第5話 「これが神のカード……」
「久尾凛音さん、貴女は神の生贄に選ばれたのよ」
先生の発言を飲み込むのに、凛音は十数秒の時間を要した。
突拍子のない上に殺伐とした内容。覚悟していたとはいえ、表現がストレート過ぎやしないだろうか。
「イケニエって、昔話とかによく出てくるアレ、で合ってます?
例えば、日照りや洪水を鎮めるために……その、村の娘をーー的な」
「その認識で間違ってないわ。例えばそうね、巧原市は巨大な生贄の祭壇だとでも思ってもらえればいいかしら」
頭をフル回転させて捻り出した言葉は、更なるオカルトな返答を引き出してしまった。
凛音は先生が言った言葉の意味を考える。生贄の祭壇に、人が死んでも当たり前の街。なるほど、言い得て妙かもしれない。
心底馬鹿げているとは思うが、これで警察が存在しないことにも納得がいく。
「馬鹿げていると思うでしょう?
でも生贄の儀式は古来から行われていたものなの。それなら形を変えて、こうして残っていても不思議じゃ無いでしょう?」
生贄の儀式は決して伝統芸能では無い。万が一、今もひっそり行われるにしても、普通は車で行けない様な山奥なんじゃないだろうか。
埋め立てられて新設された海上都市とか真逆もいいトコロだ。いや、むしろその意外性が狙いなのか。
生贄の話はひとまず置いといて、ここで殺人が横行しているのは事実だ。今一番大切なのは自衛手段を手に入れること。
目的を再確認した凛音は強引に話を進める。
「この街がヒドイ所なのは分かりました。でもただ殺されるのを待つのは嫌なんです。
と、言うわけで私にも武器になるカードを下さい」
ここまで単刀直入という言葉が当てはまる場面もないだろう。図々しいかな、と思いつつ凛音はビシッと手の平を差し出した。
それを見た先生はポカンとした表情になる。
「久尾さんはどこでカードのことを?」
「今朝危ないところを助けてくれた人、士道司さんに聞いたんです。学校に行けばカードが貰える、カードがあれば自分の身を守れるって。
仕組みは分かりませんが、武器になるんですよね、アレ?」
先生の目が大きく見開く。予想外の人の名前が出て、明らかに動揺している様子だ。
「士道さんが……そう、カードのことを……」
先生は独り言を呟きながら開いたファイルに視線を落とす。またもや始まる沈黙の時間。
凛音はギリリと奥歯を噛み締めた。
すぐにでももう一度喚き立てたいところだが、ここはグッと堪えて我慢する。
数秒が数時間にも感じられる中、凛音は次の言葉を待ち続けた。
先生はパタンとファイルを閉じて机に置くと、横によけておいた木箱を手に取った。
「神様は生贄の少女、つまりこの学院の生徒たちにカードという形で力を分け与えたの。そして約束したのよ。全てのカードを集めた娘の願いを叶えると」
そう言って先生は小箱を開いた。中には凛音の欲したモノが一枚入っていた。司のとは違って黒一色で絵柄は無い。
「これが、神のカード……」
凛音はゴクリと生唾を飲み込んだ。これさえあれば私は助かる。震える指を恐る恐る伸ばすと、先生はスッと箱を取り上げた。
「久尾さんに今からこれを渡すけど、約束して欲しいことがあるの」
「約束、ですか?」
「このカードがあれば確かに身の安全を守れるわ。それと同時に他人の命も簡単に奪えるの。他のカードを持つ生徒だけでなく、管理者である私やこの島に住む他の人の命も。
今度は自分が加害者の立場になるかもしれない。久尾さんにその覚悟があるか聞かせてちょうだい」
凛音の脳裏に今朝の出来事が蘇る。爆発に女子生徒の死体。自分を襲ったギャル、その言動の意味。今なら全てを理解出来る。
巻き込まれたのだ。願いを叶える、神のカードの生贄として。
同時に自分はこれからギャルと同じ、人の命を奪える力を手に入れようとしている。いざ意識すると、凛音は何とも言えない恐怖を感じた。さっき伸ばせていた腕が今度は震えて力が入らない。
もちろん凛音には人の命を奪う気など毛頭無い。あくまでこの街から安全に逃げるまで身を守りたいだけなのだ。
他には何も望まない。
「私は生贄になんてなりません。もちろん、殺すつもりも殺されるつもりも無い。神さまの言いなりになんて決してならない。
生き残って家に帰りたい。ただそれだけです」
凛音の答えに満足したのか、先生は笑顔で頷く。眼鏡の奥の目を細めて凛音に小箱を差し出した。
一呼吸置いた後、凛音はおもむろに右手を突っ込む。
「え?」
手の平に伝わるのは冷んやりとした木の質感のみ。彼女の指は空を掴み、黒いカードを擦り抜けたのだった。