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ユーウツな月曜日・Ⅱ


「よーおトーカ、アタマのネジ大丈夫かー?」


 開口一番、とんでもなく失礼な発言かましてくれやがった我が親愛なる悪友に、オレは中指を立ててやることで返した。

「っせェよバーカ。…あークソ、まだ痛ェ。いっちーも手加減すれもうちょっと…」

「やー、してんでしょ。してなかったら痛いだけじゃすまんだろ。元ボクサーのげんこだし」

「だからこそだ。もうちょっと、せめてマジにもうちょっと。つかなんで元ボクサーがガッコの先生とか」

「知らん」

 あー痛て、呻いて机の上に突っ伏す。結局、見事に遅刻したオレは担任の市村センセ(通称・いっちー、技術教師)から愛の鞭と称した鉄拳制裁を受ける羽目になった。絶対脳細胞万単位で死んだ。来週のテストどうしよう。あ、なんか今唐突に腹立ってきた。クソ、なにもかもあの怪しい黒マントの所為だ。遅刻したのもオレの頭が痛いのも空が青いのもポストが赤いのもなにもかもあの不審人物の所為だ!

 つーかさ、オレが激しく奴を呪っていると悪友こと弘前文が不思議そうに問いかけてきた。

「珍しいねーお前が遅刻とか。どうしたん?」

「あー? …ああ、そうだ」

 がばりと背筋を使って跳ね起きて、文の胸倉を引っつかむ。

「ちょお聞けアヤ。朝ちょっと面白いっつか腹立つっつか、なんか非常識っぽいことあった」

「…はァ?」

 遠慮なく胡散クサそな顔してくれる悪友に朝あったことをまくしたてる。独断と偏見と悪意に満ち満ちている説明を受けて、文はふん、と眉を寄せて唇を尖らせた。口元に手を当てた名探偵のポーズ。純日本人風の白い顔に乗った切れた一重の瞳は好奇心に輝いている。

「はゥン? 何その電波。マントとか有り得ねェ。どこのハリポタ? つーか預言者? トレローニ先生?」

 今頃ハマったらしい。

「いや知らんし。それ訊いてンだけど」

「つまり仕事か。良いよ、ジュース帰りにね。ウーロン茶ね」

「……おぅ」

 ちゃっかりしてやがる。月末に百二十円の出費は結構痛いがこれで交渉は成立した。

 新聞部部長を務めるこの悪友は、なんか無駄に広範囲・高性能な情報網を所持している。町中に盗聴器でも仕掛けているか、ホームズみたくベイカーストリートイレギュラーズでも雇っているんじゃないだろうか。それとも明智の少年探偵団か。小林少年誰だよ。そして使いたいときには便利だが、なんかヘマ仕出かそうもんなら翌日には確実に奴の耳に入ってるっつうから油断なんない。ちくしょ。

 いつまでにわかる、鳴り響くチャイムに次の授業の教科書とノートを机の上に準備しながら訊ねれば、文は自分の席に戻りながらにんまり笑う。どこぞの名探偵のように自信満々で、どっか危険な笑みだった。

「放課後。…まぁ見てな」

 なんとも頼もしいお言葉に、オレはお願いしますと頭を下げた。


「悪い、結論から云うとなんもわかんなかった」


 放課後の誰もいやしない部室に入るなり文はそう云った。ウチの部はほとんど帰宅部と化しているので、密談するには丁度いい。運動部特有の汗臭さっていうか、なんともいえない臭気にさえ目をつぶればだけど。

 つか朝から今まででマジに調べやがったのかお前。唖然とするオレを他所に、報酬の缶ウーロンを開けながら調査結果を報告する。

「悪いね、色々聞き込んだりとか色々してみたんだけどさ、そんな不審人物の目撃情報とかなんもなかったわ。こっちにだって意地とかプライドとかあるし、頼まれたからにはきっちりお仕事しないと駄目だと思ってホント色々あたってみたんだけどさ、まるで情報ナシ。ごめん」

「それはしょうがないとして、お前の今の発言の端々に現れる色々っつのがなんか激しく気になるんだけど、オレとしては」

 絶対なんか怖いことだと確信しつつも突っ込まずにはいられない自分のツッコミ体質が憎い。文は缶ウーロンを両手で持ちながら、やけに可愛らしいしぐさでことん、と首を傾げた。

「聞く?」

「ごめんなさいなんか怖いことになりそうだから全力で結構です」

 即行で遠慮したオレの選択は絶対に正しい。

 まあそれはともかくとしてさ。云いながら文は飲み干した空缶を部屋の隅に備え付けてあるゴミ箱にバスケのシュートの要領で投げ入れた。壁にバウンドしてゴール。ナイッシュ。でもゴミは分別しような。ぱちぱちとなおざりに拍手してやれば調子こいて手を振るけど、こちらを見る目は少し真剣で、オレもなんとなくシリアスモードに移行する。ちょいちょいと指で招かれ、オレたちは顔を寄せた。ふたりきりの部室(施錠有り)で何やってんだって話だけど、そんなモン答えは決まってる。ノリだ。

