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たとえその先が地獄でも  作者: 陽陰響
一章:押し付けられた茨の道
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9. 荒療治

忙しすぎて遅れてしまいました。

 アイリスさんとクロードさんに連れられるまま、部屋を出ると、一人で歩いていた時とは廊下の明るさが異なることに気づいた。見上げれば天井に取り付けられていたシャンデリアによって照らし出されていた。光は日本の蛍光灯よりやや赤みが強いが、あまり気にならない程度のものだ。


 このお城は全体的に大きく作られているので天井までの高さも10mくらいはありそうだ。そんな場所にある照明をどのように付けるのだろうと疑問に思うが、電気かどうかはともかくエネルギーが通っていてスイッチか何かで点けるのだろう。

 この世界の魔法でどの程度のことが可能なのかは知らないが、この程度ならあっさりと可能にするのだろう。


 前を歩く二人から離れないように歩いていると、一階部分とは壁や天井、床に材質が異なっていることにも気が付いた。華美ではない程度に装飾も施されており上品な印象を受ける。一階部分は比較的質素な感じだったが、ここはいかにも上質で高級感が漂っているように見えた。

 見たことのない光景が物珍しく、興味深くキョロキョロしてしまう。そんなある意味挙動不審な俺の動きは前を歩いていても気付いたのか、クロードさんが振り返り形容の難しい顔で見つめてきた。

 呆れのような、不気味がるような。無表情の内に変化が見られるのは、俺のこと図ろうと思っているためだろう。


 クロードさんはその恰好からも推測できるように恐らくはアイリスさんの執事である。身の回りの世話だけでなく、護衛のような役目も果たしているだろう。そんな人からすれば、自分が側にいない時間に知らない者が居れば警戒するのも当然だ。

 こちらから声を掛けると余計に警戒されそうなので、以降は目移りしそうになる気持ちを我慢して黙々と続いた。


 かなりの深さまで階段を降りると、廊下は横切るように直線に伸びているだけだった。廊下の右手側――アイリスさんの部屋の真下側――には五つの扉が。反対側に三つの扉があった。


 3つの扉の内、中央扉の前でアイリスさんは立ち止まった。

 これまた大きな扉の先にどんな光景が広がっているのか。流石に今は好奇心よりも不安感が勝る。誤魔化すようにどんな部屋なのかを想像してみる。

 廊下が横方向にしか伸びていないのは、それだけ大きな空間が作られているからだろうか。縦に廊下を伸ばすのも惜しいがための措置だろう。

 アイリスさんの居た部屋から出る直前の会話が思い出される。

 ――荒療治よ。

 とアイリスさんは言った。それよりも少し前に、

 ――畏まりました。

 とクロードさんは言った。


 部屋の造りは兎も角として、どんな目的で使用される部屋なのかは思い当たってしまった。脳内でさえ言葉にするのに躊躇っていると、アイリスさんは気にせず扉を押し開く。

 入室すると真っ暗であったが、靴音が響いたあと照明が燈された。

 体育館のようにジリジリと明りが燈ってゆくことはなく、一瞬で明るくなった。予想外に強い光に目を眩ませる。

 何度か瞬きを繰り返し戻った視界に映る室内を見て、唖然とした。


 そこは闘技場とでも言うべき場所だった。というよりも、そう思わされた。

 どんな用途の部屋かを想像して、せいぜいが室内運動場くらいなものだろうと踏んでいたが、全く違った。広義的には運動場で相違ないが、その熱というか、敷居が違う。生活に必要な施設とはほど遠い、血生臭さを連想する空間だ。


 これが屋外にでもあればまだ受け入れられただろうが、階段を降りたことからも地下というか山中であることは疑っても否定できない。こんなものがどうして城内に、という疑問はもはや呆れの気持ちに近い。

 天井までの高さはアイリスさんの部屋より高く、40m以上はありそうだった。

 部屋の中央は円形にくり抜かれたスペースとなっており、床全体が切り出され丁寧に整えられた石が隙間なく並べられている。その周囲は高い石壁となっており、階段状の観客席になっている。一段当たりのスペースが広めに造られている理由は言うに及ばず。

