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小説 報徳大学明星寮  作者: ytaka
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委員長就任

主な登場人物

高林義之 (たかばやしよしゆき):主人公。第一三三期明星寮委員長。

斉藤博和 (さいとうひろかず):高林と同級生。第一三三期明星寮副委員長。

上村聡 (かみむらさとし):学生運動の活動家で高林の先輩。二回留年している。

鈴木隆光 (すずきたかみつ):学生運動の活動家で高林の先輩。第一三二期明星寮委員長。

近藤達彦 (こんどうたつひこ):学生運動の活動家で高林の先輩。第一三二期明星寮副委員長。とても威圧的。


明星寮 (めいせいりょう):報徳大学の学生寮で本作品の主要な舞台。一、二年生専用の男子寮。規格は新々寮。

明風寮 (めいふうりょう):大学三年生以上が入寮する男子寮。明星寮の隣に建っている。規格は新々寮。

明春寮 (めいしゅんりょう):報徳大学唯一の女子寮。規格は新々寮。

明訓寮 (めいくんりょう):報徳大学の学生運動において中枢を担う、非常に戦闘的な寮。規格は新寮。

明朋寮 (めいほうりょう):桜町市によって危険建造物に指定されるほどのボロイ寮。規格は旧寮。

旧寮・新寮:ひと月五千円程度で生活できる。食事付き。

新々寮:ひと月一万円程度で生活できる。食事無し。

報徳大学:桜町市に本部を置く国立大学。歴史は、百年を軽く超える。


ドイツのブルシェンシャフト運動より始まった学生運動は全世界に広まり、日本でも反戦・弱者救済を求めて大学を中心にデモや集会が繰り広げられた。しかし、反対するばかりで実際に物事をまとめるという努力はどれほどなされてきたのだろうか。社会正義という名の下に弱者を救済するというのはもっともな意見ではあるが、少数の意見ばかりを重視し、圧倒的多数の人々が犠牲を強いられるようなことはなかったのだろうか。この物語は、一九九三年報徳大学教養部改革によって明らかになった大学に内在する矛盾を少しでも解消するため、寮改革に乗り出した主人公:高林義之たかばやしよしゆきの、闘いの日々について記したものである。


委員長就任


一九九四年一月

大学一年の授業もほとんど終わり、春休みも間近となったある日のこと、高林は明星寮の渡り廊下へと呼び出された。そこに待ち構えていたのは、第一三二期明星寮委員会執行部の人たちであった。

(さて、どうしたものか・・・)

高林は、視線を窓の外に移した。

空には、大陸からの吹き出しによる雪雲が広がっていた。

小雪のちらつく、寒い日のことであった。

報徳大学明星寮

高林たちが暮らすこの寮は、一九〇五年(明治三十八年)に誕生した。当時、五〇人収容の建物であった明星寮は、その後何度か移転を繰り返し、一九八二年(昭和五十七年)に教養部の男子寮(一、二年生専用の寮)として台ノ原の地に建て直され、現在に至っている。建て直しの際、多少の騒動が発生したのだが、ここではあえて触れぬこととする。ちなみに、明星寮の定員は一六〇名である。

かつて(一九六〇~七〇年代)ほどではないが、未だ明星寮には学生運動の活動家(以下活動家とする)が数名おり、彼らが学生自治会やサークル活動を通じてさかんに学生運動を展開していたため、この寮は報徳大学における学生運動の一大拠点となっていた。

(まあ、次期明星寮副委員長でもやってくれといったとこかな。委員長選びが難航しているようだし)

などと考えながら高林が渡り廊下へ行くと、四人の寮生の姿が高林の目に留まった。

報徳大学の学生運動で指導的立場にある二年生(二回留年しているので大学四年目)の上村聡かみむらさとし、第一三二期明星寮委員長で二年生の鈴木隆光すずきたかみつ、第一三二期明星寮副委員長で二年生の近藤達彦こんどうたつひこ、そして第一三一期明星寮委員会で高林と一緒に仕事をしていた一年生の斉藤博和さいとうひろかずである。

ちなみに、上村、鈴木、近藤の三名は、学生自治会の執行部も兼任していた。

「急な話で申し訳ないが、次期明星寮委員長を引き受けてもらえないだろうか」

といった内容を、上村・鈴木の両名は述べた。

「お前しかいないんだから、黙って委員長を引き受けろ」

近藤の言葉は、やたらと威圧的である。

一方、斉藤は、

「どうか委員長を引き受けてくれ。俺が副委員長になって全力で補佐するから、たのむ」

と言って頭を下げた。

(普通、自分が委員長になるから副委員長になって補佐してくれと言うんじゃないかな)

