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怪盗少女773   作者: 藤沢淳史
8/23

490円

「どうした? 今日一日中そんな不機嫌オーラ全開に醸し出して。ただでさえきつい目の下にクマが出来て恐ろしい事になってるぞ」


「やかましいわ……似たようなセリフどっかで聞いたぞ」


 組んだ両手を枕の変わりにしながら頭を乗っけている。


「……お前は良く起きてられんなぁ」


 チラリと目だけを一輝に向けた昂輝の口調は今にも眠ってしまいそうな、欠伸が入っていたものだった。


「ま、まぁ慣れっこだし。朝の集会もばちこり起きてましたからね。そういう昂輝は見た目に反して、随分と早寝しているみたいだねぇー。どうせ集会中は爆睡だろーとは思うけど」


「……ほっとけ」

 いつものイジリが始まる前に机に伏せる。こうしているだけで直ぐにでも眠りについてしまいそうだった。


「まぁ今日は会議だけだから、早めに帰れるぞー」


「……会議もあるのかよ。つーか参加する前提になっているのは気のせいか?」


「何? まだごねているのかよ。協力するって言った手前、もう取り返しはつかないから諦めろ」


 席を立とうとしない昂輝を無理やり机から剥がし教室を後にする。駄々をこねた男を連れ出すに十分の時間を要した。



「あっ、渋沢先輩も来たんですね。絶対に来ないかと思いましたよ。手間が省けてよかったです」


 教室近くの階段に差し掛かった時、パタパタと音を立てながら駆け降りる一人の女子生徒に捕まった。直前まで急いでいたようだったが、二人を見た途端に動きが変わった。


「……ちなみに一応聞いておくが来なかったら、来なかったらでどんな手間をかかせたんだ?」


「えぇー、それを言わせるんですかー? 察してくださいよー」


「……あぁそうですか、そうですか」


 反応する労力も無駄だと結論付け、適当な返事を返す。その昂輝の反応に頬をぷくっと膨らませるも視線が行くことはなかった。


「で、この部屋と」


「まぁ先生方からの使用許可は貰っているから、遠慮なくくつろいで平気だから。外部から見れば、なんかの話し合い程度しか見えないし」


「それに音漏れしないように対策してあるから、叫んでも平気ですよー先輩」


 昨日も訪れた部屋は、他の教室とは違いポツンと隔離されている気がした。

 鍵を所持している一輝が開けて中に入る。改めて見渡すが、相応に他の部屋との違いは見受けられない。


「で、今日もあの秘密基地に行くのか?」


「いや、あの部屋は任務があるときだけ使用するし、万が一も考えて昼間からは使用しない。適当に腰かけていいぞ」


 そう言われる前には座っていたことには触れなかった。

 数分後には七美が平然とした態度で入り、その数分後には汗をかき、遅れてきたことを詫びながら最後の一人、ちゆが到着すると鍵を閉め完全なる個室が完成する。


「今日は人数が増加したので、今の状況と近況報告を含めての話し合いを行うわ」


「りょーかいーでーす」


 元気な声を出しつつ、カバンの中からお菓子を取り出し、机の上に広げ始める。


「まずは私たちが置かれている状況を説明するわ、お願い三島さん」

 

 名指しを受け、鞄の中からノートパソコンを出し起動させる。

 その間に皆でお菓子を食べる様子は、茶会のようなものだった。郷に入っては郷に従えということで昂輝もつまむ。塩が効いたポップコーンは柔らかな感触とほのかなバターの香りを携えて小腹を満たすのにはちょうど良く、数分で食べ終わる頃には準備が整った。


 「あ、あの……えっと、こちらが……敵の、本部です」

 

 差し出されたノートパソコンに映し出されたのは、当たり障りもないただの高層ビルだった。

 

