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BEHAVIOR  作者: 加藤
第一章 刺激的な生活なんて、もういらない。
6/6

隣に誰か。

遅い。遅すぎる。ごめんなさい。

頭がうまく働かなくて。

 

 第六話 隣に誰か。


 時刻は八時過ぎ。

 二人が帰ってきても詩代が二階の自室から出てくる事はなかった。

 雪が扉ごしに話しかけようが反応はなく、淡々と過ぎる時間を無意味に過ごしていた二人は居間で訪れる事のない何かを待っていた。

「昼から何やってんだよ詩代姉(あの人)

 次第に態度が露わになってくる雪に、電源の切れた携帯をただただ見ている凛鈴。

 しかし人間の身体は時間が経つにつれ、失われていく栄養を補給したいが為に空腹のサインを出す。

「あ……」

 無音が形成する居間の中、細く響く鳴る凛鈴の腹の音。

「もう一度呼びに行ってくる」

 痺れを切らした雪は触っていた携帯を身から離して立ち上がり、再び詩代を呼びに行こうとしたその時だ。

「……! 詩代姉……」

 偶然、階段から降りてきた詩代と鉢合わせる雪。

「雪……」

 詩代の様子は昼間と違って明らかにおかしく、凛鈴が見ても分かる程に気力が失われた顔色と覇気のない声は本人の体調状態を最大限に表している。

「何やってんの。昼から急にいなくなって連絡もない」

「……ごめんね。でも———」

「それにその格好何。どっか行くの」

 厚いトレンチコートを着込み、マフラーや手袋などの防寒対策をした服装の詩代を見た雪はさらに問い詰める。

「また()()()に行くの?もうやめなよ」

「……」

「あんたは一度乱れると治るまで時間がかかる。自分はいいけど()()はどうすんの」

「それは……」

「もういい加減にしなよ」

 階段で流れる嫌悪な空気。

 見ている凛鈴も何が起きているのか分からず、だからといって二人の話に割って入る勇気もない。

 話の内容からして詩代は何か特別な事情があるようだが、雪がそれを認めない———そんな状況。

「……明日の夜までには戻るから」

 雪の揺るぎない視線から逃げるようにして顔を逸らした詩代はバッグを肩に掛け玄関へと向かい、その後ろ姿を見てる事しかできなかった凛鈴はかける言葉もなかった———。


 玄関の扉が閉まる音が寂しく響いた後の数分、階段付近で立ち尽くす雪と状況を理解できていない凛鈴。

 やがて、何かを決心したように拳を握りしめた雪は無表情のまま、居間にあるクローゼットを漁る。

「……雪?」

「少し歩く。寒いからこれ着て」

「?」

 中から引っ張り出した暖の取れる服や小物を凛鈴の両手へと投げやりに乗せる雪。

 それは、詩代が先程来ていたコートやマフラー、手袋とほぼ同じ物だった。

「先に出るから早く来て」

「えっ」

 先を行く雪は家の明かりを消し外へ。

 一息入れる間もなく続々と場が動く状況下。暗闇の中一人残された凛鈴はとにかく前を歩く者の指示を従うしかなかったので、少し時間がかかりながらも言われた通り着替えて雪の後を追う———。




 ———夜。

 街頭一つない一本道を照らす光は夜空に散らばる星の明かり。

 建物もない平原の中、詩代の家を背景に歩く雪は凛鈴の着替えを待つ事なくただひたすらに前へ進む。

「———(セツ)!!」

「……」

 後方から遅れて走ってくる声に足を止め雪が振り返れば、息を切らしながら必死になって追ってくる凛鈴の姿。

「遅いよ」

「はぁっ、はぁっ……!」

 やっとの思いで追いついた凛鈴は呼吸を整える方法も知らないのかひたすらに酸素を吸い漁り、桃色に染まった顔から汗を滲ませるその様子を見た雪はその服装に違和感を覚える。

