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少女が望む青春②

「……わたし、高校を辞めようと思っていました」


 こずえの言葉でギョッとする。そんなに思い詰めていたのか。これでは、俺にフラれたことが原因で退学することになってしまうではないか。

 しかし、その不安はぶつける前に否定される。


「あ、この前のことが原因じゃないんです! 元々、辞めようと思っていて、それで……告白させていただきました」


 こずえは洞察力も子どもらしくないようで、ことの順序を正確に伝えてくれた。これで、この前の告白の理由もわかった気がした。


「じゃあ、この前のは思い出づくりみたいなものだったのか?」

「――あ、あの、わたしが沢渡さんのことを好きなのは本当です! はう……」


 こずえは懸命に訂正すると、自爆して顔を真っ赤にしてしまった。つまり、最後だと思って勇気を出したわけだ。


 こんなにまっすぐな好意を向けられたことがあっただろうか。今までは()()のようなものが多かったため、彼女の純粋な気持ちを前にすると、相手が子どもであっても照れてしまう。


「……そりゃどうも」

「え、えっと、それで、高校を辞めたいと母に申し出て、口論しているうちに一週間が過ぎてしまいまして……」

「希望が通らず、高校に戻ってきたわけだな」

「はい」


 つまり、彼女は高校生活をしているうちに、何らかの事情で高校を辞めたくなった。そして、最後にやり残したことを終えたあと、母親に退学したい旨を伝えた。

 しかし、揉めに揉め、結局また高校に戻らされた、というわけだ。


 飛び級天才少女が高校を辞めるのは、普通の生徒が退学すること以上にとんでもない事件だ。母親が止めるのは無理もない。


「どうして高校を辞めようと思ったんだ?」


 俺はここで核心に触れることにした。すると、こずえはうつむいてしまった。

 まあ、クラス内の彼女を見ていると、なんとなく想像はついている。言いにくいなら言わなくていい。そう言おうとした瞬間、こずえは口を開いた。


「……わたしは普通ではありません」


 そりゃそうだ。その言葉は出てくる前に飲み込んだ。


「飛び級だからな」

「はい。だから、どうしても普通の高校生にはなれません」


 普通の高校生にはなれない。俺のテーマとも交差する言葉だった。


「一〇歳の子どもなんて、皆さんから扱いづらいに決まっています。母からも行事への参加は控えるように言われ、文化祭も欠席しました。

 お友達になろうと言ってくださるかたはいたのですが、どこまで本気で言っているのかわからず、結局お近づきできることはありませんでした。

 それで、わたしにとって、普通がいかに難しいのかを知りました」


 こずえは淡々と語る。その横顔は、どのクラスメイトよりも、よっぽど大人っぽかった。


「同級生の皆さんには、もうすでに色々な思い出があるのだと思います。体育祭や文化祭、部活動の大会。わたしにはそういうものがなく、勉強とテストだけが高校生活なんです」


 俺がジッと見ていると、こずえは急にこちらへ振り向いた。目が合うと頬を赤らめ、またさっきのように視線を落とした。


「……入学したてのころ、沢渡さんはわたしにいろいろとお話をしてくださいました。沢渡さんのお話は楽しくて、高校生になるともっと楽しいことがいっぱいあるんだと、わたしは希望にあふれていました。

 それなのに現実はちがっていて、むなしくなりました。だから、わたしは変えたかったんです」


 今度は、しっかりと目を合わせてくれる。その目に、俺は強い意志を感じた。


「それで俺に……?」

「……高校時代の思い出とは、のちに青春と呼ばれるものだと思います。では、青春とはなんだろうと考えたとき、最初に思い浮かんだのが恋愛でした。

 わたしは、クラスメイトのかたにいろいろと訊かれているときに、さりげなく気づかっていただき、楽しいお話をしてくださった沢渡さんのことが気になっていました。席替えで離れたとき、沢渡さんと離れ、自分がものすごくショックを受けていることで、自分の気持ちに気がつきました」


 恥ずかしがりながらも、本人の前なのに気持ちの芽生えまで説明するこずえ。こっちまで恥ずかしくなりつつ、すごい度胸をしているものだと感心する。


「だから、現状を変えるには、沢渡さんに気持ちを伝えることこそが最善ではないかと考えました。

 とはいえ、一〇歳の子どもとお付き合いしていただけるわけもないので、諦めようとも思っていたんです。

 でも、他に変化への手段が思い浮かばず、告白して、ことわられたら高校を辞めて、小学校へ戻ろうと結論づけました」


 ようやく、流れがわかってきた。普通じゃない高校生でありながら、普通の青春を求めようとしたこずえ。俺は、知らないうちにそれを焚き付け、さらにはトドメまで刺していたらしい。


 あの涙は、高校を去ることを決意して流したものだったのだ。


「辞められなかったのは、母親に止められたからか?」

「はい……わたしは、母がそれを受け入れてくれると思っていました。元通りになるだけなら不都合なことはないだろう、と。それなのに、母は首を縦には振ってくれませんでした。

 異常だったものが正常に戻るだけ。わたしはそう自分の正当性を主張しましたが、母は、一度受け入れられたものをくつがえすことが正常なわけはない、と認めてくれませんでした」


 一〇歳の子どもと母の会話とは思えない内容だ。正当性を主張、と発言する子どもが小学校に通うのは、やはり違和感があるように思う。

 でも、こずえの気持ちを考えると、笑えるものではなかった。人よりも頭が良いという理由で辛い思いをしているのは、かなり理不尽に感じる。


「今でも、小学校に戻りたいと思っているのか?」

「いいえ。それはあくまでも手段であり、目的ではありませんでしたから。

 色々考えましたが、小学校に戻ったところで、自分が普通の小学生になれるとは思えませんでした」


 論理的思考というやつか、こずえの言いたいことはわかりやすかった。彼女は小学校に戻りたいのではなく、現状を変え、青春を実感したいだけなのだ。


 普通の高校生になれず、普通の小学生にも戻れないこずえ。思えば、年齢を理由に彼女の告白を断ったことは、彼女が普通ではないことを強調させたのではないだろうか。

 俺とはまた別の視点から普通の青春を求めるこずえは、俺よりもずっと難題に立ち向かおうとしていたようだ。


 告白してくれたことも含め、何かの縁だ。少しくらいは力になってやりたい。ただ、一つ訂正すべき点があった。

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