皆、着替えしてるんだぜ? 書かないだけで
『こちら海道、現場に到着したわ』
視線を下げれば、目的地はすぐ目の前。月の光すら遮られる分厚い雲と時刻が辺りの明るさを遮断していた。
学校からは二駅分離れたところに位置し、サッカーコート一面分の大きさを有しており、比較的に屋根も新しい。また近辺も工場らしき建物がいくつかあり、周辺は工場地帯になっていた。
そんな工場地帯も時刻が回れば静かになるもの。所々では窓から漏れた光で、人がいることを確認できるが、その数はほんの一握り。
『了解。こちら秦野、以上無し。いつでもいけるぜー』
気合が少し入った一輝の準備完了の返事は、皆の耳に届く。
『鵠沼の方も準備が終了しました』
続けざまに、今度は愛理が返答を送る。
『えっと、……三島も準備……完了です』
愛理から少し遅れて肝である、ちゆからの連絡を受ける。
「こちら渋沢、準備かんりょ――ちょっと待てー!」
そして最後の一人の連絡は、耳に響き渡る物だった。
『せ、先輩。耳元でキーンってなるから大きな声出すのはダメですよー』
抗議の連絡がすぐさま届くかお構いなし。彼の怒りは収まることはなく、連絡用で支給されたハンズフリーマイクに怒鳴り散らかす。
「なんで俺がこんなところにいるんだよ!」
一寸先もわからない暗闇で、スマホを片手に怒り心頭な昂輝は、目的地である工場の中にいた。鉄の臭いが鼻の奥に引っ掛かり、足元をはっきりと見定める事が出来ないため何度も足をぶつけたことで、溜まっていた怒りが沸騰した。
「あなたがパソコンは出来ないって言ったのでしょ。私と変わって憑心宝を回収するの? するには変身しなければならなくなるけど、どうするの?」
「くっ……、それは確かにわかってるけどよ……」
地団太を踏む思いに駆られる。だが昂輝にはどうすることもできない。確かにパソコンを上手く扱うことが出来ないのであれば、前線に行くしかないのは理解できる。元々行く気ではなかったことも理由の一つではあるが、どうしても納得が出来ない事があった。
「だからって、全身黒タイツで行く事はねぇだろーが!」
昂輝の格好はまさしく背景と同化していた。ぴっちりとした真っ黒なタイツは、顔以外の全ての部分を覆っていた。
『だってお前、他の服は何も持ってなかったじゃん。まさか全裸の上からの方が良かったか? 下着類も来ていると動きにくいと思ったんだけどなー』
「んなわけあるか!」
ぴっちりなサイズがたまたま持ち合わせていたが、制服の上だと入らなくなるので上半身はシャツ一枚。下半身は体操着を着用し、その上に黒タイツを被せている。そのため少し窮屈になっている。
「なんか変装ようの服とかねぇーのかよ! 誰がどう見ても怪しいやつじゃん!」
『制服を着ていたらもっと怪しい人になるわけだから。終業時間に学生がいるなんてばれたら一環の終わりよ』
「俺の社会的な終わりは良いんですかねぇ!」
悲痛な思いは誰にも届かない。
一緒に来てもらう。そう部屋で言われた時は、まさかこんな格好になるとは思ってもいなかった。
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