 扉は俺たちが入った場所以外にも正面と左右の合計4か所。左右のそれは正確には扉ではなく鉄格子の門で、上に持ち上がるような。登場門なのだろう。


 闘技場で荒療治。そこから連想されることなんて限られる。

 つまり俺は、これからボコボコにされるのだろう。それも喧嘩とかそんな生易しいものではなく、命の危機があるレベルで。これにどんな意図が隠されているのかは、理解できた。

 アイリスさんの意図としては、世界渡りによる魂への干渉の疑似再現だろう。直接魂に影響を及ぼすことはできなくとも、身体を、生命を脅かすことで間接的に魂への干渉を行う。そんなところか。

 それがどれだけ過酷なものかは全く想像できないし正直痛いのは嫌だが、これが必要なことであるなら逃げずに立ち向かうしかない。どのみち逃がしてはくれない。振り向きこちらを見据える二人の視線は、遊び心など感じさせない非情に真剣なものだった。


 正面の扉は倉庫のような場所に続いているらしく、そこからクロードさんが剣を二振り持ってきた。渡された剣は刃渡り60cm程の両刃の直剣で、ずっしりとした重さを感じさせる。

 刃引きされた剣かと思ったが、渡される瞬間にクロードさんが「扱いにはご注意ください」と言ったので緊張が高まった。うっかり刃に触れればあっさり肌を切り付ける。やりようによっては、腕や脚を失う可能を持つ紛うことなき武器だ。


 受け取った剣を軽く振っていると、アイリスさんに声を掛けられた。

「さて、薄々察してはいるだろうけど一応説明するわね」

 具体的にどうするのかということは気になっていたので、素振りを止めて続きを待つ。

「カズヤが星顕を自覚できていないのは、恐らく完全に目覚めていないから。時間が経てば自然と目覚めるとは思うけど、時間が惜しいのよね?」

 部屋でも聞いたその問いは、これが最後の引き際だと告げている。気圧されそうになりながらも、俺は迷わず頷いた。

 俺の首肯を認めたアイリスさんは、想像通りの趣旨を語る。

「世界渡りで星顕を獲得するのは『魂の保護のため』と言ったけれど、それと同じように星顕の保持者が危機に陥ると星顕が覚醒することは珍しくないの。だからこれからカズヤにはクロードと戦ってもらう。ルールは特にないから、その剣でも魔法でも好きにして」

 故に荒療治。療治というなの鉄拳制裁でボコボコにされるわけだが。


 アイリスさんの言う危機に陥るというのは、本来望んだ結果ではなく不幸にもそうなってしまった結果だろう。宿主が危機に陥った際に救いの手を差し伸べるとは、白馬の王子様も脱帽だ。

 冗談はさておき、それを意図的に行うことによって、星顕を強制的に覚醒させる。それがアイリスさんの狙いであり、そのための手段がクロードさんと戦うことなのだ。


 とはいえ無茶苦茶だと言いたい。俺に剣の心得なんてものはないし、魔法は言わずもがなである。 喧嘩でさえまともにやったことのない非力な俺に戦いなんてものは一方的な虐殺に等しい。

(それでも、やるしかない)

 最初から諦めていては、望んだ結果は掴めない。

 ボコボコにされるだけでは危機とは認められないかもしれない。そんな危惧がある。クロードさんは本気で来るだろうが、本当に殺すことはしないはず。その手心を星顕が敏感に感じ取り覚醒に至らない、なんてことがあるかもしれない。

 だから胸を借りるのではなく、一矢報いるつもりで挑む所存だ。


「万が一の事態が起こらないことは保証するけど、クロードには本気で追い込んでもらうから覚悟してね」

 再び頷く。迫る事態が浸透してきたのか、額や手には汗が浮かび、緊張で心臓の鼓動が早くなる。

 もはや言葉を発する余裕はない。アイリスさんが何か言いかけるが、すぐに口を閉ざして距離を取った。これ以上何かを言っても意味がないと判断し、開始のために移動したのだろう。


