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怪盗少女773   作者: 藤沢淳史
15/23

七不思議なんかありません、三不思ぐらいです

「こちら秦野、一階では発見できず。これより一番怪しそうな体育館に向かう」


 担当範囲である校舎内の探索をいち早く終えた人物、一輝は追加での探索受注を承諾し、暗い夜道の中で向かっていた。


(隠れるなら、一番の適切な場所は体育館でしょ)


 バスケコート二面分の大きさの体育館は、学校の中でも一番老朽化が進んだ年季の入った建物だった。校舎からほんの少し離れた場所に位置している。そんな体育館だが中には光が灯っており、近くづくと何やら音がしている。

 

 忍び足で入口に近づき、扉に耳をつけると、ダムダムと何かが弾む音と共に微かな振動も伝わってきた。建付けが悪い扉を音がしないようにゆっくりと、片目が入る隙間を作り警戒心を露わにしながら目を凝らす。その目に映ったのが茶色い丸い物だとわかった瞬間、緊張の糸が途切れ安堵の息が漏れる。


 どうやらバスケットボール部の数名が居残りでシュートの練習をしていた。二名ほどシュートの練習をしていたようで、片面にボールが散乱していた。面識はなく、小走りながら軽く会釈をし通り過ぎる。邪魔をしないように壁沿いをつたっていく。

 ステージか用具室、怪しい二つの箇所をどちらから調べるか悩み、一瞬その足を止めたが鍵が開いている用具室から探索を開始することに決めた。汗臭さと鉄の臭い、そしてゴムの臭いのトライアングルが合わさり、一輝の鼻にアッパーを食らわせる。

 眉をひそめ、しかめっ面になるほど一輝はこの部屋を好ましく思ってはいない。


(にしても、居残り練習とは……青春しているなぁ)


 自身の中学時代の掘り返し、思い耽ながら用具室の中を物色。スコアボードや球技用の支柱を動かしたり、授業で使用している跳び箱の中、卓球台やマットレスに埋もれてないか等、目につく物の全てを隈なく探してみるも、慿心宝に関与がありそうな物は出てこなかった。


(ここにはないのか……だとするとステージ上かな? いきなりステージに上がってウロチョロするなんて絶対に変な人だと思われるわ)


 動かした用具を元に戻しながら、運んでいくときに零れただあろうバスケットボールのボールを拾い上げ指で回そうと試みるも、あえなく突き指に遭い悶絶していた時、不意に脳裏に過った。


(あれ? 待てよ……今何時だ? 居残りでも八時までに帰らなきゃいけなくなかったっけ? それに今日はもう教師の方がいないから……居残り練習出来ないはずじゃ――)


 この時期の部活は片付け等を含めて六時半までには門を潜らなければならない。ただし申請をして尚且つ顧問の先生が校舎内に入れば、八時までの居残り練習ができる。生徒の安全や学校のセキュリティ関係で必ず教師はいなければならないが、全教師が帰宅についたことは確認済みであり、尚且つ現時刻は――十時を回っていた。


 左手の腕時計の針を確認し終えた瞬間、遠くの方からガチャンと何かが閉まるような音が耳に入った。 胸騒ぎがし、急いで用具室から脱出すると、先程までシュートの練習をしていた二人が棒立ちになっていた。獲物が用具室から出るのを確認すると、その距離をゆっくりながら詰めてくる。

 彼がシュート練習に使用していたボールは僅かに上下しながら浮遊していた。

 その目に黒い瞳はやどっていなかった。


「……どうやらここがビンゴってことか、とんだハズレくじを引いたもんだなぁ」


 脂汗が流れた時、戦いの幕が切って落とされた。


**************************************


「やっぱり、職員室だと思うんですけどねー」


 目ぼしい成果は無く、一人なのに口数が減らない鵠沼愛理の手は震えていた。

 三年生の教室と職員室が主な二階において、速攻で教室を調べ終えた彼女は最難関の場所の扉に手をかけていた。


「こ、怖くなんて……ないですから」


 自身に言い聞かせた言葉は次第にすぼんでいった。皆の声が聞こえている時は近親感があり、恐怖の感覚はなかった。音声が無い今、彼女の脳内は恐怖でうめつくされていた。

 一度、深呼吸をし意を決して手に力を入れた。


「し、失礼しま……す」

 

 ゆっくりと開けた扉の隙間に、まずは頭から侵入する。二、三度首をキョロキョロと動かし周りを確認し終えると、恐る恐る一歩を踏み出した。身を極限に縮こませ、石橋を叩いて渡るほど慎重にその身を侵入させた。


「明かりをつけるわけにもいかないし……」


 明かりをつけてしまえば、外部に存在が漏れてしまう可能性が高い。そもそも明かりを入れるスイッチがどこにあるのかを知らない為、どうしようもない。窓からの月明かりもカーテンで遮られ、ほとんど真っ暗闇で何も見えない状態である。

