夜に輝く一筋の光
月の光が彼女を影とし、風によってマントが靡く。
カツカツとブーツの足音が響き渡りながら、七美は手に根源を滅するためのステッキを召喚させ、強く握りしめた。その相手は数日前にこの学校に来た新任の清水先生だった。
「元凶であるニステルの会社の表向きは大手携帯会社。自社製品の中に慿心宝を組み込んだチップを入れる。確かに製品の中なら怪しまれないわね」
「くっ……」
「チップを経由しそのスマホに触れた者を憑依させる、なんとも姑息な手ね」
じりじりとその距離を詰める。その一歩一歩が清水から余裕を奪っていく。
「それらのスマホを置くことによって探知のシステムはそちらにも反応する。新任だからといって迷子になったふりをして至る所に置いていたわけね。それほど強いわけじゃ無いけど数が多かったから場所を絞り込めなかったようね。こっちも探して、浄化するのに手間がかかったわ、校舎内は人の目もあるし」
「……貴様、一体いつから――」
「そうね、校舎を見回っている時、やたらと落とし物を発見した時かしら。流石に十数台も同じような機種をはっけんしたら怪しいって思わない?」
二時間近く遅れたのは、チップが内蔵されているスマホを発見しては、生徒の目に入らないように浄化していたこと。細心の注意を払っていたため時間がかかっていた。
「私は触れても問題はないけど、数人の生徒は既に触れてしまったようね。彼らの相手はあなたが聞いている情報と同じよ。そしてあなたがその慿心宝の元手、つまりあなたを倒せば今操られている生徒たちの憑依は解除される」
淡々と説明する七美とは違い、その表情が次第に曇り始めていた。彼女が発している事の真相は紛れもない真実であるからだ。
鋭い眼光と共にステッキを突き付ける。その隙間は僅か数センチほど。
「大人しく降伏しなさい」
「……ふふっ、まさか僕が素直に降伏するとでも思ったのか?」
怪しげに口元が開き、唾液の粘着きと白く並びが悪い歯が目に入る。今の彼の顔は教師ではなく悪魔そのものだった。
「っ⁉」
並々ならぬ危険を感じ、すぐさまジャンプし距離を取る。
「ここで貴様を倒し、残りの奴らも皆殺しだ!」
化けた顔が剥がれた。
身に纏うオーラは近寄るだけで恐怖を感じるほど強大な物であり、額には複数の血管が浮かび上がっていた。
「あぁぁぁ!」
かぎ爪の手の平の上に黒く丸い球体が現れると、そこから黒い光線が七美に向かって一直線に放たれた。
その光線が彼女に当たる直前、地面を蹴り飛ばし回避する。
だが休む暇を与えることはなく、次々と光線を繰り出す。一種のレーザーのような速さだが、そう動きは単調で一直線。右へ、左へと、掠ることもなく無駄が一切にない華麗な動きが七美の力量の高さを表していた。
「ならばこれはどうだ?」
並々ならぬ様子にステッキを強く握りしめ身構える七美を他所に、微かに口角を上げると球体に徐々に黒い光のようなものが吸収されていく。集まっていく黒い光はやがて大きな塊を形成する。
正面に立つ七美に照準を合わせた。
「くらえっ!」
腹の底から絞り出された叫び声。
キャノン砲のような巨大な黒い衝撃波がコンクリートの地面が抉り、大気を歪めさせるように轟音を響かせ一直線に駆け抜けた。
「はぁあ!」
逃げることも避けることも選択しなかった。砲撃に驚くこともなく、真正面から立ち向かった七美は自身の力を集めるようにステッキに集中させ掛け声と共に突き出した。
そこから出されたのはリング状の円法陣のような盾であった。
真っ向からぶつかり合い激しい衝撃音を生み出していた。強く激しい感情を込めてぶつける矛に対し、力量を認知したかのように必要以上の力を出さずに冷静な対応の盾。
その決着に時間はかからない。
荒々しい爆風が吹き荒れると共に砲撃は、星が綺麗に輝く夜空へと消えていった。盾が反射させたのである。
「その程度かなのかしら?」
「くっ……ならばこれはどうだ!」
それまで手にしていた球体を消すと、黒いオーラを纏ったかぎ爪を理性を失った獣のように振り回す。遠距離攻撃がダメならと直接攻撃に打ってきた。
