事後と脅しと協力と
「どうした? 今日一日中そんな不機嫌オーラ全開に醸し出して。ただでさえきつい目つきが、いつもの三倍きつく見えていたぞ」
「やかましいわ」
翌日、起きた時には何事も無かったかのように人は消え、残ったのは手当てに使った道具のゴミだけだった。
「あまりにもオーラが強いから、このままそっとしておこうかなと思っていたんだが」
「まぁ、その方が良かったかもしれない」
「でも声をかけちゃったもんはしょうがない。どれどれ聞いてやりましょーか」
黄色い飲料を口に加え終わると、向かい合わせになり、昂輝の机に両腕を組みながら置き、まさに万全な体制に早変わりした。
「……屋根から傷だらけの人が落ちてきて、その手当で寝不足なんだよ」
「……ほへぇー」
「お前……信じてねーな」
聞く前と比べて明らか様に態度が変わった。
「はっはっ、じゃあ逆に俺が今の話をしたとして、それを信じるかって事よ」
「それは……確かにそうだが……」
ぐぅの音も出ない正論を突き付けられ、その表情は苦虫を嚙み潰したようであった。何とか要領よく説明しようと頭の中で言葉を模索するも、洗い始めた洗濯機の中のように複雑に絡まりあい取り出すことが出来なかった。
「つーかその人物っていうのが――」
「そんなことより、ほら――あれ見ろよ」
椅子に寄りかかった一輝が昂輝の後ろ側に向けて指し示す。
振り返ると不機嫌の原因が昂輝たちを見ていた。
「あいつ……」
目の色を変え席から立ち上がる。文句の一つや二つ、それに何故自身の家の屋根にいたのか取り調べなければ気が済まない。
問い詰めるようと距離を縮めた瞬間、ドアから姿を消した。
「おい待てよ!」
万引き半に遭遇した警察のように追いかける。だが彼女が止まる気配はないが、逃げようとする気はないのか、一定の速度で廊下を歩いていく。
そんな彼女が階段に上ろうとした時、ようやく追いつき肩を掴む。
「……放してもらえるかしら」
「待てって言ってるのにあんたがどっかに行くからだろ」
グイッとそのまま肩を引っ張り、無理やり向き合わせる。
「あまり人が居るところで話をしたくないの」
「それはそっちの都合だろ」
反抗期の子供のように、ああ言えばこう言う彼女に対し、次第に昂輝の怒りのボルテージは上昇していき、声も自然と大きくなる。
「そうね。人が居るところで話をしたくないのは私の都合ね。でも、あなたも同じことじゃないかしら?」
「それってどういう――」
視線を察知し見渡すと、観衆のように目がこちらを向いていた。数十人規模ではあるが、そのざわめきは直接耳に届く。
「見ろよあれ、渋沢と海道さんだぜ」
「なんであの二人が……ってか海道さんの頬に……」
「もしかして渋沢の奴が……」
小耳にはさんだ瞬間、昂輝の怒りの矛先が変更される。
「んなわけねーだろ!」
「ひっ!」
誹謗中傷を浴びせてきた生徒に対して、自身の顔の前に拳を握りしめる。その様子全身が震え上がらせ、顔が瞬く間に真っ青に変容していき、逃げるように去っていった。周りにいた生徒も俯き、昂輝を見る目はなくなった。
「私もあまり聞かれたくないし、あなたにとっても不都合」
「テ、テメェ……」
「わかったら黙って付いてきて。然る場所についたら答えるから」
手の平に転がされている感覚にフラストレーションが溜まっていくが、七美の言っていることは頭では理解できている為、ダンダンと階段一段一段にぶつけていった。
「使用許可は貰っているから気にしないで」
キャンパスボードに描かれた絵のような世界が屋上には広がっていた。青い空に、白い雲は見入っていれば吸い込まれそうなほど美しい物だった。肌に当たり障りのない穏やかな風は心地が良い。見渡せば街並みが一望できる景色は夜になれば夜景が絶景を産みだしてくれそうだった。
だが今の昂輝にはそんな物など眼中には無く、そのような考えをするほどの余裕を持ち合わせていなかった。
「聞きてーことが山ほどあるんだが」
高圧的な第一声。そんな彼の声に臆することはなく、表情は変わらない。
「そうね。おおよその質問の内容は予想がつくわ。それらについての話をするために呼んだのだから」
