鮮烈な伝説達
この街に居ても自分に出来る事は全く無い。家からは追い出されたし、パーティーも追放され、自身の能力が明かされているので他のパーティーにも入れない。何処に行く宛がある訳でも無いが、トボトボと重い足取りで街の外に出る。
出る際に「依頼か? 一人だと油断すればすぐにやられるから気を付けろよ」と暖かい言葉を貰ったが、ファルトは苦笑一つ残して去った。
大きな目的も、夢も、やりたい事も何もない。付与術を伸ばしてるのだって他に出来ることがなく家柄があっての事だし、強くなる理由も特にない。パーティーの為に役立とうと躍起になっては居たが、そのパーティーから追放されたのだ。
ただ生きるだけが、今の目的になっている。
「……あ、食料」
酒場でのサルトの会話で頭が一杯一杯だった。身を隠したい一心でいたから、街を出た後のことを一切考えていなかったファルトは、街を出てから暫く経った後に振り返る。ボーっと歩いていたからか気付かぬ内に意外と歩いていて、戻るにも億劫な距離。
何より鉢合わせになるのも嫌なので、ファルトは前を向いて歩き出した。
「まあ、普通の動物くらいなら俺でも狩れるか。……ああ、森で暮らすのもいいな。魔物がいない安全な森……何処にあるのかは知らないけど。働いてる様を見られない分、今までよりはマシかもな」
付与術師としての能力を観察されながら街で暮らすことに比べたら幾分か気が楽だ。その生活もアリだと笑う。空笑いだ。水分も食料もない現状、無理にでも笑わなければ病んでしまうだろう。早いところ確保しなければ。
ファルトは記憶している地図内容を思い出して、現在位置を把握。この辺りに水源が無いかと探った結果、近くにしっかりと飲める水が流れていることを思い出す。
それから暫く歩き、微かな涼しさと流れる音。俯いていた視線を前に戻すと、其処には綺麗な水。ホッと一息吐き、小走りで寄って行った。
水を飲み、持っていた荷物の中から水筒を取り出す。
「……保って2日かな。無理すれば3日くらいは耐えれそうだけど……ああもう、無理に徒歩で行くんじゃ無かった。馬車を使えば荷物も増やせたのに」
あまり重いものを持っても歩くスピードが落ちて体力消耗も激しくなる。馬車だとお金も掛かるし数も限りがあるから時間は指定となる。早めに出たいからと歩きで街を出たのを、ファルトは悔いた。
「付与魔法を使ってペースを上げるか……。……?」
筋力の補正で荷物の負担を減らし、敏捷の補正で速く駆ける。単純な二つの付与を掛けると、ファルトは不思議そうな顔をして自分の身体を見る。
「……200の補正を掛けた筈、なんだけど……こんなものか?」
ファルトの素のステータスは全体的に平凡で、100前後が殆どだ。冒険者としては低いだろう。MPを除けば優れた能力がない。だから200の補正も掛ければ自身の体感は一気に変わる筈だ。
サルトの意向で「無駄にMPを消費させない」為、自分に掛ける機会が減ったから体感が違ったのか。気になりステータスプレートを取り出してみると、思わず「は!?」と驚き声を出した。
「補正値100……? 俺200の魔力を使った筈だぞ。なんで」
ふと魔法使いの言葉を思い出す。人はメンタルによって身体能力に支障をきたす場合がある。それは魔法も例外ではなく、調子次第で魔力の練りや操作が悪くなったりすると。
付与魔法は補正値によってはそのメンタルの崩れすらも塗り替えるものになる。だからこそ調子を崩しやすい初心者パーティーにとって、優れた付与術師は重宝される存在なのだ。
魔法も例外ではない。つまるところ、付与魔法すらもメンタルに影響されるという事だろう。結論に達するとファルトは重い溜め息を吐いた。
「先が思いやられる……」
♢♦︎♢
「いってぇ……」
2日連続で野宿。比較的柔い地面の上に分厚めのローブを敷いて寝てるからマシな方ではあるのだが、それでも布団やベッド上と比べると起き抜けに身体を痛めている感覚が強くなる。
凝り固まった筋肉を動かして解し、ローブを着直して再び歩き始めた。