「見たところ、何の変哲もないんだが?」


「今時、外見からして悪の組織感を出すところなんてないからな。カモフラージュも兼ねているんだよ」


「カモフラージュって……こうしてばれてるの意味なくね?」


 もっともな発言に一輝は乾いた笑いを上げると、口を閉ざすしかほかならない。


「表向きは普通の株式会社なの。だから他の人には気づかれないし、一般に働いている方も多くいる。逆に捉えるならば敵はごく数人になるの」


「このビルの中にボスがいるってことか」


「そういうこと」


「だったら、その中心とやらの人物を討った方が早くねーか? ちまちまやったって意味ねーと思うけどな」


 昂輝の言葉に七美以外の三人の表情が固まる。


「そ、それよりも、いい方法があるんですよ、ねっ秦野先輩」


「ま、まぁ色々あるんだよ。ほら手順とかそういうのだよ」


 その言葉に同調の意味を込めて、二回ほど素早くコクリと頷くちゆ。


「……そういうものかね」


 頭に手を組みながら背もたれに重心を預ける。その言葉で三人が安堵の息を吐きだしたことは知らなかった。


「つーか事の根源は何なんだ? 敵の情報を言われても訳わかんねーよ」


「……意外と先輩、興味持ってます?」


「ここまで言われたら、気にもなるだろ。映画のクライマックスを見てねーもんだよ」


「そうですねぇ。気になりますねぇ」


 ニヤニヤ顔を送りながら、愛理は昂輝に向かって返答を送る。どこか楽しげな表情は声調からもよくわかる。


「で、どうなんだ?」


 愛理の反応に少し不満そうな表情を漏らすも、視線を七美に戻す。


「私達の任務は憑心宝の奪取、浄化。そして元凶を倒すこと」



「……まぁそれだけを言われても何ともいえねーよ」


「出現したのか、作られたのかは定かではないのだけれども、その名の通り人に憑依することができる。持ち主は憑依した人物を操ることが出来るの」


 水晶玉と同じような大きさで暗黒の色をした慿心宝。それを手にした人物はとてつもない力を得ることができ、また力を分割し、対象相手に接触することで慿心宝を憑依させ思うがままに操ることができる。


「……警察とか介入できないのか? そっちの方が安全じゃね? 持ってる奴も操られてる奴もなんとかしてくれないのか?」


「介入できていたら私達は活動してませんよー。相手は人に憑依して活動していますから、面の顔は一般の人間なんです」


「慿心宝の存在を知らない人には、思うところがないくらいに見た目は普通なの。だから警察が介入したとて見分けができない」


 仮に警察に慿心宝を持っている人がいれば、調査や取り調べ、逮捕等の情報攪乱などは容易に出来るし、権力の乱用だって辞さない人物がいるかもしれない。

 そのためむやみに介入させることは出来ないし、情報をやすやすと開示するわけもいかない。


「そして慿心宝は元々一つとされていた。それをいくつかに分散させていると考えられている。その際には元々の慿心宝の力そのものもぶんさんされることになっているわ」


「つまり、相手の戦闘能力を少しずつ削っていくってことか? やっぱり手間がかかんねーか?」


「……その意見も最もだけれども、現状これが最善の策になるの」


「つまりは、現状じゃ敵わないと」


「……あまり口にはしたくないけど、そういうことよ」


 ゆっくりと小さな声で俯きながら肯定する。その時の拳には力が込められていた。


「ま、まぁお菓子でも食べましょうよ。ほ、ほらチップスも持って来たんですよ」


「そ、そうだな。せっかく持ってきてくれたんだからな」


 重苦しい雰囲気を無理矢理打開するように、ポリポリとお菓子を食べる音が部屋を支配するが、空気が味をわからなくする。場の空気を流された感はあるが、以外にもおいしそうだったので、つい手に取って口に運んだ。

 薄い塩味と油に加え、パリッといい音が口に広がる。


「で、今日は任務やらとは無いんですかね?」


 なじみ深い味を堪能しながら、

 視線を受取った七美が、ちゆへと視線をパスする。感じ取ったちゆはパソコンをカタカタと打つ。


「えっと、今日は観測されてないので、その……ありません」


 申し訳なさそうに発せられた言葉を聞いて、そうかい、と言いながら席を立ちあがり、鞄を乱暴に拾い上げる。

 

