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第四話:王立第三魔術学園と不正入学


 今日は伝統と格式ある王立第三魔術学園の入学式。

 全校生徒約五百人と非常勤を含めた全教員が、学園中央部の大講堂に集結していた。


(さてさて、私の生徒会にふさわしい新入生はいるかしらね……)


(むむっ、あちらの少女は……魔具師(まぐし)大家(たいか)アーノルド家の御息女(ごそくじょ)か! いやぁ、少し見ぬ間に大きくなられたものだ。ぜひうちの研究室に欲しいですな!)


(あら……あらあら!? もしかしてあの子……ローゼスの末裔じゃないかしら!? 噂に聞く、『呪蛇(じゅじゃ)の契り』、ぜひこの手で調べたいわねぇ!)


(『赤道の申し子』ドランバルト、『神明流(しんめいりゅう)麒麟児(きりんじ)』ジュラン、『聖王学院の俊傑(しゅんけつ)』ガイウス。ほっほっほっ、この世代は近年まれに見る豊作ですなぁ! あちらこちらと目移りしてしまうわい!)


 上級生や教員たちはみな、新入生の『品定め』に躍起(やっき)となっていた。


 ある者は、優れた魔術論文を発表し、教授の座を射止めるため。

 ある者は、強い魔術師を部内に引き込み、全国優勝を果たすため。

 ある者は、全く新しい魔術理論を提唱し、魔術界にその名を轟かせるため。


 それぞれの野望を果たすためには、有望な魔術師(しんにゅうせい)の確保が必要不可欠。

 この入学式は新入生を祝う場であると同時に、熾烈(しれつ)なヘッドハンティングの舞台でもあるのだ。


 大勢の魔術師が、若き新鋭たちを注意深く観察する中――その注目を最も集めているのは、過酷な入学試験を首席で突破した最優秀生徒、すなわち『新入生代表』。


 学園中の視線を受けながら、檀上で挨拶を読み上げているのは――。


「こ、こ、こ、これで挨拶を終了させていただきたく思います。し、新入生代表エレン」


 がっちがちに緊張したエレンだった。


(うぅ、どうしてこんなことに……っ)


 今より(さかのぼ)ること一週間ほど前――。


 エレンとヘルメス、その他数名の使用人が、優雅に朝食を囲んでいると、


「た、たたた大変っすー! 来ました来ました! ついに届きましたよ! エレン様の『合否通知』が!」


 正門の掃除をしていたティッタが、大慌てで食卓へ飛び込んできた。

 その手に握られているのは、王立第三魔術学園の公印が押された分厚い茶封筒。


 (ほが)らかな昼食に大きな緊張が走る。


「そ、それじゃ、開けますね……?」


 一同が固唾(かたず)を呑んで見守る中、エレンはそっと封筒を開く。


 するとそこには――『合格』と記された通知書が入っていた。


「や、やった……!」


 彼が歓喜の声をあげると同時、パチパチと温かい拍手が送られる。


「おめでとう。この短い期間で本当によく頑張ったね、エレン」


「さすがはエレン様、たった一か月で王立に受かるなんて、半端(はんぱ)ないっす! そんなこと普通できないっすよ!」


「合格、おめでとうございます」


「この私の教えを受けているんですから、当然の結果と言えるでしょう」


 ヘルメス・ティッタ・リン・シャルは、それぞれの言葉で祝意を送り、


「ありがとうございます!」


 エレンは万感の思いを噛み締め、満面の笑みで応えた。


(やった、やったぞ……っ)


 彼にとっては、人生初とも言える成功。

 途轍もない幸福感に包まれていると――合格通知書の入っていた封筒から、質のいい羊皮紙がヒラリと落ちた。


「あり、なんか落ちたっすよ?」 


 ティッタはそれをヒョイと拾い上げ、そこに記された文章を読み上げる。


「えーっと何々、『エレン殿。貴殿は当学園の第百次入学試験において、大変優秀な成績を修められ、首席合格者となりました。つきましては、新入生代表として、入学式の折に登壇(とうだん)していただきたく存じます』……」


