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たとえその先が地獄でも  作者: 陽陰響
一章:押し付けられた茨の道
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5. 古城の主

「こんなものに慣れたくはなかった」


 ゆっくりと瞼を開けながらぼやく。投げ槍でぞんざいな口調になるのも仕方がない。

 先ほど襲われた浮遊感は地球から神隠しによってこちらにやって来る際に感じたものと同じだった。一度体験したからか焦ることはなかった。それでも気持ち悪さは残る。

 二度も飛ばされたという体験は自覚できるほどに精神的にダメージを与えたようで、憂鬱な気分に襲われる。落ち着くまではしばらく動けそうになかった。


 動けないからと言って思考まで停止してしまうということはなく、普段よりもだいぶ鈍くはあるものの、思考は回っている。

 自分が座ったままであることを認識し、お尻の感触から場所が変わったのだと分かる。戻った視力で回りを見て真っ先に気づいたのは、目の前が崖であるということだった。


 左右に顔を振る。いつの間にかリュックは無くなっていた。部屋全体を移動させるのなら、こちらに飛ばされたときに崖の下に落ちてしまったのかもしれない。役立ちそうなものが入っていないとはいえ、これで本当に着の身着のままとなってしまったと思うと僅かな心細さを感じてしまう。


 ようやく身体が再起動してきたので、恐る恐る縁に寄り崩れないことを確認しつつ下を覗き込んだ。

 どこまでも続くような切り立った崖だ。眼下には緑の木々が見えるので下は森のようだが、非常に高い場所のようで落ちたら間違いなく助からない。

 視線を上げていくと、森の先に人が住んでいると思われる区画が小さく見えた。

 遠いため胡麻粒のように小さくはっきりしないが、周囲の景観と異なるので人の手が入っていることだけは疑いようがない。ひょっとするとあそこからこちらに飛ばされたのかもしれない。


 崖縁から後退し、今度は反対方向を見る。

 そこは半径5mくらいの円のようなスペースだった。この円形スペースだけ整地されているようで、周りには岩が突き出た状態のままだった。

 岩肌の中央、丁度俺の正面には階段があった。階段の先を追って見上げていくが、途中で踊り場でもあるのか、先がどうなっているのかは確認できない。


「どうやってここに来るんだろうな」

 今いる場所に昇ってこられそうな道が周囲には見当たらない。円形のスペースの周りは正面の階段部分を除いて全て崖だ。

 空でも飛んでくるか、テレポート的なもので強制的に飛ばされでもしない限り来ることは叶わない場所に見える。

「つまり今の俺の状況なわけだが」

 降りることができない以上取れる選択肢は一つ。呼び寄せているのでは思うような目の前の階段を昇ることのみ。


「姥捨て山的な場所なのか?」

 そう口に出すと納得する自分がいる。同時に、驚くほど気分が悪くなった。

 これまでに神隠しにあった人たちの中にもここ送られた人はいたのだろうか。その人はどうなったのだろうかと、知りたい気持ちと知りたくない気持ちが同居している。


 自分の置かれた状況とこれから待っている未来を同時に想像し、暗い気分になる。思考が悪い方向に進みそうになる。頭を振って中から追い出そうとするが、あっさり抜けてはくれない。

 ゆっくり時間を掛け何度も深呼吸をする。そうすることで幾分か落ち着きを取り戻すことができた。

 どのみちここで佇んでいても状況が変わることはない。それならばと立ち上がり一歩を踏み出した。


 最初の数段こそ慎重に踏み鳴らして昇ったが、何かが起こるような気配もないのでその後はいつも階段を昇るときと同じように歩みを進めた。

 下で観察した時は踊り場があると思っていたが、実際にはそれどころではなかった。

 階段を昇り終え俺の視線の先に映ったのは、城だった。正確には城門と城壁、その奥に聳える外壁。


 階段から直線で続く道は50mくらいだろうか。左右には途中で折れたりボロボロに崩れたりしている石の柱が等間隔で並んでいる。

 クリーム色のような色褪せたレンガを緻密に組み合わせて造り上げられた城壁は、風化してなお厳かな雰囲気を纏っている。先ほどまでの気分も吹き飛ばすその荘厳さに思わず感嘆の声が出る。


 しかし近づきならじっと見つめていると、自分の見解に自信がなくなっていく。

「本当に城か?」

 建物の高さはかなりあるのだが、窓の配置から一階部分しかないように見える。宮殿とも言えるが、城壁が無ければ西洋風日本家屋とでも形容したくなる佇まいをしている。


 背丈の何倍もある城門をくぐると、すぐに中庭が広がっていた。

 どうやって汲み上げていたのかは分からないが、かつては綺麗な水を噴き上げていただろう噴水や色とりどりの花を咲かせていたであろう花壇が見る影もなく朽ちていた。今や水も緑も枯れ果て、残骸と砂礫が散らばるのみとなっている。


