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たとえその先が地獄でも  作者: 陽陰響
一章:押し付けられた茨の道
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21. そして現実を知る

「カズヤさまにはこれから毎日、食材を捕ってきてきてもらいます」

「食材、ですか?」

「ええ。ご存じの通り、この森には数多くの魔獣が生息しております。それら魔獣を仕留めてきて欲しいのです。仕留める手段ですが、極力星顕は使わないようにしてください。身に着けた剣技と魔法で対処するようお願いします」


 魔獣相手とは言え本格的な戦闘訓練である。クロードさんとの戦闘訓練も真剣勝負ではあるが、最後の一線だけは超えない安心感がある。その点今回は生きた敵だ。寸止めや手加減なんてものは望めない。そんな相手でもアルルの力を使えば一方的に倒せてしまうことはここ最近の訓練の成果から自分でも判断できている。だから星顕の使用が禁じられるのは仕方がない。アルルは若干渋っていたが、最後には同意してくれて視界から姿を隠した。


 クロードさんは最初の数日は様子を見るために遠くから観察するが、手は出さないしアドバイスもしない。問題がないと判断されれた一人で任されることとなる。

 魔獣は食材となるのは割と広く知られている。美味であるということも割と知られている。それは果敢にも食した勇者の最後の言葉として記されているからだ。


 普通は流通することなく廃棄されるが、記録は残っているため知識として持っている料理人は多い。魔素への耐性が無ければ身体に毒であるため自殺志願者が時々食すこともあるらしい。即効性の毒ではないため、その美味しさに虜になるんだとか。残念ながら最後の晩餐になってしまうのだが。

 一応魔素抜きという工程を踏めば魔獣肉を食べられるようにはなるのだが、その工程で本来の旨さは殆どが失われてしまうため実際に行うことは滅多にない。精々珍味として提供する場合だ。


 最初に俺が食べたランブルボアのステーキも、僅かに魔素抜きが施されている。でなければステーキ一枚食べたら確実に死んでいる。それでもかなりの美味しさを誇っていたのは、クロードさんの腕前の成せる技だろう。


 そんな魔獣の肉だが、今まではクロードさんが隙を見ては狩ってきていた。今後はその役割が俺になる。もし取れなければ当然食事には出ない。つまりある意味毎日テストを受けるようなものだ。備蓄はあるが、それは保存食用に加工されていたり、数日前に獲った残りであったりと鮮度は落ちる。成果なしでは、竜人族たる二人のお腹を満足させてあげられないのである。

 これは責任重大だと、冷や汗交じりに両の手を握り込む。


「それでは、頑張ってください」

 クロードさんからの言葉に頷き、森に入る。自然体が重要であると理解していても、クロードさんに見られていると思うと幾分か緊張してしまう。極力意識の外に置くように集中力を高める。

 動物の狩猟であれば相手にこちらを気取られずに探す必要があるが、魔獣相手ではその必要はないと聞いている。なぜなら、殆どの魔獣は人を見ると逃げるどころか殺す気で向かってくるからだ。ハンターはどちらか、という認識の差だ。魔獣にとって人間は餌という認識なのだ。


 森の中は当然整備などされていない。背の高い草を払い退けながら、周囲の気配を探る。獣道でも見つけられればその道を辿るなり手段を講じることもできるが、形跡もなくノウハウも乏しい状態では文字通り手探りするしかない。


 周囲の様子を探っていると、古い記憶が蘇ってきた。

 まだ地球で平和に暮らしていた頃、佳吾から借りて読んだ物語の多くで、登場人物が気配を察知するとか感じるとか言っていた。当時は「そんなこと分かるか?」と全く信じていなかった。今でも正直疑っている。だがここ四カ月の訓練を経て得た結論は、「気配のようなものは感じ取れる」であった。


 視線に気づくことは日本に居た頃にもあった。その感覚と似た、しかし色とでも表現するべきか重みと表現するべきか、とにかく何かが異なっていることを実体験として知り、理解した。

