くなったハーブティーを啜る。

 会話は途切れ、沈黙が降りる。けれども、嫌な沈黙ではない。少し考えさせられる内容だったので、この沈黙は熟考するのには有り難かった。

 ――仮の話。自分が魔王と同じ立場だったらどうする?

 もしもの仮定。この世界では最早、『ありえない事』だけど、転生の旅をする自分にとっては他人事に思えなかった。

 何故なら、管理化身に守護者の仕事を押し付けられる事が多かったからだ。

 重大な決断や仕事を他人に押し付けるなと、何度も思った。押し付けて来る奴は『他に当てが無い』と泣き付いて来る奴ばかりだった。押し付けも泣き付きもして来ない奴は、覚悟が決まったみたいな顔をして周囲一切を気にせずにガンガン進んで逝く(誤字に非ず)。

 何とも極端な奴らだ。

 ……話を戻そう。

 自分だったら、どうするか。

 余程の事情が無い限り、何も救わない。

 他者への干渉は、己への干渉に繋がる。拒んでも干渉して来る奴はいるけど、無視一択だ。

 自分に干渉して来る奴の殆どは、何かしらの厄介事を自分に押し付ける事が目的だった。

 その最たる存在は管理化身だろう。次点で王族とその関係者か。

 押し付けて、終わったら手の平を返す。そんな奴が多かった。

 二度と顔も見たくない。金輪際二度と近づくな。そう言っても近づいて来たり干渉して来る奴が多かったから、本気で殺意が湧いた。

 今ここにいない奴らに対して殺意を抱いても意味は無い。

 冷め切ったハーブティーと一緒に飲み干して思考から追いやり、ふと、別の疑問が湧いた。

 自分が、五百年前のディアナだったら、魔王にどんな対応するのか。

 難しい問いだが、顔も見ないで放置かな? 顔を合わせたら何かしらの理由で殺ってしまいそうだ。いや、一回会ったけど殺し合いにはならなかったな。

 こうして考えて見ると、自分は魔王に憐憫も同情心も抱いていない事が不思議だった。経歴を知って『他人事に思えない』とはっきりと感じたのに。

 それは何故か?

 神の教えを守って他者を助けて、真実を知って絶望して、助けた人間を殺し回っている。

 滑稽としか言いようがない。

 お前が信じて守った『神の教え』は何処に消えたのかと、問うてみたい。

 けれど、面と向かって問う気にはなれない。

 軽く息を吐くと、今後どうするかの答えが見えて来た。

 あの魔王がどのような道を行くかに興味はない。この世界の今後にも興味が無い。

 では、自分の関心は何か? 

 決まっている。

 この世界に居続けるか、否か、だ。

 魔王にもこの世界にも興味関心が持てないのならば、去るべきだろう。この世界に心残りも無い。

 そうと決まれば、あとは動くだけだ。



 数日後。

 カレイラス大陸の端で準備を行いながら、時間を潰した。準備自体は三日程度で終わったが、買い込んだ食料の消費に数日の時間が掛かった。

 時間を潰すのならダンジョンと言う最適な場所が存在するが、あそこはゲームのように魔物を倒してもドロップアイテム類は手に入らない。同じく魔石類も無い。変わった鉱石類も存在しない。

 食料消費以外に時間潰しの方法は無かった。料理や生活に使えそうな新しい魔法の開発をしてみようかと思い幾つか挑戦してみたが、結果は芳しく無く『黒焦げの何か』が出来ただけだった。固形コンソメキューブの製造研究は時間がある時に持ち越しだな。

