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水曜日に知った幾つかのこと・Ⅰ


その異端は名乗りをあげ、この世界においての存在をあきらかにする。





 一クラス三十人ちょい、一学年四クラス。

 

 過疎化の進む田舎の市立中学校なんてこんなもんだ。ウチのガッコは地元では一番大きいとはいえ、体育は男女別に行うため人数が少ないことに変わりはなく、授業のときは一、二組あるいは三、四組の二クラス合同で行うこととなっている。着替えのためにぞろぞろと隣のクラスに流れてく男子に混じり、オレと文、ついでにバカ斗も教室を出た。ちなみにこの時期、体育はほとんど自由時間と化しているため、オレらはサボる気満々である。

「あれ、あんたらどこ行くの?」

 ジャージも持たず着替えもせずに出ていくオレと文に気づいたクラスメイトに声をかけられたが、オレらはひらひら手を振ることで返す。

「代返しとく? それとも保健室?」

「代返でー」

「同じくー」

 苦笑しながらもナチュラルにサボりの片棒担いでくれる友情に乾杯。

「あ、俺もなんか適当に云っといてー」

 バカ斗もオレらにならい、隣のクラスの授業が終わるのを廊下でたむろしながら待ってる連中に声をかけるが、返答は一律にして冷酷、「嫌だ」のみ。

「えッなんで?!」

 ショックを受けましたとでかでか顔に描いてるバカに、さらに追い討ちかけるあたりがウチのクラスだ。容赦ねェ。

「なんでお前のためなんかに云い訳考えなきゃなんねんだよ」

「そんな労力使うくらいなら単語の一個も覚えるわ」

「バレーですぺさるサーブかましてやるわ」

「次体育で三時間目なんだぞ、カロリーの無駄だ」

「ていうかお前が無駄だ」

「大丈夫、お前いなくってもセンセー気にしねェから。寧ろ喜ぶ」

「ちょ、非道い?!」

 なんて息の合ったイジメだろう、なんか打ち合わせでもしてんだろうか。わめくバカの後ろから、オレと文は親指を立てた。グッジョブ。

 異議を申し立ててるアホの襟首引っ掴んで、オレらはそのままずるずる引きずりながら廊下を進んだ。階段を一階半分上がり、立ち入り禁止の張り紙をまるっと無視して、部活ごとに代々伝わる合鍵で屋上に続く扉を開ける。ちなみにこの鍵、何代か前の先輩が職員室から鍵をパチり、合鍵を作製して時の部の長たちに配布したという伝説つきのシロモノである。どこまでほんとかはわからんが。

 そんないわくつきのブツをてのひらの中でもてあそびながら、オレはほっと息を吐き出す。重苦しい灰色の監獄から、外の世界へ出てきた開放感。自由って素晴らしい。

 とはいえ先生方に見つかるとヤバイので、速やかに給水タンクの影に移動。どこにいれば下から見つからないかもばっちり伝承済みである。ジベタリアンと化したオレらはめいめい缶ジュースやらお菓子やらを取り出し、直接コンクリの床に店を広げる。ポテトチップスの袋を皆がつまみやすいように裂いて中央に鎮座させれば、バカ斗が真っ先に手を出した。負けじとオレも四、五枚一気に掴んでキープする。食欲旺盛ゴリラがいるのだ、うかうかしてたら全部食われてしまいかねない。文は缶ウーロンを飲みながら、無言の攻防を展開するオレらを、愛玩動物でも見るような生温い目で眺めていた。

 そんな感じで待つこと数分。

「ごめん、待ったー?」 

「お待たせー」

 こそこそと死角を歩きつつ元気に手を上げて、由宇とメグがやってきた。携帯を確認すると、チャイム二分前。中休みは十五分。遅かったねと話しかければ、メグは仕方ないじゃんと女らしからぬ仕草でどっかと腰を下ろし溜め息を吐いた。

「あたしのせいじゃないもん、男子が騒いでて先生怒って授業終わんなかっただけだもん」

 ふくれっ面をするメグに苦笑する。クソガキ揃いのこの学年では、そんなもんは恒例行事だ。それよりもオレはこいつがなんて云って授業サボったのかが気にかかる。

「別に、普通に具合悪いんで休んできますって云っといてって、友達に頼んで来ただけよ?」

 けろりと云ってのけているが、それが通用する辺りが流石は優等生というところか。普段の信用の積み重ねって大事だよね。ていうか、防空壕探索なんて実際にやっちまうような由宇はともかく、メグは生徒会にも所属している典型的優等生だ。そのくせサボリにまったく躊躇がないってどういうことだろう。この女、学校じゃ大分猫被ってるけど、実際は結構ノリいいもんな。

 持ち込みすら校則違反な大量のお菓子類を、いそいそ楽しそうにコンビニ袋からぶちまける生徒会役員の笑顔に、なんか学歴社会について理不尽なものを感じてみる。所詮世の中、オンリーワンよりナンバーワンだ。

 ちなみにお前はなんて云って来たのと由宇を見れば、さっそくお菓子に手を伸ばしている由宇は、ポッキーをくわえたままにこりと笑った。

「生理痛」

「待て待て待て待て待て」  


 一同全員一斉突っ込み。 


 とりあえず気を取り直し、わざわざ授業サボった本題に入る。別に放課後でもよかったんだけど、話がどう転ぶのか気になって、どうせ授業どころじゃない。他の奴らも同意見で、じゃあ授業サボっか、とバカ斗のお気楽なひとことを全員一致で可決したのは今日の朝だ。サボってもあんまり影響なさそうな(怒られなさそうな)時間を選び、三時間目に決定。呼び出し場所は屋上を選んだ。

「おし、じゃあ今度こそ」 

「うん、呼び出しかけてみようか」

「これで来なかったらおれたちすっごい痛いよね」

「云うな云うな」

「はいはい、そんじゃいっせーの、で」

 よし、と全員で頷いて、すうと大きく息を吸う。


(ボクが誰か、キミたちは知っているよ)


 知っている、聞き覚えのない声。わらう口許。ひらめく色。

 あんなヤツ知らない。呼ぶ名前なんて知らない。

 それは本当。忘れてるだけかもしんないけど、オレはあいつを知らない。

 だけどあいつはオレらが知ってるということを知っていた。それも多分本当。

 だから、呼んでみる。

 フラグは立った。ストーリィを先に進められる。そのための情報が得られる。

 来い、異邦人。


「――――仲間は揃った! 来い、黒マント! 絵本の続きの物語を教えやがれ!」


 せーので一斉に叫んだ声はおかしいくらいにばらばらだったが、云ってること自体はおんなじだった。聖徳太子なら聞き取れただろう、きっと。ていうか、小声で叫ぶなんて器用な真似をやってのけた一同に乾杯。


 ――――風が吹いた。


 世界が変わる。

 なにかがかけちがった感覚。変容し、反転する。

 学校の屋上。でも違う場所。世界。どんな不思議が起こっても不思議じゃない、科学万歳物理法則万歳な世界の理に属さないところ。

 そんな場所にこそ、相応しい。

 ひぃらりゆらめく天鵞絨(ビロウド)の黒。夜空を覆う天蓋のような。ゆれる。


 ふわりと。

 音もなく、ゆるやかに、密やかに、軽やかに。

 影のように、魔法のように。

 その存在は、現れた。


 マントから覗く口許は、相変わらずの三日月笑顔。


「――――教えよう、キミに」





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