「帰らせてもらうからな」


 そう言い残して部屋を出る。扉は反動で隙間が出来ていた。

 数秒の沈黙が部屋の中で共有される。


「手間のかかる人ね」


 廊下に夕暮れの光が差し込んだ頃、七美の吐き出すように出された言葉が部屋に広がった。


「でもそこが面白いところですよねー」


 肘をたて、組んだ手に顎を乗っけながら愛理は何故か楽しそうだった。


「面白い……か?」


「怖い……人……」


 昂輝に対する感想はまちまちであった。これを知った彼がどのような反応を示すのか。


「君たちはここで何をしている」


 ガラリと勢いよく扉が開く。現れたのは扉と同じぐらいの高身長で、スーツをきっちりと着こなし眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな教師がそこには立っていた。


「今さっきこの教室から出ていくのを見かけて――」


「昂輝のやつ、怪しまれてんなー」


「先生方からの許可は取っているのだけれども」


 そういうと鞄の中から、丁寧にファイリングしてあるプリントの内の一つを取り出し、やれやれというように椅子から立ち上がり、教師の目の前に掲げる。


「そうか……すまない、最近こちらに来たばっかりだったから事情をよく知らなくてな」


 それから一礼をすると、そのまま部屋を出ていった。


「礼儀正しい人でしたねー」


「あんな人いたっけ? 初めて見るような……」


「あれー? 朝の集会で紹介してましたよ、新入りの清水先生って……もしかして秦野先輩、集会中ずっと寝ていたんじゃないですか? 結構話してましたよ」


「……昂輝には言うなよ、睡眠に関していじったし、俺は起きていることになってるから」


 全ての顔を背けるように、あさっての方角に視線を移動させる。彼の額に汗が見受けられることを確認できると、好機と見た女子勢力は行動を開始する。


「あたしはチョコミントのアイスが欲しいです秦野先輩」


「私はストロベリーでお願い」


「あ、あの……抹茶を、お願いします」


 矢継ぎ早に出る口止め料に、彼の発汗量は増していった。

 そして深いため息が聞こえた時、女子勢力の勝利が確定した。



**************************************



 帰宅途中、昂輝の機嫌は良いものとはいえなかった。部屋を出た後に、誰か知らない教師に注意を受けたからだ。


「ぜってぇー見た目で判断してるだろ。くそったれが」


 服の着方だの、髪色だの、何かと注意を受けた。最も校則違反かどうかはグレーゾーンだが。それでも一応は黙認されている形に落ち着いていたが、注意を受けるのは久しかった。

 ぶつくさと文句を垂れ流しながら、夕日の眩しさに鬱陶しさに自然と足音が大きくなる。こんな時間に何をやっているのだ、そんな思いが自身の中で渦巻いていた時だった。


 反動で肩が後方に下がるくらいの強い当たりでぶつかった。そのはずみでポケットに入ってたスマホがガシャンと音を立てて、アスファルトの狭い歩道に落ちる。

 落ちたスマホを拾い、顔を上げるとそこには少し年配の男性が立っていた。


「すまない。よそ見をしてしまって」


「まぁ、こっちもだったし、お互い様ってことで」


 スーツ姿の男は、ぶつかったことを先に謝罪をした。丁寧な口調は決して怒りの感情が入っているものでもなかったので、昂輝もそれなりの対応をとった。

 何も揉め事は起きず、そのまま過ぎ去る――はずだった。

 

 すれ違った時だった。


「全ての真意は何処に、汝の判断が世の定めとす」


 まるで世界の時が遅くなったかのように、横を通り過ぎるほんの一瞬、昂輝の耳に呟かれた。

 反射的に振り返るが、そこには誰もおらず、学校へと向かう道が続いていた。辺りを見渡してみても、近くに男どころか人一人歩いている人はいなかった。普段は走っている車でさえも、道路には一台も音を立てていない。


(……何だったんだ今の、疲れておかしくなったのか? それでも夢でも見てのるのか? まぁどうでもいいか)


 不可解な現象に薄気味悪く感じ、手には鳥肌が立っていたが、どうすることも出来ないので感情を殺し彼は帰路についた。

 

 手にしているスマホの画面には傷がついていた。

次話 22:00投稿

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