 打ち寄せる波音が心地よいと感じる浜辺で最終確認を行う。

 そして、いざ転生の術を発動させようとしたところで、思わぬ珍客がやって来た。

 ディアナではない。

 魔王本人だ。

 一体何処で聞きつけたのか。あるいは、ディアナから直接聞いたのか。僅かに焦燥が滲む目を見ると、ディアナから直接聞き出した可能性も有る。

「あら、魔王じゃない。何しにやって来たのよ?」

「……まさか本当に、我を殺しに来ぬとは思わなかったのでな」

「何もしないって宣言したでしょうに」

 魔法具をポケットに仕舞い、ワザとらしくため息を吐けば、魔王の表情が険しくなる。

「なぁに? まさかだけど、『殺して欲しかった』なんて言わないわよね?」

「!?」

 図星だったのか、魔王の目が一瞬だけ泳いだ。軽い失望を感じながら、問う気になれなかった問いを口にする。

「神の教えを守って人類を助けて、真実を知って絶望して、助けた人類を殺し回り――道化みたいな事をしている奴が、今更、何を求めるのよ?」

「っ、貴様に何がっ」

「ん? 何も分からないし、理解する気も無いが。それがどうした?」

 激昂する魔王に言葉を重ねる。歯軋りしながらも、魔王は黙った。

「ディアナから直接聞かされたけどさ。結局、あんたは一体何がしたかったの?」

「な、に?」

 疑問を直接、魔王に――かつて勇者と称えられた男にぶつけて行く。

「神の教えを守りたかったの? 他人を助けたかっただけなの? 神を救いたかったの?」

 魔王は何も返さない。ただ沈黙が降りた。

「確固たる信念も意志も無い『お人好し』が、バカやったようにしか見えないんだよ」

「――」

 ディアナから聞かされた昔話の感想を告げた直後、魔王の顔から表情が抜け落ちた。

 無表情と言うべきか。何かを悟った顔と言うべきか。あるいは、目を逸らしていた何かを直視した顔と言うべきか。

 魔王の胸中は分からない。

 何を考えているのか分からない顔のまま、ただ静かに時は過ぎた。

 やがて、何を理解したのか、あるいは納得したのか、魔王が目を閉じて息を軽く吐くと――その瞬間は訪れた。

 目を開いた魔王が動いた。合わせて自分も動き、宝物庫から一振りの剣を手元に呼び寄せる。

 

 互いに雄叫びを上げる事無く、ただ無言で、刹那の間だけすれ違った。 


 瞬きの間の交錯で決着は着いた。振返ると、背中に血濡れの剣を生やした魔王が片膝を着いていた。

 魔王に剣を突き立てたのは自分だ。

 無意識に選んだ剣は、愛刀の漆では無く、遠い過去に譲り受けた神剣。今だから思うが魔王を斃すのなら、やはり聖剣の類が相応しいな。

「この、剣は……」

「遠い昔に譲り受けた剣だ。正直言って、使う機会は無いと思っていたんだけどね」

 己の胸に突き立てられた剣を見て呆然と呟く魔王に返答すると、思い出したくない過去が脳裏を掠める。

「千年に一度訪れる滅びを止める為に作られた神剣だ。神に連なるものが作り出した一振りだが、由来なんざ教えたところでお前に意味は無いか」

 己が口にした言葉通り、この男に剣の由来を聞かせてもしょうがない。

「流石はディアナが選んだ聖女、と言ったところか。貴様が何者であるか問うてみたいが、その時間は無さそう、だな」

 その言葉を最期に血塊を吐いてから、魔王は横倒しに斃れた。

 呆気ない。世界を、人類を、滅亡の危機にまで追い込んだ魔王の終わりが――命を賭けた激闘が有った訳でも無く、言葉を交わして刹那の時で終わる――これかと思うと、実に呆気無い。

