序章
とある大賞に出した作品です。よろしければ
『次の通路の右側に換気扇があるから、そこから忍び込めますよ』
漆黒と静寂が包み込んだ場所で、連絡を貰った少女は耳元に付けたハンズフリーマイクに二つ返事を送る。
物音一つ立てないように、息を殺してゆっくりと慎重に目的の場所へと向かっていく。それでも生まれてくる小さな物音は、匍匐前進でしか進めないほど天井が近い空間で、壁に反射して響いていた。
(それにしても……やけに物静かね。警備も甘くてすんなりと侵入できるなんて)
ここまでの経緯を思い出し、少しばかりの疑念が頭に過る。だがそれを邪念と判断し、彼女は打ち消すように僅かに首を横に振る。
(ここを右に――見つけた)
持ち合わせた小型のペンライトで辺りを照らしつつ、時間を掛けて前進した先に出てきた十字路。伝達を受けた通りに右側に視線を向ければ、暗闇の中を切り裂くように漏れ出す光を直ぐ近くで発見する。
到着するや否や、換気扇の隙間から真下の状況を目視し、人影がいないことを感じ取って一息入れる。あまり使われていないのか……それとも新品にとりかえたのか、いずれにせよ鼻につくような臭いはせず、触った感触は滑らかに滑り埃もついていない。
(――始めましょう)
首にかざした小さなペンダントを一度強く握りしめる。埋め込まれた赤い宝石からは、その色の通り暖かさが感じられた。決意を新たに、そのまま唇を触れさせたと同時に思いっ切り換気扇を叩き出入り口が開通される。
その刹那、宝石から放たれた白い光が彼女を纏わりつくように包み込む。たった今開通された出入り口から、まとまった光はゆっくりと下降していき、それが地面と接触した瞬間に光は何事もなかったかのように音もなく消えていった。
光の中から現れた少女は自身の姿を一度目視する。
頭の後ろにピンクのリボンで結ばれたポニーテールは、美しい海の深海のような少し濃いラピスラズリ色で腰の辺りまで伸びている。細身の体にぴったりと張り付いた黒いレオタードには豊満な胸部のラインがピンク色で描かれており、肩から羽織った焦げ茶色のマントの上からでも僅かながら確認することができ、くすんだピンクのふんわりなスカートは彼女の大人らしに反発している。
「……慣れないものね」
小さく呟いた彼女は砂を噛むような少し不快な面持ちだった。それでも気持ちを割り切り走り出した、目的を遂行するために。
何事もないような足音を一つ立てずに素早く進んでいく。時刻は零時を回り、廊下と思われしき場所には明かりはほとんど灯ってなく、深夜の病院といっても間違いない。
階段を駆け上り、最上階へとたどり着く。
視界に入った光景は、何もない広々とした空間。窓もなく一面白い壁に包まれた独特の部屋は緊張感をもたらす。
状況、そして確信を得ようと左手を耳に当てる。ハンズフリーマイクが耳元に届けさせる音はザァァと砂嵐のノイズの音だった。
(通信がジャミングされている……どうやらここのようね)
白いサテン生地のグローブをつけている腕、その右手の手のひらを開いた瞬間、先端が星形のステッキが手の中に現れ握りしめる。
白世界に一つだけある異物。開けられている扉からは、侵入を拒むかのようなオーラが出されていると肌が感じ取っていた。
様々な思いが込み上げてくる。一瞬足取りを止めたが、目を瞑り一呼吸入れた後、見開いたその瞳には覚悟の文字が刻まれていた。再び歩みを進め、迷うことなく扉の中に侵入した。
「人の部屋に入る時は、ノックをするものだと習わなかったかい?」
年季の入った渋い声が突如、彼女に向けて発せられる。視線の先には思わず見とれてしまいそうな、黒光りの夜空が広がる窓ガラスを背景に佇む一つの姿。
「あなたは……半分は人ではないから平気よ」
「はっはっはっ――違いない」
嫌味は子供をあしらうように一蹴される。その様子からは余裕の表れが垣間見えた。
カツカツと音を立てながら距離を詰める。部屋の中には家具はおろか、物一つすらなく薄暗い明かりがさらに気味悪さを醸し出していた。
「それでどうするつもりかね?」
「どうもこうもしないわ」
歩みを止め、ステッキを突き出す。
あと一歩でも歩を詰めれば、向けられたステッキが当たる距離が狭まっていた。
「あなたの憑心宝――取らせてもらうわ」
「はっ、小娘が何を言い出すと思ったら……私を止めるつもりか?」
「そのように聞こえなかったかしら」
「そうかそうか、なら丁度いい。食後で少し体を動かしたい気分だったからな」
肌がぴりつく空気を察知する。お互いに平然を保っているのは表面上だけだった。
「そう……最後のディナーがお済で安心したわ」
「そういうそちらは、最後の晩餐はお済ではないと?」
「必要ないわ」
言い終えると同時に先端の星形が周りの光を吸収するように徐々に光りが強くなっていく。
「あなた倒してから、頂く予定なのだから」
その刹那、集合した光が丸い塊を形成し、ゴオォォと音を立てながら光の光線が発射された。パリンッと窓ガラスが派手に割れる。放たれた光線はそのまま頭部に直撃し、反射等することなく一直線に駆け抜けた。
「……そういえば食後のデザートをまだ頂いてなかったから頂くとするか……お前の苦痛と悲鳴というデザートをな!」
振り向いた顔にはシュゥゥと音を立てながら煙が昇るも、目立った外傷はない。驚異の目を見張るも直ぐに表情を戻し臨戦態勢を取る。
息をのみ込んだ瞬間、二人の足は床についていなかった。
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