5.DD 少年期(スラムのギャングファミリーボス)
★人物★
ダイラン 十一 スラム地区に住む少年
デイズ 十二 双子の弟のユダヤ人
ディアン 十二 双子の兄のユダヤ人
カミーラ 二十八 ディアン・デイズの母親で娼婦。LA出身のアメリカ人
アジャシン 二十九 ディアン・デイズの親父で薬中。イギリス人とのハーフのイスラエル系ユダヤ人
リサ 十 ダイランの異父姉妹
ジョス 六十二 オリジンタイムスのマスター
ウィストマ 二十九 ダイランとリサの親父
★チーム★
レッドスネーク ダイランが所属するスラム地区のチーム。頭に二十八歳の男、エックスを置く。
団員は二十二から三十二までの男女。黒旗に赤蛇と赤星がシンボル。団員は蛇の入墨を体のどこかに入れている。
男がスキンの眉なしに黒の皮パン、女が黒髪に黒革のビキニやパンツ、スカートと決められているが、強制ではない。
ブラックスネーク レッドスネーク派生のチームで、二十二以下と三十二以上の団員が揃っている。特に規制は無く自由。
シンボルは黒旗に銀蛇とサーベル。
ブラックスネークの少年少女は危険な薬中ばかり。
無所属 特にどのチームにも属さない者達。
★場所★
オリジンタイムス ジョスがマスターをするビールとウィスキーを出すバー。客層は工場地区に勤める男達が常連。
風と行方~Green wind~
1. デイズ&ダイラン
他国人種の入り乱れるスラム地区。
スラブ建ての立ち並ぶ街並は殺伐とし、色味は無い。ただ空と、何本か立つ木々の緑はあった。
少年、デイズ=デスタントは膝丈の絞られたパンツから細長い足が出ては、白のランニングの痩身は百七十二のすらっとした十ニ歳だった。小さな頭に黒のバンダナが巻かれ、焦げ茶髪のボーズが覗いている。デイズはデスタント家の塀の中から外を見た。
このアメリカに、六年前にエルサレムからやって来た彼は、双子の兄、ディアンと、薬中の両親と共に住んでいた。
この街の貴族どもの木々に囲まれた住宅街には、戦前、イギリス人貴族である祖父が住んでいた。実は、両親と共にエルサレムの下町で生きて来た彼等だが、裕福な血筋だった。それでも彼等はわざわざスラム地区を選び、家族は生きている。今、無人になった祖父の屋敷は地主の手に渡っていた。
デイズは裸足の角張った足で歩いていき、腰には黒の日本刀を下げていた。
祖母からの血筋的なユダヤ人のデイズは、父親が敬虔なユダヤ教徒だったが、それは薬にすさみきる前の話だったようだ。
今現在蛇の様な親父は超常現象まで巻き起こしそうな奴になっていた。いつも壁の中に埋まっている。
彼の母親は娼婦をして金を得ていた。美人なホワイトブロンドで、水色の瞳の女であり、豊満な肉体を誇っている。性格がきつく、旦那や男には猫撫でセクシー声をたて、大体が酒か薬に酔っていた。
彼はスラム地区中心地の広場に来ると、大人達が何やら集まり話している。ギャングの無いこの街は、それでも港からある程度の麻薬が降りてくる。デイズは大人達の横を通り、その先の教会へ向かう。
「おうデイズ」
デイズは半分綴じた目を向けた。涼しげな目元がバンダナから剣呑と覗くが、その金色掛かる茶色の瞳は光っている。
「あんだよ」
数年前にイベント中に忽然と女と消えた666の弟、Fiveがやって来る。
Fiveは、スラム地区のアングラな団体、レッドスネークの一員だ。
「街銀行に盗りに入るんだが、お前も来い」
「面倒くせーよ」
去って行こうとするデイズの肩を引き寄せた。
「ハーネスにも声掛けてある。いつもならお前が奴に話し持ちかけるじゃねえか」
「今日はその気無しだね。俺は無所属だぜ」
手を払い歩いて行く。
Fiveは他の面子を揃える必要があった。
「何々強盗の話か? 俺も」
「お前はまだ駄目だ。チビだからな。で、お前はこの地点だ」
「俺はアシ運ぶ」
金髪の少年が大人達にそう言われたから憮然とし、デイズの方へ走って行った。
十一歳のその少年は百五七の身長でデイズの頭を見上げ、横に来た。背後広場のレッドスネークの大人達に「べーっ」と舌を出し、彼等は首をしゃくったために、頬を膨らめ向き直り歩いた。
デイズは心落ちつか投げに金髪を見下ろし、前に視線を向け歩いて行った。
少年はベージュで擦り切れた膝丈のパンツにゾウリで、首に黒のバンダナを巻き、頭にはよくゴーグル着きのパイロット帽を被っているのだが、戦後からは被らなくなっていた。少年の父親が戦後にパイロットを辞めたからだった。足首に編み込んだ皮が巻かれ、ふと眩しい金髪は綺麗な緑色の大きな目を向けてきた。半身だいたいがはだかの彼は肌から太陽の香りがする。
「何だよ。何黙ってんだよ」
ダイラン=ガルドはそう言い、デイズの腕を小突いてから可笑しそうに大笑いし、腹を抱えた。
デイズは憮然としてダイランの頭をバシッと叩き、歩いて行った。
「いってーな! 馬鹿!」
それでもダイランはデイズが大好きだからかんかんに怒りながらも共に教会へ入って行く。アメリカ生まれとアメリカ育ちのアメリカ人、ダイランは、人種が多国籍に入り乱れるスラム地区では珍しい人種でもあるのだが。
教会に入ると、ゴシック調であり、荒んだ中にステンドグラスが、少ない色彩で光っていた。漆喰とオーク材の骨組みアーチの内装は殺伐として思え、荘厳でもある。
デイズはパイプオルガンの場所へ進んだ。
ダイランは鍵盤の並ぶ木枠に腕を組み、デイズを見た。
「なあ。リサがお前にこの前またおちょくられたって言ってたんだぜ」
頬杖をつき、デイズがパイプオルガンを弾くのを邪魔するようにデイズの腕や胴をぐざぐざ指でさしていた。
「別に。話すのだりいって言っただけだ」
「リサはお前の事気になってしかたねえみてえだし」
それは間違いだ。リサはダイランに惚れている事をデイズは感づいていた。
リサというのはアメリカ人の少女で、ダイランの異父兄弟の妹だ。数年前にスラムにやってきた。ダイラン自身はリサを可愛がっているが、全くリサの気持ちには気付いていない。というよりは、デイズが人の気持ちに敏感なだけなのだが。特に、ダイランの事に関しては。デイズ自身がダイランの事を狙っているためだった。
「お前にリサはやらねえからな。リサは将来俺が働いて金出して大学まで行かせてそこで出会った男と付き合せて結婚させて幸せな子供を産ませて出世させるという兄的現実味の有る夢が」
デイズは伏せ気味の目でダイランを見て、ダイランは肩を縮め上目になった。
