第三話:入学試験
エレンがヘルメスの屋敷に住み、魔術師の修業を始めて早一か月――今日はついに王立第三魔術学園の入学試験が実施される日だ。
「エレン様、受験票や筆記用具は、お持ちになられましたか?」
「昨日はぐっすり眠れましたか? コンディションはどうっすか?」
「現地へのルートは大丈夫ですか? 泣いてお願いするのならば、私が現地まで一緒に行ってあげてもよいですよ?」
リン・ティッタ・シャルが過剰に世話を焼いたところで、ヘルメスがパンパンと手を打ち鳴らす。
「こらこら君たち、エレンはもう十五歳なんだよ? あまり過保護にし過ぎるのは感心しないなぁ」
「「「も、申し訳ございません……っ」」」
主君に窘められた三人は、肩を落としながらおずおずと引き下がる。
ヘルメスは「やれやれ」と肩を竦めた後、ゴホンと大きく咳払いをした。
「エレン、今日はいよいよ受験本番だね。不安に思う気持ちもあるだろうけれど――大丈夫。君はこの一か月の修業で、魔術師として大きく成長した。どんな試験であろうと、きっと合格できるはずだ」
「ありがとうございます」
この一か月で、エレンは随分と明るくなった。
おどおどしたところが薄くなり、生来の前向きな性格を取り戻しつつある。
それでもまだ自己肯定感は低く、自信に欠けているところが散見されるのだが……。
わずか一か月という短いリハビリ期間を鑑みれば、劇的な改善と言えるだろう。
「さて、そろそろ時間だね。怪我だけはしないように気を付けるんだよ」
「はい!」
「おっとその前に……受験票はちゃんと持ったかい? 筆記用具やお薬は? 後、受験会場までの道は大丈夫かな? なんだったら、ボクが直接現地まで――」
「「「ヘルメス様、過保護はいけませんよ!?」」」
「ご、ごめんごめん。ついうっかり……っ」
使用人三人に窘められたヘルメスは、ただただ平謝りをするのだった。
■
ヘルメスたちに見送られ、屋敷を出たエレンは、眼前に広がる自由な世界に感動する。
(うわぁ、外に出るのなんて、いったいどれぐらいぶりだろう……!)
この一か月はずっと屋敷の敷地内で修業していたため、こうして自由に外を歩き回るのは、十年ぶりのことだった。
通りを行き交う人・大空を飛び回る鳥・微かに香る木々のにおい。
全てが新鮮で、全てが輝いて見えた。
(っと、こうしちゃいられない。早いところ、受験会場に向かわないと)
エレンは鞄の中から地図を取り出し、目的地へ向けて歩き始める。
(えーっと……。魔具屋さんがここで、武器屋さんがここにあるから……あっちだな)
そうして街の雑踏を進むことしばし、目の前に巨大な建造物が飛び込んできた。
「こ、これが王立第三魔術学園……っ」
白亜の宮殿と見紛う巨大な本校舎・威風堂々とそびえ立つ時計塔・美しい芝生の校庭などなど、その途轍もないスケールに圧倒されてしまう。
(……凄いなぁ。この学園、どれぐらいのお金が掛かっているんだろう……)
そんなことを考えていると、視界の端に『受付』の二文字が映った。
(あそこが受付か)
正門の前に置かれた仮設テーブル、そこが入学試験の受付会場となっており、既に大勢の受験生が長い列を作っていた。
エレンはその最後尾に並び、自分の番が来るのを待つ。
「――お次の方、どうぞ」
「はい。あの、王立第三魔術学園を受験しに来たんですけれど……」
鞄の中から受験票を取り出し、受付の女性に提示する。
「ありがとうございます。受験番号1850、エレン様でございますね。それでは、こちらのくじをどうぞ」
彼女はそう言って、正方形の大きな箱を取り出した。
「えっと……?」
「当学園の受験生は年々増加傾向にあり、昨年度ついに一万人の大台を突破。これほどの数になりますと、同一会場での実施は現実的に難しく……。今年度からは会場を複数に分けて、試験を執り行わせていただくことになりました。このくじ引きは、エレン様の試験会場を決めるものになります」
「なるほど、そうだったんですね」
受付の丁寧な説明に納得したエレンは、箱の中にあるくじを引く。
