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たとえその先が地獄でも  作者: 陽陰響
一章:押し付けられた茨の道
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7. 決意と決断

前話に比べれば短めです。

 その問いが持つ重さは計り知れない。

 彼女に答えを急かす様子はなく、じっとこちらの返答を待っている。

 いつまででも待つと、好きなだけ考えてくれと言いたげな、初めて見せる柔らかい表情。例え自分の思い込みであっても、考える時間を許されたのだと受け取った。


 そう判断すれば、ふっと肩の力が抜け心に余裕が生まれた。ふらふらしていた考えに方向性が与えられ、答えを求めて回転する。問われた通り、自分はどうしたいのだろうかと。

 彼女の質問は、俺が今、人生の岐路に立っていることを示している。

 人生は選択の連続である。よく聞く言葉だが、その通りであると俺も思う。運命は不可避であり、選択も全て規定事項である、と持論を述べる友人もいたが、そこはそれ。


 小さい視点で見れば、今日の夕食は何を食べよう、明日はどんな服を着て何をしようか、とか。

 大きな視点で見れば、どこの高校や大学に進学するか、どんな車を買うか、とか。

 中には人生を左右する選択も存在する。進学先の選択も人生を左右するが、より大きな選択と言えば、どこの会社に就職するかとか、結婚するかどうかといったものが挙げられるだろう。会社員ではない職人もあれば、働かないという選択肢すらも存在する。選べるかどうかはまた別だが。


 やり直しができることからできないことまで多種多様な選択肢が、世の中には溢れている。

 人生は有限である。限られた時間の中で幾つもの選択を繰り返し、人生の幸福度を高めていくのだろう。


 翻って自分のこれまでの人生はどうであろうか。高校生の自分には、人生を左右するほどの選択など、それこそ通う高校をどこにするか程度のものだ。スポーツや何かの技能で、これで生きていくのだとは考えたことすらない。それはある意味で恵まれていたのだろう。選択肢は存在しても、それを見ない振りをするのは簡単だ。罪悪感もない。後になってから、そんな選択肢もあったのだなと気づくことも稀だろう。


 将来どんな仕事をしたいかすら漠然としていた。興味のある分野はあった。だからその方面で仕事をするにはどうすればよいか、どこの大学を目指すか。その程度の選択。決断するまでの時間の猶予すら与えられていた。


 だから非常に恵まれていた。一生を左右するような大きな決断を、迫られたことがないのだ。

 そんなぬるま湯に浸かることに慣れてしまった中に、唐突に突き付けられた選択肢。

 先の見えないそれは、さながらロシアンルーレットの如き冷徹な脅威を以て眼前に立ち塞がった。 

 将来ではなく、今を生きるための決断が必要だった。


 大きな選択は環境を変化させるが、逆もまた然り。大きな環境の変化によって、選択を迫られていた。

(俺は、どうしたいんだろうな)

 この世界には強制的に連れてこられた。交通事故と言えば似たようなものかもしれないが、理不尽であると、許せないものだと感じている。


(ああそうだ。これは怒りだ)

 根拠を並べるように、明確に言葉として表現する。

 一緒に連れてこられた佳吾。彼とは別行動になってしまった。俺のように捨てられるということはないだろうが、何をされるのかは分からない。むしろ首謀者の手元にいるからこそ不安だ。別れた後の安否がどうなっているのかは非常に気掛かりだ。


 佳吾の話を聞いたり借りた本を読んだりした際、いつも口には出していなかった意見がある。

 異世界召喚された素直に従う登場人物たちが理解できない、と。従わない登場人物もいるが、自分から飛び出した、という話は少ないように感じた。

 つまり俺が言いたいのは、異世界人を召喚する首謀者たちは悪徳組織であるということだ。


 こちらの意思を無視して強制的に異世界に召喚し、帰す手段も見込みも提示しない――拉致監禁。

 その上魔王を倒せだとか世界を救えだとか好き勝手に要求を突きつけ自分たちは高みの見物。

 これがヘッドハンティングか何かで充分な報酬や条件で合意が取れるならまだしも、報酬どころか交渉すらなしときた。見目麗しい王女だかなんだか知らん女に懇願される? 背後に物騒な連中を控えさせている状況でそんなことを言われてもただの美人局か脅迫だ。


 ふざけるな。


 そんな身勝手な行いが許されるはずがない。人の都合を無視して自分の都合を押し付ける連中が被害者面をするな。他力本願した上で責任を押し付けるな。

 元の世界ではまた神隠しとして処理されるだろう。だがその実態は悪質な犯罪行為と何ら変わりない。


 罪には罰を。


 見て見ぬ振りをされるべきではない。何かしらの制裁が加えられるべきだ。何もないのを黙って見逃すことなど我慢ならない。誰かではない、他ならぬ自分が、自分の手によって、自分のために、鉄槌を下したい。