 その感覚に頼って周囲を観察してみれば、居る。数は1。時計の文字盤で言えば俺が12時の方向を向いており、8時の方向に気配がある。直線距離上には太い樹があり、視界は確保されていない。

 素早く周囲を見る。規則的とは程遠い不揃いな間隔で樹が生えている。根も地面から飛び出ている場所もある。樹以外に腿の中ほどまで植え込みのように植物が並んでいる。


(狭いな。これじゃ満足に剣が振れない)

 右の腰に佩いている剣の刃渡りは60cm。腕の長さを加味すれば普通に振るだけでどこかの幹に刃が当たる。力任せに振り切れば食い止められることなく斬り押せるが、停滞が発生する。かと言って小振りで対応できる自信もあまりない。


 となれば対処は魔法となる。ただし火属性の魔法は使用できない。魔法で生み出した炎であっても現実である。燃え移れば自分も森の環境も大変なことになる。それは避ける必要がある。

 距離が近づいている。向こうもこちらの存在を感知し虎視眈々とタイミングを見計らっているようだ。悠長に考えている時間も無いと判断し、取敢えず身を守ることを優先して考える。


 魔法式を組み上げ魔法を発動する。

 無色透明な薄い膜を自分を包む繭のように張り巡らせる。込めた魔素の量はそれなりに多いため不意打ちならば問題なく防げるはずだ。魔素を消費し続けることで維持も可能。

 同時に、初撃が一番重い事態も想定した別の魔法式を構築する。

 繭が破られたときに自動発動し、破られた場所からより強固な防御壁を発動するように魔法式を組んだ。全体に展開するより魔素の消費を抑えられ素早く展開することが可能だが、範囲は広いとは言えない。一長一短のある魔法だが、時間を稼ぐには充分と判断した。


 魔法を発動し、気配の動向を探る。じりじりとにじり寄るように近づく気配が一瞬の静寂を見せた後、爆発的に膨らんだ。

 振り向きざまに視界に映ったのは、異様に脚が発達した兎のような魔獣――フッドラビットだ。

 赤色に染まる目が軌跡を残しながら直線的に飛び込んで来る。


 空中で身体を回転させたかと思うと鋭い蹴りを放ってくる。動体視力も上がっていなければ捉えられなかっただろう。

 俺の首を狙って放たれた蹴りは、しかし繭に阻まれる。二枚目の防御魔法は発動しない。

 一瞬ヒヤッとしたが、すぐに目の前の兎に意識を集中させる。


 コンクリートに金属を叩きつけたような甲高く鈍い音を立てて兎が止まると、瞬時に繭を蹴り飛ばし距離を離す。左右にステップを刻み位置を変えながら再び飛び掛かってくる。

 動きは眼で追えるし反応もできる。どこから蹴りが飛んでくるのかも把握できる。問題は、どうやって反撃するかである。素早い身のこなしをするので捕らえるのは難しい。魔法を放っても簡単に避けられるだろう。


(それなら、向こうから捕まりに来てもらおう)

 名付けるほどでもない作戦は兎ホイホイ。

 繭の表面に超強力な接着面をコーティングする。それだけ。

 と思ったのだが、ここで問題が一つ。魔法式をどうやって組めばいいのかに悩む。接着させる効果を魔法式に起こす、それを即興で組み上げなければならない。繭は破られそうにないので考える時間は取れそうだが、魔獣と言えど諦めて兎が逃げる可能性もあるため余り時間は掛けたくない。


