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小説 報徳大学明星寮  作者: ytaka
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移りゆく時代と取り残される人々

あれから五年の歳月が流れた。

その間、大学で学生運動は細々と続けられたものの、一九九三年のような盛り上がりを見せることは二度となかった。

対立の時代は終わり、大学は落ち着きを取り戻した。

明星寮の活動家たちは、退寮・退学などにより少しずつ減っていき、ついに一人もいなくなった。

その中の一人である上村は、二年休学した後、大学を去っていった。

「あの時、俺たちはやりすぎた。だから、皆の反発を招いてしまったようだ」

上村は、当時をこう振り返った。

近藤も、寮則改正案可決後まもなく大学を中退した。

高林は、近藤が退学したのは自分のせいではないかと思い、本人にも確認を取ったのだが、近藤はひとこと

「他の大学の学生運動を見たかっただけさ」

と言い、あとはなにも言わなかった。近藤は、翌年他大学に再入学した。

結局、鈴木だけが大学に残り、二年留年した後、明風寮に入寮した。

いつのまにか高林の後輩となった鈴木は、今も元気に学生運動を続けているようだ。

一方、高林と斉藤は、鈴木より一足先に明風寮に入寮し、大学院へと進学した。高林の一連の行動は、他寮でも多少のうわさにはなったようだ。

ある「明訓寮生」は、高林のことを「報徳大学の学生運動を崩壊させた張本人」などと言ったりしたが、そう言われたことを高林は却って喜んだ。

なぜなら、これは改革者として最高の誉め言葉であったからだ。


その後、高林は明風寮副委員長・理学部自修会委員・研究科等協議会の評議委員等に就任した。

あいかわらず仕事に追われる日々を送っていたが、その大学・大学院生活も終わりに近づいた一九九九年三月某日、明星・明風寮の委員会室前で偶然斉藤と出会った。

「やあ斉藤君」

「おう、高林じゃないか。調子はどうだい」

「最悪。とうとう就職浪人決定さ。その点君はいいよな。生命保険会社に就職が決まっているから。まあ、俺は一年間かけてじっくりと自分の進むべき道について考えてみるさ」

と、高林は就職できなかったことに対して、さして気にもとめぬような発言をしたのであった。

「まあそんなことはどうでもいいや。ところで斉藤君、いつのころからか、この委員会室前の扉に「明星・明風委員会室」という張り紙が張られていたのに気づいただろうか。実は、この張り紙と君の間には密接な関係があるのだが、わかるかな?」

と高林が尋ねると、斉藤はしばらく考えた後、ひとこと

「わからん」

と答えた。

「まあ、そりゃあもっともだ。この張り紙は、俺が五年前入寮選考の仕事をしていたとき、新入寮生が迷子にならないように貼っておいたんだけど、実は君が寮生大会のレジュメを書くために農学部で買ってきた感熱紙を用いたのだよ。あのころは真っ白な紙だったのに、今は茶色く変色し、字も薄くなっている。これを見て、年月の流れというものをつくづく感じてしまったのさ」

「ああ、そうだな」

と、斉藤も頷いた。

実際、大したことはできなかったかもしれないが、大学・大学院の六年間、全ての寮生及び学生が安心して生活できる環境を創り上げるために、高林は精一杯やってきた。

結果はどうあれ、大学と寮の間の三十年以上にわたる確執を解消し、大学との関係を修復する事を第一に今まで頑張ってきたのである。

もちろん、他寮のことをとやかく言うのは内政干渉になるのであまりできないのだが、寮連の場でもそれなりに寮と大学との宥和を主張してきたつもりである。

それなのに、去年の四月、会計検査院に寮の電気料のことで勧告を受けてからというもの、その雲行きが怪しくなってきたのであった。

 

そもそも、明朋・明訓の二寮は、明星・明風・明春寮(いずれも新々寮)と異なり、私的生活部分と公的生活部分の電気料の負担区分が貫徹されておらず、去年まではその大部分が国費負担となっていた。

なぜこのようなことが起こるかというと、「新々寮四条件」では私的生活部分にかかる電気料は自己負担、公的生活部分にかかる電気料は国費負担にすることが定められているが、先の二寮の規格は明朋寮が「旧寮」、明訓寮が「新寮」となっており、いずれも古い寮であるために新々寮四条件が当てはまらないからである。

大学側は、以前から同じ大学であるにもかかわらず、寮によって電気料の負担区分が違うのはおかしなことであるし、不公平でもあると指摘し、負担区分の是正を求めていたのだが、明朋・明訓の二寮は、新々寮でないという理由から「新々寮四条件」の適用を拒んできたのであった。

しかし、ただでさえ寮生は優遇されているという現実(家が貧乏なので、入学金と授業料が免除になり、奨学金も取り放題となる)に加え、さらに電気料の国費負担を求めていくことは、一般学生の側から見れば許し難いことであるに違いない。

今、国立大学は法人化を二〇〇四年度に控え、大きく変わろうとしている。

よりよい大学を創り上げるために、いろいろと問題もあろうが寮の役割は決して小さくないと思う。

むしろ、学生の意見を集約し、大学側に働きかけるという点においては、学生自治会や有識者によって作られる外部団体などよりずっと重要な役割を担えるはずだと高林は信じている。

このような大事な時期に、一般学生の信頼を失うようなことはなんとしても避けねばならない。

そう思うのだが、二寮は大学に対し電気料是正の「白紙撤回」を要求したのであった。

(これでは、話し合いになるわけないではないか)

と、高林は心を痛めていたのだが、その後の大学側の対応を聞いてさらにショックを受けることになった。

「寮としての電気料不払いが続くようであれば、当該寮の新年度の入寮募集を停止せざるを得ません」

掲示板の張り紙に書かれたこの文章を読んだとき、高林は目の前が真っ暗になった。

大げさかもしれないが、今まで高林が命懸けで行ってきた大学との関係改善が、全て無駄になってしまったからである。

そして、それ以上に大学の入寮募集停止を破って入寮するであろう新入寮生のことも案じられた。


かつて、明星寮でも入寮募集が停止されたことがあった。

老朽化した旧明星寮を建て替える際(一九八二年)に起きた出来事なのだが、執行部と学生部の間で一度はまとまった条件に一部の寮生が反対したため、建て替え工事がストップしてしまったことがあった。

学生部は「このまま建て替えに反対し続けるなら、明星寮の新年度の入寮募集を停止する」という文章を掲示し、これを無視した寮生が新入生を入寮させたところ、大学側は新入寮生の学生証を交付しなかったのである。


当該寮が新入生の入寮を断行すれば、おそらく今回も大学側は新入寮生に学生証を交付しないはずである。

既に在寮している寮生たちがやったことに対して、新入寮生にペナルティーが課せられるというのは納得いかないし、入学早々の彼らにはショックなことであろう。

何より、高林が常に心がけてきた「誰もが安心して勉強に専念できる寮」を創り上げられなかったことを意味したのであった。

「無念」

こうして、高林は大学を去っていった。


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