何かを怒っているらしいからダイランは鍵盤枠に背をつけ、口笛を吹いた。
デイズは、別にリサは自分の事を好意の目で見ているわけじゃない。と心の中で言いながら鍵盤に指を滑らせた。嫌っているのだ。ダイランをデイズが狙っているから。リサからするとデイズは乱暴者だし、キレると恐いし、強盗もするし、喧嘩では大体大人も手に掛けるし、恐いし、だからリサはデイズを避けていた。
それを言うなら、デイズの双子の兄、ディアンは優しいし親切だし気が利くし何でもやってくれるからリサは懐いていた。
ダイランとディアンは親友同士だ。気も合う。
デイズはダイランに背を向け、歩いて行った。
ダイランはその後ろを走ってから追い越した。
「どこかに行こうぜ」
そうダイランは振り返り、巨大な観音扉から差す光が、彼に差した。太陽に味方されている。ダイランはそういう少年だ。
デイズはバンダナの下の目を細め、頷き歩いて行った。その茶色の瞳は日に照らされ、艶やかに光った。
昼のデイズは大体が溶けている。夜にようやく目覚める。
ガルドはトラックの真中の座席に乗り、デイズは助手席に乗っていた。
「なあマスター。酒」
「まだ早い」
ダイランの実家であるバー、オリジンタイムスのマスタージョスがトラックの運転席に乗り込み、ダイランの額を大きな手でごつんと叩いた。
デイズは既にバンダナをもっと下げ眠っていた。昼のこいつはテンションが低い。ダイランはマスターの膝に足を放り、デイズの膝に頭を乗せた。
「じゃあ夜になったら酒」
マスターはやれやれ首を振り、発進させた。
マスターが食材の買出しに行くのを着いていき、自分達はジュルッサの丘にでも行くつもりだ。ジュルッサのその丘には若者達が集まり、曲を掛けたり祈りを捧げたりしている。宗教的な意味合いが大きい。
ユダヤ人だが無宗教者のデイズと、アナキストのダイランだが、その丘は様々な裏ルートの情報交換や麻薬も陰で卸されていた。夕方時の礼拝も終れば、その夕陽に溶け込むキャンプファイヤーと曲も引き伸ばされ、エキゾチックな露店が出て来る。他にも、港市場もそれらが常時化した場所だった。
ジュルッサの丘は異国情緒が実に強い。
それでも、崇拝の内容は街にそった日常行事だった。
水煙草や大麻を中心としたものが出回る丘は、女達がなまめかしく踊り、パフォーマンサーが芸をし、妖しい雰囲気がある為に外から来た人間達からは炎を中心とした悪魔崇拝だと思われている。
昼のジュルッサの丘は人気が無い。アフターフォーから人々やトレーラーハウスが何処からとも無く現れるのだ。
たまに、早めにドリンクやサンドを出すワゴンが出ているのだが。
ダイランは丘を歩いていき、デイズは連れを見つけて手を上げた。その連れは同じくスラム地区の少年だった。
高い木の下に女の子と共にいた。痩せて目の大きな少女は十五歳の名が無い子で、母はデイズ達と同じ娼婦だった。
「珍しいじゃねえか。お前等が二人で」
「ああ」
デイズの陰の中の剣呑とした目を見上げ、足を放った連れはダイランを見た。ダイランはデイズの横にいて、目を木漏れ日に細めた。
「可愛いダリーキャットはお姉さんの横に来る?」
ダイランはにこにこ笑って年上に甘えに行き、デイズは気に食わなくて少女とダイランの間に腰を降ろした。背を丸めダイランの顔を見た。風が影と光を眩しく乱舞させる中、ダイランは若草のように眩しく笑ってくる。
「お前、いつまで経っても甘えてんじゃねえよ」
「可愛いデイズ。嫉妬してる」
そうバンダナの頭を撫で、デイズは肩越しに彼女を見てから口元を微笑ませ、長い首を伸ばして耳元にちゅっとキスをした。彼女は頬を染めて微笑み、ダイランは怒ってデイズの項を抑えてギャンギャン騒ぎ出したからデイズはダイランをシメて叫ばせた。
「夜が落ちたら、ベルグが来るらしいぜ。その時に薬卸してもらおう」
「二ヶ月ぶりだな」
「どうやら、ヨーロッパに渡ってたらしい」
「へえ」
港の闇市場の顔馴染みのベルグだ。
港には子供はそうはうろつかない。
「じゃあその金どかで盗ってこなきゃならねえじゃねえか」
ダイランがそう言い、自分のポケットにはやはり何も入っていない。時々、マスターからもらう駄賃は全て、リサや女の子につぎ込んでいた。他に手にするといったら、他の連れ達やレッドスネーク団員としてやる依頼ちょっとした仕事や運び屋か、強盗か、盗みで金に転売するくらいだった。その金で麻薬だ、拳銃だ、弾だを買っていた。
「お前等、丘にこんな時間から何しに来てんだよ」
「別に」
デイズは欠伸をしてそう答え、木の幹に背をつけた。
「お前素振りでもしろよイーグル野郎」
ダイランがそう言い、デイズの居合を見たがっていた。
「草原じゃやらねえよ」
デイズは連れの手から酒瓶を奪い呷ってから、立ち上がると一気に幹に足を掛けた瞬間、木の上に上がっていった。葉が重なり合う中、枝に座り、ダイランは見え隠れするデイズを目を細め見上げた。ダイランはバンダナを首から外し、片手に巻いて自分も上り始めた。
下の二人はまた語り始めていた。
ダイランは登ってくると不機嫌そうなデイズの顔を覗き見てから頬に口付けて横に座った。酒を自分ももらい、草原を見渡した。鮮やかな緑に透きとおる葉の群に囲まれる丘は眩しい緑で、青空が低い。
「今度、ソルマンデ高原に行こうぜデイズ」
「ディアン誘えよ。お前等親友だろ」
「何だよ。どうしたんだ?」
ダイランは温かい風が吹くのを、デイズのバンダナから出る耳たぶにはまる大振の吊る下げピアスを見てから、その肩に背を付け寄りかかった。
その内ダイランはうとうとし始め、デイズはダイランの頭を左腕で抱え、目を綴じた。
「ナー」
「うん?」
「ナー」
「………」
ダイランは欠伸をし、デイズの腕を抱え込んで眠り始めた。デイズは風の吹く爽やかな草原を眺めつづけていた。温かく、ダイランのゆっくりとした心音を感じる。
占領され尽くした赤は、どこか不気味な物を与える。
崇拝時、街中の信者は野外に出て、夕陽の方向へ片腕を差し伸ばし、静かな祈りを捧げる。
仕事をする人間や、スラム地区ではまず見られない光景が街中で本来ならみられるものだ。正直に言えば、ダイランにはなじみが無い街の風習だった。それは異邦人のデイズにも同様だ。
木の上で、熟れた夕陽が翳り、落ちて行く。木の葉は闇色に染まり、強烈な光を発する天体が心に染み込んでくる。
炎がうずたかく焚かれ、男女達が集まり、崇拝を行なっていた。