乱雑に振り回される攻撃を、地面を蹴り飛ばすステップで大きく距離を取りながら交わしていく。交わされた爪は、落下防止の手すりに激突するも、谷折りのように一部分が大きく凹んだ。
「避けるだけか?」
挑発するよう笑いながら投げかける問いに七美は答えることは無く、マントをはためかせ冷静に交わしていく。屋上での攻防は激しさを増していく。幾度もかぎ爪は空を切る。上半身を上手くのけぞらして避けたり、迫りくるかぎ爪を華麗なフットワーク、その際にポニーテールがリズミカルに揺れ、上下に激しく動く胸は別の意味で魅了していた。
そんななど気にもせずにちょこまかと交わしていくことに業を煮やし、極限の力を込めて薙ぎ払うように振り下ろされた一撃は予想だにしない伏線を生むことになる。
「……っ⁉」
バックステップでよけた攻撃が地面に突き刺さり砕けた破片が目に当たる。思わず目を瞑ったその一瞬の隙を見逃さなかった。
全体重をかけたタックルはラガーマンが繰り出すものよりも強力なもので、女性とはいえ軽々弾き飛ばした。
「くっ……」
校舎内へと繋がる入口の壁に勢いよく叩きつけられる。壁には無数の罅が入り砂煙も発生するほどの衝撃であった。
「なるほど、遠距離では分が悪かったが、近距離ではこちらに分があるようだな。貴様の盾も物理には弱いようだな」
爪を月明りに照らし見せびらかす。手ごたえありと感じた彼の表情に得意げに満ちていた。
「そう……みたいね。あれだけ力任せにされると少し厳しいわね」
ピンクのスカートについた砂ぼこりを手で払いのける。攻撃を受けた後とは思えないほどその表情は変わっていなかった。その七美の正面に余裕の表情を浮かべながら立ち尽くしていた。
「さすがの忍耐力というべきか、だがそれも時間の問題だ」
「……そうね、私も時間を掛けるのはさけたいのだから――これで終わりにするわ」
「なっ――⁉」
足元が突如光り出した。
地面に描かれた五芒星の中心に立っていた足は、何かにしがみつかれたかのように動かなくなる。
「貴様! 一体何をした!」
「ただただ避けていただけではないの」
避けているように見せかけて魔法陣を発動させるのに必要な条件をそろえていた。発動に必要な五芒星の先端となる五つほど地面に魔法を仕掛け、その中心部に対象が入ることで作動する。
「わざわざ自分から入ってくれて、手間が省けたわ」
「まさか全て計算通りだというのか」
遠距離が無理だと思わせ近距離からの攻撃を避けるだけの立ち回りも、破片が当たり予想外のチャンスが到来したと思わせることも、攻撃が通り油断させることも、全ては七美のシナリオ通りだった。
「あなたに埋められた悪式魂。奪わせていただきます」
突き出したステッキの先端が鮮やかに光り出す。その瞬間に五芒星の中では苦痛と悶絶が混じった悲鳴が上げられる。
「これで――終わりよっ!」
「ぁぁぁぁああああ!」
全身が陽炎のように薄くなる。最後の抵抗とばかりか崩れていく瞳が七美の姿を、恨みと共に睨みつけていた。
「終わらん! 終わらんぞー! これで勝ったとは思うなよ! さらなる悲劇がお前に絶望を与えるからなー!」
その言葉を最後に姿も形も何もかもが光と共に消滅した。
(元々慿心宝で構成されていたということね)
かなりの力を使うが慿心宝によって人間の姿や形を構成し酷似することは、件数は少ないがこれまでの経験の中に存在している。
取り出された慿心宝をステッキから放たれる光で浄化する。
「とりあえずは……これで一件落着かしら」
先程までの戦闘が嘘のように静寂が、夜空の下の屋上に取り戻された。
ただその中で、一人残った七美には酷く不吉な予感がしていた。
消える直前に言い放った言葉。さらなる悲劇――その言葉が何を意味するのか。胸のざわつきを感じずにはいられなかった。
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