今日も付与魔法を使うも、結果は昨日と変わらない。あまり強力な付与を使っても継続するのにMPを吸われ続けるだけだ。倍のステータスになるだけマシだと考え、街を目指して歩く。
水は今日で尽きるだろう。今は出た街と目指してる街の中間辺り。探せば水は見つかるだろうが、朦朧としてる意識が明確な記憶を思い出させない。
惨めな思いをしたく無いというプライドで動いた事を再び後悔する。水がない状態で生きれるのは3日が限界だ。動いている事も省みれば体内の水分は加速的に減るだろう。2日も保てば上出来かもしれない。
いっそ馬車が通る事を期待して待機するのも良いかもしれない。回らない頭で必死に出した結論。その考えに行き着くと同時にファルトは脚をもつれさせて転ぶ。思わず笑ってしまった。
(あー……やっぱ一人じゃ生きていけないもんだな。賢さも、計画性も、能力も、全部足りて無い。意志も弱い。動かない方が良いかもって思った途端に脚が硬直した。少しくらい自分でどうにかする意思を持てよ。他人任せ野郎)
独り言を喋る余裕もなくなり、頭の中で自分を罵倒する。
(……あ)
必死に這いずり、近くにある岩に背を預ける。荷物から水筒を取り出して、眩暈のする視界を必死に取り戻した。
───いっそのこと、目眩がしていた方が良かったかもしれない。
「──────っ」
風圧に髪が靡く。それと同時に訪れる燃やされているような熱い頭痛に吐き気。内側から叩かれているかのような感覚に、思わず倒れ込む。
頭を地に擦り付け、口元を手で押さえた。
「ぅ、ぷ……ッ」
身体を殴られた感覚もない。何かが欠損した感覚もない。ただただ自分のものとも思えないほどに体が重くなり、味わったことのない気持ち悪さが全身を支配した。
ゆっくり、ゆっくり目を開ければ。そこには、“赫”が存在している。
「ぁ……?」
普通に冒険者をしているだけならば滅多にお目にかかる事などない。だが御伽噺の代名詞とも言える巨大な存在ゆえに、その姿は多く語り継がれている。
鉄より硬い鱗を持ち、一度仰がせれば暴風を引き起こすとされる翼を持ち。時には獄炎の焔を、時には絶氷の寒域を、時には霹靂の大嵐を。自然災害にも等しき悪夢を引き起こすことができる、絶対的存在。
龍だった。
(何でこんな所に……!?)
龍は滅多に姿を顕現させない。理由は不明だが、暴虐の力を持つにも関わらず破壊の記録が大してないのを見るに、不要な争いを嫌う……つまり、確かな“知性”が存在していると考えて良いだろう。それが学者達の考えだ。
が、今この場にて龍は現れた。
それも、何かに焦っている様子で。
「ッ!?」
ファルトは全身を震わせる。ガタガタと揺れる足は己の意思を無視して動く。四方八方を見渡すように動かされた龍の瞳は、ついぞファルトを視界に捉えた。と同時に目一杯に瞳孔を開き、前脚一つで地面を揺らしながらその牙を接近させ───突如として、龍は仰け反り返った。
衝撃が全方位に巡り、ファルトは目を閉じ背の岩に全身を任せて吹き飛ばないように体勢を整える。衝撃で起きた風圧が治ると同時に目を開き、目の前の青年の姿を瞳に写した。
格好は、お世辞にも整えられてるとは言えない。魔物を相手するには心許ない装備だ。鉄製の甲冑などではなく、その下に着るような少し丈夫そうなだけのインナー。
だが武器だ。装備の心許なさを吹き飛ばす程の大剣。優に身長を超えるだろうそれを、青年は片手で持っていた。振り上げている様子を見るに、先程の衝撃は大剣で牙を弾き飛ばしたのだろう。
とても人間とは思えないほどの膂力を推測し、同時にそれだけの能力を保有する人間の正体を思い出し、口に出す。
「勇者……?」
「───僕の近くに寄って!」
龍の爪は岩を容易く砕く。岩陰に隠れたとて、必ずしも安全とは言えないだろう。ならば守れるだけの力を持つ勇者の近くに待機する方が安全。
ファルトは先程の衝撃を省みて、青年の発言通り近くへと寄る。震えはまだあった。それでも至った決断に身体を無理やり動かした。
「────ッ!」
「あっ、つぅ……!」
