全身タイツに行き立った工程
「あなたには少し調べ物をして欲しいの。あそこの工場は少し前から怪しいと睨んでいたのだけれども、本当に反応が出るとは思わなかったわ」
「調べものだぁ? だったらそのパソコンで何とかなんねーのか?」
部屋の中でかったるそうな態度と声量が醸し出される。
ちゆのパソコンを指さし、提案を送るも首を横に振られ却下される。
「現場調査よ。ただしくは採集かしら。その工場で作られている物を回収してきて欲しいの」
「はっ、御大層に綺麗な言葉づかいでいっているけどよ、ようは盗んで来いってことだろ?」
投げやりに言い放った昂輝の言葉に、七美は否定も肯定もしなかった。ようはそれが答えである。
「そういえばその場所、確か前にも行きましたよね? 二か月くらい前でしたっけ?」
口を挟んだ愛理が顔を斜めにしながら、頬に指先を当てて興味深い話を出してきた。その言葉に今度は首を縦に振った。
「そうなの。二か月前にも同じ場所で憑心宝を浄化したの。同じ場所から憑心宝が観測されたのは初めての事だから、もしかしたら何かあるかもしれないと思ったの。一応名目上ではプラスチックのカバーを製造していることになっているわ」
「なるほど……その場所に固執しているとしたら何かあってもおかしくはないと」
「えぇ、気のせいならそれで良いのだけれども、取り返しのつかない事になる前に、手は尽くした方が良いと思ったの」
彼女なりの考えは理に適っているものだった。用心に越したことは無い。自分の心の奥底を覗き込むような表情だった。
「で……なんで俺なんだよ? 他の奴でいいだろ?」
「あら、あなた以外に手の空いている人はいないし、そもそもパソコン作業は苦手って言っていたのは、どこの誰でしたっけ?」
小悪魔の話しは昂輝の隙をついた。反撃の糸口を全て縫い返されていて、不利な状況を打破することが出来る言葉が思いつかない。
「それとも……怖いのかしら。まぁ敵地で調べるのは難しいから、かの有名な渋沢君でも無理なものは無理かもしれないのだけれども」
「あぁあ? てめぇ……上等だよ、やってやるよ!」
表情を変えず淡々と仕掛けた安い挑発は、いとも簡単に獲物を釣り上げる。その流れを見ていた三人は、あまりにも簡単な扱うことができることに少し引いていた。
「前線が二人で、バックアップはいつもの通りの三人で良いとして……昂輝、お前なんか変わりの服持ってないか?」
「服? 服なんかあるわけねぇーよ。強いて言うなら体操着がたぶん置いてあるぐらいだが……つかなんで突然服の話なんだ?」
突然の変化球に、頭に上っていた血液が一気に冷える。突如出された一輝の服の質問に頭の回路が困惑する。
「当然敵の本拠地に行くんだから、制服で行ったら敵に素性を明かすようなもんだろ? それに動きやすい服装が何かと便利じゃん」
「じゃあ体操着で良くね?」
あまり深く考えようとしない昂輝の発言に対し、七美が悲しみのため息を漏らす。
「体操着から個人を割り出すことは難しいことじゃないわ。その辺は気を付けた方がいいわ。私も変身を解いた時の服装は、変身前に来ていた服装になるから注意しているわ」
「物置に確か色々入ってなかったっけ? 服も入ってた気もするけど……しょうがねぇ、探してやるよ」
重たい腰を上げた一輝が、七美が座っている椅子の真後ろの物置の扉を開ける。
いくつものダンボール、文化祭で使われたであろう小道具や紙テープ、その他諸々がぐちゃぐちゃに詰め込まれていた。
「でも先輩に合うサイズの服なんか、この部屋にありましたっけ? 先輩のことだからーどうせ持っている服もそこはかとなくな物だと思うんですけど――」
「だからお前……俺の偏見ひどくねぇーか? まぁ間違ってはねぇけどよー……」
「せーんぱい、私の事、名前で呼んでくれたら、その偏見、無くしてあげますよー」
頬杖をつきながら、甘い誘惑のように上目遣いで昂輝に解き放った。
本人は会心の出来だと思っていたのか、自信満々な笑みで立ち向かった。だが、そんな自信も、言葉もまるで気に留める様子も無く一蹴した。
「あぁ? お前は、お前だろう? 何言ってんだ?」
さも当然のように返した言葉。その言い草は愛理の言葉が、まるで理解できず不思議なことを言っているようにしかとらえていなかった。
「むむむ……」
