鍵。
色々ありまして遅れ過ぎました。メモ感覚で書いているので出来栄えは悪いです。
第五話 鍵。
お昼を過ぎた辺りから一気に強まる日差し。
体調不良を理由に途中退出した詩代から頼まれた花の植え替えを雪と凛鈴の二人は、家の外周に設置されている花壇の前で作業を行なっていた。
「———枯れてる花もそうじゃない花もここに生えてる植物は全部引っこ抜いてこの袋に入れて。それから、軍手つけないと手が傷付く」
外作業用に着替えた雪の言われるがままに目の前に鬱蒼と生い茂る草と花をぶちぶちとちぎり抜く凛鈴。
詩代が原因不明の体調不良で二階に駆け上がった時、能動的に身体が追いかけようと動いたのだが、雪に腕を掴まれそのままここへ連行されて来てしまったが為にもやもやと心配が素直に表情に出ている。
暑いからという理由で雪に被せられた大きな麦わら帽子はぼさぼさの髪を持つ凛鈴にとって違和感でしかなかった。
「……」
ぶちぶち。
———ぶちぶちぶち。
——————ぶちぶちぶちぶち。
単純な作業だがどこか無心になれる。余計な雑念を持ちたくない今の凛鈴にはうってつけの作業。
何本も何十本も抜いている中でどうすればあまり力まずに抜けるだとか、どんな風に力の入れ方を変えれば途中で千切れずに抜けるかなど、それ以外の情報は一旦脳内から排除し、ただそれだけに集中している。
対して横で同じ作業をする雪も、馬鹿正直に懸命にやる凛鈴の姿をアホらしく思いながらも同等のペースで除草作業を共にしていく。
「———詩代姉からは昨日、お前がこっちにきてるって事を電話で教えてもらった」
「……?」
「自分もちょうど、一週間の休暇をもらったから詩代の家に帰ってきた」
「……??」
「お前はどうして、ここに戻ってきたんだ?」
雪は無言空間が嫌いなのか、凛鈴に質問を投げかける。
「……分からない」
「は?」
「私も、なんでここにいるのか分からない」
雪の質問は悪意でもない、単純な疑問から構成された言葉。凛鈴にとっては考えたくもない過去を突き刺そうとする尖った質問の筈なのに、場の状況もあってか自然と口から言葉が漏れる。
「……多分、本当は戻りたいのかもしれない」」
それが本音なのかすら分からない。
少しだけ余韻に浸ったような内容に、何か裏があるのではと睨んだ雪は無駄に口を挟まずに続きの言葉を横で待つ。
「……ごめん」
また、誰に向けてなのか分からない一言。嫌な事を思い出してしまったからなのかどうかは不明だが、顔に浮き出てくる水分を拭おうと雪に背を向けようとする———。
「!?」
「軍手つけたままだと土が目に入る。汗をとるなら軍手を取るかそのシャツで拭えよ」
細い右手首に感じた他人の肌感に凛鈴が目を向ければ、強い力で握って離さない雪の手。
「自分も同じ目に遭った。詩代姉に言われた事だから聞いといた方がいい」
「———っ」
凛鈴の曖昧な記憶の中に眠る同じような体験。
あの日、あの遺跡の中でも確か———
「もう除草は十分だ。後は花を植えるだけでいい」
掴んだ手首をパッと離した雪は後ろに待機させている大量のポット苗が入ったカゴから一つ取り出し凛鈴に渡す。
「やり方分かる?さほど難しくはないと思うけど」
「……うん」
「コスモス。詩代姉が好きな花の内の一つで毎年この時期になるとこの場所に植える」
凛鈴の手に乗せられた小さなポット苗。
数本の細い茎が縦一直線に伸び、生ぬるい秋風が髪を揺らすと共に凛鈴の顔にちくちくと当たる葉。
上部には詩代の髪色に近しくも薄紅がかった花弁を持つ数輪の花の姿がまた一つ、何かを思い出させようと訴えかけてくる。
「———」
花。花、花———。
意に反して右側頭部の髪にそっと伸びる凛鈴の手はかつてそこに何かがあったかのように寂しく無を求め、思い詰めていた。
さっきのもそうだしこれもそう。失っていた何か———
「どうしたの」
「———」
「ねぇ聞いてんの?」
「……っ!!」
肩を荒く揺さぶられ、遠くなっていた意識を戻される凛鈴。
見かねた雪は横からポット苗を取り上げ、近くに置いてあるペットボトルとタオルを凛鈴に押し付けて一人で土をいじり再開する。
「あ……」
「もう後の花植えは自分がやるからお前は休んでていいよ」
「でも———」
「そこ、カゴ置きたいからひとまずあそこのベンチにでも座っててよ」
作業を続ける雪はポット苗の積まれたカゴを隣に置こうとし、戸惑う凛鈴は必然的に近くのベンチに追いやられる事となってしまった———。
——————。
玄関傍にあるベンチに座り休む事早十分。
時折後ろで花植えをしている雪を見つつも目の前に広がる“田舎“に初めて気付いた凛鈴はその景色に圧巻されていた。
「……」
遠く。もっと遠くからぐるりと囲むように連ねる山々。
見ればここ一帯、詩代の家以外の建築物は建っておらず、ただ寂しい平原と割くようにできた一本道が景を成しているだけ。
