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怪盗少女773   作者: 藤沢淳史
13/23

脱出任務

「おい! そこに誰かいるのか」


 チップという単語を伝える前に、耳に入れた音声が入ってくる。心臓が飛び上がるほどの驚きをしたことはハンズフリーマイクの先の相手には伝わっていない。

 足音と共に、声調が段々と大きくなるのが理解できた。


「先程から物音といい、話し声らしき音といい、誰か残って作業でもしているのか?」


 懐中電灯らしきものから放たれる楕円形の光を視界が捉える。

 あたふたしながら、どうにかやりすごそうと固い頭を最大限に活用しようとする。


(こんなところに、こんな格好の俺がいることがばれたら……まじで一巻の終わりだ! 隠れるなり、やり過ごすなり、何とかしなければ!)


 声と光の場所とは反対方向に、忍者のように腰を曲げ駆けだした。

しかしながら視界が悪いため、上手いこと機会をかわすことが出来ずに接触してしまう。その際に出る接触音が致命傷になった。


「おい、そこに誰かるのか!」


(まずい!)


 足先にジンジンと響く痛みが接触音の強さを表していた。辺りを見回してみるも、そもそも視界が認識しない為隠れる場所など発見することが出来ない。絶体絶命のピンチに思い切って強硬策に打って出た。


 全身黒タイツを存分に利用し、体を小さく丸ませてどうにか道具として背景に同化しようと考えた。冷たい床に体育座りをし、頭を膝とお腹の間に詰め込んでいた。


「…………」


(…………)


 無言が時計の秒針を進めた。照らされた懐中電灯の光が丸まった昂輝の体に直撃する。

 チラリと首を動かし、様子を伺ってみる。人間ということを悟られないように必要最低限の距離だけ。


「こちら第三地帯にて不審な人物一名を確認した。至急応援を頼――ってこら! 逃げるな!」


 手に持っていた物をトランシーバーと認識し誤魔化せていないとわかると、一目散に駆け出した。


 (一人でも大変だっつうのに、これ以上人が増えるなんて冗談じゃねぇ!)

 

 これまでの忍び足を切り捨て、唯一のタイツの利点である身軽さを利用する。

 だが無我夢中で逃げている為、スマホのライトを使用することすら困難に陥っている彼に視界の悪さは味方をしてくれない。


「ごぶっ⁉」


 顔に襲い掛かる激しい痛み。思わず涙ぐんでしまうほど。何にぶつかったのかはわからないが、一瞬だけふらついた足を止めることは無い。鼻から何やら暖かいものが垂れてくることが感覚的に理解した。だが構っていられる余裕は今の昂輝には無く、走りながら手で拭うしかなかった。

 それからも痛みは彼を何度も襲う。躓き、ぶつけ、転び、逃げているだけで昂輝のヒットポイントは瞬く間に減少していった。それでも確保されないのは相手も同じだという事。


『どうした、さっきから物凄い効果音しか聞こえてこないけど、機械でも動かしたのかー?』


「し、至急応援をよこせ! 追われてる! じゃばい! た、体力が……持たない!」


 一輝からのナイスタイミングの通話は、不幸の連鎖が続いている状況下での唯一の救いの手であった。藁にも縋る勢いで救援要請を送る。


「って言われても、もう任務は終了って連絡入ったから、もう上がりたいんだけど」


「お、おま、ちょ……ちょっと待て!」


『何とかなるようにしとくから、少し耐えてくれ』


 そう伝え終えた後ハンズフリーマイクから一輝の音声が流れることは無かった。


(あのクソ野郎……覚えてろよ!)


 次の日に確実に締め上げるという強い思いを抱きながら、後ろを向いて距離を確認しようとした時だった。


「ぐがっ⁉」


 今度は脛あたりに何かがぶつかり、そのまま顔を打ち付ける。


「なんなんだ……さっきのチップの箱かよ、クソが!」


「動くな不審な人物め!」


 箱に八つ当たりのキックをかまし入れると、中のチップが溢れんばかりに零れてきた。ただそんな事をしていた矢先、警備員の格好をした相手から、懐中電灯の光を浴びせられた。


「うるせぇー! 俺もしたくてしてるわけじゃねぇーんだよ!」


 見つかってしまったという焦りよりも、光を眩しく感じることよりも勝った八つ当たりの怒りは、自然とその場に散らばったチップの山を握り、そのまま全身の力と怒りを込めて投げつける。


「こらっ! やめろっ!」


「うるさいわぁボケェ! テメェがいなかったらこんなことになってねぇーんだよ!」


 我も忘れて怒鳴り声をあげる。八つ当たりと開き直りが合わさり、もはや静寂という概念は頭の中から抜け落ちていた。

 無我夢中に投げつけていたが、すぐさま投げて怯ませることができる量はなくなっていた。ゆえに距離を詰められるのに時間はかからなかった。


「この不審者め、大人しくしろっ!」


「クソ……がっ……」


 逃げようにも逃げ場がどこにあるのかわからない。傷む体に底を尽いた体力。膝に手を当てて絶体絶命のピンチに陥った時だった。


「はぁあ!」

 

