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火曜日の放課後の邂逅・Ⅱ

 とりあえず詳しいことは放課後に、ということでそいつとは話をつけたらしい。

「つーワケでオフ会でも開こうかと思うんですがどうでしょう」

「…いいんじゃね」

 なんかあの不審人物見かけたオレらよりも、文のが仕切ってるのはなんでだろう。そして本当ソツがないっつか抜け目ねェな、コイツ。

 名前も訊いてみたけどそん時のお楽しみっつって教えてくれなかったから、オレとバカ斗は大人しく放課後を待った。なんで時間っていうのは普遍なくせに相対的なんだろう。ゲームしてる一時間と勉強してる一時間って、絶対二時間くらいの時差があるよね。このズレを誰かなんとかしてくんないかな。寧ろドラえもんのひみつどうぐ的な、時間を早送りしたりスローにしたり巻き戻したりできるアレが欲しい。つっても、誕生日はとっくに過ぎてるまだアトムが生まれていないように、あと百年くらいじゃあ猫型ロボットは完成しないだろう。空飛ぶ車とかチューブみたいな道路とかみたいな、なんかシュッとした流線型なイメージの未来はオレが生きてる間にはきっとやってこない。畜生、幼稚園くらいの時に見てた夢とか希望はどこいった。

 将来にはなんの光も見えないから授業なんてどうでもいいや、なんて明らか駄目人間的な屁理屈をこねくりまわし、オレは放課後までの数時間を、適当に授業を聞き流しつつ文庫本を読んだり落書きしたりなんかして時間を潰した。そんなんで将来どうすんだってなんて怒られたって、オレが選挙権行使するまでにこの国の経済とかが破綻してない保証もない。とりあえず半世紀以内に憲法第九条改悪してるに50円。

 優等生とは云い難い態度で、苦痛でしかない義務を、今日もなんとか問題を起こさずまっとうしたオレは、文とバカ斗と連れ立って図書室へと向かった。そこが本日のゲストとの待ち合わせ場所とのことだ。引き戸のガラスから中を覗くも、まだ誰もいない。なんとなく肩透かしを食った気分で、オレたちはめいめいパイプ椅子を引いて座り込んだ。

 手持ち無沙汰にそこらの本をぱらぱらとめくりながら、なんとなく無言のまま時が過ぎていく。壁掛け時計のかちこちという音だけが静かな室内にやけに響いて聞こえていた。

 暇なこの時間を有効に活用する、つまりテスト勉強に当てようなんて考える人間はこのメンバーにはいない。オレは図書室に置いてある本読んでるし、文はケータイ弄ってるし、バカ斗はジャンプ読んでるし。ていうかバカ斗、お前は大人しく勉強してたらいいと思うんだ。オレも文もお世辞にも成績が良いとは云えないが、少なくとも赤を取るなんて二度手間になるようなことはしないから。

 なんて親切なことをわざわざ云ってやるような真似はもちろんしないのがオレたちだ。テスト返却時の()(つぁお)な馬鹿の顔を想像してほくそ笑みつつ文庫本の一冊目を読み終えようとした時、

「しっつれー」

 能天気な声がして、がらりと引き戸が開けられた。一斉にオレたちの視線が出入り口を向く。学校のすぐ隣に図書館があるから、品揃えの悪い図書室を利用する奴はほとんどいない。だから今日、ここに来る奴は99.9999%(シックスナイン)の確率で、文が見つけたオレたちの「仲間」だ。

 ひょこんと出入り口から小作りな顔が覗く。バリバリ校則違反の茶色い髪がさらりと肩に流れた。

 あれ、見慣れたその顔にバカ斗がきょとんとまたたく。

「由宇?」

「うんおれです。おはー」

 ぱっと両手のひらを広げて可愛らしく笑ってみせる、一見小柄な美少女でも学ラン着用とかいう市立中学生は、どっからどう見ても隣のクラスの橋本由宇だった。


「へー。なに、そしたらおまえらも見たのあれ」

 飲食禁止の張り紙を堂々無視してパックのジュースを音立ててすすり、由宇は面白そうに笑った。

「おれは今朝会ったよ、その怪人黒マント」

 そのセンスのカケラもない命名に嫌そうな顔をしたのはバカ斗である。

「…なんかどっかの怖い話にいなかったっけそんな妖怪」

「赤マントの仲間だろ、つか話ずらすなバカ斗。いいよ由宇、そんで何?」

 促せば由宇はうん、と頷いて視線を宙にやった。

「えっと、おれ朝ね、泰ちゃんとショーヤとかんなりとザワザワ坂登ってガッコ来たんだけどさ。ほら、知んない? あそこの真ん中ぐらいに、防空壕跡あるじゃん? あそこらへんでね」

