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怪盗少女773   作者: 藤沢淳史
17/23

互いの意味

「そうそう、ニュースで取り上げられていましたよ、工場の機械が破損されていたって。新作を作る予定って言っていましたけど、流石に無理ある声明ですよねー」


 不意に愛理の口から出たのは、先日七美と昂輝が潜入した工場のことだった。何者かによって機械が破壊されたとの報道が、大々的ではないがテレビのニュースで取り上げられていた。

 学校での戦闘のあと、チップの解析やら、映像の解析やらを行った結果、その工場で作られていたことが判明し、直ぐに現場へ向かった。


「少し手間がかかるから、そのまま浄化しようとしたら崩れちゃんたんでしたっけ?」


 頷くことはなく、一輝からの視線を受取らず逸らして対処した。チップと機械に組み込まれた慿心宝をの浄化を目的に侵入し、手当たり次第に浄化を行った結果、一部の機械が破損した。チップの方は少なくとも工場にあった全ては浄化することに成功した。


「それにしても……何だか広く感じますねー。そして静かですねー」


 両手を前方に突き出しながら机に伏せていた愛理の上半身に力など入ってはいなかった。

 いつもの部屋には一つの空席が出来ていた。そして緊張感など皆無で、それぞれリラックスしながら過ごしていた。根源である工場を浄化したためか、学校での戦闘から二週間ほど経過したが慿心宝の反応は皆無になっていた。故にここにいない一名は三日ほど前から部屋に姿を現してはいない。留まさせる理由もないため彼の財布は被害にあってはいない


「ま、平和は良いってことで。俺もそろそろお暇しますかね」


「そうですねー、時間もいい時間ですね。二人も帰りませんか? 秦野先輩と一緒だとセクハラされそうなので」


「わ、わかりました」


 さらりと流された風評被害に、思わず涙目になる一輝はほっとかれた。


「私はもう少し残っていくわ」


 一人、椅子に座りながら読書をしていた七美。部屋を出る三人に挨拶を交わした後も彼女の読書は暫く続いていた。

 

 パタンと本を閉じ読み終えた頃、既に夕日は沈みかかっていた。部屋の外からも音はしない。時たま鳴く虫の声が唯一の音源であって、彼女自身が何か音を出すような行為はしなかった。

 人気も無くなり、不意に窓を眺めていた。


(確かに工場で元凶となりそうなチップは浄化したとはいえ、元々出荷されていたことを考えれば、不自然すぎるくらいに反応が無いわね)


 先日の学校での件は、すでにスマホの中にチップを挿入させて憑依させることに成功していた。元々工場での発見は偶然だったとはいえ、チップの情報を得ていたおかげで解決できたことは事実。とはいえそのような物を使って慿心宝を憑依させたことは前例がない。ゆえに学校の件は実験台だとしても、何らかのアクションを起こしてもおかしくはない。ましてや反応が無いことはあまりにも不自然と七美は考えていた。


(考えていても……今は無駄かしら)


 少なくとも現状で何かできることはない。七美は読んでいた本を鞄に仕舞った。




 スマホで時刻を確認し歩くペースを落とす。バスが来るまであと三十分もあったからだ。

 自身のスマホとメンバーのスマホの安全性は確認済みだ。念のために調べてみたが誰も慿心宝の反応は無かった。若干一名、故障している為持ち込んでいなかったが、多分大丈夫だろう。

 黄昏の空に視線は自然と向いていた。オレンジ色はどこか空いている七美の心を埋めるのには十分で、知らずの内に時間をバス停の横に立ちながら過ごしていた。その情景は絵にもなりそうなほど美しく、かつ彼女の為に設計されているようであった。

 相変わらずの車通りの無さは、グラウンドで練習している野球部の部員の掛け声が聞こえてくるほどである。だが彼女は耳を傾けることは無い。

 

 数十分は過ぎた頃だっただろうか。空を眺め思い更けているわけでもないが、何かを思い詰めるような表情を浮かべていた。冷えた空気が肌

に突き刺さり片腕を庇うように肘の裏側を抑えていた。


 バス停の先端に羽を休めていた雀が慌てるように飛び立った。


「全ての真意は何処に、汝の判断が世の定めとす」


「っ⁉」


 突如呟かれた言葉に、思わず全身が拒否反応を起こすようにゾクリとした。身の毛のよだつような忌々しいオーラを感じ取る。人目も気にすることなく瞬時に間合いを取り、手にステッキを召喚させ男に突きつけた。おかしなことをした時に、すぐにでも攻撃できるように。


「久方ぶりだね、傷は治ったのかい?」


「ニステルッ!」


 振り返った男の顔は記憶の片隅にもない。

 だが確信した、この独特な喋り方と渋い声調で。 両腕を背に回し、不自然なほど背筋がピンと伸びているスーツの男を、歯を食いしばって睨みつける。


「おっと、手荒な真似はよしてほしい。見たらわかる通り、この体は私の物ではない。すでに憑心宝によって彼は憑依されている。その意味――君ならわかるよね」


「くっ……」


 憑心宝に憑依された相手は、ほとんど操り人形状態になってしまうのだが、その体自体は憑りつかれた人のままである。即ち浄化する前におった傷は、そのまま体には負荷がかかっている。乱暴に扱ってしまえば最悪の状況に陥ってしまう場合もある。