影など何処にも存在しないが、闇が居着いている。
狂気とした色味ではあるが、この街の人間にとっての夕闇は、赤が一蹴してくれていた。ゆらゆらと、夕陽の陽炎と、炎の陽炎が踊っている。悪魔の様に乱舞する空は、美しい……。
ダイランの頬も、デイズの頬も紅に染まり、闇を背後にデイズはダイランの頬を取り口付けした。ダイランは陰の中の瞼を見つめ、眩しい夕日が地平線に掛かる中を目を細め、目を綴じた。
猫の様なキスをして目を開き、幹に背を戻して猛るキャンプファイヤーを茶色の目が見つめた。
祈りが最高潮を迎え、低い声が重なっては曲がうなる。太鼓と、弦楽とに乗せ。
焚き染められる無数の御香は香炉から立ち昇り、鼻腔を濃厚に掠めていく。黒の墨が全身に入る女が青の炎を操り踊り、夕陽が地上に飲み込まれていく。太鼓が高鳴り翻った長い髪が目を剥き指し示し、天高く炎を噴き上げた。
木から飛び降り、二人は夜の露店の中を歩いて行く。
炎の周りでは雌鳥が捌かれていき、焼かれ始めた。鶏肉をパンに挟んだり、そのまま食べたり、酒を飲み交わしたりしている。
スラムの女が二人で歩いていて、デイズ達を見つけると微笑み手を振って掛けてきた。
「ねえこれ食べる?」
デイズに肉を渡し、ダイランが受け取ろうとしたデイズの手の中の肉を食べた。
「………」
ダイランを見て、デイズは女達を見た。
「露店で何か買ってやる」
女達はきゃあと叫んだ。
「露店で何か買ってやる」
同じ言葉にデイズは兄貴を見て、そのディアンにダイランはニカッと笑った。
「さっき肉もらった」
デイズはディアンの手にする肉を見て、豚足だったから片眉を上げた。こいつはこういうのが好きだ。骨太のディアンとは違い、腹を壊し易いデイズはイナゴが好きだった。
「リファーミール、ゴーブ?」たまにはイナゴは
「ロー。マッター ラハド」嫌だ。炎の下にあった
「ダーシェン」太るぜ
ディアンは憮然として豚足に噛み付き、ダイランはヘブライ語が分からずにディアンとデイズを見上げてから、女二人の所に行った。
「何欲しい?」
「ダリーお小遣いもらったの? また薬買いたいんでしょ」
ダイランは頬を丸くし、確かにポケットは空だった。
ダイランは腰のウエストポーチからマスターのところの葉巻を出して、走って行った。
男と物々交換し、帰って来た。
「何欲しい?」
「可愛い子。お姉さん達が買ってあげる」
娼婦の彼女達は男から金を得ている。ダイランはそうやって女に金を出させる事を嫌がり、ディアンは二つ目の肉を食っていた。デイズと共に、今日ジュルッサで入墨を入れてもらうという話をしていた。
ディアンも無神論者の為に、父親とは違い、豚だろうがサメだろうが食べまくる。ディアンは釣りもするから、それを売ったらしい。ディアンはよく航海も好きで、キューバやカリブ、コロンビアで買って来るものを転売する事もあった。
今日も双子の親父、アジャシンがいた。きっと宇宙空間と交信を取り、神にでも近づいているのだろう。
「ハッター! ザーナブ! ハーマース! ハーローン! ハーラム!」
アジャシンの場合、ずっと麻薬で完全にラリっているので、悪魔崇拝者としか思えない態で夕陽には目覚めた。他は、地面や壁にのめり、ぶつぶつ何かヘブライを言っては、酒瓶を割り、その父である戦死したブラディスは完全にあきれ返っていた。自分の二世にする様な余地も、アジャシンには無かった。エルサレムでは元からイギリス人嫌いのアジャシンはユダヤ人ゲットーで過ごし父からは離れていた。ユダヤ教の洗礼も受け。
そこでアメリカ女である娼婦のカミーラに出会い、母はユダヤ人だが、父親がイギリス人のしかも富豪だと言う事で嫌な扱いを受け続け薬に荒んでいたアジャシンはカミーラを心の拠り所にし、子供が出来たのがディアンとデイズの双子だった。
アジャシンは炎に突っ込んで行く勢いだったが、その前に自分でつっかかり黒髪のボーズ頭から地面にのめり、大きな穴の開くピアスの耳が潰れ、顔と見かけだけは男前な態で転がり、肩のトライバルに炎の雫が落ちても起きなかった。革パンだけが常の親父はそのまま白目を剥いて寝始めた。今におきだし、また蛇と交信でも取り始めることだろう。
ディアンもデイズも親父を放って置き、向き直った。
よくいつも、祖父さんがまだ生きていたらと思う事があった。楽しかった。
薬を買い五人で酔おうと思ったが、今日は夜、琥珀のランタンが転々とぶら下がる異国情緒の中を緩く歩く事にした。
デイズが炎で人間の肉を焼いたものをもらってきて、肉好きのダイランに渡し、女達は木箱の上で土で作った動物の玉を円にして中心に手持ちの珠で賭けて行くという民族のゲームをしては装飾品を賭けていた。
「俺も入墨入れんの見る」
肉を喰いながらダイランがそう言い、すでにディアンが消毒を受けていた。
「マーノ」
スラムの女彫り師、マーノが顔を上げた。顔中ピアスだらけで眉をそり落としたボーズ頭のマーノは恐く見えるが、実は眉を描くと凄い美人だ。
「あんた、ガキが人間食って、まだ早い」
「もう夜だから解禁してんだよ」
マスターと同じ事を言われ、デイズやディアンと一応はタメなのにガキ扱いされるからダイランは猫の様に目を伏せ気味にした。
「何彫るんだ? ディアン」
「秘密」
「柄にもねえ事いってんなよなー」
ダイランは地面に座り、有角動物の骨格をクッションのように抱え頬杖をついた。
「なあ。今度他の奴等連れてモスクワ行こうぜ。Fiveとかに話付ければ楽だって」
拳銃をくるくる回しながら言い、ダイランは肉を噛み千切って骨を背後に放った。葉を巻いて吸い、デイズにも渡した。
夜空は雲が出始め、暗かった。
深夜。連れの部屋に来ていた。
薬ではしゃぎ、女達はロフトの下の階で踊っていた。デイズはソファーを背にナイフで爪を整えていた。ディアンは入墨部分に軟膏を塗りこんでいた。
ダイランは自宅であるオリジンタイムスに戻っている。店仕舞いの手伝いだ。
オカリナを吹く男がそれを放り、今度は銃を弄び始めたデイズに弾を投げた。
「賭けようぜ。的中心にヒットしたら何賭ける」
デイズは弾をパシッと受け取り、装填した。
「今夜女を抱く権利」
「俺の女だぜ」
「だから賭けるんだよ。賭け持ちかけたのはお前だ」
女達はロフトを見上げ体をうねらせ、色っぽい声で艶めいた。
デイズは微笑し、バンダナの目で首をしゃくった。
「お前からやれよ」
男は撃鉄を上げた。
