表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

第8話 「言ったろ、瞬殺だってな」

今回は残酷な表現がございます。ご注意下さい

「【顕現(リアライズ)】!」


 校舎裏の日陰の中、凛音の叫びがこだまする。


「なにっ!?」


 驚きの声を上げるヤマンバギャル。その手には取り出したばかりの銀色のカード、凛音に先を越された形だ。

 西部劇の早撃ちなら勝負は決していただろう。


 しかし何も起こらない。


「って! よく見たらソレただの紙じゃん!?

 同じ(シルバー)だと思ってマジビビったし」


 背後からは「ブハッ」というむせた笑い声と激しい咳が聞こえてくる。不良も凛音の行動に意表を突かれたらしい。


「カード貰ったはイイけどさぁ、どーせすぐに盗られたんでしょ。マジダセェ」


 武器が無いことが露呈して、いよいよ後の無い凛音。だがそれこそが彼女の狙いだった。


 ギャルはカードを人差し指と中指の先端で挟み、腕を真っ直ぐに上へと伸ばす。

 勝利を確信して、自慢のネイルを呼び出すこのタイミング。


 そこでーー凛音は飛び出した。


 腰をかがめ、右肩を前に出して、ギャルの身体めがけてタックルを仕掛ける。


 小柄な凛音は体力に自信があるわけでもなければ、運動部に入った経験も無い。

 それでも上体に意識を集中していたギャルには十分な効果だった。言わばヒーローの変身中に攻撃を仕掛けるという禁忌(タブー)。転びこそしなかったものの、身体を大きく仰け反らせる。


 カードが指から離れたのを凛音は見逃さない。ダメ押しとばかりに、膨れ上がったカバンをギャルの横腹に叩き込む。


「ぐうぅ」


 くぐもった声を背中で聞いて、凛音は裏門に続く道へ走り出す。


 作戦成功。

 そう思った瞬間、後頭部と首に痛みが走った。何が起こったのかも分からないまま、顎が上がり視界が空の青に染まってゆく。


「はぁ、はあっ……このガキ、チョーシ乗りやがって!」


 おさげを思いっきり引かれ、力任せに地面に引き倒された。

 全身に広がる痛みと衝撃。取り分け肺へのダメージが酷かったのか、凛音は上手く呼吸が出来ない。


「よくも、よくもっよくもよくも……コケにしやがってぇ!!!!!」


 つま先で脇を蹴られ、かかとでお腹を踏まれる。何度も何度も足で痛めつけられた。

 振動が響くたびわずかに残った空気が無理やり吐き出される。凛音は息が出来ない中、必死に痛みに耐え続けた。


「顔は辞めな。ボディだよボディ!」


 遠くの方から不良のヤジが飛ぶ。しかし血の気を失った凛音にも、血が頭に上ったギャルにも、その声は届かない。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ」


 ギャルが肩で息をするようになってしばらくした頃、凛音は既に気を失っていた。今日初めて袖を通した制服は土に塗れて変色してしまっている。


「今日コイツにあってから酷いことの連続だ。トドメを刺してやる」


 キャラも口調も忘れ、落としたカードを拾い上げる。虫の息の凛音には、剥き出しのギャルの殺意を感じることは出来ない。


「待ちなっ!」


 今まで傍観者に徹していた不良が突然声を上げた。

 本日何本目かのタバコをポイ捨てしながら、ゆっくりギャルへと歩み寄る。


「タイマンのもう決着はついたろ。次はオレの番だ」


 親指で自分を指しながら、不敵な笑みを浮かべる。

 肝心なところで待ったをかけられてはギャルも黙ってはいない。殺意の瞳を倒れた凛音から不良へと移す。


「なに甘えたこと言ってんのよ。この島での負けはイコール死よ」

「なら尚のこと見過ごせねえな。ケンカと殺しは違うモンだ。それにこのチンチクリンはカードを出してねぇ」

(あっき)れた、まさか殺しが怖いってワケ? ヤンキーの癖にマジヘタレじゃん」


 不良はヘタレにカチンと来たのか、額に青筋を浮かべて中指を立てる。


「アァッ!? そこまで言うなら相手になってやるよ!

 ぶっ殺してやる。瞬殺だ!」


 激昂した不良がカードを取り出す。色は銀色、つまり2人の実力は互角だ。

 もちろんギャルも黙っていない。歪に唇を歪めて嗤う。


「上等じゃん。ただし、瞬殺されるのはアンタだけどね!」


 構えて睨み合う中、互いのカードが陽に照らされてキラキラと輝いく。

 時刻も昼を回ったのか、太陽が真南に来ていた。気づけば校舎の陰もほとんどなくなってしまっている。


「【(リアラ)ーー

「ちょい待ち!」


 不良はカードを持つ手を突き出して、またも待ったをかけた。


「大事な勝負の前だ、一服待ってくれ」


 しわくちゃになった箱を傾けて振る。しかし中身は中々出てこない。すでに空のようだ。


 ギャルは最初こそポカンとしていたが、今は無駄な足掻きと冷めた目で眺めていた。それでも次第に飽きと苛立ちが募っていく。


「ねぇ〜まだなの? 早くしないと刺すよ」

「チッ……わーったよ、ケチくせぇ。じゃあもう、これで我慢するか」


 不良はあろうことか、手にしたカードを筒状に丸めはじめた。


「えっ、は? アンタ自分が何やってるか分かってんの?」


 相手の悲鳴混じりの非難など意にも介さず、不良は一服のルーチンをこなしていく。

 ライターの揺れる炎を口に近づけ、ついに着火した。キラキラと輝きながら、銀の表面を滑るように燃え広がっていく。


 中毒も度を越すと、口に何かを咥えてなければ理性が保てなくなってしまうのか。

 眼前で繰り広げられる奇行にギャルの顔が青ざめる。

 カードを丸めるという行為、その上で火をつけてタバコ代わりにする。それは彼女の理解を大きく超えていた。


「ハッ? ハアッ!? ちょっとちょーー


 ギャルは一際甲高い声を上げる。

 そも彼女は本来は理知的な女性だ。奇抜な見た目や喋り方などは、好みであり演出に他ならない。

 相手を見てから戦いは仕掛けるし、旗色が悪くなればすぐに逃げる。

 今の戦いも勝算があるから相手をしているに過ぎない。所詮キレやすいだけのヤンキーだ、怒ればすぐに隙を出すとタカを括っていた。


 それが彼女の命取りとなった。


「【顕現(リアライズ)】」


 視界が赤とオレンジの炎で一杯になる。それがギャルの見た最後の光景となった。すぐに暗闇の黒に塗りつぶされると、意識もろとも閉ざされた。


「ケンカじゃなくて、命のやり取りがお望みだったよな。なら卑怯なんて言うなよ?」


 振り抜かれた不良の手には、剣身が真っ赤に燃える木刀が握られている。炎は燃焼した状態での顕現において付与されるものだ。


 一瞬のうちに喉を焼き裂かれた死体は、直立の姿勢のまま後ろへと倒れた。メイクで際立たされた目は驚きで見開かれ、自分が死んだことすら気がついていないように思える。


 切られた直後は飛沫を上げていた動脈血も、焼かれたのもあって時間とともに勢いを落としていった。出血の量に比例して、今度は傷口以外の穴からも別の体液が漏れ始める。


 刃についた血を払うように剣を振る。纏った火が空へと消えていくと、不良は満足したようにカードへ武器を戻した。

 死んだギャルへと一瞥をくれると、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「言ったろ、瞬殺だってな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