 一瞬の沈黙の後、歓喜の渦が巻き起こる。


「て、天才っす……! エレン様は世紀の天才魔術師っす!」


「さすがはエレン様。まさか首席で合格なされるとは……感服いたしました」


あの(・・)王立で首席合格……!? ま、まぁまぁと言ったところですね……っ。別に悔しくなんかないですよ? えぇ、私でもきっと楽勝ですから……多分」


 興奮したティッタ、誇らしげなリン、微妙に悔しそうなシャル――三者三様の反応で、エレンの首席合格を喜んだ。


 しかし……。


「いやでも、俺なんかが新入生代表だなんて……」


 当の本人は非常に困惑していた。

 幾分明るくなったものの、長年の物置小屋生活によって、エレンの自己肯定感は未だ非常に低い。

 自分の如き矮小な存在が、名門魔術学園の新入生代表を務めるのは、恐れ多いことだと思ったのだ。


「エレン、あまり自分を卑下し過ぎちゃ駄目だよ?」


「で、ですが……っ」


「そんなに重く考えないで、心配しなくても大丈夫だから。王立第三魔術学園はそんなに怖いところじゃないよ。まだ見ぬ温かい友人と優しい先生が、君のことを待っているんだ。それに、新入生代表の挨拶を任されるなんて、一生に一度あるかどうかの機会だし、とても名誉なことだ。ここはちょっと勇気を出して、チャレンジしてみるのもいいんじゃないかな?」


 ヘルメスに優しく諭されたエレンは、しばらく考え込み――決断を下す。


「……わかりました……。新入生代表の挨拶、やってみようと思います!」


 そして現在――エレンは当時の判断を悔いていた。


(あぁ、やっぱり断ればよかったなぁ……)


 それというのも……周囲の視線が、思っていたよりも遥かに厳しかったのだ。


「あんな覇気のねぇ男が、今年の首席ぃ……? おいおい、冗談はよしてくれよ」


「んー……正直、彼からは大した魔力を感じないね。何かの間違いじゃないかな?」


「噂によれば、あの新入生代表は、百回の歴史を誇るうちの入学試験で、唯一の『満点合格者』らしいぞ。なんでも一部の教師からは、不正を疑う声があがっているとか……」


 上級生と教師陣の冷ややかな視線を受けながらも、なんとか無事に新入生代表の挨拶をやり切ったエレンは、疲れ切った様子で檀上から降りるのだった。



 入学式が(つつが)なく終わり、新入生は各自の教室へ移動していく。

 王立第三魔術学園に入学した生徒は、入学試験の成績によって、特進科のA組と普通科のB組に分けられる。

 首席合格を果たしたエレンは、もちろん特進クラスだ。


(えーっと……A組の教室は、本校舎一階の突き当たりだったよな? いやでもその前に、せっかくだからトイレに行っておこう)


 朝のホームルームにはまだ時間があったので、近くの男子トイレで軽く用を済ませた。

 綺麗な洗面所で手を洗ったエレンは、正面の大きな姿見(すがたみ)で身だしなみを整える。


(えへへ。やっぱりここの制服、ちょっとかっこいいなぁ……)


 王立第三魔術学園の男子用の制服は、上は臙脂(えんじ)色を基調としたブレザー、下はシンプルな黒のズボン。

 これらは激しい戦闘にも耐えられるよう、特殊な繊維で織られており、耐久性は抜群。

 そのうえデザイン性にも富んでおり、男子生徒からの評判はかなり高かった。


(それにしても、全然違和感がない……。こんな簡単に魔眼を隠せるなんて、本当に凄い魔具だなぁ)


 現在、エレンの左眼には、超極薄の『レンズ』が装着されている。

 これはヘルメスが高位の隠匿術式を施した特別な魔具(まぐ)で、ほとんど全ての探知魔術から、史上最悪の魔眼を隠してくれるという優れものだ。


(トイレも済ませたし、身だしなみも整えた。後は……そうだ。ちゃんと『約束』を守らないとな)


 エレンは登校前に、ヘルメスと交わした約束を反芻(はんすう)する。


 一、魔眼については秘密にすること。

 一、ヘルメスの(せい)を語らないこと。

 一、学園生活を全力で楽しむこと。


 三つの約束事をしっかりと頭に叩き込んだ彼は、まだ見ぬクラスメイトたちの待つ、一年A組の教室へ向かうのだった。


(俺の席は……あそこだな)


 教室に入った彼は、黒板に張られた座席表を確認し、部屋の最奥にある窓側の席に腰を下ろす。


(……やっぱり、見られてる、よな……)


 恐る恐る周囲を見回せば――露骨にジッと見つめる者、こっそりと横目で窺う者、(にら)み付けるような視線を送る者、クラス中の注目がエレンに集まっていた。


 当然ながらこれは、決して『いい注目』ではない。

 どちらかと言えば、敵対心や悪感情の入り混じった『悪い注目』だ。


 それもそのはず……ここにいる一年A組の生徒はみな、幼少期から『天才』と持て(はや)されてきた魔術師ばかり。

 エレンとは対照的にひたすら褒められて育った彼らは、人並み以上に自尊心(プライド)が高く、『我こそが王立の首席を取らん!』と息巻いていたのだが……。

 (ふた)を開けてみれば、どこの馬の骨とも知れぬ無名の輩に、栄光の『首席合格』の座を()(さら)われてしまった。

 当然、面白いわけがない。


(ヘルメスさんの言っていた、『友達との楽しい学園生活』……。中々、大変そうだなぁ……)


