自身の価値
───語り継がれる偉人というのは、誰もが憧れる対象になり得る。曰く、一騎当千の功績を残した。曰く、精鋭が揃う軍勢で国を救った。曰く、魔王を討ち滅ぼした勇者。
血生臭くも、その過程を経て華々しい“平和”を齎した偉人達。とてもありふれた物語で、英雄譚で、誰もが知るような御伽噺の一つにこんな伝承があった。
かつての勇者パーティーには一人の付与術師が存在した。勇者パーティーの危機を何度も救い出し、彼がいなければ魔王に負けていただろうと言われるほどの逸材だ。
彼は付与術師だった。能力を上昇させるその力で仲間を支援し、過去最強とまで言われた魔王が齎した世界滅亡の危機を救ったのである。
そして付与術師は、前衛も後衛も務められない者の最後の希望として活躍できる職業になった。
元は一般人に対して掛けて重い荷物を運ぶ手伝いだったり、馬に掛けて多少の効率化だったりと使われてきた付与術。だがその伝承の影響により、『下級冒険者の救済職業』へと昇華する事になる。
長い鍛錬と高い集中力が必要となる為、特別好まれる職業という訳ではない。だが勇者パーティーさえも支援した偉業と、時間さえかかれば誰もが成れる職業という事で、日常以外にも冒険者としての活躍も出来るようになった。
が、未だ誰も勇者を支援できるような付与術師に育つことは無い。そも、本当に勇者を支援出来る程の付与術師が居たかさえも怪しいくらいだ。確かに目まぐるしい活躍を残している。だが『発動して味方を強化する』というワンパターンが殆どで、その強化した細かな内容なんてものは把握されていない。
しかし“血”は確かに存在していた。かつての付与術師、サファト・セグレベス。そのセグレベスの血を継ぐ、代々優秀な付与術師を生み出してきた家系。その血が貴族であるが故に、詳細は明かされずとも信頼できる御伽噺だったのだ。
何より、セグレベスで育った付与術師は確かに優秀だった。
さて、そんなセグレベスの血筋がまた一人。ファルト・セグレベスという少年は、今まさに───。
「ファルト、お前もうパーティーを出ろ」
追放されようとしていた。
「……え?」
「え、じゃねーよ。お前の親父さんと結んだ契約は16歳までって話だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。父さんとの契約? 俺はそんな話を聞いた事は───いやそもそも、ここを追い出されたら俺……!」
ファルトという少年は既に親との縁を切っている。いや、戸籍上はまだ間違いなくセグレベスの人間ではあるが、ファルトは縁を切ったと思っていた。
何故なら、ファルト・セグレベスはセグレベスという家系の中でも才能がない。付与術師の家系に生まれた以上は付与術について学ぶのは当たり前で、勉強して発動させた最初の付与は、常人の五分の一にも満たない補正値。では付与術師のもう一つの役割である異常付与はどうなのかと試したが、異常付与に関してはそもそもが発動不可能。
バフはダメ、デバフは前提さえ満たせない。
しかし自分の子供に才能が無いなど信じたく無かったのか、ファルトの父親は色々な分野に手を伸ばし始める。それは剣だったり、はたまた魔法だったり。近距離、中距離、遠距離型の全ての職業を試させた。
が、結果は人並み。決して無い訳ではないが、騎士としても冒険者としてもやっていくには実力がない。無論、人並みにさえあれば冒険者でもやっていけるだろう。だが才能以上に、基礎能力値の低さが目立った。
何も出来ない。そんな息子を息子と見る事が出来なかったのだろう。親の責務もあるだろうから物事の判断が大人に近くなる14歳までは育ててくれたものの、父親は無一文でファルトを追い出した。
契約の話なんて知らないし、通常よりも補正値が低い付与術師など雇ってくれる所は何処にも居ない。
「このパーティーで成長できて、付与術師としての実力も漸く並みに追いつけそうなんだ! 頼む!」
「……これ持って出てけ。その後は知らん。親にでも泣きつけよ」
「は……?」
