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怪盗少女773   作者: 藤沢淳史
6/23

秘密基地と自己紹介

「……むしゃくしゃするな」


 そう思ったのは二十三時を過ぎた頃だった。案の定、家に音は存在せず一階は明かりがともってない。そんな中、自室で分厚い雲が掛かったようにモヤモヤしていた気分でいた。

 原因は何となくだが整理は出来ていた。意味不明な出来事と手の平で転がされた屈辱、二つの鬱憤が今になって爆発しそうになっていた。それを鎮火する意味合いと頭の中を喚起も兼ねて、自宅を出る決断をするのにそう時間はかからなかった。目的地は決まっている、気持ちを中和させるのには十分な代物を口が求めてきたからだ。


 コンビニの出店音には耳も傾けず、レジ袋片手に帰路へつく。ほのかに袋から漏れるチキンとバジルの香ばしい匂いに、内面の心が躍っていることは誰にも悟らせない。一度食べたら病み付きになるとはこのことで、新作のバジルチキンを二つほど購入している。

 心なしか軽やかな足取りの所に、昂輝にとっての障害物があることに気づく。

 

 塀に腰を当てて体重を支えて、組んだ腕の上にはふくよかな胸が乗っかっていた。


「わざわざ人の家の前まで来て、しかもこんな時間に何用ですかね?」


「あなたを呼びに来たのよ。今日は活動があるから」


 重心を戻し昂輝の目の前まで距離を詰め、瞳を見つめる。


「なんで俺が行かなきゃなんねーだよ。勝手にやってろよ」


「そうね、あなたは善良……とは言い切れないけど、一般市民だものね」


「んだよ。わかってるんなら――」


 踵を返しこの場から退散しようとした昂輝の動きが次の一言で固まることとなる。


「でも一般市民でない私は卑劣な手を使わせてもらうわ」


「はぁ? ――って、てめぇいつの間に⁉」


 七美の手元には長方形の――昂輝の財布がそこに存在していた。

 慌てて入れてあったポケットの中を探すも、その手に感触が生まれることはなかった。

どのようなトリックを使ったのかがわからないが、七美が手にしているのは間違いなく昂輝の物で、その証拠に表面に小さな傷がついていた。


「返してほしければ付いてきて」


「くそったれが……」


 地団駄を踏むような感情が湧き上がってくるが、貴重品を盗られていることもあり奥歯を噛み締める。


「お前、性格悪いだろ」


「お互い様よ」


 皮肉の言葉も、さらりと流されたことで彼の怒りは静まることなく、口角とともに上昇していった。




「そもそもこんな時間にどこ向かってるんだよ」


「気にしなくて平気よ。あなたも知っている所だから」


「っても――」


「着いたわ」


「おま……ここ……」


 言葉が詰まる。目を疑う。


「何か問題でも?」


「問題もクソも、ここ学校じゃねーか!」


 ほんの少し時間を遡れば、ここで学生生活を送っていた。見かけも、校舎も、何もかもが見覚えのある学校、六湘学校がそこにはあった。

 足が止まり驚く昂輝を他所に、七美は気に欠ける様子もなく足を運ぶ。


 何故か鍵が掛かってない門を引いて敷地内に侵入する。

 足音が聞こえるほどの静かさと空気の冷たさが、今の学校の状態を表し人気など皆無。

 遊園地のお化け屋敷と同型ともとれ、当然のように明かりは点灯しておらず、窓から輝いて見える月明りだけが頼りだった。


「こっちよ」


 七美の先導で校舎の中に入る。虫の鳴き声が微かに耳に届き、微かな物音でも背筋を凍らせる、最も表には出さないが。

 暗部な校舎の中を迷うことなく進んでいくと、何も変哲のない部屋の一室の前で足が止まる。


 プラスチックの掛札には掠れて読めない文字いくつか。


「一階にこんな部屋あったっけ?」


「何を言っているの? ずっとこの場所にあるわよ」


「まぁ、興味ねーつうか、そもそも一階を利用する機会なんてねぇーしな」


「そうね。でもこれからは訪れる回数は増えていくことになるわ」


 扉の前に立ち細心の注意を払い、音を立てずに鍵を解き部屋の扉を開ける。

 壁沿いにはぎっしりと詰まった資料やファイルが仕舞われた棚が置かれ、立て付けのホワイトボードには猫の落書き。中央には長めの机を二個合わせ、仕舞われている椅子もあいまってすれ違うには体を横にしなければいけない幅になっている。


 窓際にポツンと置かれた机の上の芳香剤が微かに鼻に残る。見慣れない部屋を見渡す昂輝を他所に七美は、中央の長めの机を壁に寄せていた。ギギギと床にこすれる音が不快感と行動の疑問を生み出していた。