そこに書かれている番号は――『十八番』。
「十八番ですね。では、正門を入ってすぐ、黒色の異空鏡にお入りください」
「はい、わかりました」
受付の指示に従い、黒色の異空鏡に入るエレン。
彼が飛んだ先は――青々とした緑の生い茂る、深い森の中だった。
(ここが試験会場か……)
周囲を軽く見回すと、そこには既に数百人もの受験生たちが待機していた。
(この人たちみんな、魔術師なのか……っ)
独特の空気感に圧倒されたエレンは、身を隠すように目立たない木陰の方へ移動する。
それからしばらくして、試験開始の九時になった瞬間――『試験監督』の腕章を巻いた大男が、異空鏡からヌッと姿を現した。
「――おっほん。吾輩は王立第三魔術学園の常勤講師、白道担当のダール・オーガスト。十八番グループの監督を任された者である」
ダール・オーガスト、五十五歳。
灰色のショートヘア、身長は二メートル。
山の如きふくよかな体躯を誇り、立派なカイゼル髭が特徴の大男だ。
「お、おいおい……あの『鉄壁のダール』が試験官!?」
「さすがは王立魔術学園、超有名魔術師が簡単に出てくるな……」
「あぁ、眼福だぁ……っ」
ダールの武勇は王国中に知れ渡っており、受験生たちは羨望の眼差しを向ける。
「さて、あまり時間の余裕もないので、早速説明を始めるのである。と言っても、此度の実技試験は単純明朗。体術・剣術・魔術――自身の最も得意とする手段を以って、吾輩をこのサークルの外へ押し出した者を合格とするのである」
ダールがパチンと指を鳴らすと、彼の足元に半径五十センチほどの小さな円が浮かび上がった。
「細かいルールは一切なし。近・中・遠、好きな間合いで、最強の一撃をぶつけてくるがいいのである。ただし、挑戦権は一回のみ。攻撃を放ったものの、吾輩を動かせなかった挑戦者は、その場で即失格になるのである。――ここまでの話で、何かわからないことは?」
ダールが受験生の方へ目を向けると、一人の女子学生が恐る恐る手を挙げた。
「あ、あの……。つまりこの試験は、『ダール先生の鉄壁と名高い防御魔術を打ち破り、そのサークルから追い出せなければ不合格』、ということでしょうか……?」
「心配無用。いまだ成長途中の受験生諸君に対し、そんな過酷を強いるつもりはない。吾輩は一切の防御魔術を使わず、この場に立ったままである」
その返答を受け、受験生がにわかに騒がしくなる。
「えっ、それって……棒立ちのダール様を吹っ飛ばせってこと?」
「もしかしなくても、楽勝じゃない……?」
「へへっ、こりゃもらったな!」
弛緩した空気の流れる中、ダールはゴホンと咳払いをし、手元の受験者名簿に目を落とす。
「他に質問もないようなので、そろそろ始めるのである。受験番号719番、カマッセ・ザコデス」
「うーっす!」
名前を呼ばれた金髪の男子カマッセは、軽い返事と共に立ち上がる。
「俺の相棒は、全てを断ち斬る最強の火剣! 『鉄壁のダール』といえども、生身じゃガチで死んじまうぜ?」
彼は自信満々といった様子で、赤褐色の剣を引き抜いた。
「うむ、殺すつもりで来るのである」
「……一応、忠告はしたからな?」
カマッセは鋭い眼光を光らせ、力強く地面を蹴り付ける。
「ハァアアアア……!」
裂帛の気合と共に、鋭い袈裟斬りが放たれた。
次の瞬間――ギィンという硬質な音が轟き、カマッセ自慢の愛刀は見るも無残に砕け散る。
「なっ、ぁ……!?」
「うぅむ……そのような鈍らでは、吾輩の『魔力障壁』を突破できぬのである。――失格」
魔力障壁――魔術師の肉体は常に微弱な魔力を放っており、ちょっとした緩衝材のような役割を果たしている。
本来これは非常に脆く、敵の攻撃を防げるような代物ではないのだが……。
ダールクラスの凄腕魔術師ともなれば、その強度はまさに『段違い』。
軽い斬撃や低級魔術ぐらいならば、全て無力化してしまうのだ。
「ひ、卑怯だぞ! 防御魔術は使わねぇって話じゃなかったのか!?」
「魔力障壁は生理現象であり、ルールには反しないのである。それに何より、吾輩の防御魔術はこんなものじゃないのである」