狭い空間に音が響き、続けざまにディアンがデイズから銃を奪い中心にヒットさせた。
「よっしゃ! ぜってー俺だ! へー、ハローム!」
「ゼド」
デイズはそう言い、ディアンが横から勝ったために、デイズは腕を枕に転がった。天窓から雲が無く星が見える。
俺が今抱きたいのは女じゃ無い。
目を閉じた。
朝方、デスタント家に帰ると、母親が喚き散らしてきた。
「あんたとっととアジャシン探してきな!」
デイズは無視して庭の木の上の自分の部屋へ上がっていった。
極めて美人な母は怒り狂ってなにやら怒鳴っていた。
日本刀を立てかけ、バンダナを放ってさらさらのタテガミを掻き乱した。タテガミ以外はボーズだ。焦げ茶の髪色はディアンと同じだった。
実は、デイズは割と可愛い目元をしている。なんと形容すればいいか、男として可愛い。だがそれが自分では格好が良いと思えず、いつも目深に巻くバンダナを手放さなかった。猛禽類の子供のような目元をしていた。
外したバンダナを腰に巻き、そのバンダナの上から巻いていた装飾品を腰に回した。
部屋の木から駆け降り、家へ入る。
「かーちゃん腹減った。メシ」
カミーラは見当たらなかった。食卓の机を見ると、林檎が乗っていたからそれをくわえた。お袋の部屋へ行く。
ドアを開けると、隣街にでも行くのか、珍しく着飾っている。
カミーラの部屋は黒の木枠に、藤色の壁紙の部屋で、黒か、水色の家具が置かれている。白ファースツールの上やベッドの上、円卓に黒レースのランジェリーや香水、ネックレスが置かれていた。
美しい身を返し、彼女は回ってみせた。
「どうよ。この服。この前の客がいい客でね」
「へえ。いいんじゃねえの」
「もっと誉めなさいよ。それより、アジャシンどこに埋めてきたっての」
今日は結婚記念日という奴なのか、初めてであった日記念なのか、何記念かは不明だが、夫の為の装いらしい。
「さあね。昨日夕方は蛇と交信取ってたから今に出て来るんじゃねえの。それよりかーちゃんメシ」
「林檎でも食ってな」
カミーラはそう言ってからルージュを重ねミラーに微笑み、身を返した。
キッチンのある一階へ降りていき、カミーラは冷蔵庫からスープの鍋を出した。
パンを棚からドシンと出す。
「喰いな」
デイズはそれを見下ろし、母を見た。
「じゃあ、あたし出かけるから」
そう色っぽく言い、バッグを回し歩いて行った。デイズは首をやれやれ振り、コンロに鍋をおき、火にかけた。
数分してディアンが帰って来て、キッチンに直行した。
「おいおふくろがさっき富豪っぽい男と車に乗ってたぜ」
デイズは憮然とし、コンロから振り返らなかった。木酌を回し、ミネストローネをかき混ぜ皿に盛った。
「俺、どうでもいいし」
本当は嫌だったのだが。自分の母親が他の男の物になっていることがデイズからしたら凄く嫌な事だった。ディアンは大して何も考えていない。
デイズは固いパンを噛み千切ってスープを流し込んだ。
「なあ。リサってどう思う」
ディアンがふいにそう言い、デイズは一度上目でディアンを見てから、またパンを千切った。
「別に。お前リサのこと気になんだろ」
「気になるけどさあ」
「へーえ」
デイズにはどうでもよかった。
彼は立ち上がり、髪がさらついた。
「お前ってさあ」
ディアンはデイズの背に言った。
「リサのこと狙ってるよな」
デイズはうんざりし、振り返った。
「冗談じゃねえよ」
それだけいい、歩いて行った。
庭に出るとデイズは機関銃を肩に担ぎ、ゴーグルを填めて煙草をくゆった。
的に向けて打ち鳴らすと、青空を見上げた。
風が吹く。
牛革の指だしグローブの手を翳した。
機関銃の先を地面に立て、目を綴じた。
手を掲げ、風の細かい流れが神経に行き着く。そして、ふと……、握った。
新緑の香り。
目を開き、目を青空に移した。
流れる風を流し見て、手の中を見る。
若葉が、握られている。
デイズは口端を上げ微笑んだ。
カミーラは車の中から愛する旦那、アジャシンを見つけ、目を伏せ気味にした。
アジャシンはレンガ壁にもたれかかり、正気を失っていた。
んもう、可愛いんだから。
カミーラはキッスをおくり、向き直った。
二流家庭の身分を持つ男は、カミーラが向き直った綺麗な横顔を横目で見て、ハンドルを回し右折した。
この前プレゼントしたドレスをダイナミックな肉体に身につけている彼女は、多少ゴージャス過ぎる香水の香りがした。彼女の有り余る魅力にはそれでもその香りがマッチしていた。
綺麗なハイヒールを履いていて、藤色で品がある。白のドレスに似合っていた。
カミーラは白紫と黒の組み合わせが好きな女だ。
今から隣街のお洒落な店でディナーだ。その後、高級ホテルで過ごす。
カミーラは品のある風で美しく座っているものを、本来の性格が性格のために、早々にだるかった。
この客は結構金をくれるし、綺麗なドレスもこれで三着目だ。装飾品もこの前買ってくれた。掴んでおく事にする。
車の中から見つけたのは、あの馬鹿息子達とつるんでる酒屋の息子、子犬少年ダイランだった。
何度か素敵な魅力のあるオリジンタイムスのマスタージョスを口説きに掛かるのだが、彼は全く自分の誘惑に掛かってこずに、軽くあしらって来る。しかも男らしい笑みで。
カミーラは、きっとマスタージョスは若い頃は相当の女慣れした色男だったと見ている。
そのバーにいるダイランはまるで子犬のようだった。
カミーラは目をそらしたが、ダイランの存在を正直いぶかしんでいる。何故なら、地主がよく彼に会いにくる事を知っているからだ。確かに、旦那の父である素敵なジェントル、ブラディスの元妻であった女地主だ。好んでスラムに住む元旦那の孫や息子がいるその場に来ても別に可笑しいわけではないが、彼女の目的は何を隠そう、あの子犬ちゃんに思えた。
ダイランというのは、可愛らしい少年で、緑の目が大きく、金髪が眩しく、太陽の様にオーラを放つ子供だ。まるでライオンの子供の様な。
一方、ダイランは車両の中にディアンの母、あのカミーラを見つけ、意外そうに見送っては歩いて行った。
リサはオリジンタイムスから出ると、足の付け根だけ隠すひらひらのスカートを撫で正した。
娼婦のマリッサの部屋に行く。
香水を吹きかけ、口紅を塗ると、リサは溜息を着いた。マニキュアを見下ろし、顔を上げる。
こうやっていろいろとやってお洒落しても、ダイランは全く、振り向かない。
「んもう!」
甘い曲がレコードからは流れていた。マリッサの自宅ハレムは壁がピンク色で、夢色だった。