 二つの机の間の床のタイルをおもむろに外し始めると、そこに現れたのは地下へと続く通路。


「おいおい、秘密基地でも作ってんのかよ……」


「概ね間違ってはいないわ」


 下に降るためのステップはまるでマンホールの中の部分を想像させられる。一段一段、足元を確認しながら降りる度に高い足音が、人ひとりが通るのにぴったしな空間に響き渡り、掴んでいるステップの冷たさが不安を生まれさせてくる。


「なんだこりゃ……」


 一面に広がるモニターやディスプレイによって暗闇のはずである部屋は明かりいらず、まるでどこぞの軍隊の指令室のようになっていた。機械が放つ熱によって暖房が付けられているように温かかった。

 椅子に座りながら、何やら作業をしているのが三人ほど。


「連れてきたわ」


 その人たちに向け言葉を放つ。一方の昂輝は訳もわからずただ直立するだけ。


「あり⁉ なんで昂輝がここにいるんだよ⁉」


「い、一輝⁉ それはこっちのセリフだ!」


 互いに驚きで目が見張る。見知った顔がそこにはあったからだ。


「か、海道さん……連れてくる人って――こいつ⁉」


「えぇ、目撃されている以上仕方のないことだし、本人も協力すると言っているから」


 すぐさま、不意を打たれ確認の視線を送る一輝に対して、七美は何事もなく受け流す。


「あれ……じゃあお前が放課後に言っていたことは本当で……手当てをしたのって、海道さん⁉」


「だから俺はちゃんと言ってたからな、信じねーからだ」


 勝ち誇ったような口調を飛ばす。態度も心なしか大きくなっていた。


「あれー、その様子だと秦野先輩は知合いだったんですかー?」


 一輝の右側に位置する場所から、元気な高い声が耳に入る。

 椅子から立ち上がると、トテトテと昂輝に近づいた。


「あっ、あたしは一年の鵠沼愛理です。よろしくお願いします渋沢先輩」


 桜のような美しいピンク色はアホ毛によってさらに際立たり、ほのかにフワッとシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐらせる。明るい性格というよりもギャル風な性格が特徴で、天真爛漫の四文字がお似合い。


 そんな彼女に対して、浮かんだ疑問を直ぐにぶつける。


「あ? なんで俺の名前知ってんだ? まだ名乗ってもねーだろ」


「やだなー、先輩ほどの有名人を知らない人なんていないですよ。六湘学校三大有名人の一人なんですから」


「なんだそれ。聞いた事ねぇーぞ」


「まぁそういうことですから。あんまり気にしないでください」


「いや、気になるだろ」


 昂輝の言葉を無視して、即座に自分の持ち場に戻って作業を始めた。

 その愛理の右隣り、壁沿いにもう一人。


「んで、そこにいる奴も同類ってとこか?」


 昂輝の声に体がビクリッと震え上がると、ゆっくりと動き出す。


「あ、あの……み……三島ちゆです。お願い……します」

 

 恐る恐る振り返りながら足を交差させ、もじもじと動いている。

 紫色のショートヘアと小さな顔を赤らめさせ、一度も濃色の瞳を昂輝に合わせることはなく、その声も体と同じく大きいとはいえない。眼鏡越しからの見えた瞳は、どこか昂輝を恐れていた。こちらも一年生で、同じく一年の愛理とは真逆のような性格。


「で、あんたらはこんなことで何をしているんですかね。しかもこんな時間に」


 その言葉に皆が視線と言葉を集める。


「言っても大丈夫な感じですかね? まぁ海道さん意見に従いますけど」


「構わない。あの格好を見られた以上、野放しには出来ないし、それに……人手不足なのは変わりない」


「確かに猫の手も借りたいくらいですもんねー。ちーちゃんもそう思わない?」


 愛理の意見に、恥ずかしながらほんの僅かにコクリと頷くちーちゃんことちゆ。


「今から実際に仕事内容を見てもらうから」


「いや話が読めないし、そもそも仕事って何の――」


「世界の人々の――平和を守る仕事よ」


 そういうと先ほど下りてきたステップ近くまで歩くと、徐に着ていた服を脱ぎだした。


「お、おまっ⁉」


「な、七美先輩! 今日は秦野先輩だけじゃないですよ! それに今日の任務はそれほどの危険を伴わないから、そのままで平気ですよ!」


 突然歩いた七美に視線を向けていた昂輝は思わず背け、二人の間に急いで愛理が割って入る。一瞬、何事かと考えていたが、すぐさま事に気が付く。


「そ……そう、ね。……悪いけど、こっちを……見ないでくれる?」


「お、おう……」


 顔を赤らめた二人。慌てる一人。


「ちくしょう、羨ましいぜ……全く」


 羨ましがる一人と、そっと顔を赤らめた一人。


「……後でお話が必要な人がいるようね」

 

 そう言い残した七美はステップを登り部屋を出た。

次話15:00

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