 上手く行くことを願いつつ、俺は一つの方法を選択した。

 ああでもないこうでもないと考えながら魔法式を組み、魔法を発動する。

 一つの方法を覚えると同じ手法を使いがちなのが悪い癖だとは分かっているが、他の案がすぐに湧いてこないので採用する。


 弾丸の如く突っ込んできた兎が何度目と知らない蹴りを放つ。繭にぶつかり衝撃をまき散らしながら、同時に繭から生え伸びた蔓によってご自慢の脚を絡め捕る。

「ピギィ!」と魔獣でなければ充分可愛いだろう鳴き声を上げながら兎が暴れ回る。

 振り回された脚は、鳴き声とのギャップが凄まじい爆音を立てて繭を蹴りつけている。

 無駄に暴れられるのも困るので、魔法でさらに蔓を増やし四肢を巻き取る。

 全身に力を込めて逃げ出そうするが蔓は千切れることなく拘束する。その間に剣を抜き、何度も繰り返した構えと動きを忠実になぞる。


 振り下ろした一撃は、あまり抵抗なく兎の頭と胴体をお別れさせた。

 ビクビクと痙攣する身体がピクリともしなくなるまで、俺は固まったまま顔をしかめていた。

 肉を裂き、骨を裁断する硬い感触。一瞬とは言え伝わったそれは、非常に不快で気分が悪くなる。

 魔獣だろうが命を奪った。


 躊躇いなく実行できた自分にも驚いたが、事実に対して殆ど動揺しなかったのが逆に気味が悪かった。もう少し動揺するのではないかと構えていたのだが、そんな気配は全くなかった。

 この感覚に慣れなければならないとクロードさんからは事前に言われている。だがすぐに慣れるものではなさそうだ。


 血を振り払い剣を収めると、魔法を解除する。

 適当に血抜きを済ませた兎を背嚢にしまう。効果が薄いと思いつつ地面に流れ出た血は穴を掘って土を被せた。血の匂いを嗅ぎつけて他の魔獣が寄ってくるのは好ましくないので、早々に次の獲物を探し移動を開始した。


 森の中に川があるのはクロードさんから事前に教えて貰っているのでそこを目指す。

 地球で生活していた頃から久方ぶりに大自然を身近に感じることができ、今の状況の中でも懐かしさに身を包まれる。草や地面の匂い、風に揺られ掠れる枝葉の音、木漏れ日。その全てに心が洗われるようだ。


 目の前に川が見えてきた。川幅は10mほど。比較的上流なので川縁も水中も大きくゴツゴツした岩や尖った岩が多く足場が悪い。水深も深いようで、水底までは見通せない。

 背丈よりも大きい岩の陰に隠れて様子を伺う。

 反対側の川辺に2頭、体長2m弱程度の鹿のような魔獣――ホーンディアが居た。水でも飲みに来たのだろうか。


 一度周囲を警戒し、自分の背後に気配がないことを確認する。防御用の繭は常時張っている。先ほどの経験から防御魔法の二重構造は止めているが、奇襲を受けても大丈夫だろう。

 ホーンディアは大きく鋭い立派な角を有しており、突き刺して振り回せば簡単に肉を飛び散らせることができる。切れ味もあり、細い樹なら切り倒してしまうこともあるという。


 迂闊に近寄れば返り討ちに遭い怪我は免れない。川を挟んでいるため近づくには堂々と川を飛び越えるか迂回するかしなければならない。

 迂回するのは時間の無駄なので却下。川の越えるのは愚行。となれば、やはり魔法の出番である。

 ホーンディアは魔獣にしては比較的珍しい集団行動を取るタイプだ。目に見える2頭だけと考えるのは危険だ。できれば相手に気づかれる前に一撃で仕留めたい。


 身を屈め、音を立てないよう気を付けながら移動する。細い隙間から鹿の姿が確認できるポイントを探し、身体を伏せた。

 こういう場面で現代の知識が多少役に立つ。構築する魔法式は、弾丸を打ち出すライフルをイメージしたものだ。弾丸は金属ではなく岩石を生成して加工したもの。ただし内部に細工を施す。連射が可能なように弾丸を幾つか複製しておくことも忘れない。


 魔法の素晴らしい点の一つに、弾丸の発射に火薬が必要ないことが挙げられる。静穏性を重視する際にとても便利である。その分発射する角度や初速度は厳密に定義する必要がある訳だが。