でもリサの心の中はそうじゃない。
「メリー」
二十八歳のメリーは少女を振り返り、大人の香りの香水を置いた。
十三の頃から、今は取り壊された娼婦館で娼婦をしていたマリッサは、十年程前にそれが取り壊されると、職の場を失い、自らの根城を男達を迎えるハレムにする娼婦達と同様の行動をとり、生活金を稼いでいた。
リサはこのスラム地区に来てニ、三年。ガルド家の一員だ。ダイランの親父、ウィストマは優しく、陽気だった。ジョスおじいちゃんはとてもいい人だ。
リサは過ごし易い中で過ごしていた。
問題は、リサがダイランと同時にデイズの事も好きだという事だった。ダイランは可愛いし、デイズはクールだし、ディアンは優しくてリサに好意を寄せてくれていることは分かっていても、リサ自身はダイランとデイズに恋心を寄せている状態だった。
でも、デイズは自分の事を避けてくるし、ダイランは自分を妹としか見ていなくて、リサは淋しかった。ぜいたくな悩みだとわかっている。
デイズの胴によくしがみつきに行っても、デイズは頭を撫でてくれない。デイズはダイランの事好きなんだもん。
リサが一番大切で大好きなダイランのことを、デイズが狙っている。複雑な心境だった。
彼女はウェーブかかる金髪を指でもてあそぶと、ソファーに仰向けになった。
デイズにどうにかダイランをあきらめさせなくちゃ。
リサは起き上がり、そして鏡の前に来た。
くるんとした睫を確認する。
ひよこのような唇も。
柔らかい素材で、首から縛って腰まで絞られ、裾まで綺麗にヒダになるワンピースは薄桃色で、黒のタイツを彼女ははいていた。そして、金滑らか丸のついた黒のハイヒール。
腕、指に金。トップで結ばれた金髪ウェーブは長く、ふわついている。
耳に、白のファーピアスをつけた。
「出かけたいの?」
「うん」
リサは足の付け根だけ隠すスカートの裾を撫で、立ち上がった。
メリッサは雑誌をめくり、身を乗り出した。
「ねえ。リサ。あんた、十三になったら娼婦、やるき無い?」
「無いもの!」
リサはかんかんに怒り、メリッサはやれやれと首を振った。
彼女はピンク色のネイルを見つめてから、顔を上げた。
「ねえメリッサ。あたし、可愛い?」
「え? 可愛いわよ」
「デイズに嫌われてるの」
「………」
メリッサは一度マスカラを置くと、上体を起した。
ダンからは恋相手としては相手にもされない。それは言えなかった。
メリッサはデイズがリサを嫌って避けている事を聞いているから、目をくるんと回した。
「ディアンはやさしいじゃない」
「だって、ディアンは優しすぎるんだもん」
「分かるけど」
リサは薔薇のようなソファーに座ると、チョコレートのようなクッションを抱いた。
本命はダイランだ。
リサはクッションをぼふぼふとやった。
問題は、ダイランもデイズが好きだという事だった。リサは「あーあ」といい、頬を苺にもしたクッションの赤い四角にうずめた。
夜。
ダイランはディアンの部屋に行こうと思い、デスタント家へ向かっていた。
トタンの塀をくぐり、庭にある大木へ進む。
暗がりの庭には、戦車、戦闘機、的、機関銃の支柱、洗濯用の支柱、などがある。
大木の上に、ログハウスが建てられているのだが、それがデイズの部屋だった。そして、木の下に掘り下げて作られている洞穴が、ディアンの部屋だ。
彼は有刺鉄線が張り巡らされている柵の中に入り、洞穴へのドアをあけた。
梯子を降りていき、マッチを擦る。
「おいグリズリー? いるか?」
ダイランはディアンに呼びかけたが、どちらにしろ居なかった。
仕方なく、梯子を上がり、地上に出た。
デイズの部屋へ上がってみる。いるかもしれない。
梯子を上がっていき、木の上のベランダに上った。
「デイズ?」
ログハウスの中に呼びかける。
「あんだよ」
デイズは蝋燭の火で日本刀を手入れしていたのを振り返り、ダイランを見た。
「お前、渋!」
バンダナの目はやはり剣呑としている。
ダイランは膝をつき、四つん這いで歩いてきて黒の刃を見つめた。デイズは落ち着かなくなって来て、鞘に収めると立てかけ、ダイランを見た。
「何だ?」
「………」
ダイランは首を横に振り、うつむいてデイズが立ち上がったのを見上げた。
デイズはベッドに座り、紫と柄物のバンダナから覗く目でダイランを見た。
ダイランは窓から差す月光で頬が光っていた。彫りが実は変った顔つきをしている。ダイランが静かにしていると、よくそれが分かった。繊細な感じの鼻や、厚いが上品でもある唇。切り抜かれた様にガラスの様な目元。きめの細かい頬。完全にバランスが取れた左右の顔つきと、我が強く奔放そうな眉と、倦怠感があるいじけた瞼。ブロンドのくるんとした短い睫。よくよくずっと見つめてしまう顔だ。まあ、ギャンギャン怒鳴っている時は犬にしか見え無いのだが。大体、ダイランがふざけずに真顔や表情の無い時など無い。落ち着きが無いからだ。
デイズはじっと見つめてしまっていた。ダイランは視線のやり場に困り、服のボックスの中をあさり始めた。
デイズは好きにさせておき、ベッド上の雑誌をめくりはじめた。
リサはダイランを狙っている。
「お前、リサが俺と結婚したらどうする」
「………。え?」
ダイランはふと束のバンダナを掴んだまま顔を向けた。
「駄目!」
ダイランはまた向き直り、気に入ったバンダナをいくつかいつものウェストポーチの中に突っ込ん
ドガッ
ダイランはバンダナが舞ったのを転がった。足蹴りされ、バンダナを集めてデイズに投げつけた。
「俺は顔確認した野郎じゃなけりゃリサを任せねえからな! お前みたいにな、六年前始めて会った時からずっとバンダナ填めつづけて目元も顔半分もどんな顔してんのか分らねえやつには渡さねえ」
「俺の事嫌いか?」
デイズは驚きそう聴いていた。
「え? 嫌いじゃねえよ。顔見た事ねえけど」
デイズは口を閉ざし、ダイランは思い当たって驚いた。
「おま、お前、お前まさかリサの事……」
「別に」
「あんだと! リサはなあ! 可愛くてひよこみてえでか弱くてしかも俺様の大切な妹だぞ!」
デイズは不機嫌になり、ダイランの言葉を遮った。
「ああそうだよな。腹減った。何か喰おうぜ」
そうベッドから出口へ歩いていき、ダイランは立ち上がってデイズの細い腕を掴んだ。
デイズは心臓が飛び出しそうになり、動けなくなった。
「リサはやらねえからな!」