「ぐっ、畜生……っ」
圧倒的な力の差を見せつけられたカマッセは、悔しそうに試験場を後にした。
「では次、受験番号1203番、ムメイ・モブ」
「は、はい!」
ダールの強靭な魔術障壁を見たムメイは、緊張した面持ちで己が魔力を研ぎ澄ませる。
「――無亡の燭台、咎負いの瓶、赫き斜陽が弧を包む! 赤道の二十五・劫火滅却!」
完全詠唱のもとに放たれた巨大な火球はダールを直撃――凄まじい爆風が吹き荒れた。
「や、やった……!」
手応えあり――ムメイが強く拳を握った次の瞬間、
「うーむ、こんな火力ではお肉も焼けないのである。――失格」
爆炎の中から、無傷のダールが現れた。
「そ、そんな……っ」
膝から崩れ落ちるムメイをよそに、ダールは次の名前を呼ぶ。
その後、大勢の受験生たちが挑戦したのだが……。
「大砲以下の衝撃である。――失格」
「くそ……っ」
「踏み込みが甘いのである。――失格」
「そ、そんなぁ……」
「出力が足りてないのである。――失格」
「畜生、これでも駄目なのか……ッ」
誰一人として鉄壁の魔力障壁を突破できぬまま、百人あまりが会場を去った。
「では次、受験番号1421、ゼノ・ローゼス」
「……」
黒衣を身に纏った男は、無言のままに立ち上がる。
それと同時、受験生の間に小さなざわめきが起こった。
「な、なぁ……ローゼスって、あの呪われた『ローゼス家』じゃないか?」
「漆黒の髪、首筋に走る『呪蛇の刻印』……。間違いねぇ、ローゼス家の末裔だ……」
「おいおい、今年はそんな危ねぇ奴が、受験しに来てんのかよ……っ」
忌避の視線が飛び交う中、
「……お゛ぃ、何をジロジロ見てんだ。ぶち殺されてぇのか?」
「「「……っ」」」
一睨みで周囲を黙らせたゼノは、小さく鼻を鳴らし、ダールの前に立つ。
「さぁ、いつでも来るのであ――」
「――黒道の五十・黒凰天墜」
ゼノが魔術を展開すると同時――遥か天空より、漆黒の大結晶が振り落ちる。
「これは……っ」
刹那、今までとは別次元の破壊がダールを襲い、凄まじい衝撃波が大気を打ち鳴らす。
「ご、五十番台の黒道を無詠唱!?」
「さすがはローゼス家の末裔、とんでもねぇ魔力だな……っ」
「と言うかダール様、さすがにヤバくねぇか……?」
各地で心配の声が溢れる中、
「はっ、死んじまったかぁ?」
ゼノが嘲笑を浮かべた次の瞬間――爽やかな突風が吹き、土煙の中から無傷のダールが現れた。
「うむうむ、素晴らしい黒道であった。このまま研鑽を積めば、将来は立派な黒魔術師になれるであろう。――合格」
「……ちぃっ」
実技試験を突破したにもかかわらず、ゼノの顔色は晴れない。
自身の放った五十番台を、魔力障壁のみで防ぎ切られたことが、彼の自尊心に傷を付けたのだ。
「では次、受験番号1637番、アリア・フォルティア」
「はい」
次に立ち上がったのは、純白の髪をたなびかせる美少女。
彼女はダールの前へ移動すると、腰に差した魔剣を引き抜いた。
「白桜流・三の太刀――桜麒」
刹那、凄まじい斬撃が空を走り、ダールの巨体がサークルの外まで後退する。
「まっこと見事な一撃であった。――合格」
二人目の合格者の誕生に、受験生が密かに沸き立つ。
「は、速ぇ……。切っ先の動きが、全然見えなかったぞ……」
「アリア・フォルティア、か……。まったく聞いたことのねぇ名前だな」
「壮麗の女魔剣士……かっこいい……っ」
一同がゴクリと唾を呑む中、
「いやはや、吾輩の試験を突破する者が、まさか二人も現れようとは……今年は中々に豊作であるな。よきなりよきなり」
ダールは髭を揉みながら、嬉しそうに何度も頷いた。
「では次――受験番号1850番、エレン」
「は、はい……!」
エレンが一歩前に出ると、受験生全員の視線が集中する。
(予想はしていたけど、凄い『圧』だな……っ。こんなプレッシャーの中で、みんなは試験に臨んでいたのか……)
彼はゆっくり息を吐き出し、緊張を解きほぐしていく。
(ふー……とにかくまずは、向こうの強度を測らないとな)
エレンは真っ直ぐ歩を進め、ダールの強靭な魔力障壁にそっと右手を伸ばした。