 準備を整え、呼吸を浅くゆっくりにする。

 何度か頭の中でイメージを作り、タイミングを見計らう。息を殺し、チャンスを待つ。

 2頭は水中から飛び出た岩場に乗り移り、水を飲んでいる。

 周囲への警戒が一瞬緩まる瞬間を逃さず魔法を発動。


 打ち出された弾丸は寸分違わず首元に突き刺さり、直後に破裂する。結果を確かめる前にもう一発隣にいる鹿を狙撃する。

 2頭並んで頭を吹き飛ばされ、勢いに流されるように胴体が横倒しになる。頭は水中に落下し、胴体からも流れ出た血によって川が赤く染まる。

 流れゆく赤い液体を視界の端に捉えつつ、気は抜かない。

 撃ち獲った鹿の背後から別の個体が出てこないかを見極める。


 1分以上経過してから、後続が飛び出してこないと判断し、ゆっくりと立ち上がった。

 警戒は解かないまま川辺に進み、魔法を使わず脚力だけで岩場を飛び移る。

 倒した鹿の亡骸に近寄ると、角が引っかかり宙ぶらりんとなっていた頭にある、白く濁った瞳と視線が合う。唐突に吐き気が込み上げたが、喉元で押し留めることに成功する。

 何度かえずき、口の中に酸っぱい味が僅かに広がり眉を顰める。川の水を両手を付くって口をゆすいだ。


 脳内に残った映像を振り払うように頭を振る。

(慣れるのかね)

 慣れてほしい思いを持ちつつ、慣れてしまうことが果たして良いことなのか疑問だった。

 その昔、佳吾と交わした議論が思い出された。佳吾としては議論というよりどちらが好きかというだけの話だったのだろうが、今の俺からすれば重要な議題だった。


 ――剣と銃のどちらかを使って戦う場合、どっちを選ぶ?


(佳吾はなんと言っていたか。確か――)


 ――やっぱり剣だな。銃だと残弾の問題が怖い。何よりカッコイイ!!

 ――相手が銃だったらどうするんだ? リーチの問題があるぞ?

 ――そんなの斬りながら近づいてバサッとやればいい!!

 ――五ェ門かよ。


 なぜ銃弾を切れる前提なのかとか、刃こぼれですぐに切れ味落ちるだろとか当時は突っ込んだ覚えがある。刃こぼれの問題は今でも抱えるが、材質の問題と扱い方である程度カバーできる。アルルの星顕を使えば元通りに戻すことも可能であるため、実質今の俺にこの問題は存在しないも同然なのだが。


 思い出に気分の悪さを緩和させつつ、さりとて同時に想像を膨らませ、自らに問い直す。

 果たしてどちらが良いだろうかと。

 結論は一瞬で出た。

(ああ、これは銃だ)

 残弾数の問題は魔法があれば克服できる。戦いに恰好の良さは求めない。遠くから一方的に攻撃できるならその方が楽である。そして何より。

(手に感触が残らない)

 剣を振るえば反動を直に感じる。魔獣であっても自らが手を下したという意識に縛られた。


 日本にもいわゆるハンターは存在した。仕事であろうとなかろうと、これを繰り返し行えるその精神性というか、物事の捉え方は尊敬に値する。

 魔獣相手だからまだマシな方だろう。これが人を相手にしたとき、果たして怖気づかずに迷いなく剣を振るえるだろうか。振るえたとして、正気を保てるだろうか。


 自信はない。声に出して宣言するのは簡単だが、空っぽの言葉に意味はない。

 その点銃は手に残る感触が殆どない。反動が伝わるくらいか。それも魔法なら引き金を引く必要がないのだからあってないようなもの。目を瞑ってしまえば決定的な瞬間さえ意識せずにいられるだろう。だから自らが手を下したのだという認識が希薄になる。

 例え結果が同じでも、感じる責任の度合いが雲泥の差であることは間違いない。


 今になって手が震え始めた。はっきり怖いと言える。

 自分が何をしたのか。その結果は目の前に転がる骸が証明している。

 目的を達成するためにはいずれこういうことが必要だと分かっていたつもりだった。

 だがいざ現実に直面すれば、全く解っていなかったのだ思い知らされた。

 克服すべき、克服しなければならない問題。

 同時に、克服した瞬間、もう二度と普通の人間には戻れない片道切符であることを理解した。


 職業軍人であっても、人の心を持った人間だ。心を病むのは珍しいことではない。そしてそれは、決して責めることはできない。

 だが俺にその状態は許されない。俺自身が許さない。

(でも、今日はこれ以上は無理だ)

