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怪盗少女773   作者: 藤沢淳史
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学園一の不真面目男

目が覚めた時、いつも通りにだるさが真っ先に襲ってくる。そして次の瞬間には目に入る日の光に鬱陶しさを覚え、ため息を吐きながら重たい腰を上げる。乱暴に地面に落ちた時計の針は授業開始時刻の九時をとっくに通り越していた。


 だが慌てる様子など微塵もなく、乱暴に部屋の扉を開け覚束ない足元で部屋を出た。

 寝ぐせで跳ねた髪をかきながら下りる度に軋む階段をゆっくりと一段一段踏みしめる。そんな音がよく聞こえるほど静寂に包まれていた。


 そんな静寂を切り裂くようにテレビを付け、ほとんど中身のない冷蔵庫から朝食に使えそうな物を引っ張り出す。リビングどころか家の中には人の会話は流れてこない。聞こえてくるのは今しがたつけたテレビの音のみ。


 テレビからの音声を右から左へ受け流し、止まらない欠伸に多少の苛立ちを覚えながらも、焼きあがったトーストに目玉焼きとチーズを乗っけ、二つ折りに挟んだ出来は苛立ちを忘れさせるような会心の出来だった。小麦の香ばしさに加え、半熟の黄身とチーズが口の中で蕩け出し、生まれる三銃士のハーモニーに口元が緩んでいた時だった。


『本日金曜日の特集は、巷で話題の噂を徹底的に調べるこのコーナー。最近深夜の人影について――』


 ふと耳に入ったテレビの音声に、テレビ近くの壁に貼ってあるカレンダーを数秒凝視する。


「あっ……今日金曜日かよ。完全に土曜日のテンションだったわ……ったく面倒くせーな」

 

 気が付いたといえど、急ぐ様子などやっぱり皆無。完食するまで口の中のコンサートを楽しんでいた。公演が終わればマイペースで支度を進ませる。急ぐことなど皆無であり、出社前のサラリーマンのように嫌気はあった。それでも行かざるを得ない事は頭では理解していた。

全ての支度を終え、家の鍵を閉めた時は十一時に差し掛かかっていたが、特に気にすることはなかった。


 まるで早く行くよう促しているように日の光が襲ってくる。鞄を肩に下げ、制服のズボンに手を突っ込みながら歩く姿は、不良そのものようで――あながち間違いでもない。

 近い方が楽だという理由だけで選んだ六湘高等学校までは自宅からは徒歩でも二十分はかからない。道中の景色に気を止めることはしない。もう十年以上代わり映えのしない情景は、ほとんどが脳内に記録されている。


 校庭での笛の音に気分を悪くする。元々が休みの感覚だったのでモチベーションはいつもの三倍は低く、イラつきは三倍高かった。

 漏れ出す教師の声など聞く気すら起きない。


 中の様子などお構いなしに、年季の入った教室のドアを空ける。建付けが悪いせいか所々躓きながらも、力を込めてガラガラと音を立てる。その瞬間にそれまで前の黒板に向いていた視線が一気に襲い掛かってくる。まるで異物を見るような視線は次々と突き刺さる。


「もう授業は始まっているぞ」


 眼鏡を掛けた教師が、眉間に皺を寄せながら注意を施す。一瞬視線がぶつかるがすぐさま逸らし、口元で小さく舌打ちを鳴らして中に入る。その様子に教師も煙草の煙を吐き出すような深いため息をついて、そのまま相手にせず中断していた授業を再開させた。

 教師のそのような態度をお気に召さず、ドカッと周りの生徒がビクつくような音を出しながら着席すると、ちらりと教師が振り返るがお咎めはなかった。


「ずいぶんと重役出勤じゃねーか」


「るっせ」


 唯一臆せずに、振り返り言葉を掛けてきたのは前方の方からだった。少しぼさついた焦げ茶色の髪と眼鏡が印象深い彼、秦野一輝は周りに聞こえないよう最小限の音量でからかってきた。


「まさか今日を土曜日と勘違いしたんじゃねーのか? 今日は金曜日だぞ」


「……んなわけあるか」


 笑いながらの探りに思わず目を逸らして答える。そのような反応を見せてしまったことは、肯定を意味することと同じで、一層にやけ顔が強くなっていった。その顔をグーで殴りたいと思ったことは胸の内に貯めることにした。

 

 数分もしないうちに授業の終了を知らせるチャイムが響き渡る。ガヤガヤと騒ぎ出した教室内では席を立つ生徒もしばしば。


「なぁなぁ昂輝、お前昼は――」


「買ってこいだろ、ったく。パンでいいか?」


「よくおわかりで。たのまぁー」


 制服から財布を取り出し、チャリチャリと揺らしながら小銭を確認。思いのほか沢山あったのでそのまま片手で持ちながら教室を出る。


(人使いが荒いったらありゃしない)

 

 廊下で人とすれ違うたびに道を空けられる。そして向けられる視線全てが恐怖で表すことができる。最も本人はそのような視線に気にしないようにしている。


 購買までの道のりは昼休みなので、距離が近くなるほど人で溢れかえる。酷い時には朝の通勤ラッシュとでも捉えることができるほど。

 だが友人にパンを頼まれた一人の青年だけは違った。道行く人皆に道を譲られ、恐怖のあまりに視線を逸らされ、しまいには震え上がらせてしまうほど。暖かな視線を送ってくれるのは購買のおばちゃんくらいだろうか。


「はい、丁度お預かりしたよ」


 パンと飲み物を購入し、教室に戻ろうとした時だった。


 購買場所から出ようとした時に、視界の目の前に人だかりが出来ていた。

 シャットダウンしていた聴力を起動させると、ザワツキと歓声が飛び回っており、次第に購買に向かって近づいてくる。何事かと思い視線を向けると、まるでモデルのファッションショーが行われているみたいに、人々が端に寄ったことでできた道を歩いている一人の女子生徒がいた。


 褒め称える形容詞の数々や歓声を、当の本人は気にする素振りをせずに淡々としていた。

神妙な面持ちで行く末を目線で追っていた。


「…………」


 横をすれ違う一瞬、ほんの一瞬だった。

 

 購買に隣接している食堂に入っていった。そして追うように付いていく生徒達。だけどそんなことは気に留めない。


(あいつ……俺の事を一瞬見たよな……)


 他の人には目もくれず、視線すら遮断していた彼女が明らかにこちらを見ていたような気がした。視線が確かに絡み合った自覚はある。そんな風に不思議がりながら、その場で立っていたら、どんっと肩がぶつかった。


「おいおい、どこ見て――」


「あっ?」


 ぶつかった男子生徒が高圧的な態度だったのはいうまでもなかった、振り返るまでは。強気だった態度は視線が合わさり、人物を認知したしたことで一気に青ざめていく。


「ひっ! ごごごごめんなさい!」


「ん……まぁ――」


 引くほどきっちりとした直角のお辞儀と、恐怖に怯えるその姿に言葉が詰まる。


「すみませんでしたぁー!」


 何かしらの言葉を掛けようとした次の瞬間には、その生徒は大声を上げながら全速力で逃げていた。


「なんの騒ぎだ?」


「あれ? あの人って有名な不良の――」


「本当だ……超こえぇー」


 騒ぎを聞きつけた野次馬達が、視線を向けていることがひしひしと伝わってくる。


「……ちっ」


 毎度のことに嫌気がさしているも、どうしようもないため、その場を去る以外に選択肢はなかった。

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