 剣を引き抜く為に近づいて魔王の顔を見ると、腹立たしい程に非常に満足げな死顔をしていた。

 その顔を見て思う。死を望んでいたと言うよりも、止めてくれる誰かを探し求めていたのかもしれないな。

 剣を回収し、天を仰いで息を吐き、魔王が口にしかけた最期の問いを思い出す。同時に、遠い昔の誰かの声が脳裏に蘇る。

『お前はどう在りたいのだ?』

 自分は何と答えたのか。思い出せないが、今記憶を探る気にはなれなかった。

 何故ならば、背後に数日振りとなる気配を感じたからだ。

「……ディアナ。これで満足?」

「ええ。ごめんなさい、汚れ役を押し付けて」

 振り返らずに問えば、想像した通りの人物からの肯定と謝罪の声が響く。同時に、魔王の体が青い光で包まれた。光が消えた頃には氷の棺が出来上がっており、その中に魔王が眠っている。

「ねぇ、この場所を教えたのはあんたなの?」

「はい」

「何で教えたの?」

「慈悲でしょうか?」

「今更そんなものを与えてどうするのよ」

 ディアナの問いの答えを聞き、頭が痛くなって来た。氷の棺が再度光に包まれると、何処かへと消えた。推測でしかないが、ディアナが何処かに転送したのだろう。

「彼は神の教えを信じて行動し、その果てに魔王となってしまった。その始まりに神が関わっているのならば、慈悲の一つぐらいは『望んだ終わり(報い)』として与えられても良いのではないか? そう思っただけです」

「神が原因で狂ったも同然だから、相応の報酬を、か」

「はい」

 一応意味は考えていたらしい。だが、内容を聞くにディアナの独断のようにも取れた。

 ディアナの独断で行われた魔王討伐なのかもしれないが、現に自分がこの手で討ち取ってしまった。

 その事実を再認識してしまい、思わずため息が漏れ、とある疑問が不意に脳裏に浮かんだ。

「ねぇ、ディアナ。質問が有るんだけどいい?」

「私に答えられる範囲で良ければ」

 背後に振り返り、了承を取ってからふと湧いた疑問をぶつける。

「この星と人類は、このあと、どうなるの?」

 滅びかけた星。文明(生活の豊かさ)の為に星を滅びに追いやった人類。魔王が逝き、神々が未だにいる以上、ただの直感でしかないが何かが起きる。

 だって、魔王が人類を滅ぼして回っているのに、神々はディアナ以外動いていないから。

「神々は、人類を滅ぼします。星を浄化し、再生を試みる予定です」

 ディアナの口から、かなりとんでもない事が平然と言われた。

 神が人類を滅ぼす。正気かと、問いたくなるような事態だが、勇者が魔王にジョブチェンジした経緯を考えると、有り得ないとは言い切れない。

「神々って、魔王を封印したりしていなかったっけ?」

「確かに行いました。ですが、二千年経過しても人類の様子が変わらないままなので、魔王の生死を問わずに近い内に行われる予定でした」

 ディアナの言葉に、何となく嘘が混じったのを感じた。

 魔王の生死を問わずに、と言うのは合っている。だが、近い内に行われるは嘘だ。人類が滅びに向かいかけているのに何もせずに傍観している筈がない。何かしらの仕込みは既にやっていただろう。いや、仕込みを動かしていないから『近い内』なのかもしれないな。