青年の近くによると同時に周囲へ展開される、龍の鱗と同じ“赫”の炎。青年が大剣を振るいブレスの直撃を避けた。が、逃げ場を塞がれてしまう。
恐らく勇者一人なら抜け出せる獄炎の檻。しかしファルトがいる事で選択肢が狭まれた。勇者は人一倍優しいと言われている。それが正しい情報ならば自分を置いて逃げる事なんてしないだろう。無論、ファルトは驚愕の連続で思考が止まり、その推測に至る事はないが。
「……」
しかし付与師としての本能は働いていた。庇われてる状態から青年の横顔を見ると、少々厳しめの表情をしている。とどのつまり、「自分一人では厳しい」という結論に至ったのだろう。
その結論に至った理由は間違いなく、遠距離攻撃の枯渇。勇者も持っていないわけではないだろう。出来ないわけではないだろう。それでも現在保有している武器は大剣一つであり、本職じゃない魔法は強い相手に対して雀の涙しか効力を発揮しない。
そして龍が本当に知性を持つと言うのであれば、それを理解して上空からの攻撃に専念する。
「取り敢えず、試しの一発……!」
再びブレスが放たれ、同じく青年も再び剣を振るい炎を掻き消す。その直後に溢れんばかりの魔力を剣に溜め、“試し”という言葉一つを呟いて───振るう。
勇者に許された能力の一つ、象徴とされる光の放出。魔法には分類されない技の一つを、青年は半分の出力に抑えて発動させる。
光は放たれ、龍を飲み込んだ。
直撃から2秒。荒れ狂う暴風が光を弾き飛ばし、威圧の雄叫びを天空に轟かせる。
「半分でかすり傷……最大でも一撃は無理かな」
勇者に許されたその技は、出力次第で発動速度が変化する。半分程度の威力ならば消費魔力も減るし速攻の発動が可能になる。自身と同等のステータスならば充分に倒せるが、龍相手には力不足だ。
最大出力でも倒せる確証はない。可能性は低いだろう。その上、溜める為の挙動が数秒必須となる。守っている状況での不動の構えは悪手以外の何でもない。
ともすれば、短時間で討伐して安全確保するという最善は不可能。ステータスの低いファルトの負担は大きくなるが、持続戦を行い仲間が到着するまでの時間を稼ぐのがベネ。
今度は放出ではなく強化を目的とし、青年は全身と武器に魔力を巡らせる。一つ一つの細胞を活性化させるように丁寧に、剣は内部も外部も強化するように。素早く、しかし最低限の魔力で最大の強化を、最効率に。
1のステータスさえも無駄にしない洗練された動き。圧倒的な能力を保有しながらも決して驕らず、全身全霊を体現している青年に、ファルトは目を見張る。
───雀の涙程度の補正かもしれない。だが少しでも力になれるならと、ファルトは慣れた動きで掌を青年に向け、魔力を放出する。
恐らく青年自身も保有しているだろうが使い込んでいても隙を作ってしまう“付与”の力を、ファルトは青年へと授ける。
そして青年が再びブレスを払うために剣を振るい。
「はぁ───んッ!?」
気合の声は驚愕へと塗り替わる。
ファルトは青年以上に驚いた様子で目を見張った。その視線の先は、炎が一瞬で消え去り、そして胴体から真っ二つに切断された龍の姿だった。
「……勇者って、すご」
たった600の付与をここまで昇華させるのかと、衝撃の連続に疲れた頭が追いつかず。そして安堵とのギャップで精神的な疲労が大きく表れてしまい、ファルトは呟き一つ残して倒れ込んだ。
「いや、ちょっ……これは明らかに僕の能力じゃ無理というか!? あっ、気絶してる? ……取り敢えず保護が先決か。しかし、何でこんな所に龍が現れたんだか……」
疑問が多過ぎて頭が痛くなってきたと言わんばかりに青年は頭を押さえ、溜め息一つ。
大剣を持つ手を動かして眉を顰める。
「継続してる……マズイなぁ。ここまで強いと上手く扱えない。担いで動いたらこの子が耐えられ無さそうだし。皆が来るのを待つしかないな。はぁ……師匠にバレたら怒られそう」
青年は慎重に動き、近くの岩に大剣を立て掛ける。地面に座り込み、何とかこの身体能力も扱えないかと、瞑想を始めた。
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