「退職金だ。経歴に傷をつける訳にはいかないからな。規則は守る。契約も守った。だがこれ以上足手纏いは要らない」
♢♦︎♢
「クソ……っ」
退職金として渡された金は、意外と多かった。言葉通り規則は守ったのだろう。一ヶ月以上の生活を保証する分のお金があり、普通ならばその程度の時間があれば別のパーティーへの移籍も出来る。
が、ファルトは普通じゃない。欠陥の付与術師だ。その実力は冒険者ギルドに加入した時に把握されている。好き好んで雇うようなパーティーはいない。心の底では自分を追放するのは正しいと思っている。
共に成長を歩んでくれる仲間と思っていたから、余計に傷ついた。
「ダメだ、折れるな。頑張れる。たった20しか上げれなかった付与を600にまで成長させたんだ……」
生活保障の金は一ヶ月分。宿代を含めてるので、野宿を視野に入れれば生き残れる日数は格段に増えるだろう。後はどれだけ節約し、自分一人でも受けれる依頼を見極められるかだ。その間を全て付与の成長に賭けるしかない。
父親の所に戻るつもりはファルトにはなかった。
「……? この声」
明るい酒場を通り抜けようとすると、聞き覚えのある声が耳に届いた。自分を追放したパーティーリーダーの声。“ファルト”という言葉が聴こえて咄嗟に酒場の裏に身を隠し、会話を耳にする。
ああ、自分を追放するのは上を目指す以上正しいと分かっている。ならせめて、自分に対しての未練や贖罪があれば───そうやって立てた聞き耳に届くのは、嘲笑。
「しかし酷ぇな、サルト。契約が切れた時にファルトを置いておきたくなかった場合に渡す資金、本来ならあの10倍はあったろ?」
「資金に関しちゃ契約外でのお願いだ。退職金はちゃんと払ってんだから、規約も契約も破ってねぇよ」
「そこんとこの線引きはちゃんとしてんのな……。しっかし可哀想なお坊ちゃんだこって。パーティーに入れてもらった理由が、ファルトの親父さんからの資金援助とは知らなかったんだろ?」
「話す必要が無かったからな」
その後も出てくるサルト達の会話。資金援助は不必要な滞在をする可能性がある為、その補償金である事。装備やアイテムの分もそこに含まれている。
また、本来なら渡される筈だった資金すら横領されていた事。ファルトを追い出した場合の補填する付与術師の雇用金は出されているので、残りの金はこうして好き勝手に飲み食いする為のものだったりするのだろう。ファルトはそう推測した。
「お陰で本来苦労すべき初心者での資金難は解消されたからな。無駄な二年間ではあったが……まあこの金で良い付与術師でも雇ってさっさと成り上がるぞ」
───無駄な二年間。その言葉を受けて、ファルトは呆然と立ち尽くす。だが考えてみれば当然か。ファルトにとっては成長出来る良い機会ではあったが、サルトにとっては大して成長しない現状を続けるだけの毎日だった筈だ。もちろんファルトが伸ばした分、倒す相手は増えていったが……それでも通常考えれば遅過ぎる。
サルトは、寧ろ冒険者としては珍しく真面目な部類に入るタイプの人間だ。これが他の奴らだったら規約も契約も守らなかっただろう。そも、冒険者ギルドだって自分を半ば見捨てているようなものだ。自分を受け入れてくれるパーティーを探してる、なんて言ったところで「無理です」か「雑用としてならば」しか返ってこないのだ。規約を守らずとも罰金は出まい。
それでもサルトが規約を守るのは、言った通り経歴に傷をつけたくない為。本当に成り上がった際に後ろめたい事情がない事への証明になるし、ファルトからの報復を受ける理由が無くなるからだ。
何故なら、あくまで規約に則ったまでだから。
故にファルトは傷ついた。つまるところ、そんな真面目なサルトですら、ファルトに対しての一切の情がない。寧ろ無駄な二年間だったと毒を吐き、慰謝料だと言わんばかりにファルトの父親から「渡してくれ」と頼まれた追放後の資金を横領したのだ。
自分にはそれだけ価値がないのだと、そう思わされた。
その後ファルトは夜遅くまでやっている雑貨店へ向かい、分厚いローブを買い、宿では誰か知り合いと鉢合わせる可能性が高い為、宿は取らずに外で一晩過ごした。