 そして地球に、家に帰りたい。帰る手段があるかどうかは分からないが、何も行動を起こさないままに野垂れ死ぬのだけは許されない。そうであるなら、やれることは全てやるべきだ。


「一つ確認させてください」

「何かしら?」

 顔を上げた俺を見据える彼女の眼は細められ、どことなく愉快そうに見えた。

「あなたの立ち位置は、あなたは俺の答えを聞いてどうするつもりですか」

 決意は固まった。だが、決断するためには一つだけ情報が足りない。その情報次第で選択肢が変り、取るべき手段を考えなければならない。


 果たして彼女は、

「そうね。あなたの選択によって変わるところはあるけど、悪いようにするつもりはないわ」

「そうですか」

 はっきりとした回答ではなかったが、仕方がないものと諦める。答えが貰えただけでも充分だし、彼女の言うように決して悪いものでもない。本人が言ったように、彼女の選択は俺の回答によって変化するのだろう。だから答えたくとも答えようがなかった。


 残念と言えばその通りだが、選択が常に情報が揃った状態で行われるとは限らない。限られた情報で選択しなければならない場面は決して今だけではない。

 彼女の口ぶりは、そこに偽りが含まれていないと確信できた。楽観視、希望的観測と言えばその通り。皮算用で選択を決めるのは悪手だろう。

 それでも俺は、彼女を信じてみようと思えた。それが俺の選択であり、決断だ。


「答えは決まったようね」

 確認の問いに、俺は迷わず「はい」と答えた。

「俺に戦う力を教えてください」

 彼女がにやりと笑った気がした。実際には無表情のままでも、雰囲気が笑っているようだった。

「戦う力?」

 確認するのために繰り返された言葉を、俺はすぐに肯定した。

「はい。一緒に連れてこられた友だちがどうなっているのか、まずはそれを確かめたい。その過程には、避けては通れない敵がいるはずです。帰るための手段を探すためにも、力はないよりあった方がいい」

 何かしらの面接を受けている気分だ。彼女が求めている答えは分からないけれど。せめて、俺の本心を、真剣であるという熱意を伝えたかった。この気持ちが通じるかは分からないが、まっすぐ彼女を見据え、決して逸らさない。


 正面から受け止めた彼女は、さらにすーっと目を細める。

 やがて眼を瞑り、ゆっくりと立ち上がる。

 裸足のまま近づいてくる。今度は一歩も下がらなかった。息遣いまで聞こえてきそうな距離まで近づき、彼女は俺を見上げた。

 彼女は160cmくらいだろうか。身長差ゆえにこちらが下を向くような形ではあるが、威圧されたような気分になる。


 鼓動は早鐘を打ち続けて、握り締めた掌には汗が溜まる。

 再び視線が交わると、金縛りにでもあったのかような錯覚に陥る。手足は拘束されていないのに、雁字搦めに縛られたみたいに僅かな身動ぎさえ許されないような緊張感が俺を包む。


 改めて見える彼女の手足と素肌。膝丈の白いワンピース姿から伸びるほっそりとした手足は、しかし強烈な存在感を放ち些細な動きさえ見逃せない。

 思わず唾を飲み込んだ。触れること能わず。容易く触れればその瞬間には首が飛んでいるのではという脅迫染みた想像に襲われる。


「それがあなたの選択なのね」

「はい」

「そう」


 一度俯き、再び持ち上がった(おもて)には、一変した鋭い視線があった。

「私はあたなの選択を否定しない。それどころかあなたの力には興味がある。だから協力するのは構わない」

 彼女の言葉は音で捉えていた。急速に思考力が鈍らせられたように意識が遠のく。

 微かな風に乗って香る甘い匂いは、体を麻痺させているようにも思えた。それが禁断の薬だと分かっていも手を伸ばしてしまいそうな甘美な刺激だった。

 そんなことでも考えていなければ膝が笑ってしまいそうだった。それくらい、目の前の彼女が放つ空気は重く肌が灼けつくようだった。


「でもその前に、どうしても確認したいことがある」

「何を、ですか」

 掠れた声で、辛うじて反応できた。

「それは教えられない。不合格なら、残念だけど……さようなら」

「えっ?」

「失望させないで。それは伝えておく」

 一体どういう意味か、と尋ねる間もなくその変化は現れた。


 目の前の彼女から、眼が眩むほどの光が溢れ出る。堪らず腕で目を隠すと、同時に強烈な風圧を感じて後ろに数歩下がる。

 数秒間風と光の暴威をやり過ごし、恐る恐る腕をどけて前方を窺い見る。

 最初腕の隙間から見えたものに違和感を覚える。違和感は確かな疑問へと昇華し、答えを求めて眼を見開く。


 考えるよりも先に腕を下ろして、視界に入ったものが何かを捕らえた。危うく喉の奥から素っ頓狂な声が出るのを寸前で堪える。

 理解が出来なかった。見間違いかと思った。だが確かに、そこに居た。


 目の前には可憐な少女の姿はなく、代わりに――白銀のドラゴンが現れていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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