 クロードさんと円形フィールドの中央に向かい合うように立つ。アイリスさんは俺とクロードさんを結ぶ直線状の丁度中央の位置から壁際まで下がり、様子を見る体勢を整えた。

「準備は宜しいですか?」

 手に持った剣を構えることなくクロードさんがこちらを見据える。

「はい」

 喉の奥から無理やり引き摺り出した声は、ガチガチに緊張し強張っている。今はそのことに意識を割ける精神状態ではなく、ひたすら自分の手元の感触に集中していた。


 剣道での構えを意識して剣を構える。剣道は学校の授業でしかやったことがなく、握る得物は竹刀ではない本物の剣だ。構えているだけでもその重みを意識してしまう。まともに振れるのは数える程度だろう。チャンスは少ない。その中で機会を見つけるしかない。

「では、始めましょうか」

 そう宣言した瞬間、クロードさんの纏う雰囲気が一変した。

 柔和な空気が鋭く刺すようなピリピリしたものに変わる。

 思わず一歩下がった瞬間、クロードさんが動いた。


 確認できたのはそれだけだった。

 気が付いたら腕に重い衝撃が走り、景色が後ろに流れていた。

 直後、背中を強打し肺の中の空気が吐き出された。どうやら壁まで吹き飛ばされたらしいと遅まきに理解する。


 たったそれだけで思考が乱れ途切れそうになるが、なんとか繋ぎ留める。

 壁からずり落ちそのまま倒れそうになる身体を、地面に剣を突き刺すことで支える。

「他所見はいけませんな」

 項垂れた頭の上でクロードさんの声が聞こえる。

 まずい、と思った時には既に俺の体は宙を舞っていた。左脇腹に激痛が走る。

 血が出ている感触はないので、蹴られたのだろう。

 数度地面を跳ね、ボールのように転がる。それでも剣を手放さなかった自分を褒めてやりたい。


 開始僅か数秒で、身体はボロボロだった。

 直接蹴られた脇腹は勿論、最初に衝撃を受けた腕には痺れが残り、地面を転がったことで膝も肘も痛みを訴えている。

 満身創痍というには遠いが、始まってすぐにこの有様には情けなくなる。

(諦めるな)

 挫けそうになる心を振るい立たせ、剣を杖替わりにしながらなんとか立ち上がる。

 クロードさんは追撃せずにこちらの様子を伺っていた。


 戦いのイロハなど知らなくとも、考えるまでもない実力差が存在していようとも、やられっぱなしというのは気分が悪い。

 それこそ赤子の手を捻るように軽くあしらわれることは分かり切っていた。目的はあくまで能力に目覚めることだ。戦うのはそのための手段でしかなく、こうなるのは既定路線と言って良い。

 だが俺は負けず嫌いだ。勝てないからと投げ出したくはない。

 身体は痛むが意識ははっきりしている。


 正眼に剣を構えると、両脚に力を込めて駆け出した。

 クロードさんはわざわざ待っていたかのように片手で剣を構え、俺が渾身の力で振り下ろした剣を難なく受け止めた。

 間近で見るクロードさんも真剣だ。真摯に向き合ってくれているのが伝わる。だからきっと、それは思わず零れてしまったのだろう。

「良い目をしている」

 囁きにも等しい言葉を耳が拾う。意識できたのはそこまでで、クロードさんが軽く剣を振り払うとバランスが崩れ倒れそうになる。倒れまいと必死に力を込めるが、重心がズレるとすぐに体勢を戻すのは難しい。