「下手」

「……っ、えっ?」

「手袋も左右逆、マフラーの巻き方もおかしい。コートもボタンが全部ずれてる。どうしたらそうなるの」

「えと———」

 単に一度も冬服を着た訳でもない。

 だからと言って着るのが久しぶりだから忘れた、という訳でもない。

「……雪が、いなくなるかもって思ったから」

「は?」

「だから……急いでてそれで———」

「……」

 富士川や詩代に対する態度と違い、長い間顔も見なかった関係の割に妙に馴れ馴れしい言葉遣いをなぜか嫌う雪は無視して先を行くも、やはり凛鈴の格好が引っかかるのか再び戻りずれた服装を無理矢理直す。

「あ……っ」

「基準から外れた物は嫌いだ。次はちゃんと着て」

 なぜそこまでこだわりがあるのかは不明だが、逆にはめられた手袋を正しき手に。両端の長さが極端に違うマフラーの左右を合わせ、一つずつ上にずれたコートのボタンを然るべき位置にとめていく雪の冷えた声は静かな威圧感があった。

 ——————。

 服装直しを終え、土の一本道を進む二人。

 早朝に吹いた風とは違い、顔に当たるだけで浸透する素直な痛みは防寒対策をしても身体の芯と心を根底から震わせる。

 肩を並べて歩こうとする凛鈴の小さな歩幅は早足の雪には合わず離れては近づきの繰り返しで、結局は雪の付ける足跡をなぞるようにして後ろをついていくだけだった。

「あの———」

詩代姉(あの人)ならしばらく帰ってこないよ」

「……?」

「定期的にああやって『責任』を途中放棄して出ていく。行き先は東京にある友人の家」

「だから明日からの数日間は自分達二人で営業をする事になる」

「やる事は難しくない。今日やった花植えをまた別の場所でやるだけ。他の事は自分がやるから」

 どうやら詩代が家を出て行った事自体は珍しくはないらしい。

 昼間に起きた事もあってか、家での出来事を不快に思っている雪の感情は連続する言葉となって放出される。

「あの人の仕事、まだ聞いてないでしょ」

「こんな辺鄙な田舎であの人は———」

「———雪っ!」

「……!」

 凛鈴のかける小さな響きを耳にしていなかったら離れていなかっただろう。

 十メートルも。

「……おそいよ」

 冷静を装いながらも振り向かない雪はようやく自分の動かす足が速い事に気付き、それ以降凛鈴の歩幅に合わせつつも取り乱した情を取り戻しながら話題を変える———。


「この場所、覚えてるの」

「……分からない」

治水(ちすい)———それがこの村の名前。水害対策の治水とは似ているが違う」

「今から百年前、度重なる農業で身も心も疲れ果てた一人の若き者が帰りの夜道から外れ、名も無き集落に迷い込んだ。すると小汚い小さな家の中から一人、建物の外観に合わずの麗しい着物を召した女が現れる」

 急に昔物語を話し始める雪。

 不思議と聞き入ってしまう凛鈴は足元の石を蹴りながら緩急のない話に想像を開きながら耳を傾ける。


 ———周りに咲く藤の花に同化するように染まった薄紫の御髪と滑らかな曲線が形作る顔の輪郭。真紅に滲んだ眼を若男に向けた女の手には水の入った柄杓(ひしゃく)が一杯。

 喉が渇き水を求めた若男は無礼ながらも女から柄杓を奪い取り一口、口内へと流し入れる。

 するとどうだろうか、五臓六腑に染み渡る冷水は長年蓄積していた鉛のような疲労の重みを刹那にして消滅させ、何層にもして重なっていた埃のような小さな不安は一瞬にして払われたのだ。

 水晶のように煌びやかに輝く透明な水をたちまち飲み干した若男は女に問う。

『この上質で雪解けのように冷たい水は一体どこで汲めるのか?』と。

 女は言葉を紡がず近くの大きな岩を指す。

 若男は柄杓を持ったまま指された場所へ向かうと女の言った通り、岩と岩の小さな隙間からほんの僅かながらではあるが湧水がひたひたと滴り落ちていた。

 数日間の間若男は湧水を自身の住む家まで汲んで運んでの生活。

 流行り病に侵されていた妻と母はその湧水によって体調を戻し、以降湧水の流れる名も無き集落は『治水村』と呼ばれ、傷を抱えた者達の安寧の地となった———。

 

