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ユーウツな月曜日・Ⅲ


「おかえり、ヤツら黙った?」

「黙らしてきた」

 馬鹿共を静めて(沈めて)部室に戻ったオレは、ひとり部室に常備してある粉末ポカリでのほほん茶していた文の正面に再度座り込んだ。腹の底から怒鳴ったせいで少しひりつく喉に、とっくに温くなった500ミリペットボトル入りのアクエリアスを流し込む。やっぱぬるい。

「そんで? さっきの話の続きって?」

「うん、はいはい。あのね、それこそ草の根をかきわけてっつか根こそぎっつかしらみつぶしっつか、そんなかんじで色々やったわけよ。なのに、なんも出てこなかった」

「……はあ」

「…お前イミちゃんとわかってる?」

 ジト目で睨んでくる悪友に首を傾げる。

「…え、だからなんもわかんなかったんでしょ?」

「………おまえもうミステリフリークの看板下ろせ。読んでもちっとも意味ねえじゃねえかよ。ちょっとは推理っつか察せよ」

 半眼で睨まれた。

「うっせェよどうせオレはミステリすらキャラ読みだよ悪かったな。江神さん格好良いんだよ火村先生大好きだ、榎さん素敵過ぎるうっかり言動影響受ける程にはな。そしてそれはどうでもいい、解説しろ」

「なにその上から目線!」

 マジで榎木津だなテメエと嫌そうに突っ込んで、文はひとつ溜め息を吐き、ガシガシと頭をかき混ぜた。あーとかうーとか呻いて、そのまま考え込むように数秒間目を閉じて黙る。

「…あーのね。お前から頼まれて朝っから色々嗅ぎまわったでしょ。まあ考えられるようなの全部調べて回って、そんでもなんもなかったわけだ」

「ふんふん」

 文はそこでオレを真っ直ぐに見た。少しだけ寄せた眉は、不審と疑問と困惑。

「なんもなかったんだよ、トーカ。本当になんもなかったんだよ。おかしいでしょ? 本鈴五分前なんて、月曜日じゃ逆に人多いのに、誰も見た奴いなかったんだよ。お前だけ。他は誰もいなかった。このアヤ様になんの情報も与えない、その状況がまずおかしい」

 さりげ自分を称える発言が入ったが、それはさておき確かにおかしい。文の云うとおり、休みボケの月曜の朝など、遅刻ぎりぎりに登校する連中はいつもの20パーセント増しにはなる(当校比)。特に今はテスト一週間前。部活もない分更に多いだろう。なのに何の目撃情報もない?

「でもあの時間帯にあそこ通る奴が誰もいないのはありえんでしょ?」

 アクエリに口をつけながらそう云えば、文はけろりと頷いた。

「もちろん。んーなこたありえん。実際なかった」

「…えっと? 通った奴はいるのね? オレ以外に?」

「うんそれはもちろんいるさ。ただ、マント被った不審人物もそんな変態と会話してるお前も、見た奴誰もいなかったってだけで」

「…は? えッなにそれおかしくね?!」

「おかしんだよ完全に!」

 どん、と床を叩いて文は怒鳴った。

「お前公道のド真ん中とはいわなくても普通に歩道にいたんでしょ?! 時間だって予鈴から本鈴の間五分間、場所は学校のすぐ下あたり市民会館前! な、の、に、確かに条件それで間違ってないのにだーれも見た奴いやしねえ! ありえねえ! なになんか特殊な力場でもできてたか?! つかお前ら透明マントでも使ってたんじゃねえの?! それか石ころ帽子とか!」

「持ってねえよそんなもん」

 とんでもねえいいがかりに顔をしかめて、オレはひらひら手を振った。

「どっちかっつーとそれ神隠しのほうだろうよ、近くにあやめいたんじゃねえ? ってンなことどーでもいい、え、何それ確かなワケ?」

「当たり前だ」

 胸を張る悪友に遠い目をしてそーですかー、と返し、オレはとりあえず途方に暮れた。

 この場合、なんの情報もなかったこと、それ自体が情報だ。こいつの情報網に引っかからないご近所事情なんてありえない。としたら、考えられることなんて思いっきり限られる。例えば、――――非常識、とか。

「ねーアヤーなんかオレすっげーヤな予感すンだけどー」

「うんなんかちょっとすんねーでも巻き込むなよ」

 先に釘を刺された。

 ち、と舌打ちをひとつして、アクエリをあおる。思い浮かべるのは黒い外套のこども。オレを見て「見つけた」とかのたまった。「見つけた」。奴は「オレ」を探していたのだろうか。それとも不特定多数の中の、なんらかの条件を満たした人間を? わからない。

 そしてどちらにしろ、オレは見つけられた。ならばオレはどうなるのだろうか。それとも何をすればいいのかというべきか。奴は「物語を紡げ」とかほざきやがったけれど。つか人になんかしろとか云うんだったらもうちょっと具体的に云いやがれ。まさかマジになんか創作しろって訳でもあるまいに。ぐにぐにとこめかみを揉み解しながら、文に問いかけてみる。