(……凄い)
眼前の魔力障壁は、シルクのように柔らかく鋼のように堅い。
そして何より、力強い生命の波動が感じられた。
(さて、どうやってこれを突破しようかな……)
脳内に浮かび上がる、いくつもの選択肢。
エレンはその中から、最もシンプルかつ確実な手段を選び――実行に移す。
「――白道の一・閃」
彼が発動したのは、白道の超初級魔術。
魔力を人差し指の先端に集中させ、それを解き放つというものだ。
「おいおい、あいつ……ふざけてんのか?」
「さっきまで何を見ていたんだ? 白道の一で、鉄壁のダールの魔力障壁を突破できるわけないだろ……」
「はぁ……『記念受験』ってやつかしら? 時間の無駄ね」
他の受験生から嘲笑が飛び交う中、
「これ、は……!?」
ダールは咄嗟にサイドステップを踏み、エレンの魔術を回避した。
「……え……?」
「あのダール様が……避けた……?」
「最弱の……白道の一を……?」
五十番台の魔術さえ無傷で受け切った鉄壁の魔術師が、最弱の攻撃魔術である『白道の一番』を回避した。
その異常な光景を前に、辺りはシンと静まり返る。
(……今のはただの『閃』じゃないのである。上級技能『形態変化』により、貫通力を大きく強化してあった。そして何より恐ろしいのは、吾輩の魔力障壁の間隙を――コンマ数秒の刹那を正確に貫いてきたのである……)
魔力障壁は生理現象であり、当然そこには波が――ムラっけがある。
エレンはそれを完璧に見切り、ダールの魔力障壁がゼロになる瞬間、すなわち『凪の刹那』を打ち抜いたのだ。
しかしこれは、魔力の流れを完璧に見切らなければ、実現することのできない神業。
(……確かめたい)
ダールの顔は『試験監督』から、『歴戦の魔術師』に変わっていた。
「少年……エレンと言ったな。今のは、狙ってやったのであるか……?」
「えっと、『今の』というのは……?」
白道の一を形態変化させたことか、それとも魔力障壁の間隙を貫いたことか。
エレンがどちらについて答えればいいのか困っていると、ダールは静かに首を横へ振った。
「……いや、愚問であるな。『魔術の秘匿は術師の基本』――このような公然の場で、術式を開示せよと言うのはあまりにも無粋極まる。吾輩の浅慮をどうか許してほしいのである」
魔術師の常識に照らせば、ダールの質問は礼を失したものであるのだが……。
「い、いえ。お気になさらずに」
魔術師の常識を持たないエレンからすれば、どうしてそんなに 謝るのかわからなかった。
「ところでその、試験の結果は……?」
「そんなもの、敢えて口にするまでもない――合格である!」
「あ、ありがとうございます!」
こうして無事に実技試験を突破したエレンは、グッと拳を握り締めるのだった。
■
見事ダールの試験を突破したエレン・ゼノ・アリアの三人は、白色の異空鏡を通り、王立第三魔術学園に帰還――続く筆記試験を受けるため、学園中央部にある大講堂へ移動した。
講堂内の大教室には、他会場で実技試験をパスした大勢の受験生たちが着席している。
エレンは自身の受験番号が貼られた席に座り、それとなく周囲を見回してみた。
(うわぁ……。みんな、強そうだなぁ……っ)
魔具を調整している者、魔剣を磨いている者、魔術書を読み耽っている者、――教室内は異様な空気に包まれている。
それからしばらくすると、背筋のピンと伸びた、老齢の貴婦人が入室してきた。
「――注目。私はリーザス・マクレガー、当学園の副学長であり、二次試験の監督を務める者です。これより、試験の説明を始めます」
リーザス・マクレガー、八十八歳
上品に編まれた金髪、身長は百七十センチ。
落ち着いた黒衣に身を包み、凛とした空気を纏う。
実年齢は八十を優に超えているが、驚異的な若さを誇っており、外見上は五十歳前半に見える。
「先に告示があった通り、二次試験は筆記によるペーパーテスト。制限時間は一時間。カンニングなどの愚かな行為をした者は、当学園への受験資格を永久に剥奪し、魔術教会へその情報を連携いたします。そうなれば必然、正規の魔術師となる道が閉ざされますので、くれぐれも御注意を」