 それにあったよ。

 のほほんとした調子で、だけど口許をにやりといやらしく吊り上げた由宇はそう告げた。

 我らが浜見ヶ丘中学校はその名のとおり丘の上に建っているため、登校するには丘を取り巻くように点在する坂道、もしくは石段を登らなくてはならない。ザワザワ坂はいつもオレが登る坂よりひとつ西側にある細い坂で、道路の両側は山肌の土が剥き出しな上に、杉の木が空まで覆っているため昼間でもジメジメと薄暗い。おまけにやたらと登りがキツイので、通学する中高生以外はほとんどその坂を通らない(ちなみに小学生は絶対通らない。テケテケとかひらひら女とか白線ババアが出るから)。

 そんなある意味デンジャラスゾーンに、子供らの間で色んな噂が立つのはまあ当然の摂理だったんだと思う。それはお化けが出るなんて眉唾モンな話から、戦時中の防空壕跡が現存し中に白骨が積まれてるとかちょっと現実的なものまで、色合いは様々だった。しかも後者は根も葉もない訳でもないから余計に浸透度は高かった。実際戦時中はこんなド田舎にもB29が飛び交い、市民はそこここに防空壕を掘っていた、とは御歳八十歳のオレのバア様のお話である。

 好き好んでヤブ蚊だらけの雑木林に入り込むなんてことをする物好きはそうはいないが、そこは悪戯盛りのトムソーヤ(クソガキ)にはこと欠かない浜見ヶ丘中学生のことである。そんな生きた歴史の証言に背中を押されたか、最近徒党を組んで藪の中を分け入ったアホがいたらしい。そんでマジで防空壕跡を発見しやがったという話が、最近まことしやかに付近の小中高生の間で囁かれている。真偽の程は定かではないが、「ザワザワのどこかに」から「ザワザワの真ん中辺の西側の藪に入ってちょっと行ったとこ」にまで場所が特定されればなんとなく本当っぽい。確かめに行く気はそんなにないが。

「…ていうか、なんでザワザワ?」

 ふと気がついてオレは首を捻った。オレとバカ斗と由宇、ついでにさっき名前の出てきた泰明、翔也、一成は、クラスこそバラバラだが同じ小学校出身で、それなりにご近所なこともありガキの時は互いの家に上がり込んで遊び倒したこともある。だからこその疑問なのだが、こいつらの家から登校するならばザワザワは思いっきり遠回りだ。他の道ならばコンビニに寄り道したなんてこともあるだろうが、ザワザワ坂の周囲にはコンビニどころか民家すらほとんどない。だから小学生は余計に敬遠する訳だが。

 そこらへんどうしてと問えば、由宇はにこりとそこらの女子よりよほど可愛らしく微笑んだ。

「いやちょっと、昨日防空壕でダベってた時に、泰ちゃんが数学のプリント忘れてきちゃって。それ取りに行くのに付き合ってたの」

 今日あれの答え合わせやるって云われてたからと軽く云ってくれる少女少年に、ヤツ以外の一同(オレ含む)は三秒ほど沈黙。

「「「…待てわざわざ防空壕探しに行った物好きはお前らか!」」」

 静寂の後一斉に口から飛び出した突っ込みは寸分のブレもなかったことをここに明記しておく。 

 馬鹿が結構身近にいたという事実に、呆れてものも云えないというのはこういうことかと十五年ちょっとの人生で悟ってしまったオレ、なんか可哀想だ。まだ若いのにこんなんじゃこれから先どうなんだろう。ちなみに他ふたりも絶賛絶句中。由宇はそんなオレらの反応がとてもお気に召したようでにこにこと機嫌がいい。

「ちょっと木ィ茂ってて分かり難かったけどね、でも結構簡単に見つかったよ。夏場はすっげえ涼しいから溜まり場には丁度いいよ。虫除けやってこないとすごいことになるけど」

 ちなみに白骨はなかったかな、残念ながら。楽しそうなお言葉にはもう、そーですかー、としか返せない。 

 とんだトムソーヤもいたものだ。ミシシッピ河が育んだ彼の永遠の少年に憧れがないことはないが、人殺しとの対決なんてゴメンである。そしてどっちかっつと、ハックルベリのほうが好きだったり。