「ハナシ聞いててさ、確かに目撃情報はなんもなかったんだけど、ちょっとおかしいことあったんだわ。ある意味、これが一番の情報かもしんない」

「…なに、それ?」

 文が声を低くし、オレも珍しくマジになる。自分で云うのもアレだけど、オレが真面目になんかするなんて一週間に一回くらいしかない。つまりこれで向こう一週間はおちゃらけていられるな。

「あんね…」


『ああん!』


 ガン!!

 唐突に聞こえてきた女の喘ぎ声に、オレたちはそのまま頭をぶつけた。

「……っ痛ぅー……」

「~っどこのバカだよ部室でエロビデオ見てるとか…!」

「隣って何部だっけ?」

「男バス…あ! わかったバカ斗だ!」

 オレは立ち上がり部室を出ると隣の部屋のドアを大きな音を立てて開け中へ乗り込んだ。つか鍵くらい掛けておけ。

「おいテメエバカ斗ッ! エロビとか見ンなら自分ちで見ろせめて音量とか考えろッ!」

「うおおッ?!」

 ノンブレスで腹の底から怒鳴りつけてやれば、突然の闖入者に焦ってテレビ画面を隠そうとするバカ斗と愉快な仲間たち(またの名をバスケ部員)。

「えッ、モリト?!」

 黒髪短髪、俺より頭ひとつはデカいゴリラライクなクラスメイト(不本意)が、オレを見てひきつった悲鳴を上げた。頑張って隠してるつもりで実は全然隠しきれていない画面では、予想通り巨乳美人と男たちが盛っている。真面目な話の最中に邪魔されたムカつきがソレを見てさらに増幅する。とりあえず馬鹿の大将には、

「とうっ」

「ぐべらっ?!」

 シャイニングウィザードを喰らわして沈めてみた。うん、我ながら綺麗に入った。満足。

 もろに喰らって悶絶する馬鹿をぐりぐり踏みにじりながら、今度は愉快な仲間たちを顔だけで振り向いた。視線を向けられた後輩連中は面白いくらい一斉に背筋を正す。

「オイ二年。それ消せ。ビデオ出せ」

「はいッ!」

 ぎんと睨みつけてやればいちばんテレビの近くにいた少年Aがすぐさまテレビの電源を切ってビデオをデッキから取り出した。こころなしか顔が蒼い。あれ、どっか具合でも悪いのかな。

「テメエ……モリト」 

 後輩の顔色を心配するオレの足の下から潰れたゴリラのようなうめき声がした。残念ながらまだ息はあるようだ。

「何だバカ斗。潰れた馬鹿みたいな声出して。いや違った、潰れた馬鹿の声出して」

「そのまんまじゃねーかよ! 云い直す前より非道エよ! つか良い加減足どけろ! そしてぐりぐり踏みにじンな! てゆーか俺の名前誠斗ですから!!」

「やかましい」

 最後に全体重を掛け丁寧に踏んでやってから、苦悶の表情で脂汗を流す馬鹿、あるいは田下誠斗の胸倉を引っつかみ、にこりと優しい笑顔を向けてやる。その瞬間誠斗はざっと血の気を引かせたが、あえて無視して馬鹿でも理解できるように優しい声で問いかける。

「あのね、バカ斗? ここは学校でね、つーかウチの部室の隣でね? そしてオレら今ちょっと真面目な話してたのね? そこで18禁の音声とか聞こえてきたらさすがにちょっとキレるよね? そこまではわかる?」

「はいわかりますっ」

 いい返事だ。

「うんじゃあもうちょっと静かにしようね? 精神年齢の低さと頭の残念さはまあおいとくとして、一応生存してきた年齢的には中三なんだからそんくらいできるよね? できないってんなら別にそれでもいいよ? オレが協力して永遠に黙らざるを得なくさしてやっから。大丈夫、痛いのは最初だけだから。すぐにイッちゃうから」

 別名恫喝とか脅迫とかとは云っちゃいけない。

「おま、その「イく」って「逝く」としか聞こえ…いやなんでもないです、スイマセンでしたっ」

「ん」

 頷いて、オレは二年に指で指示を出し、恭しく捧げられたエロビ(タイトル「セーラー服は危険な香り」。どうでもいいがさっきの女優、絶対制服着るには五年は遅い)を摘み上げた。

「とりあえず没収。文句は?」

「「「ないです!」」」

 こういうのを「付和雷同」って云うんかなと思ったのは、六時間目が国語の授業だったからだろう。





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