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断末魔の残り香

断末魔の残り香 ――特別編

作者: 焼魚圭

 闇と呼ぶには明るすぎるベッドタウンでの夜、昼間に騒ぎ続けた熱気はどこまで退いても残り続ける。セミは鳴くことをやめて耳の痛い騒音こそはいなくなったものの、耳の痛い静寂が夜空を彩っていた。夜空に輝く星々は滅びても尚燃え続ける亡霊たち。

 小さな古墳のある公園で空を眺めて春斗は息をつく。大学二回生の冬の寒さに身を震わせながら絶望していた。もう次の学年に上がることなどできないことなど分かり切っていた。自身の不精が原因の主成分とはいえども、中退は悲しいものであった。

 夜空に広がる泡の亡霊に暗闇の中の光のように愛しい追憶を混ぜてみた。


  どうせ期待外れなんだろ、知ってる


  間違いないな、あの婆さん


  断末魔の残り香が……見える


 思い出して流れる声は低く堂々とした女性のもの。空に見える顔は目の下にくまのある目つきの悪い女。


  春斗、今日は楽しかった


  また今度な


 波佐見 冬子、背の低い同級生のことばかりが浮かぶ。別れなど分かり切っているにも関わらず、想いを取り払うことが出来ないでいた。いつまで一緒にいられるだろう、話すことが出来るだろう。出会う機会もこれから減り続けて関係も薄まって、やがては消え去ってしまうだろう。

 未来に待つ終わりを見つめて星の美しさに浸っていた。

 そうして過ごした時間の中、流れる想いを遮って言葉を挟む男がいた。


「よお春斗、今から行くぜ」


 声の主、その名は小浜 秋男。茶色に染めた髪が大して目立たない顔を少しばかり良く見せていた。そんな彼が「行こうぜ」のひと言で向かう場所などひとつしかなかった。


「心霊スポットだよな」

「ご名答、いつもの心霊スポット」


 この夜に向かう心霊スポット、徒歩で向かうことのできるような場所など決まり切っていた。山へ森へと入り込んで進めば割と手前の方に佇むダムだろう。たまに自殺者が出るような場所、赤い服を着て入ると危険とされる場所。かつてそこで秋男が悪ふざけで赤い服を着て入ったところで危険な目にあったことを思い出して春斗は寒さとは別の震えに支配されつつも秋男の服が赤でないことを確認してついて行った。

――違うからって安心はできないよな

 途中で秋男は立ち止まり、光を放つものの前に立って止まっていた。

 自動販売機、そこで秋男は微糖コーヒーを買って飲みながら進み続ける。山へと近づくにつれて、ベッドタウン特有の明るい夜空は暗闇に閉ざされて行く。元々夜闇は見えないほどに暗いもの。言い聞かせて湧き出る恐怖をどうにか抑え込むものの、心などというものはどうにも上手くは操ることが出来なくて。忍び寄る恐怖はじわじわと染み込んで、気が付いた時には感情は一色に纏め上げられていた。

 そんな彼の様子を見逃すほどに人を見ない男ではなかった秋男はにやけながらも本心を混ぜた言葉をかける。


「大丈夫か? 霊が出るにはまだ早いぞ」


 そう言っている間にも目的地は近づいてきて、この暗さが持つ雰囲気に飲まれて春斗は恐怖に怯えていた。

 しばらく歩いてたどり着いた場所は公園。入り口は背の低い鉄のポールと鎖でつながれていたものの、夜中に自殺者が出るほどに頼りないものだった。入ってすぐ左に見えるトイレ、秋男はそこへと駆けこんだ。

 ひとり残された春斗。秋男が駆け込んだトイレの裏に妖しく蠢く恐ろしき気配を感じていた。


  断末魔の残り香が……見える


 冬子が言っていた言葉。断末魔の悲鳴なら聞こえるだろうし残り香は香るものだと春斗は思っていたが、今となっては分かってしまう。

 アレは見えるわけで香るわけで聞こえるわけで。様々な感覚で視るように感じるもの、それが幽霊だった。

 近づいたわけでもなければ見つめたわけでもない。少し感じただけで気配を見られてなにかは蠢き動き出す。這うように漂うように、春斗の元へと苦しそうな呻きを上げながら近づいて。

 春斗は目が離せなかった。少しでも意識をずらしたらきっと隣に。想像は背筋に悪寒を走らせる。

 やがて何事もなく秋男が出てきて春斗の心は安堵に包まれた。秋男は大きく手を振りながら明るい叫び声を上げながら近づいて、やがて表情は凍り付く。


「春斗、そこにいるの……誰だ?」


 秋男が指をさして視線を向けているそこ、首を右肩へと曲げて目に入れたものに対する弱き感情は大きく爆発して叫び声となった。


 春斗の肩に手を置いて恨めしそうな顔を向けるやつれた女の姿がそこにあった。

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