そう言ってデイズの細いケツを蹴散らし走って行き、デイズはブチ切れて追いかけた。ダイランは飛び跳ね逃げていき、梯子を駆け降りて行く途中でごろんと地面に転がった。
木の上のデイズが呆れたように首を振り、トランポリンに飛び乗ってジャンプした。
とっとと玄関側へ歩いて行く。ダイランは起き上がり走り、背をどつき走って行った。デイズはエントランスで頭をばしっとたたき走ってダイランはギャーギャー言って追いかけはじめ、いきなり銃弾が壁に模様を作った。
アジャシンが何かを怒鳴りながらぶっぱなしてくる。それをデイズは腹部にトスし、アジャシンは廊下に転がり寝息を立てた。
デイズは奥へ行き、突き当たりの台所へ来た。
テーブルの上には大して何も無い。棚には酒。鍋を開けると、スープがあった。角切り野菜が入っている。パンはあった。
デイズは溜息をつき、ダイランを振り返るとキスをした。
「………」
「酒飲もうぜ」
デイズはそうコップを出し、スープにパンを突っ込み火をつけた。
ダイランはうつむき、木椅子に座った。ダイランはデイズの背を上目で見つめた。
「あんた等、明日の朝の分のパンどうしてくれるつもりよ。え?」
ダイランは驚き振り返り、カミーラは黒のランジェリーに藤色シルクガウンを着て、髪を掻き乱しはいって来ては巻いた葉っぱの方向を変え、オーブンに火をつけてから、コンロ上のスープパンにドッドとチーズをぶっ掛け、デイズの肩をどつき退かしてデイズは舌を出し椅子に座った。ブラックペッパーもまぶし、大皿にどばっと空けた。オーブンで焼く。
スプーンを投げ渡し、ダイランは無言のデイズとカミーラの母子を見てから、スープを見下ろした。別に、カミーラとデイズが話を交わさないわけではない。わりと口を開けば何かを言い合っている。
カミーラはまるで綺麗な鳥にでもなったかのような恐い目で、ずっとダイランを見つづけていた。ダイランはスープグラタンを食べ、デイズは酒を流し込んでいた。
デイズは無言で台所を去っていくと、ダイランはうまいスープグラタンを抱えながら、スプーンを口にくわえ、片膝を立てるカミーラが煙を立てる姿を見ては、一気に走って行こうとした。
だが、立ち止まった。
「なあ」
「なにさ」
「俺も葉っぱちょうだい」
「駄目だ。あんた、ラリると猫化してうちの馬鹿息子惑わすんだ」
ダイランは頬を膨らめ、チーズを伸ばし食べながら歩いて行った。ドアのところで振り返った。
「スープうまい」
向き直り、歩いて行った。
カミーラはその背を見ては、しばらくして苦笑し首をやれやれ振った。
木の上に戻ると、デイズはスープを食べ始めた。親子二人のときはデイズはカミーラと会話をするのだが、他の人間がいると無口になる。二人のときも話さないときは無言なのだが。
「今日、珍しく夜出かけねんだなお前」
デイズは何度か頷いたが、ダイランを見た。
一人になりたかったが、ダイランが来たから共にいたかった。
「今度、ロタに行こうぜ」
「ロタ島?」
デイズは頷き、続けた。
「二人で行こう」
ダイランは目を輝かせて即返事をした。
「絶対行く」
デイズはダイランの笑顔を見て、スープを黙々と飲んだ。
ダイランはそういえば、誰か好きな女がいるのだろうか。ダイランを可愛いという年上の女は多い。年下や同年からはいつでもダイランはからかわれる対象だ。チビだし、煩いし、犬のようだから。
お前が好きだから俺と付き合えよ。
そう言おうとよく思う。
デイズは顔を上げ、ダイランがセスナの小さな模型を取り出したのを見た。ダイランはセスナに乗ることが好きだ。戦前、親父であるウィストマがパイロットだったからだ。
やんちゃな目が細かいところまで模型を見ていて、デイズはその手首を持って引き立たせた。ランタンに火を灯すと、ダイランはデイズを見て、模型の手を下げた。
ダイランは上目で茶色い鷲目をみていた。高い鼻だとか、薄い唇。山羊乳色の頬だとか、バンダナから覗くこげ茶色の髪。ダイランはその細く高い位置の胴にしがみついた。ダイランの頬が柔らかくて、蝋燭に揺れる金髪を見てはデイズは背中を抱きしめた。
可愛い。ずっと抱きしめていたい。ずっと。
初めてダイランを見た時からそうだった。可愛くて、ライオンの赤ちゃんのようで、騒がしくて、一気に気に入った。
ダイランは目を開け、デイズの覗く目を見た。焦げ茶のバンダナに金の装飾を巻いている。ダイランの熱っぽい目が熱く見つめてくる。デイズは息を飲み、強く抱きしめ金髪に熱い頬をつけた。
ダイランはデイズの胴をいきなりどつき、デイズは驚いて目を開いた。
「なんだよ……いきなり!」
ダイランは殴られると思ってとっさに腕でかばい、デイズは口をつぐんで表情を戻した。ダイランは腕の間からデイズを見て、背を向けそのままダイランを残し、部屋を出て行ってしまった。ダイランは肩の力を落とし、落ち込んでベッドに転がり、木々が風で揺れる音を聴いた。いつもデイズが聴いている音。
ダイランはランタンがゆらゆらと揺れる中を、そのまま勝手に眠り始めた。
デイズは木の上を見てから、ぼうっと葉と葉の間から暖色の明りが四角く灯っているのが見えた。玄関から入って行き、ダイランが好きな林檎を探したが、やはり無かった。
カミーラがキセルを手に一人掛けソファーの中に収まっていた。シェードランプがつくだけで、他は何もついていなかった。
デイズは歩き、三人掛けにどさっと座ると、バンダナを取って放り、タテガミ分を掻き乱した。
テーブル上の祖父の写真を手に取った。小気味よく微笑み、快活な性格をしていた。陽気だったし、一緒にいて楽しかった。
甘えることは好きじゃなかったが、懐いていた。
この部屋には、オルガンがある。そこまで行き、蓋を開くと適当に弾き始めた。カミーラはスモークをくゆり、くるんとデイズの細い背を見た。
肩に、うっすらと傷跡がある。チビ時代にデイズが腹をすかせて自分の所に来た時に、眠りを邪魔され、煩くて突き飛ばしたら流血沙汰にさせたものだった。六歳のデイズは血まみれで大泣きし、自分はまたソファーで眠りをむさぼった。確かディアンが泣き喚くデイズを引っ張って家出したんだった。
カミーラは立ち上がり、デイズの背後に来ると細い肩に手をおいた。自分の子供を抱きしめた事など無かった。
デイズは引き続けていたが、手に肩越しに見上げて来た。
「何」
「あんた、何かまた考えまくってんじゃないでしょうねえ」