 エレンがこの先の未来に不安を感じていると、


「――久しぶりだね、エレン」


 背後から、鈴を転がしたような綺麗な声が響く。

 振り返るとそこには、純白の美少女が立っていた。


「え、えっと……?」


「あれ、覚えてない? 入学試験のとき、ダール先生のテストを一緒に受けていたんだけれど」


「……あっ、あのときの」


 脳裏をよぎったのは、素晴らしい剣術で一次試験を突破した、純白の女剣士。


「思い出してくれた? 私はアリア・フォルティア、よろしくね」


 アリア・フォルティア、十五歳。


 透き通るような純白の髪は、正面から見ればショートに見えるが、後ろで(まと)められているため、実際はロングヘアである。

 身長は百六十センチ・澄んだ紺碧の瞳・新雪のように白い肌・ツンと上を向いた胸・ほどよくくびれた腰・スラッと伸びた肢体、百人が百人とも振り返るような絶世の美少女だ。

 赤と白を基調としたブレザーに落ち着いたチェック柄のミニスカート、王立第三魔術学園の女子用制服に身を包んでいる。


「俺はエレンです。よろしくお願いします、アリアさん」


「同い年だし、アリアでいいよ。それと敬語もいらないかな」


「え、えっと……それじゃアリア……?」


「うん、よろしくね」


 簡単な挨拶を交わしたところで、アリアはエレンの一つ隣の席に腰を下ろした。


「同じ一次試験を受けて、同じクラスで隣の席……。ふふっ、なんだか凄い偶然だね」


「あはは。言われてみれば、確かにそうだな」


「でもまさか、エレンが首席合格だとは思わなかったよ」


「うん、それは俺もビックリした」


 ちょっとした冗談を交わし、和やかな空気が漂う中――アリアはエレンのもとへ近付き、その耳元で問い掛ける。


「ねねっ、あのときのアレ(・・)、いったい何をやったの?」


「え、えっと、何が……?」


 質問の意味がわからず、エレンは小首を傾げた。


「ほら、入学試験のとき、キミは『白道の一・閃』を使ったでしょ? あんな弱い魔術じゃ、鉄壁のダールの魔力障壁は絶対に突破できない。何かネタがあるはず」


「あぁ、あれのことか」


 特に隠す必要性も感じなかったので、あのときのことを全てそのまま語ることにした。


「ダールさんの魔力障壁は、確かにとても強力だったけど……。あれには、『規則的な波』があったんだ。強い波と弱い波が交互に打ち寄せた後、ほんの一瞬だけ無の時間が生まれる。その『(なぎ)の刹那』に(せん)を差し込んだんだ」


 その回答を聞いたアリアは、スッと眼を細めた。


「へぇ……。魔力障壁が視えるなんて、とてもいい(・・・・・)眼を(・・)しているんだね(・・・・・・・)


「えっ、いや……ま、まぁね」


 魔眼については秘密にすること。

 ヘルメスとの約束があるため、エレンは咄嗟に誤魔化した。


 しかし、悲しいかな。

 彼は根っこが純粋なため、嘘や誤魔化しの(たぐい)が人並み以上に下手糞だった……。


 そうしてエレンが右へ左へと眼を泳がせていると、


「……ねぇ、ちょっとよく見せてよ」


 アリアは突然グッと体を寄せ、彼の瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。


(い、いいにおい……いやそれよりも近い……っ)


 お互いの吐息が掛かる距離。

 エレンの鼓動は、かつてないほどに速くなった。


「うーん……反応なし。これは『ハズレ』、かな?」


「あ、アリア、さん……?」


「あっごめん、なんでもない。気にしないでちょうだい」


 二人がそんなやり取りをしていると、教室の扉がガラガラと開き――ふくよかな体躯の巨漢が、のっそのっそと入ってきた。


「――おっほん、吾輩はダール・オーガスト。今年度の一年A組の担任である。専門は白道、特に防御術が得意である。みな、よろしく頼む」


 教壇に立ったダールがペコリと頭を下げると、各所からざわめきが起こった。


「おいおい。うちの担任、あの『鉄壁のダール』だぞ……っ」


「超有名人じゃん、なんか興奮してきたな……っ」


 誰もが知る有名魔術師の登場に、生徒たちのモチベーションは大きく跳ね上がった。


「それではこれより、朝のホームルームを始めるのである。今日は記念すべき第一回ということなので、本学園の規則などを説明していく。既に知っている情報も多いと思うが、静かに聞いてほしいのである」