 状況を切り裂く一つの麗しき声が上空から聞こえてくる。その瞬間に先ほどまで追ってきていた警備の方に光の塊が全身に浴びせられると、瞬く間に膝を折って倒れていった。


「大丈夫? 色々と酷いことになっているのだけれども」


 軽い足音と共に窮地を救ったのは、任務を終えた七美だった。


「おま……これが大……丈夫に見えるのか?」


 ハァハァと息を切らしながら、何とか応えるも視線は地面に行ったまま。


「それにしても……よくわかったな……こんな暗闇で」


「……あんな大声出されたら、誰でもわかるかしら。他の警備の方もそろそろ来てもおかしくないから、直ぐに立ち去るわ」


「っつても……体力がもたねぇーよ」


 肩で息をする昂輝の表情は、いかにもマラソンを走り終えた人の表情と同じものだった。


「少し雑になるけれども、そこは我慢してほしいわ」


「は――あああぁぁぁ⁉」


 フリーフォールのように急上昇し、声にならない叫びは瞬く間に工場から消えていった。それからずっと彼の叫び声は続いていた。安全バーが取り付けられていないジェットコースターのような空の旅は一分間、月明りに照らされた彼らの影が見られることはなかった。


 工場から脱出し、少し離れた橋の下の河川敷。流れる水は周辺の温度を下げ肌寒く感じ、聞こえる音は周辺の静かさを表していた。


「この辺で大丈夫かしら」


「す、すまねぇ」


 降ろされた昂輝は四つん這いになっていた。砂利の痛さなど眼中になく、逆流する胃酸を何とか漏らさないように口を押えていた。何度も急上昇、急降下を繰り返し、激しい乗り物酔いと同じような症状に見舞われていた。

 そんな中で感謝の言葉を言われた七美には少し驚いていた。


「あら、以外と素直に礼を言うのね。不貞腐れたり文句を言われるかと思ったのだけれども」


「あ……あぁあ?」


(……これは結構重症のようね)


 いつものような言い合いにならず、顔色が青ざめている昂輝の様子を見て、ステッキから出された光の塊は、地面に触れると瞬く間に昂輝が着ていた服に一変した。


「着替えはそこに置いておくわ。後はもう好きにしてもらって構わないから」


 脳内に酸素を取り入れ、


「どういう……風の吹き回しだ? あんたが物を出すなんて」


「当たり前でしょ。そんな格好で周辺をうろつかれたら、どう考えても不審者扱いよ。通報された時のリスクを考えるのは当然のことよ。だから人の目に映らないように、早く着替えて早く戻ることにしてほしいの。私はもうあなたを運んで疲れたから帰るわ」


 そう言い残すと瞬く間に上空に駆け上っていった。


「けっ……素直じゃねぇー女」


 明らかに遠回しの言い方であった、要は任務の終了と解散を告げる言葉。

 それをこうも嫌味風に言うあたりは彼女らしい。


「流石に脱いどきたいな、汗臭いのは嫌だし」


 汗を吸い込み重くなった生地は、肌に擦れる度に伝わる湿り具合が気持ち悪く、汗臭さが鼻の奥を攻撃する。


「脱げねぇ……なんだこれは!」


 フロントジッパーは下げることが出来たが、汗が吸い取ったことで吸盤のように肌にくっついてしまった。何よりサイズもギリギリな事も相まって、黒タイツが動いてくれない。


「ふぐぐっ……」


 袖の部分から腕を取り外し、顔がタイツの中に入り組んだ時に事件は起きた。手元に持っていたはずの物が、手のひらの感触に残っていなかった。だがその事よりも優先させていたのがタイツの脱衣だった。そのため落下音に気が付かなかったのが彼の命取りとなった。

 パキッと嫌な音がするとともに、足に硬い感触を感じ取った。

 全身から汗が噴き出てくる。悲しき事に、その汗によって湿りきったタイツがようやく動き出した。着替えの服にも目もくれず、急いで視線は足元へとかけると、目に映るのは無情な現実であった。

 画面には無慈悲にも無数のヒビが入っており、一部は欠けている。そのままの状態をキープするようにゆっくりと拾い上げる。小刻みに震えている手によって再び欠片が零れる。恐る恐る電源のボタンに手をかける。もしかしたらの軌跡を願い込めた、その指は自然に力が入った。が、彼の望んだ結末は訪れなかった。


「クソッがぁぁー!」

次話 5:00 投稿

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