「……そう。神々が大掃除をするのなら、あたしは巻き込まれない内に去るわね」

 今ここで考えても、答えは出ない。

 仮に、ディアナに問うても、神々の会合による決定の真意など教えてくれはしないだろう。神と呼ばれる存在は変なところで秘密主義だし。

 変な事実を思い出し、零れかけた嘆息を飲み込んで、改めて去ると表明する。

 最早、互いに用は無い。利用し合う理由も無い。

 これ以上訊ねる事も無い。

 そう思ったが、一つだけある事を思い出した。

「ディアナ。最後に一つ聞いても良い?」

「? 何でしょうか?」

「些細な事でも良いから、知っている情報を教えて」

「??」

 ディアナが首を傾げている。まぁ、こんな前置きをすれば流石に首を傾げたくもなるか。

「あたしに掛かっている、霊力と転生が続く呪い。ディアナから見て解呪は出来そう?」

 ディアナの傾いていた首が真っ直ぐになり、瞑目して熟考を始めた。

 こんな反応をされると、難易度が非常に高い呪いである事が嫌でも想像出来る。

 この身に掛けられた呪いは、神々に名を連ねる存在であっても、解呪出来ない呪いなのかもしれない。そんな、嫌な想像をしてしまう。

 解呪の方法は探しても見つかった事は無いし、そもそも、呪いの方法すらも判明していない。ディアナが知らないのも、ある意味当然かも。

 瞑目して熟考しているディアナは身動ぎ一つ取らない程に集中している。どれ程のトライアンドエラーを重ねているかは分からないが、答えが出るまで待った。

「……ごめんなさい。私『では』無理です」

「私『では』って、どう言う事?」

 瞑目したままのディアナの引っ掛かる回答に、今度は自分が首を傾げる番となった。

「先ず、転生の術に関しては不可能です。これ程までに高度で複雑な術式は見た事が在りません。術者の殺害以外で解呪方法が有るのなら私が知りたいぐらいです」

 転生の術に関しては『それしかない』と思っていたので落胆は無い。何せ、術者が正体不明で、自分も手探りで情報を集めている状況なのだ。ディアナが知らなくても当然と思える程に情報が無い。

 ディアナは一度深呼吸をしてから、目を開いた。

「次に霊力に関してですが、解呪は可能です」

「! 解呪出来るの!?」

 意外な朗報に驚く。しかし、ディアナが浮かべる真剣な表情を見るに、難易度が高いか、余り良い方法ではなさそうだ。

「はい。ただし解呪は、イリス、貴女でなければ難しいでしょう」

「どう言う事?」

「何かを捧げる事で得た霊力を手放すには、何を捧げたかで難易度が変ります。生贄を一度奉げただけであれば、さして難しくは有りません。ですが、貴女の場合は『奉げた回数が多過ぎる』事も在り、非常に難しいのです」

 奉げた回数が多過ぎる。

 ディアナにはそう見えてしまうのだろうが、自分としては知らぬ間に奉げられていたも同然なので、眉根が思わず寄った。

 しかし、解呪可能と言う言葉は純粋に嬉しい。望外の吉報で、大きな一歩でもある。

「霊力を手放す難易度は『奉げた回数』と『奉げたものの重み』で決まります。それでも、大体は霊力を使い切った状態で『霊力を得る際に定めた停止の術式』を『霊力保持者自身』が使用すれば、ほぼ成功します」

「それじゃぁ……」

 ディアナが言わんとしている事が何となく分かった。

 霊力を得る時に『停止の術式』も設定し、手放す時に『己の手で術式を発動させる』事で、霊力は消えると言う事か。

 念の為にディアナに確認を取れば、肯定が返って来た。

「その理解で大体合っていますが、霊力は簡単に消えません。貴方の場合、仮に成功させたとしても、相当な回数を使い切って初めて無くなります。それに、停止の術式は個々で違いますので共通の術式は存在しません。故に、貴女が霊力を手放すには『停止の術式』を特定する必要が有ります。僅かにでも術式が判明すれば、通常なら解除は十分可能です。ですが、貴女の場合は複雑過ぎる上に、術式の修復機能までもが付いています」

 流石に、これ以上の詳しい術式までは解りません、とディアナが律儀に謝罪して来た。

「いや、解呪出来ると言う事実の方が重要だ。ありがとう」

 糠喜びさせたとディアナは思っているのだろうが、霊力の解呪方法の発見の報は大きい。

 頭を下げてディアナに礼を言った――直後、

「うぉっ!?」「きゃっ!?」

 足元が大きく縦に揺れた。

 転びそうになったディアナを引き寄せて支えながら、周囲を見回す。ここは浜辺。地震が起きたら津波が押し寄せて来る場所。海は荒れているが、地震による津波の前兆たる引き潮は起きていない。