リスが頬袋に食べ物をたっぷりと収納したかのように愛理の頬も膨れていた。そしてそのままぷいっとそっぽ向いて立ち上がり、一輝と同じく物置を漁り始めた。先ほどまでとは打って変わった態度に、昂輝の頭の上でははてなマークが浮かんでいた。
さらに七美は、一輝と愛理が探している物置の隣のロッカーの中を物色し始める。
「なさそうですねー」
「ないなら……買ってきてもらうしかなさそうね」
「はぁ⁉ 何でわざわざ買わなきゃなんねぇーんだよ!」
焦りの怒号を上げた昂輝も探索に加わる。ガチャガチャと物が揺れ、接触する音が部屋を充満した。
そんな中で、一輝が探索し始めてからずっと何かを言いたそうに、落ち着きがなかったちゆが口を開いた。
「えっと……その、確か……海道先輩の一番上の、大きなダンボール……男性でも入る、物が入っていると思います」
「ダンボール……これのことかしら? こんな物いつの間に……」
「前に……生徒会長さんが来て……置いて、いきました。文化祭の……劇で、使用したらしいです。それと、好きに……使って構わないと」
七美の両腕がいっぱいになるほどの大きさだが、重さは比例せず簡単に取り出すことが出来た。他のダンボールとは違い、色あせや汚れ等はついておらず、ダンボール自体も強度は保っている。
「なんだよ、あるんかよ」
「あぁ……でも、その……あの……」
「別に多少小さくても構わんし、変な柄でも……まぁ目を瞑るから」
何かを言いたそうにしていが、その前に言葉が遮った。
探していた一輝と愛理も集まり、皆の視線が机の上に置かれたダンボールに向かれていた。
厳重に張られていたガムテープをカッターを使い、切込みを入れていき、その中身がついに公開された。
「……何これ」
黒い布切れ。ただそれだけの情報しか得られず引っ張りだすと、その全貌が露わになった。
「……全身タイツね」
少し分厚いがサラサラとした手触りが良い生地。正真正銘の異物が混ざっていない黒色はもはや芸術の域を超えていた。顔の部分が丸く空き、フロントファスナーは胸の辺りまで。大きさは伸びる素材と考えれば確かに昂輝が着れそうなサイズだった。
思わず怒りで顔が引きつる。この中身を知ったうえでの言葉であれば、並々ならぬ悪女であると昂輝は思ってしまった。
「おい、お前……」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
まるでロックバンドのヘッドバンキングみたいに、素早く頭を上下に動かし謝罪した。
悪気が無かったのは見て取れるし、彼女の性格上確率的にはだいぶ低い。それ故にたちが悪い。
「いえ、案外行けるかもしれないわ」
「何言ってんだてめぇ!」
口を挟んだ七美の目は真剣なものだったが、昂輝にとっては
「任務の時間は夜、即ち視界が悪くなるし、何より黒い色だから背景と同化することができる。まさにこの上ない物ね」
まさかの真剣な活用方法を提示してきた。
「お前……それ本気で言ってんのか?」
「それとも一度言った言葉を取り下げるの? それこそ男として見っとも無いし、或いは制服を着て全国ネットで晒される方が良かったかしら?」
「テメェ……」
挑発じみた言葉の中に既に駆け引きが始まっていたことを知る。そしてその結果は七美に傾いていた。
「体操着の上に着たらいいんじゃない? 黒いから見えねーと思うし、流石にパンイチは無いから」
「そうですねー、丁度いいサイズになるんじゃないですかねー」
残りの二人は明らかに楽しんでいるのが顔の頬が上がっていることで確認できる。
「あっ! 俺は絶対嫌だからな!」
「よし、皆で取り押さえて着替えさせよう。俺教室から昂輝の体操着持ってくるから」
一輝は勢いよく飛び出した。その言葉と同時に目をダイヤの形にし、キラーンと輝いた人物が一人、素早く昂輝の背後を取った。
「なっ⁉ お前――」
「どうです先輩、女の子の体が密着するのは」
背伸びした愛理が昂輝の耳元で呟いた。彼女の甘い吐息は鼓膜を誘惑し、微かにリップの香りが鼻に残る。
「正直な感想を言っても良いですよ」
首に手を回し抱きついた。至る所の部分が密着し体の熱が伝達する。小悪魔なささやきは彼女の魔性をふんだんに費やし誘惑を誘っていた。
「どうってなにも、平らでよくわから――」
「ふんっ!」
原因は、反撃とばかりに愛理の言ってはいけない部分を口にしてしまったこと。