今のところここが市なのか町なのか村なのか。それはまだ凛鈴本人も知らず、勇気があれば雪にでも聞いてみようと思った次第である。
やけに渇く喉を潤す水は数分して空になり、自分はいいからともらった雪の分ももう残り半分。
会った時、雪私の事を覚えているのだろうかと心配を重ねていた凛鈴も、大昔の記憶なんてものの大半は捨ててきてしまっていたので互いに情報を探り合っていた。
「……雪」
「?」
「手伝う」
詩代の事も心配だが今は作業中。頭の回転も程良く回ってきた凛鈴は席を立ち、そっと雪の隣に腰を下ろして再び作業を共にしようとする。
「出来んの?」
縦に首を振る凛鈴に雪は一つ、先程と同様苗を渡して様子を窺う。
「まず茎の根元を土と一緒に押さえながらポットを逆さにして。もし茎折ったら詩代姉に怒られる」
「———!」
「それでいい。それから苗とポットを引き離して土に開いた穴に合わせるように埋める。この繰り返し」
容量の悪い凛鈴にも分かるよう的確な指示出す雪の下、ようやく一つ苗を植える事に成功。
「自分は端からやるからお前もそっちの端からやって」
「……うん」
横幅十メートル程ある花壇に植えられたコスモスはまだ半分。
両端から中央へと順に移動して植えていく二人は当初、手慣れた雪が優勢ではあったが一度できればとスロースタートであった凛鈴も除草の時と同様、ペースアップしていく。
一つ一つ丁寧に、形にはまるよう確実に。
徐々に狭まる両者の肩がピタリとくっつく頃には苗もちょうど無くなり、平らだった花壇には色とりどりのコスモスが横一面に生え揃ったのであった———。
——————。
茜色に染まる空に黒に飲まれる山の色。
世界の色が反転したかのように一変する景色はまた違った情景を生み出し、また一つ、初めての体験をした凛鈴は天を仰ぎ見ながらベンチに身体を預け休んでいた。
「これ返す」
横でだらしなくくつろぐ雪からかかる声。
「……?」
同時に太ももへ感じたちょっとした重みに凛鈴が視線を落とすと携帯が一つ、適当に置かれていた。
「あ……」
「花壇に落ちてた。今月の容量無くなったからちょっとだけ使った」
カバーなどの装着品はなく、晒された黒の背面には白の油性ペンで『六甲凛鈴』と太く描かれている事が本人のモノである事の絶対的証明。
昨晩、感情が昂った凛鈴が投げた携帯が思いもよらぬ形で戻ってきたのだ。
しれっと他人のモノを勝手に使っていた事に対し謝罪の形もない雪を横に、携帯を手に取り電源をつける。
「……」
一面に張る亀裂のせいで全くと言っていい程見えなくなってしまっていた画面は暗く、ヒビの間から確認できるバッテリー情報は瀕死状態を表す赤色になっていた。
「投げたの?あの窓から」
「……ぅ」
「投げたんだ」
雪が二階の割れた窓を見上げながらいたずらに問うと、答えを示すように渋みがかった反応を見せた凛鈴はさらに視線を下げる。
「自分の携帯に油性ペンで名前書くヤツなんてお前くらいだよ」
「?」
携帯の裏を指摘する雪。
凛鈴も組織にいた時の記憶を辿れば組織の人達からも笑われていたような気もするが、本人は気にならなかった為に今日の今日までその“おかしさ“に気付く機会なんてなかった。
「それ、十年も前の型だけどなんでそんな古いのまだ持ってんの」
「え?」
「何かのコレクターなの」
「これは———」
貰い物。
先生がかつて使っていた携帯のおさがり。
だから絶対に誰にも渡さないし売ったりも無くしたりもしない———。
そう思っていた言葉を凛鈴はそのまま出そうとするが、なぜだか出ない。
「……これは」
「まぁいいや。物は大事しなよ。あの窓直すの詩代姉なんだから」
「……っ」
情動で動き、窓硝子を破壊した凛鈴につき刺さる至極真っ当な言葉を飛ばした雪は立ち上がり、家の中へ入っていった。
——————。
「……」
雪が去ってからもしばらくの間居座り続け、点かない携帯画面をいつまでも見ながら時に流される凛鈴の頭の中は言葉で詰まっている。
先生の事はしっかり覚えている。忘れる筈がない。
先輩の事も大嫌いだけれど覚えてる。忘れるわけがない。
詩代の事も覚えてる。あの頃の自分は確か五、六歳で、詩代は十五歳。ギリギリ覚えている。
ずぅっと前に遊んだ雪の顔も今となって大人びた顔へと変わってしまったが雰囲気だけはなんとなく覚えてある。
でも———
「どうして……」
どうして、あの日に起きた事だけ全く記憶にないのだろうか。
富士川に言われようが、ニュースや新聞で情報を見ようが、記憶の引き出しは固く閉ざされたまま開かない。
鍵は、引き出しの鍵は一体どこへ———
まだ平常運転の心の凛鈴は、今ある事に目を向けようと携帯をポケットに入れ家に入ったのであった———。
一度に沢山かけよとご意見いただきました。
精神状態の事も考えて自分と相談しつつです。
しかしあくまでもメモ程度で自分の考えを吐き出しているだけなのですいません。