 唯一の明かりである懐中電灯を必要以上の力で握りしめていた。普段から立ち入ることのない場所において、そもそも何がどこにあって、どんな風になっているのかも知らないのだ。


 そのため目の前に集中して愛理は、キャリーがついた椅子のタイヤ部分に足をぶつけると、ぶつかったタイヤの錆びた奇妙な音が鳴る。


「みゃっ⁉」


 身の毛のよだつような怖さを感じ、思わず声にならない悲鳴を上げる。思わずに猫のように素早く後方に飛びつく。

 その振動で近くのデスクのペンが落ち、それが愛理の足に当たる。


「ふにゃ⁉」


 何かに触られたような感触を感じ、今度は地鳴りがするような悲鳴を口に出す。それがただのペンだと気づいたのは三秒後に光を当てた時だった。慌てふためく彼女の頭の中は、もはや真っ白になっていた。


「ううぅ、これだから前線に出るのは嫌なんですよ……」


 半べそ状態になり下がった彼女の進む速度は遅くなる。感覚的にはお化け屋敷にいるような感じで、憑心宝はそっちのけで暗闇の中出口を探していた。今自分が職員室のどの辺りにいるのかわからなくなっていた。

 一応頭は任務だということは理解している為、光を左右に動かす。


 すると偶然にも光が人の顔を映し出した。


「なんだ……写真立てか……」


 偶然にも光の先には写真が置いてあった。一瞬、遭遇したくない者と出会ったと思い、ハイパーボイスが準備されていた。 胸に手を当て安堵の息を漏らす。それでも心臓の鼓動は外に漏れ出そうなほど大きな音を立てていた。

 すると今度は、ガタリと後方から大きな物音が耳に入る。心臓が飛び上がりそうになりながらも慌てて光と共に振り向いた。


「なんだ先生か……」


 少し離れた場所だったが、同学年で別クラスの教師がそこに立っていた。ピシッとスーツを着こなした女の先生だった。

 学園内では真面目で優しい性格で有名方だったので、ばれても問題ないと内心安心していた。けれども別の問題がふと脳裏をよぎった。


「あ……れ? どうしてこんな時間に――まして皆帰宅したはず……」


 任務前に先生方が確認したのは周知の事実。忘れ物を取りに戻って来た可能性もないわけではないが先生方なら灯をつけてもなんら問題は無い。

 

 思わず光を再び向けるがそこに人の姿はなかった。


「う……うそ……」


 全身の血が青ざめていき、恐怖で足がすくんでしまった。そんな愛理を追撃するかのように今度は反対側から物音がする。大きさや距離的に考えても大分近くにいることが想定できた。ロボットのようにカクカクしながらゆっくりと、首とライトを持つ腕が物音のする方向へと動き出す。その表情までもロボットのように恐怖で怯える顔に硬直していた。


 伸ばした腕が当たりそうな距離に、今度は別の男性教員が愛理に向かって白目を向けていた。


「ひゃああああああぁ!」


 愛理が上げた悲鳴は閉じている扉を貫通して廊下まで響き渡っていた。


**************************************


「パトロールか何かかよ……」

 

 愚痴をこぼすも、意外と真面目に探索しているのは、一年生の教室が並ぶ三階担当の昂輝だった。


「つか、何の連絡もなくなってんだが、あいつら全員やってんだろうな?」


 少し前に七美から無駄話はしないようにとの警告があったが、そもそもハンズフリーマイクが今機能しているかもどうかが怪しかった。物音、雑音までが聞こえていなかったからだ。


「怪しいつったら、ここじゃね?」


 たどり着いたのは、普通の教室の二個分の面積を持つ音楽室。一年ほど前にちょっとした事故により器物が破損し改修工事をしたため、校内において一番綺麗な場所である。扉に手を掛けた瞬間、違和感に気が付いた。


「鍵が開いてるとか……随分と不用心だな、このご時世に」


 感触が軽かった。単なる閉め忘れか、それとも別の理由か―― 脳裏に過った様々な可能性を考慮する。そして同時に警戒心を強めた。


「おらぁぁ! 誰かいるなら出てこいや!」


 反動で一瞬、宙に浮くほど声と共に勢いよく扉を開ける。音楽室全体がビクリと反応するような鬼気迫った表情と威勢で牽制と気合を入れた。だがそれに対する返答は返ってこなかった。


「なんだよ、もぬけの殻じゃねぇーか」


 窓から降り注ぐ月明りは、昂輝の心情をあざ笑うかのように美しく輝いていた。グランドピアノは照明がついていない教室と同化し、机は不気味なくらいにぴっちりと整頓させてあった。

 