「注意が散漫ですぞ」

 体勢を戻すことに気を取られ過ぎていた、と気づくも遅い。

 既にクロードさんの姿を捉えられてはいなかった。

 身体に電撃が走る。


 身体の正面が急激に熱を帯び、焼けるような痛みが全身を駆け巡る。

 視界には赤黒い飛沫が飛んでいた。それが自分の血であることを理解するのに時間は掛からなかった。

 身体を支える力さえ入らず、そのまま背中から倒れ――クロードさんは、倒れることを許してくれなかった。

 いつの間にか背後に回っていたらしく、左脇腹から右肩にかけて先ほどと同じ痛みが走る。

「ぐっ!」

 くぐもった息が口から洩れる。

 それから起こったことを、俺は全てを理解できなかった。


 襲い来る刃の嵐。

 右から左から、前から後ろから。

 ありとあらゆる方向から襲い来る剣の雨に、なす術もなく身体が斬り裂かれていく。


 斬られるたびに身体が揺れる。踊らされている気分だった。

 途中からは剣がどこから来てどこへ流れたのか把握できなかった。

 気が付いたら傷が増えている。一つや二つなんて数ではない。一瞬で10、20と傷が増える。その都度、赤黒い雫が舞う。


 着ていたシャツが吸収し、重くなっていく。しかも細かく斬られるので布面積も減り続け、ただでさえ薄い防御力は消えていく。

 壊れたマリオネットかな、などと自嘲する余裕だけを持ちながら、俺の身体は斬り裂かれ続けた。

 両手両足が繋がっているのが不思議なくらいに斬られた気がする。


 最早意識を保つのが精一杯で、身体を動かす力はどこにもない。立っているのすら覚束ない。

 既に身体の感覚は失われた。僅かな倦怠感と特大の重量感で潰されそうだった。

 だからこそ意識だけは失わないようにと歯を食いしばり続けた。そうすればきっと、自分が獲得した星顕が目覚め、使えるようになるはずだ。せめてそれが確認できるまでは倒れたくなかった。

 手も足も出せないのは分かっていたはずなのに。それでも、どうしても思わずにはいられなかった。


(悔しい、なぁ)

 剣を振れたのだって一度きりだ。自分に力がないのは重々承知している。それでも何もできなかったという事実に、悔しくて仕方がなかった。

 クロードさんは剣を振り続ける。

 殺される心配はないとアイリスさんが言ってくれたけど、ここで目を閉じればもう目覚めないのではないかという恐怖が湧き上がる。


 だから抗った。意識だけは手放すまいと、蜘蛛の糸を掴むように細い意識の糸を懸命に手繰り続ける。


 しかし、足りなかった。

 恐らく血を流し過ぎたのだろう。致死量ではなくとも、意識を奪い去るには充分な量の血が、地面のそこかしこに飛び散っていた。

(もう――)

 乱れた視界と意識が消え去る刹那。頭の中に木霊する声が聞こえた。

 

 ――少しだけ、借りるね。


 誰だろう。

 何をだろう。

 そう疑問に思う間もなく異変が始まった。

 色が失われモノトーンと化し、更には砂嵐でも吹き荒れていたような視界が突如としてクリアになる。

 全身を襲っていた鈍痛と重みが一瞬で消え去る。だというのに、金縛りにでもあったように身体が動かせない。


 視界の端に自分の左腕が映る。

 自分じゃない自分が操作しているような奇妙な感覚のまま、目の前に掲げられた左手。そこから温かい熱を覚えた瞬間、持ち上げられた手の前に巨大な炎の塊が出現していた。

 炎の揺らめきによって境界が曖昧だが、5m以上はありそうな大きさだ。


「魔法!」

 アイリスさんの慌てた声が聞こえる。目に入るクロードさんの表情も険しい。

 直後、放たれた炎の塊が爆ぜ、轟音が鳴り響く。

 熱風と爆風の暴威が吹き荒れた。

 巻き上げられた砂礫と熱波が周囲を襲っている。のだろうことが視界に入る景色から推測できた。

 実際にどれほどの影響が発生しているのかは正確に理解できていない。

 なぜなら、自分の周りには影響が出ていないからだ。

 あれだけの衝撃があれば周囲への影響は計り知れない。だというのに、自分の周囲だけが何事もない。煙やら何やらが周囲に流れている光景は何かのアトラクションだと言われた方が納得できる。


 爆発は一瞬でも、その暴威は長く続いた。

 嵐が治まるまで数分は掛かっただろうか。

 粉塵が収まり薄っすらと人影が見えてくる。それは間違いなくクロードさんだ。

 次にどう動くだろうかと考えるが、クロードさんの目の前に半透明の壁のようなものが張られていることに気が付いた。クロードさんは動こうとはしていない。


 後ろに控えていたはずのアイリスさんは、いつの間にかクロードさんの側で両手を前に出した姿勢で此方を見ている。その視線はとても鋭く、警戒しているようだった。

 二人の姿を確認した途端、身体から何かが抜けるような感覚がした。

 その感覚に引きずられるように、抗うことすらできず、俺の意識は落ちていった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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