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第4話 「貴女は生贄に選ばれたのよ」

 特定の業界への優遇を防ぐ行政的な措置として、巧原市は女学院を中心に開発が進められた。

 その結果多額の資金を投入された学び舎は、最新の設備はもとより、現代芸術の意匠を取り込んだ前衛的な造りをしている。


 校舎入り口の天井は全面ガラス張り、しかも四角錐の形をしており、陽の傾きによって射し込む角度が変化する。採光ひとつにも施された工夫、こういった拘りは至る所に見られた。


 前の学校が歴史の積み重ねしか取り柄のない古臭い校舎だっただけに、凛音の目にはことさら新鮮に映った。


「来客用の玄関はアッチだから、リンネとはここでお別れだね」


 入り口で止まった司は、後ろを歩く凛音に振り返る。


「色々ありがとう司ちゃん。ハンカチ、洗ったら返しに行くから。確かD組だったよね」

「ああ」

「クラス、同じだと良いね」

「うん。そうだね」


 バイバイ。

 互いに手を振りながら2人は別々の方向へ歩き出す。


 ヨシッと、凛音は心の中で気合を入れる。彼女にとってはここからが正念場だ。

 司との別れに若干の不安を感じたが、幸い来客用の玄関はすぐに見つかった。派手なつくりの生徒用とは違って、御影石の落ち着いた床だ。

 自動ドアをくぐり、傍のカウンターに置かれたブザーを鳴らす。待つこと数分。


「はーーーーい」


 優しそうな丸みのある声がして、廊下の奥から女性が小走りでくるのが見えた。桜色のジャケットに角のある眼鏡をかけている。等間隔で窓から入る日差しの間を通るとキラリと光った。


「おはようございます」


 緊張した面持ちでお辞儀をする凛音。


「あの、今日からお世話になります」

「久尾凛音さんね。待ってたわ、どうぞ上がって」


 下駄箱の場所を掌で誘導される。来客用のスリッパに履き替えると、入ってすぐ左手にある応接室に通された。


 新築特有の、鼻にツンとくる臭い。凛音は黒い革のソファに腰をかけ、先生が戻ってくるのを待った。

 こじんまりした部屋には窓とテーブル、壁時計以外には何もない。何とも殺風景だ。

 部活のトロフィーや賞状、学校行事の写真だったりが飾ってあっても良さそうだが、新設校ならそれは無理なことだろう。


 マナーのために電源を落とそうと、バッグの横ポケからスマホを取り出す。画面の左上には圏外の文字。


「やっぱダメかぁ」


 実はこの島に来てから通話もネットもずっと遮断された状態だった。

 両親に連絡が出来ないことに不安を感じつつも、通信トラブル程度にしか考えていなかった。だが今朝の出来事を経験した今なら、どれだけ恐ろしいことに巻き込まれたか理解できる。

 指の先が白くなるのを見ながら、電源ボタンを長押しした。



 凛音のお尻が冷え切る頃になって、ようやく応接室の扉がガラガラと開いた。

 現れたのは先ほどの眼鏡の女性。手には分厚いファイルと、木でできたオルゴールのような小箱を抱えている。


「待たせちゃってごめんなさいね」

「大丈夫です」


 女性は凛音の正面に座る。


「私は貴女が編入する1年D組の担任をしています、立花薫です。よろしくね久尾さん」


 座ったままにこやかに頭を下げた。女性の年齢はまだ30は行かない程だろうか、痩せ型でほっそりとした身体つき。やや高めの声に目尻の垂れた瞳、後ろで縛ったポニーテールが動くたびにフワフワ揺れている。


 凛音は安堵した。自身の担任が温厚そうな人物なのもあるが、司と同じクラスになれたことが何よりも大きかった。


 立花先生との会話はスムーズに進んだ。自宅に居た時に請求した学校案内のパンフレットを指し示しながら、校内施設の案内や校則の説明へと続いていく。


 当たり前のやり取りが終わったのは、話題が校内での服装に移った時だった。

 先生がスカートの丈やピンの位置をチェックする段になって、ようやく凛音の服装の乱れに気がついた。

「あっ……」と小さく息を漏らす。


 払いきれていない全身の土埃。袖は擦り切れて、 ちぢれた繊維が外を覗いている。もちろん校章のピンも取れてしまった。


 それこそ玄関で気がついても良さそうなものだが。

 凛音は心の中で文句を言う。とはいえこれでようやく本題を切り出せる。


 内容が突拍子もない上に殺伐としたものなので、ずっとタイミングを見計らっていた。


「今朝来るとき、急に襲われたんです」


 なるべく簡潔に、先生の目をまじまじと見つめて凛音は尋ねた。話をはぐらかされる訳にはいかない。


「襲われた?」

「ここの生徒にです。その人、すでに人を殺していて私も殺されそうになりました」

「そんなことが……」


 ここで一気に畳み掛ける。


 バンッ!


 テーブルを両手で強く叩き、凛音は立ち上がった。置かれたファイルと小箱が傾き、先生がビクリと肩を震わせる。


「私は社会進出を目的とした女性のための街と聞いてここに来ました。でも実際は殺人事件が頻繁に起こっていているそうですね!

 これは一体、どういうことなんですか!?」

「お、落ち着いて久尾さん。まずは座って」

「質問に答えてください!」


 凛音の剣幕に、先生はアワアワと両手を振るばかり。

 これ以上騒いでも拉致があかない。


 凛音は口をへの字に曲げるとドカッとソファに腰掛ける。より威圧的な態度をとろうと大股開きで座ったのだが、流石にはしたないと思い、急いで脚を閉じた。


 2人の間に沈黙が流れる。睨みつける凛音と俯きがちに耐える先生。


「はあ〜〜」


 頬に手を当て、先生は大きく溜息をついた。


「遅かれ早かれ……どの道分かることよね」


 降参とも取れる言葉に、凛音も遅れて息を吐く。


「ただ……」


 凛音とは対照的に、今度は先生の目付きが鋭くなる。声の高さを落とし、口をすぼめて小声で切り出した。


「これから話すのはこの街の真実、突拍子も無い上に殺伐とした内容。それだけは覚えておいて」


 真面目なトーンで念を押され、今度は凛音の方が顎を引く。

 はじめから胡散臭い話だとは思っていた。死ぬ危険がある以上、もう後には引き返せない。


 凛音が頷くのを見届けて、先生の口が開く。


「久尾凛音さん、貴女は生贄に選ばれたのよ」

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