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たとえその先が地獄でも  作者: 陽陰響
一章:押し付けられた茨の道
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2. 星が願いを

短めです。

 色のない世界だった。

 どれくらい広いのかは依然と知れない。名前さえ定まっていない。誰もそこには興味を向けていないから、知ろうとする者も、当て嵌めようとする者もいない。

 時間の流れも曖昧な、世界と世界の狭間に存在するもうひとつの世界。


 この世界の住人は周囲の流れに身を任せ、時折興味の惹かれるままに漂うだけ。

 そんな時がもう幾星霜と流れた。


 世界が広がるその瞬間には既に意識を持っていた自分たちは、飽くことなく世界を眺め続けている。何もない空っぽの世界で、唯一にして最大の関心事を見るために。

 頻度は決して多くないけれど、時間の流れに縛られない自分たちにとっては、待っている時間もまた一興と言えた。


 世界の穴。


 こことは別の世界で生じた魂の写しであり、この世界を渡る瞬間にのみ実体を持つ器。

 最大の関心事である理由は、それが自分たちの存在意義であると刻み込まれているから。

 意思の有無に関わらず、多かれ少なかれ自らに最も合う器を満たしたい。その欲求に囚われる。


 器が現れるたび周囲の意思なき存在が集中する。取り囲み、最も相応しいと感応する存在がその器を満たす。運悪く満たされることのなかった器も含め、現れては消えていく泡沫の存在。


 次こそは自分が。そんな妄執とも呼べる願いを叶える瞬間。故にこの世界に存在する数多の欠片たちは、常に自らに相応しい器を探し求めている。闇雲に漂いながらも、その瞬間を目指して引寄せられるように動き回る。


 意思ある存在である自分とて「見つけたい」という願いを持っているのは否定できない。けれど、自制の効く自分たちは派手に動き回ったりはしない。ただそれは表面的な話であって、積極的に探す素振りは見せないけれど探す意志が強いことも知っている。

 自分は一人器が現れるたびにそわそわと様子を伺い、違うと分かって安堵する。そんなことを繰り返している。


 求めていながらも能動的に探そうとしないのは、かつての役割が意識の中に張り付き残っているため。植え付けられた役割が、今でも楔となって縫い留めている。

 あの子のように恥も外聞も気にせず、我先にと駆け巡っても誰も文句など言わないのに。


 器に興味はある。関心も強い。それは間違いの確かな事実で、誰かが器を満たすのを眺めるのも好きだ。自らに合いそうだと感じたこともある。

 それでも、自分は決して器を満たそうとは考えなかった。周りがどれだけ、例え何度器を満たしても、頑なに拒み続けた。


 時折、言い訳のように考える理由。

 一つ目の理由は単純で、だからこそどうしようもない問題。

 器が小さすぎる。

 

 器には大きさがある。その殆どが非常に小さい。自分がそのような器を満たそうとしたならば、溢れだして壊してしまうかもしれない。そんなことは絶対にしたくない。

 自分でも受け止めてくれる存在もあるはずだと、少しくらいは思う。いっそ諦められれば楽になるのに、未練がましく期待してしまう。


 二つ目の理由は、自分と言う存在が器を満たした時に世界がどうなるか。それが怖かった。

 この世界では自分の力は役に立たない。器を満たして初めて意味を成すからだ。

 だから周囲の意思なき存在とは比べるべくもない力を持っていようとも何の価値もない。けれど器を満たした時の影響は想像もつかない。


 自分と同格の存在が器を満たすことがあった。貪欲に探し求めたあの子は望んだ器を見つけ出し、この世界から外の世界へと踏み出した。

 その時異変は起こらなかった。器も何事もなくあの子を受け止めた。世界はいつものように静かで平和なままだった。


 だから杞憂だと思った。

 もしも自分を受け入れてくれる器が現れたときも大丈夫だろうとは思う。思いたい。

 一方で外の世界ではどうだろうか。あの子が器を満たしてもこの世界は何事もなくあり続けた。けれど力の均衡は間違いなく変化した。外の世界を観測できないため、どうなったかは知りようがない。それが怖い。常に思考の片隅に居座り続け、呪詛のように語り掛け続ける。


 払拭されることのない不安。それが自分を思い留まらせていた。最後の存在になろうとも常に見ているだけで、これからもそうしていくつもりだった。それで良いのだと自分を言い聞かせた。


 器が現れた。

 ここ最近頻繁に発生する現れ方だった。

 自然発生的に現れる器ではなく、世界を突き破って別の世界へと流れるように瞬間的に現れる。乱暴な器とも見えるが、器は自ら動けないため、外の世界で何かしらの影響を受けてしまったのだろう。出現時間は極めて短く、満たされることなく空のまま消えてしまうことも少なくない。

 それが現れた。望まない世界の移動は、せめて器を満たす存在に恵まれてほしいと切に願う。


 今度は誰が満たすだろうかと興味深く見守っていると、いつもと違う点に気が付いた。

 器が2つだった。これまで同じように出現した器は1つずつだったのに、何かあったのだろうか。


 偶然近くにいた存在が、我先にと近寄る。

 例によって器を満たすだろうと眺めていると、自らの奥底から湧き出てくる不思議な感覚に気づく。

 それは今まで感じたことのない衝動だった。自覚した瞬間、世界が色づいて見えた。

 自制心を振り絞っても抗えない渇望。

 導かれるように器に近づき、観察した。

 それ以上は考えるよりも先に動いていた。


 群がるように集うそれらを蹴散らしながら、器の一つを見据える。


(……ああ、これだ)


 我慢はできなかった。

 今まで自分は何を怖がっていたのだろうか。これまで器を満たしていた意思なき存在に嫉妬する。

 これは意志でどうにかできる程度のものではない。自分が器を満たしたとき世界がどうなるか、そんなことを考えても止まることなどできない。

 管理者たる自分が器を満たせば、少なからず世界に影響を与えることは明白。

 だからこれまでは近づかなかったというのに。どう抗おうとしても、どんなに取り繕うとしても、この『欲求』には抵抗できない。

 もっと近くで、もっと側で、もっと深く感じたい。自分で満たしたい。


 一瞬呆けて、震えている隙に割り込もうとした存在を見逃さず、掴んで握り潰す。

 それだけは絶対に許さない。この器は自分のものだ。誰にも渡したくない。

 そして明確な意志を以て、器へと手を伸ばし--

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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