「……うん、まあいい。由宇、お前の防空壕発見談はあとで聞かせて。それよりあの変態にあったときのこと喋れ」

 意外にもいちはやく正気を取り戻して軌道修正を図ったのはバカ斗であった。由宇ははいはいと若干つまらなさそうに肩をすくめて語り始める。

「防空壕でね、プリントとって、そんじゃガッコ行くかって、防空壕の中から出たときね。おれ出るの一番最後だったんだけど、後ろから声かけられたんだ」

 後ろから。唐突に。

「おれたち以外、誰もいなかった防空壕の中から、おれ、そいつに声かけられたんだ」

 先程までのおどけた様子のまるでない由宇の声。瞳。どんな馬鹿でもその話が真実なのだと悟らざるを得ない。まんまホラーの語り口に、ざっと血の気を引かせたバカ斗がぐううと変な声を出した。ちなみに怪談がマジで駄目なこの男が逃げ出さないよう、ヤツの学ランの裾はオレとアヤによってがっつり掴まれている。

 その様を見て由宇がふふと笑った。

「うん、おれも結構びびったよ。だっていくら薄暗いたって、人ひとり見落とすほどじゃねーし。防空壕はほんとにただの穴倉で、隠れるトコなんてどっこもないしさ。ここで死んだ人の幽霊かって最初思った」

 つってもおれのジィちゃんに聞いた話、防空壕使う機会はなかったらしいけどさ。そう笑って、ふと笑みを引っ込めた由宇は真っ直ぐにバカ斗を、オレを、文を見た。

「――――仲間を探せって云われたよ。向こうもおれを探してるから、全員見つけろって。そうしたら次のステージに進むんだってさ。早いとこフラグたてないと、終わりが始まるって、云ってたよ」

 その言葉に、オレたちはそれぞれ顔をしかめて黙り込んだ。まったく、不吉な予言もあったもんじゃない。

 奴の告げる言葉は、託宣に近い。

 預言書に記された史実を宣告する降巫のように、奴は淡々とそれを述べる。

 それはさながら神の御遣いのようで、機械的で本能的な仕組みには、奴自身の意思はない。

「…終わりの始まり、…ね」

 その言葉の持つどこか禍々しい響きを感じ取ったか、文が苦い顔で呟いた。  

「なんだよそれ、わっけわかんない。つーか、あの黒マント自体が訳わかんない」

「ですよねー」  

 青い顔でバカ斗が相槌を打つ。さっきの由宇の怪談っぽい話が尾を引いているのか、昨日までは全然平気だったくせにいきなり弱腰になっている。

「つーか、今その可能性はじめて考えたんだけど。…あれ、幽霊とかそこらへんってこと、ありえるんですかね?」

 あー。オレと文は顔を見合わせた。そういやぱっぱぱっぱ出たり消えたりしていたな。その可能性もあるってことを失念していた。なんだ、世界系ファンタジィかと思ったら学校の怪談だったのだろうか。しかしそれについては、他ならぬ由宇があっさりと否定してのけた。

「いや、あれ人間でしょ」

「え? あんな簡単に出たり消えたりする非常識な奴が人間? なんで!」

「…非常識って問題か…?」

 バカ斗の叫びに文が首を傾げるがそれはスルーされる。いや単なる野生の勘なんだけどね、両手を開いて見せながら由宇は詰め寄るバカを無視してオレらを向く。

「あれは生きてる人間。色々おかしいけど、流石にそんくらいは区別つく。…つかあの声、おれどっかで聞いたことあんだよなあ…?」

「「「マジでか!!」」」

 それは新情報である。オレたちはいっせいに色めき立った。

 そういやあいつオレらはあいつのこと知ってるはずだみたいなこと云っていた。そしたらやはし知り合いなんだろうか。確かに今思うと、声とか背格好に覚えがないわけでもない、かもしれない。よくわからん。人の顔とか名前とか覚えるのはものすごく苦手だ。

 由宇の知り合いイコールオレらも知り合いな可能性は大分高いが、ひととおり脳内メモリに検索かけてみても該当がなかったオレはそうそうに諦めた。文も同じく、バカは云うに及ばない。

 気のせいってことはないの、文の問いにいやあ絶対どっかで聞いたはずと由宇は諦め悪くうなっている。

「ぜってー知ってんだよあいつ…。…知ってる誰かと中の人同じなのかなあ…?」

「中の人云うな」

 あほなことを口走る由宇を同時にどつく文とバカ斗を眺めながら、オレはひとり溜め息を吐いた。

 メタフィクションを気取るには、オレらはあまりにこの世界のことを知らなさ過ぎるのだ。日常の間に見え隠れする、この物語のことも。




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