 これ以上留まり続け別の獲物を探せる精神的な余裕は絶無。

 乗り越えるためには場数を踏まなければならない。その引き際を見誤ってはいけない。


 幸いというか、食料確保の成果としては充分であるため、引き返すことを決めた。

 憎悪に染まったように見える鹿の目をもう一度だけ見据え、焼き付けるように睨んだ。

 深く深く呼吸をし、作業に取り掛かる。挫けそうな心に活を入れ、処理を済ませる。

 眼は決して逸らさなかった。


 鹿の脚を縛り、角は頭部から切り離して脇に抱える。残った頭は地面に埋めた。

 かなりの重量であるが、今の身体能力であれば問題なく運搬できる。改めて周囲を確認し、敵がいないことに安堵の溜息を吐き、城への帰路を急いだ。


(カズくん、大丈夫?)

 我慢できないとばかりにアルルが顔を出す。不安そうに覗き込む黒い瞳は、穢れを知らないとばかりに澄んだ輝きを放っている。だがきっとそれは俺がそう思いたいだけ。彼女は俺なんかよりもよほど、醜悪で残酷な現実を知っている。

 態度はおろか直接は口にも決して出さないが、時々垣間見せる知識が何よりも物語っていた。その上で尚、これほど純粋で居られる高潔な精神が眩しい。


 今日体験したことは正直に言ってショックである。だが同時に、奇妙な感覚も持っていた。

 気分は悪くなり吐き気も催したが、致命的なほどに嫌悪した実感が薄い。

 ふとアルルとの会話を思い出す。もしかして、という考えが浮かぶ。思い起こせば兆しは何度かあったようにも思われる。当たり前のように受け入れられていたことが、実は何らかの恩恵を受けていた可能性があった。


 俺と言う器を満たす際、色々したとアルルは言った。具体的なことはあまり教えて貰っていないが、その内に含まれているかもしれない可能性に思い至る。

 機能が止まった、そうでないことは流石に分かる。

 ただ感じ方、捉え方が変化している。薄まったというよりは制限が掛かった、という方が近いか。

 これはきっと、アルルが強くしてくれたのだろう。俺は、最初から守られていた。

(ああ、もう大丈夫。ありがとう)

 きちんと思いは伝わったようで、アルルはほっとしたように小さく微笑んだ。

 こんなにも近くで支えてくれる存在がいるのだから、せめてその期待には応えたい。

 そう思えば、不思議と活力が湧いてくる。


 慣れるまでに時間は掛かるだろう。それでも、乗り越える。

 二度と戻ることのできない場所から、足を出さなければならない。たとえ何が待ち受けていようとも。

 アイリスさんに問われたあの日に決めた覚悟だ。いまさら曲げるなんて情けない姿は見せられない。

 忘れることなく、薄れさせずに胸に抱き続ける決意を込めて、走る脚に力を入れた。



 お城に戻り、本日の成果を見せると心なしかアイリスさんの瞳が輝いように見えた。

 その頃には俺の気分も大分回復しており、考える余裕は持てていた。

 理由を探ると、すっと気配もなく隣に並んだクロードさんが教えてくれた。なんでも、フッドラビットの肉は魔獣の中でもひと際美味しい部類で、アイリスさんの好物であるらしい。

 下の森に生息する魔獣については一通り特徴は教えて貰っていたが、食材としてはどうかについては知らなかった。クロードさんもまさか初っ端から遭遇するとは思っていなかったようだ。


 フッドラビットは魔獣にしては警戒心が強く、自分より強い者の前ではすぐに逃げ出す。つまり俺は弱いと認識された訳だが、その甲斐あってこうして喜んでくれているのだからビギナーズラックだということにしておいた。

 頭の片隅にフッドラビットの存在をメモしたのは言うまでもない。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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