 そうしてダールは、王立第三魔術学園の総則を語り始めた。


 まず一つは、寮制度について。

 王立第三魔術学園は全寮制であり、ここに入学する生徒は全員、学園の敷地内にある学生寮に転居しなければならない。

 当然エレンもその例に漏れず、ちゃんとヘルメスの屋敷から引っ越していた。


 その他には、学生同士の死闘厳禁・一部魔術の使用制限・侵入禁止の研究室などなど……様々なルールを周知した。


「さて、ホームルームはこれにておしまい。その他の細かな学則については、配布された生徒手帳を参照してほしいのである」


 そうして話を結んだダールは、パシンと手を打ち鳴らす。


「一限の授業は、ケインズ先生による基礎魔力講座。みな、魔術教練場へ移動するのである!」


 エレンたち一年A組の生徒は、魔術教練場へ移動し、ケインズ・ベーカーの前に整列する。


「――諸君、おはよう。私はケインズ・ベーカー。誇り高きベーカー家が長子にして、王立第三魔術学園における基礎魔力講座を担当する者だ。以後、よろしく」


 ケインズ・ベーカー、二十八歳。


 オールバックにした金色の髪、身長は百八十センチ、鋭く尖った瞳に鷲のような鼻が特徴的な線の細い男だ。

 豪奢な服を身に纏う彼は、五爵の一つ『伯爵』の地位をいただく貴族でもある。


「私の授業では、普段(ないがし)ろにされがちな『基礎魔力量の向上』を最終目的とする」


 彼は早速、講義を開始した。


「近年、多くの魔術師たちは、高難度の魔術をどれだけ速く展開できるかに心血(しんけつ)を注いできた。が……私から言わせてみれば、それは真実『愚かの極み』である。基礎魔力の向上がどれほど有意義であるか、まずはそれを諸君らに見せてやろう」


 ケインズがパチンと指を鳴らすと同時、魔術教練場の中央部にふわふわと浮かぶ水晶玉が現れた。


「この水晶玉は魔晶石を加工した特殊な魔具だ。これに魔力を流せば、内部に組み込まれた結界術式が起動する。ちょうどこのように、な」


 ケインズは水晶玉に左手を載せ、そこに魔力を込める。

 すると次の瞬間、彼の前方に十層の積層結界が展開された。


「注ぎ込んだ魔力量と生成される結界の数は比例する。すなわち、注ぎ込む魔力量が多ければ多いほど、生み出される結界の数も増えていくというわけだ。――さて、今からこの魔具を使用して、簡単な実験を執り行う。その結果を見れば、いかに基礎魔力量が大切なのか、よぅく理解できるだろう」


 彼はそう言って、生徒たちの方へ目を向けた。


「この実験には、私の相手を務める魔術師が必要となるのだが……。せっかくなので、新入生代表(・・・・・)に手伝ってもらうとしようか。――エレン、前に出なさい」


「は、はい」


 言葉の節に棘を感じながらも、一歩前へ踏み出した。


「なるほど、君が噂の……」


 ケインズはその鋭い目をさらに尖らせ、エレンの爪先から天辺まで、品定めでもするかのようにジーッと観察する。

 その視線には、敵意と侮蔑(ぶべつ)――明らかな負の感情が含まれていた。

 それもそのはず……ここにいるケインズこそが、『入学試験におけるエレンの不正行為』を最も声高に主張する教師なのだ。


 ケインズ・ベーカーは純粋な血統主義かつ強い選民思想の持ち主で、貴族の生まれではない魔術師を『ドブネズミ』と見下している。

 そんなドブネズミ(エレン)が、伝統と栄誉ある王立第三魔術学園の入学試験において、『満点合格』を果たしたという事実。


 彼にはそれがどうしても受け入れられなかった。

 否、そもそも受け入れる気がなかった。

 未だ確たる証拠はあがっていないが、なんらかの不正行為があったに違いない――最初からそう確信しているのだ。


(ふむ……これだけ至近に迫っても、エレンからはまるで『圧』を感じない……。私の睨んだ通り、やはりこのドブネズミは大した魔術師ではないな。なんらかの手段を用いて、入学試験の結果を改竄(かいざん)したのだろう)