「……あー、なあアヤ、お前的にはアレなんだと思う?」

「えー? んな、見てもいねーヤツのこと訊かれてもなあ…。…えー、なんか悪の魔法使い的な黒マント?」

「…あー、なんかそんなかんじかも。なんか面白いこと云ってたし」

「面白い?あー、なんか、その始まるのがどうとか物語がこうとかって云ってたってやつか?ていうか黒マントで世界がどうこうって、マジでどっかの魔法使いだったりしてな」


「……なんだってェ?!」


 文の言葉に返したのはオレではなかった。酷く驚いた様子でずかずかと部室に乱入してきやがった第三の人物は、

「「バカ斗!」」

 ハモりで訝るオレらを意に介する様子もなく、誠斗は初めて見るかもしれない真面目な顔でずずいと文に迫る。

「え、ちょ、弘前さんそれ今の何の話?」

「え、今のって?」

「だから、黒マントがどうとか物語がこうとかって今云ってなかった?」

「え、や、うん、云ってましたけど」

 思わず敬語。

「…えっと、あのバカ斗さん?」

 いつになく押しが強いヤツにそーっと声をかけてみると、今度はぐりんとオレのほうに詰め寄ってきた。…なんだ、ちょっと怖いぞなんか。

「おいモリト、それってなんか、えー、なんつーか、その、なんかめっさ怪しさ全開の黒マント? なんか浮いてるっつーか、写真とか切り貼りしたみたいな感じの。なんか始まるしなんかしろみたいなことほざいて消えてった非常識な?」

 オレらが驚く番だった。




「…えー、つまりだ」


 文がすんげえ嫌そうな顔で、こほんと咳払いをする。

「つまり、何? 田下君も遭遇したって?そのなんか怪しい黒マント」

 オレが(仕方なく)出してやった(薄くてぬるい)粉末ポカリを飲みつつ、誠斗は頷いた。

「うん、そう。なんか、えー、黒い絵本のモノガタリはまだ始まってないし、始まるし、シュウエンとかいらんかったら自分らでなんか作れみたいなことほざいて消えた」

「…トーカに云ったこととほぼ同じ、か?」

 意訳にも程があるが、まあ間違ってはいない、と思う。全国共通名探偵のポーズで考え込む悪友に肯定の意を込めて視線をやり、オレも天井を睨んで考える。ふむ。

「…お前は? 近くに人とかいた? なんか力場できてたっぽい?」

「あー、…たぶん出来てた。誰もいなかった。静かだったし。そいつが消えて、またうるさくなった」

「…なんか出来てたねえ、それは…。閉鎖空間ぽいのが、確実に…」

 あちゃーと文がデコを押さえてうめいた。たぶんそれは確実だ、つーかこんな田舎にマントとかの不審人物が二人も三人もいてたまるか。

「で、田下君はその黒マント、いつ見たの?」

「さっき。部活時間始まる前だし、あー、三、四十分くらい前?」

「さっきィ?!」

 オレと文の呆れた声がハモる。

「つかおま、そんな非常識なことあったすぐその後によくエロビとか見る気になれんな…」

「うっせ思春期真っ只中の健全な男子中学生なんてそんなもんだ」

 胸を張る馬鹿に頭が痛くなった気がした。こいつと同じ歳で学年とか信じたくねえ。あーもうお前全国の健全な男子中学生に謝れ。去勢して謝罪しろ。お前俺に死ねってか?! 安心しろ大丈夫だ、どうせテメエのモンなんて使い道ねェよ人類の繁栄上的な意味で。ええええ断言されたよ俺エェ?!

 なんか悲痛に叫ぶ馬鹿はほっとくのが一番。アホな会話を打ち切って、今度はむうと嘘くさいほど小難しい顔をする文の相手をしてみんとす。

「そんでどうよ明智」

「誰がだ」

 即座にツッコミが返ってくる。この打てば響いてくれるあたりがオレとこいつが腐れ縁やってる所以だ。そろそろいい加減どうにかしたいもんだが。ていうかそれは小五郎のほうだなと文がマジで睨みつけてくる。

「貞子な方とか云ったら殴んぞテメエ」

「あーあー探偵のほうだから拳握んな、あの変態武将じゃあないから、だから振りかぶんな。それはどうでもいいからどう思う」

「どう、っつわれても」

 絶対的にデータ足んないしなあ、うなじを掻く文の表情は困惑が色濃い。当然だ、いち公立中学生には奴の云っていることは二次元に過ぎる。

「世界とか物語とか、ご大層なこと云ってっけどさあ。さすがにねーわそんなん」

「だよなあ。冷静に考えてみりゃ結構イタいこと云ってるよな。明らか中二病だよな」

「終焉て何? って話だよね。世界とかだったらマジでヤバイよ。セカイ系とかマジ痛いよ」

「てゆかさ、」

 文とふたりで云い合っていればイジケていたアホが復活して口を挟んできた。はーいとよいこのポーズで右手を上げる馬鹿にイラっときながらも指名してやる。はいバカ斗。馬鹿はバカじゃねえよとか云いながら少しばかり真面目な顔になって、


「シュウエンって何?」


 オレと文からフクロにあった。




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