 あらかた探索するも特に変わったところはなかった。


「ちっとばかし気味悪そうな雰囲気は出てるんだよな」


 視線は入って来た扉から見て後方に位置する三つの部屋へと繋がる扉に向かった。並んだ三つの扉の内、一番左と中央は防音対策がされている個室になっている。残りの部屋は機材入れの倉庫になっている。どう考えても隠れ場に持って来いの場所だ。


(まずは……こっちから行くか)


 迷う事はなく一番右端の倉庫の扉に手をかける。躊躇することなく勢いよく開けた扉は、後方にまとめて置かれていた譜面台に直撃し、四方八方に倒れだしたことに気が付いた時は、雀の涙ほどあった極小のやる気が消えうせた瞬間だった。そのため譜面台を立て直すこともせず、中に入って調べることもしないで、そのまま何もなかったことすると決めた。

 そのやる気の無さを引き連れ続けて隣の扉を開ける。小さなスペースには、入口近くにあったピアノと比べれば小規模になってしまうが、年季の入ったピアノが置いてあった。椅子がニ脚と机が一台、防音対策が施されている部屋は、夜の学校同様にどこか薄気味悪さを醸し出していた。

 明かりをつけることもせずに、一度適当に目を配らせた後は作業のように次の扉へと意識を向けていた。

 そして最後に一番左端の部屋。先程入った部屋と内装も置いてある物も何一つ変わらないので、こちらも同じくパッと見て音楽室を撤収しようと考えていた。

 ガチャリと扉が開いた音は、すぐさま中にいる奴らの耳に届き視線を集めた。


「…………」


 一言も喋ることなく扉を閉めた。何も見なかった、何もいなかった。これで全てが丸く収まる。そうなってくれることを、普段は祈りもしない神に期待した。

 だがそうは問屋が卸さない。


「ですよねー!」


 ゆっくりと開かれた扉から、キョンシーのように手を突き出しながら、ゆっくりと徘徊する。数は五人ほど。どれも見覚えはないし、だれかもわからないが、性別、体格などは五人全員がばらばら。唯一同じなのは目が焦点を向いていないこと、そして標的が昂輝であることの二点だった。


「おいおい……かの有名なサバイバルホラーゲームかよ……こちとら銃どころか武器すら持ってないっていうのによ」


 昂輝の自宅にあるゲームなら、本来こういう場面で武器を巧みに利用し進んでいくのがセオリーだが、現在彼の装備品と防具品の項目には無しが記入される。 そんなゲームをやっていた甲斐もあり、頭の中は機能していた。

 だから一目散に音楽室を後にすると決めた。わき目も降らず、整頓された机などお構いなしに駆けていき扉に手をかけた。


「なっ……はぁ⁉ なんで開かねぇーんだよ!」


 いくら扉に力を入れても接着していて動かない。鍵はかかっておらず、顔が真っ赤人るほどの全身全霊の力を込めて引っ張るがびくともしなかった。


「……上等じゃねぇーか」


 じりじりと距離を詰める相手に対し、この状況を作った犯人への怒りを向けた。逃げることを捨てた男の覚悟の表情は怒りに満ち溢れていた。



**************************************



『ダムダムダムダムうるせぇー!』

『みやぁーー!』

『くそったれがぁー!』


 音声だけでも十分に、場面の想像が出来る。きっと大量の憑心宝に憑りつかれた人間に襲われている違いない。そういう風に仕向けたのだから、聞けば聞くほど滑稽で仕方がない。これほどまでに嵌っているのだから。思わず笑い声が喉から漏れてしまう。


「ふふ、実に素晴らしい結果だ」


 さらにご機嫌な理由はもう一つ。実験の成果が出ている事だった。夜風の冷たさなど微塵も感じず、腹の動きと嬉しさの感情から燃える喜び湧き上がっていた。

 ジャミングによる通信妨害によって彼らの連絡手段を断ち切っている。そのため彼らがどのような状況であるのかを把握できていない。そうなれば危機的な状況下に陥っても救援に行くことは無い。

 そして閉じ込めることにも成功した。彼らにとっては倒す手段がなく逃げられないこの状況下はまさに絶体絶命である。そんな奴らの表情を想像するだけで、楽しくしょうがない笑みを浮かべていた。



 この瞬間までは。



「そうね。傍観するのには人気が無いところが一番よね」


「なっ⁉ き、貴様どうして――」


 突然の来客に、これ以上広がらないほど刮目させ、声には驚愕と当惑の調子がこもっていた。


「どうしてここにいるのか、それともどうやってここに来たのか。そんな事を思っている表情ね。その両方かもしれないけど……まぁどうでもいいわ、新入りの清水先生」


 スーツを着こなし眼鏡をかけたいかにも真面目そうな男。

 数日前、部屋に訪れた時に愛理が礼儀正しい人物と称していた者がそこにいた。

次話 12:00 投稿

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