 この城が最盛期だった頃はどれだけの活気に溢れていたのかと想像する。それは華やかで煌びやかな景色に溢れていたことだろう。

「盛者必衰、か」

 ここでどのような者たちが暮らしていたのかは想像するしかないが、これまでの自分とは全く関わりのない世界を想像するのは難しい。

 ここで活動がされていたと確信できる分、朽ち果てた跡を見ると物寂しい気持ちになる。


 感傷に浸りながらも足は止めず、左右を交互に眺めながらゆっくりと進む。

 何かが飛び出してくるかもしれないという警戒心と、何かを見つけられないかという期待を抱えている。

 壁の一部にどこかへ続く扉でもないかと考えていたが、崩れているだけで扉もそれに類する出入口も見当たらない。

 結局中庭を抜ける間は何も見つけられなかったが、残念という気持ちはなかった。廃墟とは、ただそれだけで浪漫を感じさせるもの。緊張を弛緩させるには充分な効力を持っていた。


 中庭を抜けた先には大きな両開きの扉があった。扉の高さは5mはありそうな大きさだ。切り出した石材で作られたその扉を押し開けるのは出来そうにない。しかし片方の扉に穴が空いてその回りが崩れており、丁度良く足場のようになっていたため中に入る分には問題なかった。


 一歩ずつ慎重に乗り越えて城内に足を踏み入れる。正面にもう一つ両開きの扉があり、左右に廊下が伸びていた。正面にある木製の扉は腐食して崩れていたり穴が開いておらず最初の扉ほど大きくはない。取っ手の部分は流石に壊れているようだが、掴むことは可能だ。

 軽く押したり引いたりして外れないことを確かめると、力を込めて引いた。

 予想した程の抵抗はなく、スムーズに扉は開いた。


 恐る恐る中を見るが、光源が届いていないようで中は扉の近くだけで奥は真っ暗だ。どんな構造をしているのかも分からない状態だった。

「探索するにしても、ここは後だな」

 部屋の中がどうなっているのかは非常に気になるが、明りのない空間を手探りでうろつくのは危険だ。スマフォが手元に残っていればライトで照らすこともできたが、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。できるだけ危険の少ない場所から見て回り情報を集めた方が賢明であろう。


 念のため扉を締め直し、左右の廊下に視線を向ける。

 どちらも構造的には変わらないようだが、正面入り口から右側の廊下は壁の一部が崩れて床に散らばっている。対して左側の廊下には目立った損壊は見られないので、こちらに進む。

 廊下の長さは30mくらいか。壁には規則的とも言える模様が描かれている。どんな意味があるのか考えてみるものの、予備知識も何もない状態ではさっぱり分からない。


 廊下の角に行きつくと、右に曲がり更に奥へと続いている。

 天井を見上げてみれば、高い位置に窓がある。ガラス、かどうかは分からないが見た限りでは同じものにしか見えないものがはめ込まれている。そこから光が漏れているため、薄暗い程度で視界は問題なく確保できている。


 上下左右を観察しながら歩を進めると、やがてT字路状に廊下が伸びる箇所まで来た。

 T字路の交差する壁をよく見ると扉がある。隙間に崩れて小さくなった石くずや、粉状に摺り潰された石が隙間を埋めてしまい壁と同化していたため近づくまではそこが扉であるとは分からなかった。この扉を開けられれば外に出られるのだろうが、少し押してみてびくともしないので早々に諦めた。


 扉と反対に続く廊下の先では、天井が崩れたのか瓦礫の山が見えた。

 この城跡は外から見ると左右対称だったので、中の構造もそれに準じていると考えられる。仮に反対側に進んでいても同じようにT字路に辿り着いていたはずだ。

 正面と右側どちらに進むか考える。左右対称の構造なら右側に進んでも目ぼしい発見はあまり期待できたいだろう。となれば正面となる。今いる廊下よりもさらに薄暗くなっているが、よくよく目を凝らせば階段と思われる空間の開きがあった。

 階段かどうかを確かめる意味も込めて、迷わず正面を選んだ。近づくと、やはり階段が伸びていた。


 外から見た通り二階部分は無いのか、階段は下にしか伸びていない。途中で折り返しており、灯りもないため下がどうなっているのかは暗くて確認できない。

「さて、どうするか」

 城内に踏み込んでから、頭の中ではRPGのダンジョンでマッピングしている光景を描いている。

 下手に進んでイベントを進めてしまう前に網羅しておきたいし、あるかどうかは知らないがお宝があれば取り溢したくない。勿論トラップの可能性もあるので迂闊に手を出すのは危険であり、気分の問題である。

 とは言えこれは現実だ。ゲームではない。ここは廃墟でマッピングは兎も角、イベントが発生するとは思えない。寧ろ発生したら対処できる自信がない。


 マッピングを考えるならフロアを網羅せずに移動するのは愚かな行為だ。何度考えても同じ結論になる。階段を昇り降りする手間を考えても先に進むべきではない。

 だが階段の下が気になって仕方がない。直観などという曖昧な情報を根拠にはしたくないが、そうとでも言わなければこの衝動を説明できそうにない。まるで強力な磁石に引き寄せられる砂鉄のように、階下へと誘われている気がするのだ。


