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第10話 「あらためて宜しく」

 時計の針が18時を回った頃。


「だからさぁ、コソコソしちゃいけないワケよ。普通の時間に堂々と歩いてりゃあ、寄ってたかって襲われたりしねーよ」

「そういうものですか」

「そういうものだ!」


 櫻子はそう言うと景気良く煙を吐き出した。

 聞き手の凛音は首を上げ下げ、相槌を打っている。気を張り詰めていたお陰で櫻子はすっかり上機嫌だ。

 同年代の女子との会話というより、親戚の集まりで会ったオジサンと話してる感覚に近い。現に櫻子の手にはタバコのみならず、缶ビールも握られている。


「一つ気になったことがあるんですけど」

「なんだよ?」

「ヤマンバギャルの人って、どうなったんですか?」


 櫻子は「あぁ」といかにも興味なさそうに呟いた。パンツのポケットから黒いカードを取り出し、凛音に差し出した。


「オレからの餞別だ。カード持ってないんだろ? とっとけ」

「えっ、えっ? コレってどういう意味ですか?」

「あのクソビッチのに決まってんだろ」


 そこまで言われれば凛音にだって察しはつく。彼女のことは気がかりではあるが、これ以上触れても仕方がないだろう。構わず話を続けることにする。


「カードは受け取れません。というより、私はなぜか触れないんです」

「どういうことだ?」


 今度は櫻子の頭に疑問符がつく。


「こういうことです」


 泣きっぱなしではカッコがつかない、今度はこちらが主導権を握る番。

 そう言わんばかりに、凛音は得意げに差し出されたカードに指を通す。その光景に櫻子の目が丸くなる。


「なんだコレは? 手品か? どうなってやがる?」

「いや、私にもさっぱり」


 凛音は今朝からの出来事を掻い摘んで説明する。その間、櫻子はタバコを吸いながら静かに聞いていた。凛音が寝ている間に買ってきたようだ。


「あの選ばれしものが人助けねぇ」

「あも、驚くのそこですか?」


 一言目の櫻子の感想は、凛音にとってまったく予期しないものだった。


「そりゃあそうだろ。いつも一人で居るし、変なことしてるし、オマケに留年してるってウワサまであるんだぜ。ってかアイツ普通に喋れるんだな」


 散々な評価だ。あながち間違っても居ないので、凛音は苦笑いするしか出来ない。


「それで、まだ何か隠してることあんだろ?」


 櫻子はニヤリとする。


「巧女に転校生なんざ今まで聞いたことねぇ。しかもペラペラ手の内を明かすなんざ、逆に怪しすぎんぜチンチクリン」

「そんな……」


 助けてくれた事実を信じて、全て話したことが裏目に出てしまった。唯一のドアは櫻子の後ろ、逃げ場はない。


「来いっレヴァンティン!」


 櫻子の叫びに呼応して瓦礫の一角が吹き飛んだ。マンガ雑誌に紛れて空き缶と食べかけのポテトチップスが舞い上がる。汚い。


 中から現れたのは銀色のカード。まるで意思を持つかのように部屋の中を泳ぎ出し、無事に櫻子の手へと収まる。


 カードの意外な特性に凛音は驚いた。というかエクリプスにしろ、武器にはイタイ名前をつける決まりでもあるのだろうか。


 そうこうしているうちに、立ち上がった櫻子は臨戦態勢に入っていた。カードを手ににじり寄られ、窓際に追い詰められる。本日3度目の窮地。

 飾られたウサギが一匹コロリと落ちる。


「はっ話します、全部話しますから。どうか命だけはあぁ!」


 拒絶と降参の意を込めて、両の手を思い切り前に突き出す。


「そこまで言うなら聞こうじゃねえか」

「はい」


 凛音は深呼吸を繰り返し、息と乱れたシーツを整える。その間に都合の良い言い訳を考えるのも忘れない。

 変に時間をかければ、それこそいきなり殺されかねない相手。

 こうなったら破れかぶれだ。倒れたウサギを定位置に戻して覚悟を決める。


「私、他人のカードなら触れるみたいなんです」


 凛音咄嗟に思い出したのは、司との公園での出来事だった。司のカードを手に取ってマジマジと見た記憶がある。


「ほぅ。そりゃまた珍しいな」

「それで、試したいことがあるんで櫻子さんのを貸してくれませんか?」

「【顕現(リアライズ)】」


 刹那。

 突如現れた木刀が凛音の首筋に振り下ろされる。覚悟はしていても怖いものは怖い。ギュッと目をつぶる。


「あー! 司ちゃんはすぐに貸してくれたのになー!」


 肌に触れる寸前でピタリと剣先が止まった。


「危ないって分かってても貸してくれたもんなー! 選ばれしものは器が違うなー!」


 しばらく続く沈黙。

 気配。そして重厚な殺気はそのままだが、動きが一切感じられない。


 凛音は片目を少し開けると櫻子の瞳がすぐ目の前にあった。その距離わずか5センチ。一つ間違えば唇が触れる距離に、凛音の目が驚きで見開く。櫻子はというと、恋人に向けるには程遠い表情をしていた。血走った目は獣を通り越して既に鬼だ。