 ケインズは小さく(かぶり)を振り、重たいため息を零す。


(しかし、これほど明らかな不正入学を見逃すとは……天下の学園長殿も耄碌(もうろく)されたものだ。……仕方あるまい。この私が手ずから、正義の鉄槌を下してやろう)


 強い正義感に駆られた彼は、当初の予定通り、『公開処刑』の実施を決めた。


「これから私とエレンで、ちょっとした実験(ゲーム)を執り行う。ルールは至ってシンプルだ。お互いが所定の位置につき、開始の合図と同時に水晶玉へ魔力を込め、前方に向けて積層結界を展開――その物量をもって、相手をスタートポジションから剥がした者の勝利。まぁ早い話が、『結界を使った押し相撲』だな」


「なるほど……」


 まさかこれが自分を辱めるためのものだとは露知らず、エレンは真剣にその話を聞いていた。


「このゲームに勝つポイントは一つ。どれだけ多くの積層結界を展開し、相手を強烈に圧迫できるか、だ。つまり――わかるだろう?」


「えっと、基礎魔力量の大きい方が勝つ、ということですか?」


「その通りだ」


 ケインズはコクリと頷いた後、たった今思い出したとばかりに手を打った。


「っと、そう言えばエレン。君は歴代の首席合格者の中でも、飛び抜けて優秀な成績だったそうじゃないか」


「あっ、いや、それはたまたまでして……っ」


「はははっ、謙遜(けんそん)はよしたまえ。私はこれまで何人もの首席たちとこのゲームに興じてきたが、彼らはみな凄腕ばかりだったぞ? 歴代最高の首席であるエレンとの勝負、さぞ素晴らしいものになるだろう! ――まさか開始と同時に吹き飛ばされ、無様な醜態を晒すことなど、決してありはしないだろうねぇ」


 ケインズは底意地の悪い笑みを浮かべ、大袈裟な手振りで雰囲気を煽った。


「ちなみに言っておくと、私が一秒間に展開可能な積層結界は――『53万枚』! もちろん、学生を相手に本気を出すつもりはないが、参考程度に覚えておくといい」


 彼は誇らしげな表情でそう言うと、エレンに水晶玉の一つを手渡した。


「さぁ、所定の位置へ――そうだな、あの白線の上に立ちたまえ」


「わ、わかりました」


 エレンは指示された場所へ移動し、両者の距離は十メートルほど開いた。


(くくくっ、これでこのドブネズミはもう終わりだ。クラスメイトたちの前で赤っ恥を掻けば、二度と学園には来られないだろう)


 ケインズが悪意を(たぎ)らせる中、


(この水晶玉に手を載せて、先生の合図と同時に、魔力を込めればいいんだよな……)


 真面目なエレンは、先ほどの説明を静かに反芻(はんすう)していた。


「さて、準備はいいかね?」


「はい。多分、大丈夫だと思います」


「よろしい。それでは――はじめ!」


 合図と同時、エレンとケインズは素早く動き出す。


(水晶玉に魔力を込める……!)


(ふははははっ、我が53万の威力を見、よ……?)


 刹那、ケインズの視界を埋め尽くしたのは『漆黒の壁』。

 優に数千万(・・・)を超える『超多重積層結界』――すなわち、圧倒的な『数の暴力』だった。


「こ、こんな馬鹿なことが……へぶッ!?」


 桁違いの物量に押し負けたケインズは、遥か後方へ吹き飛び、教室の外壁に全身を強く打ち付けた。


「だ、大丈夫ですか、ケインズ先生!?」


 エレンは顔を真っ青に染め、大慌てで駆け寄るが……。


「ぁ、が……っ」


 ケインズは白目を剥いたまま、ぶくぶくと泡を吹いていた。

 それから一拍遅れて、他の生徒たちが駆け付ける。


「お、おい……ケインズ先生、完全に失神しているぞ!?」


「誰か、保健室の先生を呼んで来い!」


 数分後――生徒たちの前で一生ものの赤っ恥を掻かされたケインズは、保険医の持ってきた担架に乗せられて、学外の病院へ運ばれていくのだった。

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[一言] 私闘禁止じゃなくて死闘禁止なのか……恐ろしい学校だ……((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
[一言] 「53万」、と言ったら「本気は出さない」はセットですよね(笑)
[一言] > なんらかの手段を用いて、入学試験の結果を改竄したのだろう あの試験でどうやって不正をするというのか? もういい加減敵役がバカ過ぎる設定にするのは飽きた。きちんと思考できる敵役が主人公を…
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