簡潔に説明を終えたリーザスが、パチンと指を鳴らすと同時――教室の前に積まれた箱から、パラパラパラと大量のプリント用紙が、筆記試験の問題・解答用紙が飛び出した。
それらはたちまちのうちに、受験生の机の上にスッと収まる。
「――はじめなさい」
リーザスの号令と同時、プリントをひっくり返す音が教室中に響く。
受験生たちが自身の名前と受験番号を素早く書き記した直後――まるで示し合わせたかのように、全員の手がピタリと止まった。
(おいおい、こりゃ難問っつーか……)
(……この試験、最初から解かせる気がないわね)
(なるほど……。筆記で問われるのは、教科書の知識ではなく、自身の魔術的見地・解釈というわけか……。さすがは名門第三魔術学園、実戦的な良問だな)
受験生全員が瞬時に出題者の意図を察する中、
「……………」
魔術的教養に欠けるエレンは、ただ一人、頭を悩ませていた。
しかし、その『悩みの毛色』は、他の受験生たちと大きく異なっている。
(……おかしいな)
彼が現在取り組んでいるのは、第一問目――『下記の術式を起動した際、三次元上の魔力空間に起こり得る変化を示せ』をというものだ。
(うーん、やっぱり上手くいかない……)
問題文に記された高等術式、それを魔眼の内部で再現しようと試みているのだが……何度やっても結果は不発。
この術式構成では、魔術が魔術として成立しないのだ。
それから頭を悩ませること十五分――エレンの脳裏に電撃が走る。
(…………もしかして、問題文が間違っているんじゃないか?)
明らかに不完全な術式、刻一刻と迫る試験終了時間、未だ白紙の解答用紙。
もはやその路線で進めるしかなかった。
(えーっと、『第七節と第五十二節と第八十九節を上記のように書き換えれば、永久魔力回路は実現可能です』っと……。こんな感じかな?)
試験時間も残り少なかったので、エレンはササッと次の問題へ移る。
しかしこのとき彼は、まったく気付いていなかった。
自分がとんでもない回答をしてしまっているということに……。
(――ふふっ。みなさんの魔術観、独自の視点、新たな切り口を期待していますよ。……あぁ、明日の採点が待ち遠しいですね)
試験監督であるリーザス・マクレガーは、受験生たちがもたらすであろう新たな魔術の風に心を躍らせていた。
そもそもの大前提として、今年度の筆記試験は、解くことを期待されていない――もっと正確に言うならば、最初から解ける難易度に設定されていない。
それもそのはず、今回出された問題は、『永久魔力回路の実現可能性』・『ロックス・フォーレンの最終予想』・『白道の鏡輪現象とその不可逆性』・『純粋魔術理論の限界収斂予測』などなど……長い魔術の歴史の中で、未だ証明されていない命題ばかり。
このテストは、解のない問題や予想に対し、受験生がどのように臨むのか――その新規性・独自性を見るのが目的なのだ。
そして、実技試験をパスした優秀な受験生たちは、この出題者の意図を正確に汲み取り、これまで培ってきた魔術の粋を解答用紙にぶつけている。
王立第三魔術学園の目論見は、概ね成功しているように思えたのだが……。
そこには一つだけ、誤算があった。
受験生の中に、『解けない』という大前提を覆す『異常』が紛れ込んでいたのだ。
それは千年前に魔術界の頂点に君臨し、ありとあらゆる不可能を成し遂げてきた魔王――その寵愛を受けた異端児。
ありとあらゆる魔術的現象を見極め、瞬時にその解を導き出す、『史上最悪の魔眼』を持って生まれた忌子。
(えー……『上記のように根本術式を組み直すことで、ロックス・フォーレンの最終予想は成立します』っと。よし、次の問題!)
歴史上の大魔術師たちが、その生涯を費やしてなお解明できなかった世紀の難問の数々。
エレンはそれをまるで簡単な算式であるかのように、すらすらと解き明かしていくのだった。
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