スツールの開いた部分にケツをおき、片眉を上げデイズの目を見た。鍵盤に肘をかけ、そうするとデイズはいつでも怒って肘を手の甲で払ってくる。鍵盤に背をつけ、彼女は空間に煙を細く吐き出した。
「ブラディスの写真見てからオルガン弾くときはいつでもそう」
「別に」
デイズはつんと鍵盤を向き直り、カミーラは首を仰け反らせデイズを睨み、ホワイトブロンドの髪が揺れ鍵盤に暖色との陰を作った。
「ディアンみたいに何も考えない事もしな。あんた、その小さい頭で考えすぎるとクルクルパーのノーチクリンになっちまうよ」
「なんねーよ」
「あんたの親父も見てみな。今じゃあああだけど」
そう、あごをついとやった方向に、アジャシンがオットマンに腹を上にぐったりなっていて、腹を妻にチェス盤にされていた。
「昔はまともだった。時もあった気がする」
首をやれやれ振りながらカミーラがいい、デイズはアジャシンを諦めた冷めた目で呆れ見た。
デイズはカミーラの横顔を見て、目を前に向けた。
アジャシンは寝返ることも無くそのままの姿勢だった。
「ディアンのやつは何も考えなさ過ぎなんだよ。あいつは楽天家で能天気で楽観的で鈍感で奔放で熊みてえなだけだ」
「あいつはあたしの快楽主義とブラディスの快活さを受け継いでんのさ」
デイズは椅子から立ち上がるとソファーに移り、その違いは大きいと思った。自分は双子で、その弟で、神経質で嫉妬深くて考え症で何でも一番でなければ嫌だ。
「あんたの欠点はね、デイズ。自分の世界を他の人間に押し付けすぎる所だ。それじゃあ相当デキる人間じゃ無いと、みんな置いていって自分だけで突っ走ってる事になるんだよ。ディアンみたいに、少しは相手の気持ちを見てみな。あんたはものを感じるだけ感じて、それでも心は見ていないはずだよ」
見ることなど、必要あるというのだろうか? そんな物を気にしていたら、掴めない。逃すだけだ。手に出来ずに。
デイズは立ち上がり、それなら即刻行動に移すべきと思った。
カミーラが背後から細い腕を掴んだ。
デイズはピアノのスツールに腰掛けるカミーラを見た。
「あんたは言ったことを全て逆に捕らえる」
「……自分に従いたいだけだ」
手を解き、歩いて行った。
カミーラはやれやれと首を振り、ぽろんと長い爪で鍵盤を弾いた。
「ったくあいつは。可愛い顔して冷めた奴だよ。誰に似たんだか。ねえ? ア・ジャ・シ・ン」
カミーラはチェス駒を払い、アジャシンに色仕掛けに掛か始めた。
デイズはリビングから出ると、腰のバンダナを頭に巻き、牛革の紐を巻いてから、目元だけが覗いた。
庭に出ると、ランタンが揺れる木の上を見た。デイズは庭の中を振り返り、ダイランを見つけた。彼は戦車の上に座っていて、星を見上げていた。デイズの部屋テラスの望遠鏡を持ち出して、眺めている。
戦車とはいえ、中身はユニットバスや携帯蓄音機を持ち込んだバスになっている。
デイズはその横に来て、キャタピラに足をかけると、一気に天井に来た。ハッチに座るダイランは顔を向け、いちど胡座をうつむくと、また望遠鏡に目を当てた。
デイズはその前まで来て、映った。だが、キャップが閉められていた。
「………」
ダイランの横に来て、暗闇を見つづけている妙なダイランの頭を叩いて脳味噌を元に戻した。
「おい。キャップ填めて何やってんだよ」
ダイランは無言でうつむき、望遠鏡に掛ける手を下ろした。
横目でデイズの顔を見て、また戻す。ダイランの耳に嵌る金のピアスが、静かな月明かりに光っていた。
ダイランはいきなり飛び掛り、デイズは驚いて数多の星を背にするダイランを見上げた。その手がバンダナに伸びたから、デイズはダイランの腹を蹴り戦車から落とし、ダイランは顔を押さえ丸まってうずくまっていた。デイズは半身を起こし戦車の下を見下ろし、バンダナの頭を押さえてから溜息をついた。
「お前、野獣になってんじゃねえよ」
「バンダナくらい外せよ! 何だよお前リサのこと狙ってるって事じゃねえか! 顔も兄に見せずにリサもらおうなんてさせねえからな!」
ダイランは怒っていた。デイズが自分に優しくしてくれていたのはリサの兄貴だったからなのだということが分かったからだった。ダイランはデイズが大好きなのに、それを自分は勘違いしていたのだ。
「リサだって絶対お前のこと好きだし、リサはよくお前のこと見てるし」
「俺、リサに興味ねえんだけど」
「なんだよそれ!」
どちらにしろダイランが怒るからデイズは逆に嫌になってきて、ハッチを空けて戦車の中に篭城した。
「なんとか言えよ! 馬鹿! イーグル! 馬鹿!」
ダイランは筒の先から怒鳴ってガンガン蹴り散らし、デイズはうるさくて耳を塞ぎながら湯の無いユニットバスに嵌った。
絶対気付かないんだ。俺がダイランのことが好きで仕方が無い事を。
それを言うことが出来ない。
リサなんかどうでもいい。ディアンにでもやっちまえばいい。ダイランが自分にどうしたら振り向いて自分の物に出来るのかが問題だった。
ダイランはハッチを開け入って来て、デイズは上目でダイランを睨んだ。ユニットバスの横に座って背を付け、放られた雑誌を開き始めた。デイズは大振のピアスを弄びながら、ウッドネックレスを外し、ダイランの雑誌を持つ手首に掛けたい願望が渦巻いた。デイズはそれをサイドテーブルにおき、その横のお香に火を灯し、その火でもう一つのランタンに火を灯した。
ダイランは顔を上げ、デイズの顔を下から見てから、また雑誌をめくった。
「俺……」
ダイランがそう言い、デイズは細長い足をぶらつかせていたのを、ダイランの金髪を見た。デイズが好きだ。それが言えない。
いつからかなんて分からない。だた、横に座ってくれると嬉しくて、仕方が無かった。きっと、十歳頃からの気がする。それまでは、ずっと乱暴で小悪魔の様で凶暴で気違ってて恐くてやな奴で、ずっとディアンと一緒にいた。だが、何かとデイズが横に来てくれると、その十歳の頃から嬉しくて、安心した。
ディアンとはいつでも一緒に居易くて楽しくて暇しないし、気も合うし、笑う地点も同じで価値観も気性も性質もきっと同じだ。それとはまた違い、デイズには安心感があった。乱暴者だというのに、デイズが自分に向けてくる目や、いつも泣き喚くと抱きしめてくれる左腕が好きだった。他にもいろいろだ。
それが、リサの存在があったからだったなんて、思ってもみなかった。
さっき、結婚の話を聴いて、沈んだ。