「……こんなくだらない話より、なぜお前がここへ来たのか気になる」

「……」

 雪による昔物語は終わり、また話題を変えた雪の言葉が再び凛鈴の心を動かす。

「この村に住んでいる人達は何かしらの事情を抱えた人間だけ。六年も海外にいたって聞いたけど何してたの」

「それは———」

 やはり、言葉の枷となっている澪根十三子を思い出してしまうせいか自分がKozrockの職員で中東で遺跡調査をしていた、という事実を話せない。

 なにせ今も昔もKozrockの世間からの目は最悪。

 貴重な遺物や遺跡をぞんざいに扱ったり、研究内容が考古学よりもカルト寄りなのではと吹き荒れる批判の嵐。

 雪の言葉は単純な疑問から生まれているものだと分かっていても、凛鈴の口からそれ以上の文はでなかった。

「……あ」

 質問から逃げるように視線を逸らした凛鈴は道端に設置された()()()()に意識が吸い寄せられ立ち止まる。

 場違いな程に目に留まるソレは縦に伸びた長方形の箱。

 身近な物に例えるなら屋内消火栓が近しいだろう。

「どうしたの」

 横から顔を覗かせた雪は驚く様子を見せず、ソレの正体を知っているかのような反応だった。

「ニュース見てないの」

「テレビ?」

「ここ一、二年、人口の少ない田舎を中心に犯罪が多発してる。放火や殺人、その他諸々」

 しれっと背筋が凍るような情報を喋る雪にビクリと肩が震える凛鈴。

 真夜中だけあってかその効力は凄まじい。

「取り締まっても蛆のように湧いてくる犯罪者達を無力化する為の“道具“が色々この箱には入ってる」

「……色々?」

「ここのペダルを踏めば出てくる。自分達みたいな一般人が踏んでも開けられない」

 試しに箱の下部にあるペダルを足で踏み込むも何も反応がない事がその証拠だと見せた雪がふと見れば、少し歩き疲れた様子なのか凛鈴は近くの大きな切り株へ腰を下ろし、地面の土をいじっていた。

「……」

 まだ短時間ではあるが二人の歩いてきた道は長く、後ろを振り返れば視界に入っていた詩代の家はもう景色の中から消えている。

 今日の一日、右も左も分からない状態のような凛鈴を散々振り回した雪は仕方あるまいと、隣に空いた場所にそっと座り同じように意味もなく夜空を見上げる。

「物騒な世の中だよ」

「……」

「腐敗した政治家達に増加する犯罪。真面目に生きてる方が馬鹿らしく思えてくる」

「……そうなんだ」

「昔はもっと元気そうにしてたのに、どうしたの」

「……うん」

「両親は」

「……いない」

「祖母も祖父も?」

「……いない」

「携帯の連絡先にあったフジカワと先生って奴は誰」

「……っ」

 唐突に出てきた二人の名前に一瞬動揺したのか凛鈴は土をいじる手を止め、その様子を見た雪はもう何も言わずに上を見上げる。

 ……。

 ………。

 …………。

 以降会話などなく、無限に続く星々を見て思う事もない。

 どこかぎこちなさが続く雰囲気に今と昔の大きな差に裏を感じる雪。

 彼の記憶の中では元気と明るさが特徴的であったらしいが、久方ぶりに会った凛鈴の姿は昔のものとは一致しなかった様であった。

「寒い。そろそろ帰ろう」

 二人の厚い服装をも貫通する凍てつく風が強まる頃、体温が奪われる前に家に帰ろうと雪が立ち声をかける。

「……うん」

 聞こえるか聞こえないかの微妙な声量。

 眠気が混じっているのかはっきりとせず、地面を向いていた顔はいつの間にか膝の中に埋まっている。

「ここだと死ぬよ」

「うん……」

 もはや半分寝ているのではと雪が腕を無理矢理引き上げると、予想通り半開きの目を片手で擦りながら足元をふらつかせている凛鈴の姿。

「行こう」

 雪に腕を掴まれながら先導され、来た道を戻る二人。

 身長差もあってかその様子に多少違和感があるも、眠たさで時々ふらつき道から外れる凛鈴を多少強引に引き戻したりする雪の腕は力強く、家に帰るまでその腕が離れる事はなかった———。













また、数日はかかる。

引きこもりのくせになぜこうも時間がかかってしまうのだろうか。

ただ文字を考え打ち込むだけなのに———。

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