高林は思わぬ展開にあっけにとられたが、その一方で別のことも考えていた。

(この寮を変える、いいチャンスかもしれない)と。


そもそも、この様な事態に陥ったのは(委員会が変わるたびに毎回見られることであるが)、委員長を引き受ける者がいないためである。

そのため、委員長及び副委員長は、委員会執行部選挙のたびに後継者選びに日々奔走し、大変な苦労を強いられることになるのだが、それは候補者たちも同様である。

連日のように部屋に押し掛ける執行部の人たちの説得責めで、心身共に疲れ果ててしまうからである。

そして、今回斉藤がその貧乏くじを引いてしまった。

彼は、進退窮まり、

「高林が委員長を引き受けるなら自分が副委員長を引き受ける」

と、執行部の人たちに約束してしまったのだ。

(それにしても・・・・・)

高林はあることに憤慨していた。

高林はこの様な事態を予測し、前もって報徳大学学生寮自治会連合(以下寮連とする)の副委員長を引き受けていたのであった。

もちろん、次期明星寮委員長に推薦しないことを約束してのことである。

それなのに、委員長を押しつけてくる執行部の人たちのやり方に憤りを感じる一方、この一件は彼らへの牽制に使えるとも思った。

「しょうがない。引き受けましょう」

高林は渋々承知したふりを見せつつ、頭の中ではこれからの四ヶ月間に為すべきことを必死に考えていた。

一月寮生大会(明星寮の方針及び様々な取り決めを行う場)の始まる、一時間ほど前のことであった。


そして、一月寮生大会が始まった。

かつては、毎回似たようなレジュメで政治批判を行い、決まったメンバーが質疑応答して、残りの時間で予算の承認や会計監査を行うといったことを繰り返していたが、最近は違った様相を見せるようになっていた。

委員会執行部や活動家たちが行う政治批判に対し、

「代案のない批判は無責任である」

もしくは、

「そもそも寮で政治のことを論ずること事態が間違っている。寮生大会では寮のことを話し合うべきだ」

という意見が多数を占めるようになっていた。

今回の寮生大会も活動家たちに対する批判が相次ぎ、次期委員会執行部選挙に至るまでに四時間が経過していた。

上村を中心とする活動家たちと一般寮生の間の溝は、もはや修復不可能なくらい広がっているように見えた。 


そもそも、一年ほど前までは、大学内部において一般寮生及び学生たちと活動家たちの「棲み分け」ができていた。

活動家たちが大学構内で勝手に演説や集会を行う一方、一般寮生及び学生たちは彼らなど存在しないかのように振る舞っていた。

両者がお互い干渉しあわない限り、平和に過ごせるはずであった。

しかし、一九九三年四月の教養部改革以降、その均衡は崩れた。

活動家たちが学生運動を展開し、一般寮生及び学生たちへの干渉を強めるにつれて、大学の様々な場所で今まで押さえつけられていた対立が噴出するようになり、寮に代表される各種自治体の組織運営に支障をきたすようになったのである。

寮の歴代委員長や心ある寮生たちは、活動家と一般寮生たちをなんとか融和させようと努力した。しかし、一方の側に立てばもう一方から攻撃され、その上両者がお互い呑めないような要求を突きつけあうなど、対立は深まる一方であった。

第一三一期明星寮委員長の高田は

「やることをやらないで、全責任を委員長に押し付けてくる寮生が多すぎる」

と、嘆いていた。

(もう誰にも苦労はさせない)

高林はその決意を胸に方針演説の場に立った。

高林の基本方針はただ一つ、「無駄を省く」である。

そのための第一歩として、寮生大会の半減を公約としたのであった。

「皆さんご存じの通り、明星寮は歴史と伝統のある寮です。しかし、それ故に閉鎖的であり、一般常識とはかけ離れた伝統がまかり通ってきたことも事実であります。俺はそういった無用な伝統を排除し、明星寮を寮の本来の存在意義である貧乏人でも安心して勉強に専念できる寮にしたいと思っています。三十年以上にわたる寮と大学の間の不幸の歴史を精算し、学生部との間に信頼関係を築いていきましょう。明星寮の未来のために」

圧倒的多数の賛成により、高林は第一三三期明星寮委員長に就任した。同時に、副委員長に斉藤、議長に佐々岡が選ばれた。

寮生大会終了後、副委員長の斉藤とともに次期委員会のメンバーが待つ委員会室に足を踏み入れた高林は、皆が期待に満ちたまなざしで自分を見ていることに気づいた。

(彼らの期待に背かないためにも、寮改革はなんとしてでも成し遂げる)

高林はそう心に誓った。

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