まるで犯人に問い詰める刑事のように、鋭い眼光で七美を睨みつける。
「そうか、ならめんどくせー言訳や誤魔化しとかいらないからな。単刀直入に聞くぜ。あの日、人の家で何をしていた?」
「やっぱり……覚えているのね」
「答えになってねぇし、忘れるわけあるか。つーかその顔についてるやつ、俺がやったんだぞ。誰かが病院がダメとか言うから」
昂輝から見て、七美の左頬には重なった二枚の絆創膏が、前日と変わらず貼ってある。それは紛れもない物的証拠、彼が彼女を手当てしたという。
「やっぱりあなただったのね。少し暗くて確実にあなたと認識できたわけじゃなかったけど……通りで包帯の巻き方が雑だと思ったわ」
組んでいた腕を解き、ため息交じりで皮肉を言い放った。
「てめぇ……」
「けど、そのことについては礼を言わせてほしいの。本当にありがとう。命を救ってくれたことは感謝しきれないわ」
下げられた頭に、思わず言葉を失う昂輝。形だけでなく誠意が確かに感じられたからだ。そして変わりようの速さにも驚かされた。
「その上で選択してほしいの。あなたが私たちに協力するか、それともこれまでの記憶を消しなかったことにするのか。」
「……話の内容が全くと言っていいほど読めないんだが?」
物騒な言葉の羅列と話の筋が、彼の脳内で混乱を生じさせる。
「そうね、少し説明不足なのはわかっているけど、あまり補足はできないわ。端的に言えば見られてはいけないものを見られてしまった、というべきかしら」
「見られた? 人の家の屋根にいたことか? それともあの格好を……か?」
「前者が二割、後者が八割ってところかしら。いずれにせよ両方であるのは間違いないわ」
二歩ほど足を進め、距離が詰まる。
「そもそも見たくて見たわけじゃねぇーし。俺が気付いたのもそっちに落ち度があったからだろ?」
「もっともだわ。だから協力するか、記憶を消すかの二択にしている。本来ならば問答無用に存在自体を消すことになっているのだから」
「……随分と物騒な事を言ってくれるじゃねぇーか」
上から見下ろすような言葉と態度は、昂輝の余裕の表れだった。
「……あまり信じていないようね」
「たりめぇーだろ。あんたがどんなやつで、どんなことをしているのか知らんが、そんなことが本気で出来るのかって話だ」
記憶を消すだの、存在を消すだの、現実ではあり得ない言葉に信憑性など皆無。それを鵜呑みにする方がどうかしている。
「確かに説得力に欠けるわね」
「だろ。だったら――」
「これならどう?」
「……は?」
高を括っていた昂輝にとっては予想だにしない返答だった。
シャランとメルヘンチックな音が聞こえるや否や、それまで何もなかった七美の腕に光が集まる。眩しくなって思わず目を瞑んだ次の瞬間には、彼女の手には先端がステッキが握られていた。
突如現れたステッキが昂輝に向けられると、そこから彼女の表情は一度も変わることなく先端が光り出す。
紫電一閃。その言葉通りの瞬間だった。
まさに一瞬の出来事だった。顔と肩の僅かな隙間を何かが通った。余韻の風が後から靡く。
思わず昂輝の額から汗が垂れ落ちる。
「くそ、……が……」
「これでわかったでしょ?」
決定的な証明を見せさせた。記憶を消すことなどいとも簡単なということを。
一旦の沈黙の後、昂輝は大きく息を吐き出した。
「……ちっ、わかったよ、協力すれば良いんだろ」
「そう、なら良かったわ」
この場において主導権は七美が持っている。ここは下手な事はせずに従う結論に至った。
昂輝の言葉を聞いて納得したのか向けていたステッキそのものを消した、出した時と同じような光が、今度は分散していった。
用が終わった彼女は昂輝に目もくれることもなく歩き出す。
「つーか怪我の治り早くねーか?」
あれほどまでの傷、手当てした本人だからわかる。一か月掛かってもおかしくないような傷具合。普通に立って会話できることが気になる一つだった
「そうかもしれないわね」
意味深な発言を残して、その場を去る七美の髪は風になびいていた。
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