組織に揺らぎを与えよ
二月寮生大会が終わってから二ヶ月の間、高林たち第一三三期明星寮委員会は、新三年生の退寮の手続きや新入生の入寮選考等の仕事に追われることになった。その間、委員会室のストーブが炎上し、部屋中消火器の泡まみれになったり、大学入試時に明星寮生募集要項が盗まれ、その売上金がネコババされそうになったり、新入寮生歓迎会では一年生が急性アルコール中毒で倒れて病院送りになり、大学病院の院長にお説教を食らったりしたが、無事?にイベントをこなし四月寮生大会までわずかとなったある日のこと、前執行部の人たちが高林の部屋へとやってきた。メンバーは、上村・鈴木・近藤の三名である。
彼らは、高林たちが四月寮生大会で寮則改正案を提出するか否かの確認に来たのであった。
まず、上村が話し始めた。
「どうしても、寮則改正案を提出するつもりかい。撤回する気はないのか?」
「はい、撤回する気はありません。事務の効率化は絶対的なものと考えています」
そう高林が答えると、上村は、
「そうか」
とひとこと言ったきり、何も言わなかった。あくまで、上村が寮則改正案に反対するなら、この場で何か言うはずである。何も言わないということは、心の中ではもはや寮則改正やむなしと考えているのであろう。高林はそう受け止めた。
「自治活動の後退は許さん」
「寮則改悪はやめろ」
鈴木と近藤は高林に迫った。
(こうなったら、ここで使うか。最後の切り札を)
高林は決心した。
「自分は、寮生大会半減を公約にしました。だから、寮則改正案を出さなければ公約違反になってしまいます」
「・・・・・。ちっ、話にならんな。じゃあな」
近藤は去っていった。程なく、上村・鈴木の両名も去っていった。
(ふう、疲れた。でも、何とか勝てた。これで彼らの抵抗も弱まるだろう。ついでに、寮則改正の賛否を問うアンケート結果もつけてやれば、寮則改正案もすんなり通るはずだ。予定より一月遅れたが、五月寮生大会で大々的に制度改革をしてやろう)
高林はそう思った。しかし数日後、そんな高林の浮かれ気分を吹き飛ばす出来事が起きたのである。
その日、高林はいつも通り授業を受けるため大学に来ていた。
昼食を取りに食堂へ向かうと、その屋上では上村たちが政治批判を行っていた。
彼らの主張に耳を傾けるものは、いなかった。
(あいかわらず無駄なことを。政治批判と共産主義革命か。だいたい、今この日本に共産主義を導入し、全ての物を国有化して本当にうまくいくと思っているのだろうか)
彼らに言わせれば、東欧及びソ連などの共産主義国家の失敗は、真の共産主義を導入しなかったためらしい。
全ての国家が真の共産主義を導入すれば、貧富の差がない平和な社会を築くことができるらしい。
そのために、彼らは戦い続けるそうだ。
(しかし、「真の共産主義をめざして戦い続ける」か。まるで、正しい宗教の教えを守らない国家を攻撃する原理主義者のようだな。そんな独り善がりの革命を押しつけられても誰が望むものか。独り善がりの革命・変革・改革!!)
高林は気づいた。
(立場は違えど、今から自分がやろうと考えている寮改革も、彼らの改革と同じものなのではないか)と。
世の中、どちらを向いても改革・改革・改革。
だから、高林も改革しなければならないと思い込んでいた。
しかし、「人間は元来保守的なものであり、改革など望まない」のである。
いつの時代にも、自らの地位や財産を放棄してまで新しい環境に賭ける人がいないわけではないが、少数派のはずである。
人々は、追い込まれてどうしようもなくなった時のみ改革に走るのである。
今回、高林が寮改革を行うのは、教養部改革によって明らかになった寮に内在する矛盾を解消するためである。
寮則改正案の提出、すなわち「組織に揺らぎを与える」ことによって、活動家たちと一般寮生の意見の対立が露わになった。
(お互い討論し、何らかの結論を出すことができれば、寮に内在する矛盾は解消できる。そういうことか!)
高林は、自分が行っていることの意味を改めて理解した。
皆が高林の提出した寮則改正案に賛成しているのは、あくまで寮生が「活動家憎し」の念でまとまっているからである。
そのことを忘れて寮改革に突き進むのは、高林にとって非常に危険なことであった。
(二月寮生大会終了後に感じた「漠然とした不安」はこれだな。あやうく余計なことまでやってしまう所だった。皆が望まぬ限り、寮改革はこの段階で止めておこう)
高林の為すべきことが定まった。
「寮則改正案を可決させ、寮に内在する矛盾を解消する」
四月寮生大会まであとわずかである。