「工場を破損させ、幹部であった清水君を退けるとは……流石に私にたてついた人物ではあるな」


「やっぱり彼はあなたの差し金というわけね」


「聞かなくても大技を作戦に組み込んだ賢い君ならわかるだろう? 攻撃の狙いが私ではなく窓の方だったとは驚いたよ。耐久性には自信を持っていたのだが……戦況が不利だとわかって逃げ出す、その判断の速さも称賛するよ」


「それはどうも。あなたに褒められても嬉しくはないわ」


 追い詰められた七美は決死の覚悟で大技を放ったが寸での所で避けられた。だは避けた先にあった窓に直撃すると、そのまま割れそこから戦線離脱した。それが前回の戦闘になった時の結末である。


 互いの冷静な口調での舌戦が繰り広げられていた。だが次の瞬間には人を寄せ付けない声調に変移した。


「警告だ。これ以上私の邪魔をするというのであれば……今度こそ始末する」


 その言葉には冗談の類は含まれていない。本当に殺る気だ。


「では、これにて失礼するよ。相まみえない事を期待しているよ」


「待ちなさい!」


 七美の声に聴く耳も持たず、男は力尽きたように地面に倒れだした。それ以降、忌々しいオーラの気配は消えて無くなった。ピクリとも動かなくなった男性に対し、浄化を行った彼女の心中は焦燥感に駆られ苦悶の表情を浮かべていた。



**************************************



「あ、あの渋沢君に、お客さんが……」


「あ?」


 しり込みしながら目も合わさる事もなく、話かけてきた生徒の言葉に思わず疑念が生まれる。 日常が戻っていた昂輝にとっては、顔を合わせたくなかった人物が立っていた。それも隠れる事もなく堂々と開いた扉の前にいるものなので猶更困り果てた。周りの生徒たちの視線を一気に集めているからだ。


 それを理解した瞬間に体が反応した。いつもなら彼女が立っている一番近い教室の後ろ側の扉から出で立つが、席を立ち向かったのは教室前方の扉。彼の感が関わってはいけないと申していたからだ。

 

 何事も無かったかのように教室から出た次の瞬間に、彼の制服の袖は掴まれた。


「……んだよ、俺は今から帰るんだからな」


「緊急事態なの、あなたにも手伝って欲しいの」


 磁石の異なる極のように互いに掛かっている力の向きは別のベクトルであった。


「はっ、手伝うってなんだ? またコスプレでもすんのか? 夜中に追われることか? どちらにしてもうんざりなんだよ。そしてこの状況にもな」


 ギャラリーからの視線が痛いほど突き刺さる。学校一の美少女が、学校一の不良に対して袖を掴みながら話をしている。似たような状況を何回か味わってきている昂輝にとって、これが自身にどのような悪影響を及ぼすものかをよく理解していた。


「お願い、あまり優著に話をしている暇がないの」


「はっ、それで断ったらまた俺の財布を人質にでも取るのか? まぁさすがにこの観衆じゃ無理だよな。いくらなんでもあんたが悪者扱いになるだろうよ」


 二人を取り囲む観衆という名の野次馬達。

 そして昂輝を差し止めていた力が抜ける。腕が昂輝の体の元へと戻っていった。


「おっ、ようやく諦め――」


「お願い。あなたが必要なの」


 勝利の笑みを浮かべた昂輝が振り返ると、彼女の顔は床に向いていた。今まで聞いたことがないほどの透き通った綺麗な声であった

 一瞬目を丸くしたが、すぐさま表情を元に戻して言い放った。


「けっ、断る。これもどうせあんたの狙いなんだろ」


「――っ! そ、そんなつもりは……」


 返って来た声の冷たさにと、その内容に目が泳いでいた。

 ギャラリーのざわつきが大きなものとなる。会話の内容がわからない彼らにとっては、非難の矛先は当然のことながら不良の方へ行く。美少女に頭を下げさせている、そんな構図に彼らには見えていたのだろうか。


「俺は帰らせてもらうぜ。周りの視線や世間体なんてもう知ったこっちゃねぇよ。勝手に巻き込んで、勝手に変な事させられ、どんな事だがしらねぇーが挙句の果てに助けを求めるとか、どう考えても都合よすぎるだろ」


「待って――」


「いい加減にしろ! テメェの傲慢さに付き合っていられるかっつうの! 他人の事を考えず最低なクソ野郎だな。あの時助けた俺が馬鹿だった」

 

 周囲の空気が凍てついた。昂輝の怒声が廊下に響き渡り、それまで周囲に取り囲んでいた人たちが視線を避け、その場から逃げるように退いた。

 二人だけの空間になり果てた廊下、そして必然的な沈黙。決定的な一打を食らわせ、言い争いの勝利を確信していた昂輝の目を丸くした。


 顔を上げた七美の目の中の光が消沈していた。


「そう……ね。あなたへの今までの事を考えたら――ごめんなさい」


「そうだよ」


 吐き捨てるように出された言葉を尻目に昂輝は退散した、罰が悪そうに。

 一瞬だけ映った表情が、彼の脳内に焼き付いたからだ。

次話 23:00 投稿予定

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