 地震だと思うけど、災害級の直下型地震にしては、何かがおかしい。

「――あぁ。始まったのですね」

 地震の正体に心当たりが在るのか、ディアナがそんな事を呟いた。

 始まった。何が? 人類を滅ぼし、星の浄化と再生をさせる為の、神々の試みが、遂に始まる。

 時間切れ。そんな言葉が頭に浮かぶ。ディアナへの質問の時間を打ち切るようなタイミングだったが、此処が引き際なのだろう。

 そもそも、今日ここで、この世界から去る予定だったのだ。未練がある訳でも無い。魔王との戦闘は、ディアナの御膳立てのようなもの。

 最期に色々と知る事が出来たのだ。思い残す事はもう、無い。

 支えていたディアナを立たせて、改めて礼を言う。

「ディアナ。情報ありがとう。色々と試してみるよ」

「イリス。色々と押し付けてごめんなさい。来世での貴方の幸運を祈ります」

「そこは加護を与えますじゃないの?」

「私の加護はそこまで強く無いですし、役には立ちませんよ。運気を少し強める程度です」

「……確かに微妙ね」

 運気を良くするではなく、強くすると言うのはどう言う事なのか? 強運にするだけか。それだと吉凶混合の強運になるな。五百年前の封印はどうやって成功させたんだろう。

 最後の会話を終え、互いの手を握り合う。手を離した直後、ディアナの姿は搔き消えた。

 軽く息を吐き、海を見る。津波を連想させるような波音は聞こえて来ない。

「今の内に、かな」

 突発的なイベントが発生したが、それはもう終わっている。なら今度こそ、今の内に去ろう。

 ポケットに仕舞っていた魔法具を取り出し、改めて起動させた。

 遠くから大きな音が聞こえて来る。波音かなと、適当に当たりを付けながら今世を振り返る。

 何時ものように、何の収穫の無いと思っていたが、霊力に関する情報が手に入った。

 思ってもいなかった幸運だ。次の人生で是非とも活かしたい。

 決意を固めると同時に、自分の意識は途絶えた。



 何処までも広がる青い空は実に清々しい。現在時刻は清澄な朝ではなく、昼下がり。昼食後に暖かな日差しを浴びると、眠気がやって来そうだ。

 けれど、眠る時間は無い。何故なら、左腕に着けている腕時計型の端末からアラーム音が鳴ってしまったからだ。

 端末を操作して地面に降り、次の予定を思い出しながら歩く。

 あのあとに転生した先は、未来の日本だった。西暦二千五百年を過ぎている。

 少し前まで戦争が何度か勃発したが、今は平和そのもの。あと百年は平和でいて欲しい。

 今の身分は大学付属高校の生徒の一年生。私立では無い。少子化による生徒数の確保の為に、現在何処の国公立大学も付属高校を抱えている。逆に付属高校以外は全て閉校してしまい存在しない。

 教室までの道を歩きながら、今後の進路を考える。

 霊力と言う『オカルト』に分類されるものを調べるのならば、やはり考古学系にした方が良いのか。オカルト系を個人研究と言い張ると少し変な目で見られるこの頃。科学が進んで、アレコレと解明された結果でもある。科学の進歩は生活水準の向上でも在るので、否定はしないが肩身の狭さを感じる。

 今後の当面の生活を考えると、機械技術系にも明るい方が良いだろうか。プログラミングとか。

 思考がまとまらない中、予鈴が鳴った。

 考えるのを止めて歩く速度を上げる。



 一歩ずつ確実に。

 可能性が僅かにでも在るのなら、悩まずに試す。

 失敗しても諦めない。

 今までそうだった。それを、これからも続けて行く。

 それ以外に、希望は無いのだ。



 Fin

 

ここまでお読み頂きありがとうございます。

菊理がついに、霊力に関する情報を手に入れる回でした。

割と早くに書き上がったのですが、作者の都合で書き上がってから少し間が空きました。

今日中にもう一作品投稿しますので、そちらも読んで頂けると嬉しいです。


誤字脱字報告ありがとうございます。

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