彼の返答の全容がわかった瞬間に、愛理の腕に力が入り締め上げた。
「お、おまっ……」
すぐさま緩めたが、愛理の機嫌の悪さは緩まなかった。
「先輩が悪いんですからね。気にしている所を口にするんですから」
「いや、でも本当に……」
「何か言いましたか?」
「言ってません」
数秒前の甘い声とは、真逆の殺意の籠った口調と、後ろから感じ取った尋常じゃない怒りのオーラを察し、流石の昂輝もやばさを感じ取り咄嗟に口を積むんだ。
「――っつても、これとタイツの件は別件だぞ! おいっ、いい加減に離せ!」
「まさか先輩、女の子に手は出しませんよね」
少々わざとらしい怯えを出してきたが、どう考えてもしないとわかり切ったうえでの、実行なので確信犯である。奥歯を噛みしめ、これでもかというぐらいの大きな舌打ちは、昂輝の不機嫌さの表れだった。
「……ちっ」
「先輩のそういうところ、嫌いじゃないですよ」
再び耳元で、今度は昂輝も聞こえるのがやっとなくらい小さな色っぽい声だった。
「取って来たぞー!」
「お前、早くねーか!」
一分足らずで戻ってきた一輝の手には、確かに昂輝の体操着があった。息も切れておらず、その目は新しい玩具を買ってもらった子供と同じように、彼もまた昂輝で遊びたがっている。だが人手不足と感じたのか、ついにはここまで触れてこなかった彼女にも味方になってもらおうと視線が動く。
「よし、三島さんも参戦しようぜー、こいつにタイツ着させるの」
「えっ……私も……ですか……でも……」
「お願い! ちゆちゃんも一緒に!」
「人の首に手を回しながら頼み込むな!」
いきなりの一輝の頼みに戸惑いを隠せない。そんな彼女を味方に加えるべく愛理が手を合わせ彼女に視線と声を送る。
「ご、ごめんなさい!」
愛理の頼み込みが決定打となり、彼女の加勢も無事に決まった。
そして次の瞬間にガチャッと音が皆の耳に届いた。
「テメエ……鍵かけてんじゃねえ!」
この場に昂輝の味方は存在しなかった。ただ平然と席を立ち、沈着に部屋の内鍵を閉めたのだ。存在感の消し方はまさしく怪盗そのものだった。
昂輝の悲鳴と怒号と抵抗の三拍子が部屋から暫く漏れ出ていた。
「あっひゃひゃー!」
「プププッ、先輩それは凶器です、ダメです、やめてくださいー!」
「やったのお前ら自身だろ!」
床を転げまわる一輝に、腹を抱える愛理。二人とも笑い過ぎで目に溜まっている物があった。嫌がる昂輝に悪戦苦闘する事、二十分。ついにお着替えが完了した。
口に水を含んだまま視界に入れれば、まず間違いなく全て吐き出してしまうほどインパクトは強かった。
全身黒色に露出している部分は顔のみ。体操服の上から着たためか少し隙間の余裕がなくなってしまったが何とか入れ込んだ。
頭に触覚二本と、三本手のやりを持たせたら黴菌のコスプレじゃん、と一輝が思っていたことが口から洩れると大笑いが部屋を支配した。
「そうね、でも潜入捜査には…………ピッタリ」
「てめぇーはこっちを見ていえ! 目を逸らすな! 口元を抑えるなっ!」
言い終える前に昂輝から視線を逸らした七美に一喝。明らかに体が震えていたのが見て取れた。いつもはクールな七美でも耐えきることが出来ないほどのインパクトであった。
「つかこの格好で外で出るなんて絶対に嫌だし、そもそも注目されまくるだろ!」
誰もが二度見し、誰もが関わろうとせずに避けそうな格好。このご時世、ネットに上げられオモチャにされるのは目に見えているし、注目を浴びない為の着替えという目的とは矛盾している。
「わかったわ、確かに私にも責任があるから、そのまま持っていくわ」
「持っていくって――」
先ほどまで口数が減ることのなかった昂輝の意識が飛んだ。
瞬時に手元にステッキを出現させ、気づかれないよう一瞬で相手を眠らせることの出来る光を発射させ、抵抗させることなく眠りについた。
「わーお、強引ですねー」
あまりの強硬策に思わず愛理の口からポロリと驚嘆の言葉が漏れ出る。
「あまり、こういった方法は好ましくないのだけれども……仕方ないわね、出発の時間の時に駄々をこねられても困るもの。責任を持って運んでいくわ」
こうして床に倒れた彼は目的地まで運ばれていった。
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