 結局、俺は磁石に逆らえなかった。網羅することよりも、この下に何があるのかを確認したいという気持ちに正直になると決めた。


 降り始めた階段は、想像以上に長かった。十段で一度折り返し、また十段降りる。

 段差がそこまで高くなく、一段一段の足場も広く作られている。感覚的にはそこまで潜ったようには感じないが、既に四回折り返していることを考えればそれなにり下に降りているはずだ。


 階段を下りきった先は光が届かないため完全に真っ暗、というのを想像していた。だが実際には壁に等間隔で燭台が取り付けられ、蝋燭に火が点っていた。そのどれもが、神隠しによって召喚された建物内でも見たように、炎に見える揺らめきが灯されているだけで燃えてはいない。どんなメカニズムなのかは不明だが、二か所で同じ物を見たのでこちらの世界の一般的な照明なのだろう。

 ゆらゆらと揺れる炎は暗い廊下を怪しく照らし出し、異様な不気味さを醸し出している。


 無意識にごくりと唾を飲み込む。

 足踏みしていても時間の無駄であるため、意を決して足を踏み出す。

 一階と同じ造りなのかすぐにT字路に差し掛かる。廊下を直進した奥も蝋燭で灯っているがはっきりとは見通せない。

 左折側も廊下に蝋燭が並んでいるが、それ以外にも光源が存在した。ほんの僅かで、見逃してしまいそうなほど細い光の筋が零れている。天井付近ではなく、壁の途中から。上階の歩いた距離感で言えば、丁度廊下の中央に位置するだろうか。


 外灯に群がる虫のように、漏れ出る光目指して進むと、ふと違和感を覚え立ち止まった。

 違和感の正体を探ると、それはすぐに判明した。

「風がある」

 意識して感じ取ろうとしなければなかなか気づけないが、空気に流れが発生している。

 どこか外に繋がる穴が空いていてそこから流れ込んでいるのかと考えたが、答えはすぐに判明した。


 見えている光の筋。そこから風も流れていた。

 辿り着いた光源は、途中から予想していた通り微かに開いた大きな扉の隙間だった。流石に隙間が細すぎて目を凝らしても中の様子は伺えない。


 扉に手を掛けると一瞬躊躇ったが、それ以上は迷いなく音を立てないように気を配りながらゆっくりと扉を開いた。

 室内に踏み込みまず目を疑ったのは、部屋の奥に窓があったこと。窓が開いており、白いカーテンがふわりと揺れている。

 階段を降り始めた時点でこの城の主要部分は全て山の内部をくり抜いて広がっていると想像しており、それは間違いではなかった。だから照明でもなければ光の届くことはないと思っていたが、この推測は間違っていたようだ。人が暮らす環境なのだとしたら、外から光や空気が全く入らないというのは問題なのだと思い直した。


 慎重に足を踏み入れた瞬間、まずはその絨毯の柔らかさに驚いた。汚れや染みもなく綺麗に整えられている。素足で踏んだらさぞ気持ちの良いことだろう。

 見渡した室内はとても広かった。天井も非常に高いため一瞬体育館か? と疑った程だ。

 窓は部屋の奥一面に張られている。窓から差し込む柔らかな光に安堵する。人の気配のしない暗い空間の中に居たからか、想像以上に緊張で疲れていたのだろう。


 窓際の左右の壁近くには入口ほどではないが大きな扉がある。扉の先にはこれまた広そうなテラスが続いているようだ。

 上階で見たような寂れた様子は全くなく、細かいところまで手入れが行き届いているようだった。

 右手側の壁一面には背の高い本棚が並んでいる。隙間らしい隙間は殆どなく整然と書物が収められていた。その近くにソファセットが置かれている。

 反対側の壁際にはテーブルが一つとイスが二脚置かれている。部屋が広すぎるせいか、ミニチュアを見ているような奇妙な感覚だった。


 そして俺は、ずっと気になっていた正面のそれに目を移す。広すぎる部屋の中にあって尚、その巨大さに圧倒されるベッドが部屋の中央に鎮座している。

 天蓋付きのそのベッドは、人間なら大人でも十人以上は余裕を持って横たわれそうだ。

 天蓋のカーテンは閉じられて枕元までは見えないが、手前側の様子は確認できた。皺も汚れも見当たらない綺麗な白いシーツが敷かれている。


 近づいて手を乗せる。撫でるように手を動かすと、非常に滑からで柔らかい感触が返ってきた。こんな柔らかいシーツに横になったら、すぐにでも深い眠りにつけそうだ。

 とは言え、なぜ、という疑問が浮かぶ。同時に気づいた。というよりも、気づかされた。

 反射的に顔を上げた先、その光景を目にして息を呑んだ。



 おもしろそうな女性(ひと)が、退屈そうに本を読んでいた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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