 凛音は生きた心地がしなかった。


「命の恩人を前にして、よくそんな口が聞けるな?」

「それでどうするんですか?」

「質問してるのはオレの方だ!」


 怒りながらもカードを凛音の胸へと押し付けてくる。


「変なマネしてみろよ。すぐにテメェの首をへし折ってやる」

「し、信じてください」


 凛音は、多少強引だが無事にカードを借りることができた。カードの表記が目に入る。


 2ーBー2 淵条 櫻子

 武器名 レヴァンティン

 Rank Silver

 Next Rank 8/25


 書かれている内容は司のものと大体同じだ。カードの色と中央のイラストが違う。


 こちらの少女のイラストは服装こそ巧女の制服だ。だが櫻子本人とは違って、髪が燃えるような赤色をしている。

 手には刀の様な武器。好戦的な櫻子にはピッタリだ。


 指で押した学生証が少し曲がる。材質が違うのか、白紙(じぶんの)と比べても柔らかい。


「リアライズ」


 数瞬の後、凛音の手は木刀を握りこんでいた。感動のあまり少し手の平が汗ばんでしまう。


「で……出来た……」

「そうだな」

「見てくださいよ。私にも武器が出せたんですよ!」

「見りゃ分かるよ。しかし人のモンパクれるとはな。初めて見たぜ」

「これで生きる希望が湧いてきます」

「大袈裟だな。オイ、振り回すんじゃねぇ!」

「これで私も戦えるんだ!」

「危ねえだろうが!」


 ゴチン。

 はしゃいで木刀を振り回した凛音は、鉄拳制裁を受ける羽目になった。頭を抑えベッドの上にうずくまる。


「いったーい」

「ンなワケねーだろ」


 櫻子は悪態をつきながら、すかさず木刀を取り上げる。


「武器化させてる時は身体が丈夫になってんだよ。殴ったオレの手の方が痛いわ」


 凛音は手の平で頭頂部をさする。櫻子の言った通りだ。タンコブも、冷静になれば痛みすらも無い。殴られた衝撃と音だけでビビっていたみたいだ。


 そして櫻子の拳によって、凛音の頭をあるヒラメキが駆け抜ける。先ほど、部屋の中を見た時の既視感。その正体が判明したのだ。


「なんなんだお前は」


 怒りすぎて疲れたのか、櫻子は呆れ顔をしている。


「度胸があるのにヌけてるし、煽ったくせにすぐビビる。変なヤツだな。バカか、バカなのか?」


 酷い言われようだ。凛音は無い頭を必死に回したに過ぎない。少なくとも授業をサボって喫煙している人には言われたくなかった。


「なんか一気に疲れがきたな。お前、もう帰っていいぞ」


 飽きがきたか、櫻子は雑な対応で帰らせようとしてきた。それだけ言うとそっぽを向いて、ゴソゴソとしはじめた。

 何が始まるのかと凛音も思わず覗き込む。


 櫻子の右手には自分の銀のカード、反対にはギャルの黒のカード。その二つを重ね合わせた。

 パッと火花のような光が散る。すると櫻子の手には銀のカードが一枚だけ置かれていた。


「手品の練習?」

「ンなワケあるか! 合成だよ。つーか、もう帰れよ。見逃してやるから」


 合成……公園で司が言っていたのはこのことか。


 もうちょっと様子を見ていたいが、櫻子が怖いので帰ることにする。手早く荷物をまとめて玄関を開けと、夜闇とともに冷たい風が入ってきた。


「大丈夫か、家まで送ろうか?

 ーーあぁこりゃ悪かった。危なくなれば()()()()()()が助けてくれるんだったな。こんな器のちっさいオレが居ちゃ足手まといだ」

「あ、結構です」


 凛音は、臆することなく外へと足を踏み出した。


「お世話になりましたー」


 薄暗いとはいえ廊下から見た景色、表札の番号。どおりで部屋の間取りにデジャヴを感じるワケだ。自分の予想が確信に変わり、凛音は大きく息を吐く。


 顔を上げると櫻子が玄関まで様子を見に来ていた。捻くれ者の乱暴者だが、何だかんだ良い人だ。

 姿勢を正して礼儀正しくお辞儀をする。


「隣に越してきた久尾凛音です。あらためて(よろ)しくお願いします」

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