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ユーウツな月曜日・Ⅰ

物語は始まらない。ただ、それはそれだけのことだった。




 唐突だけど、オレは月曜日が嫌いだ。

 眠い目をこすりこすり学校なんかへ行って、大して仲良くもない「トモダチ」達と結構無理して笑いあって、苦痛でしかない授業を受けながらひたすら次の休みを夢見て、長い長い拷問を耐え抜かなくっちゃいけないんだ。嫌いになって当然っつか、嫌いになる以外の選択肢がありえない。

 あー、あとついでに、無駄に長いくせして中身のない校長の話を聞かなきゃならない朝会があるってのも、理由のひとつになるか。どうでも良いけれどなんであーゆうエラそうなオッサンの話って、話の長さと中身の無さが比例するンだろう。そのうち誰かが研究して結果を発表してくれないモンだろうか。今年の夏休みの自由研究で、「あくびは空気感染するか」ってタイトルの小論文提出したウチのクラスの学級委員あたり。駄目かな。

 なんにせよ、オレが月曜日を嫌いなコトは変わらない。

 だからその日も、オレはすっげ仏頂ヅラでうんざりと坂道を登っていた。一日分の教科書とノートの他に、体操着に上履きまで詰まってパンパンになった学校指定鞄はムカつく程に重い。月曜日はいつもより荷物が多いからそれも嫌いだ。その上部活の荷物まで持ってかなきゃなんない日には目も当てられない。しかもこの坂道、両脇山だから虫とか蛇とか多い多い。時々タヌキだのカモシカだの下りてくるし。エンカウントはいいけどちょっとビビるから、登校中には勘弁して欲しい。つーかなんでこんな無駄に坂とかあるんだろ、下に建てろよ下に。登校することになる生徒のことも少しは考えやがれってんだ。

「…ッはー…。疲れた…」

 オレは坂を上り終えたところ、微妙に下りになっている平らな道端で、大きく息を吐いて呼吸を整えた。低血圧なのか何なのかは知らんが、オレは朝という時間帯はたいてい機嫌が悪い。目つきの悪さも120パーセントだ(オレ比)。今のオレをガキが見たら絶対泣く。まだ登園時間になってなくて良かったなーと通学路沿いの道に面しているまだ静かで人気のない幼稚園を横目で見た。幼稚園の錆びた門すら今のオレにはなんか腹立だしい。八つ当たりにも程がある。

「つか誰だよ、こんなトコにガッコウ建てるって決めた奴…。卒業したら覚えてろ…。絶対ェお礼参りにいってやる…!」

 云ってるコトの意味不明さと理不尽さも絶好調だ。朝だから。

「…あークソ。…行きたくねェ……」

 そんでも行かないわけにはあんまりいかないので、オレはまた足を動かした。予鈴も聞こえて来やがったし、クソ、と舌打ちして50メートル8,1なそれなりの運動神経をフル使用して走り出す。走ればこっからなら二分も見れば余裕で着く。

 ざ、と秋の終わりの風が、少し汗ばんだ額に張りつく髪を揺らした。紅く色づいた葉が蒼い空へと巻き上げられ、消える。その光景に魅入られたか。走っていた足の動きがだんだんゆっくりになって、止まった。

 綺麗だなと思ったのだ。どことなく幻想的で、少しだけ非現実的なそれは、終わりと始まりを予感させた。それが善いものか悪いものかは、判りかねたけれど。


 そしてその予感は現実となる。

 

「―――――――見つけた」


 ザワ、

 秋の終わりの冷たい風に似た声が世界を揺らした。Hush-a-bye,baby, on the tree top.ここに発生したひとつの世界は、その唄にすべてが集約されていた。吹き渡る世界はまるで木の枝のようにざわめき揺れる。赤ん坊入りの揺り籠を載せたそのように。折れてしまえば、全て崩れ落ちる、そのように。

「………何」 

 オレは少し離れたところに立つそいつを睨みつける。オレとそんなに変わんないくらいの年のこどもなんじゃないかと思った。なんかのRPGみたいなマントを頭からすっぽりかぶったそいつの顔は見えなかったけど、背もそんな変わんないし声も普通に若かったから。

 けれど格好よりなにより、そいつはただ異質だった。格好の所為だけじゃない、そいつは確かにこの世界において浮いていた。蒼い空も、紅い枯葉も、田舎の街並みも、錆びた街灯も、古びた校舎も、車のエンジン音も、全てそいつにはそぐわない。いうなれば三国志時代に紛れ込んだ伝説の勇者のように(今オレが何のゲームやってんのか丸分かりだな!)、そいつは確かに、この世界に属さなかった。

 ああだけど、一体どんなホルモンがオレの脳内で分泌されていたんだろう、オレはあっさりとその非常識をオレの世界に受け入れていた。それはあくまで一枚の風景画の上に貼りつけられた切抜き写真みたいに、どこまでも余計なパーツであり、せめて合成写真くらいのレベルはいっとけよとか思うくらい違和感バリバリだったけど、オレはちょっとおかしいくらい普通にそいつと相対していた。

「何、見つけたって。オレアンタ知らねンだけど。誰。先に云うけど麒麟ですとかオチなしな。中国系ファンタジーならオレはどっちかつうと無双派だしな。つか知らねェヤツに見つけられる筋合いもねェし。なんだ。いつの間にかリアル鬼ごっことか始まってンのか。未来日記も持ってねえぞ。てゆか誰だ。アンタ」

 得体の知れないモノに抱く、なんとはなしの気味の悪さと僅かばかりの畏怖。そして好奇心と、―――高揚感。世界が変わるかもしれない。その期待と不安。物事の始まりに感じるそれを感じて、知らず饒舌になる。


「……まだ、始まってはいないんだね」


 オレの質問全部さっくり無視してくれてそいつは云った。喧嘩売ってンのかテメエ。

「何がだ始まるとか。二学期ならとっくに始まってるし体育祭終わったし文化祭もこないだ終わった。あとは始まるっつったら来週の期末くらいだ。それがどうした」

 思い切り喧嘩腰に云ってやれば、そいつはすこし、笑ったようだった。


「……そう。まだ、始まってはいないのか」


 完璧ムシ。喧嘩販売確定。

 そいつはマントを風になびくにまかせたまま、高らかに高らかに唄うように、そうして告げた。

 それは、世界への宣言。


「ならば、まだ始まってはいないと云うならば。ボクはココに宣言しよう。キミ達がこれから紡いでゆかねばならない物語を。黒い絵本に記されているは終焉を綴る物語。キミ達がそれを希まぬと云うならば、新たな物語を、明日へ続くそれを紡いでゆかねばならない」


 そこだけ露出している口元が弧を描く。これ以上の愉しみはないとでも云いたげに。

 影が嗤う。三日月の笑みで。これからはじまるモノガタリを嘲笑うように。


「――――さあ、キミよ。物語を、はじめよう」





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