デイズがリサを気に入っているんだと分かった今、自分が好きだといって何になるんだ。第一、リサの幸せを考えるなら、リサがデイズをどうやら好きらしいから、二人の仲を応援すべきが兄の役目だ。リサのものを取ったらいけない。リサが泣く。
床から立ち上がると、ダイランはデイズを見下ろした。
「俺、リサとおまえの事、応援するよ」
「リサに興味ねえんだけど」
「あんだとこの野郎!」
ダイランはカンカンに怒ってデイズの長い項を掴んでデイズはぎゃあぎゃあ叫んでダイランの脇腹に噛み付き、ダイランは叫んでまた顔をおおって地面に転がり泣いた。
肌に歯形がついて血が流れ、デイズは血の唇をなめた。ダイランは泣いていて、歯形のついた脇腹を痛がっていた。血が滴っている。
「ごめんな。平気か? ダル」
ダイランは嘘泣きを続けていた。デイズが腕に手を触れ、脇腹に唇を寄せ、そっとなめ、ダイランは目を開いた。
黒いバンダナを見て、長い項、白い背、細長く伸びる手腕、細い腰、皮のパンツ、擦り切れた裾から覗く細い足首、骨張った細い足、耳にはまる大振のピアス。
ダイランはデイズの目が開き、バンダナの下から上目で見て来たから、慌ててエメラルド色の目を反らしデイズにそっと握られる手が焦って汗ばんだ。茶色の瞳はランタンで艶かかり、薄い唇は血の色を含んで光った。
まるで自分さえも喉が潤ったかの様に、ダイランは息を飲み、だが動けずにいた。動く機能は頭の中には無かった。ただ、ここでずっとこうやっていたいから。
ランタンの暖色と、デイズと、闇と、何らかの空気感と。
デイズはバスタブの縁に手を掛けた。シルエットが炎のくすぶりと共に揺らめき、香炉から、煙が立ち昇る。ゆらゆらと流れて行く。
デイズはリサのものだ。自分が何かしたらいけない。
「大丈夫かよ」
デイズはそう言い、ダイランの腕を引き起した。
その反動でもう考えも吹っ飛んだダイランは、デイズの胴にしがみつき、デイズは壁にまた頭を打って、それ以上にしがみついてきたダイランに度肝を抜かされた。
「こうしてたい」
ダイランがそう言い、目を閉じている。
デイズの心臓の音は狂った様にドグドグなっていた。体も異常に熱かった。薄い肩さえ震えていた。ダイランは強く抱きつき、熱い首筋に頬と唇を寄せた。デイズは固唾を飲んで手が震え、完全に腰が抜けていた。
耳が異常な程赤い。ダイランはその耳を見つめてから、デイズの目を間近で見た。デイズは向こうを見ていて、ダイランはその視野にわざわざ収まりに行った。また反らされた。
「俺が嫌いなんだな。デイズ」
ダイランは立ち上がり、梯子を上がってあっと言う間にハッチの外に駆け降りて行ってしまった。
デイズは立ち上がりランタンが振動に揺れ、ハッチから庭を見渡した。
熱い耳を、夜風がさらっていく。耳に、おふくろが歌っている歌が聴こえる。二階は明りがついている。
変らずに、木の葉の間からはランタンが灯っていた。
デイズはダイランを逃して溜息をつき、戦車の中に戻ってランタンと香を消してから、床を見下ろした。
「糞!」
壁を叩くと耳にガンガン音が響いた。
何で言えないんだ。言ってしまえばいいだけなのに。何かがそれをはばむ。何で好きな人間に好きと言う事ができないんだ。そんなことができなくて、もどかしくて自分が情け無い。
結果を恐れているからなんだ。自分が思い描く事が果たされないかもしれないから。
でも、言わずにいることなど出来ない。どこかにダイランは、直ぐに飛んで行ってしまう。
ダイランは夜道を歩き、その横に娼婦のダイナミックなグラマラス女がキセルを手に並んだ。色っぽい艶声で低く言った。
「あんた、ダリーボーイ? 可愛い子が風邪をひいたら、ヤバいんだ」
「風邪なんかひいてねえもん」
「真赤よ顔。酔っ払い?」
「酒でものみてえよ」
「何酔いしたい? あたし酔い?」
そう項から髪を掻き上げ腰をくねらせ彼女は言い、ダイランは完璧な肉体の彼女を見上げてから、うつむいた。また歩き出す。
そう金髪をぽんぽん叩き、ダイランはうつむき、足を止めた。女は首を傾げたままダイランを見て、立ち止まった。
「あんた、誰かに惚れちゃったんだ」
「うん」
「可愛い子」
ダイランは顔を上げ、思い悩んだ風で憮然とした。女はその金髪を撫で、肩を腕で抱き歩かせた。
「相手はあんたのこと、好きなの?」
「ううん」
ダイランは首を振り、しょぼくれていた。
「こんなにキュートなあんたのこと、放っといてるんだ」
「ううん」
あえて名前は聞く事はせずに、彼女はダイランの肩を軽く叩いた。
「いらっしゃいよ。お腹すいてるんでしょう。さっきからあんた、グーグーお腹鳴ってるじゃない。それか、オリジンタイムスで何か作ってもらう?」
「うん」
「OK.分かったわダリーボーイ? 一緒に連れて行ってあげる」
「うん」
ダイランはうつむき、ぽろぽろ泣きながら歩き出し、女は立ち止まりしゃがんだ。
「ほら。顔をこれで拭いて。今帰ったら、泣いちゃうのね……」
ダイランは涙を拭って、デイズのことで頭がいっぱいだった。
「俺、どうしたらいいか分からねえんだ。リサのこと考えたら、俺何もできなくなる」
「リサのこと第一で、大切にしてるものね」
ダイランは頷きつづけ、鼻をビーンと
「………」
女はハンカチを受け取り、ダイランはうつむき歩き続けた。
「顔上げて。今に目と鼻と口が小さくなっちゃうわよ」
「ええ?! あんで?!」
「重力で(皮膚に)埋もれて行くの」
「やだ!」
ダイランは顔を上げ、星が満天で目に飛び込んだ。あんまりにも星が多すぎて、ダイランはぶわっと涙が出て来て、「うわーん!!」と声に出し泣き喚いた。
女は豊満な胸部にダイランを抱き、あやしてあげた。
2. リサ&デイズ
リサは昼時、サンドイッチを作っていた。今から、デイズと二人でどこかにデートに行って来いと、ダイランが言って来たからリサは落ち込んでいた。
デイズは嫌いじゃないし、気になるけど、ダイランのことは大好きだから、ダイランにそういわれた事が悲しかった。
オレンジジュースもバケットにいれ、それでもデイズとデートなんて、初めてだからリサは浮き足立った。
けど、デイズは乱暴者で凶暴で薬好きで酒も浴びるほど飲むし、強盗とか、強請とか、恐喝とか、麻薬とか、そんな事をする悪い奴だ。
それに、リサには冷たい。
彼女はバケットを持って、いつもよりお洒落をしてからバーオリジンタイムスを出た。
デスタント邸へ歩いて行く。
ダイランはいいのかな。デイズと自分がデートに行くのに。気になんないのかな。リサは自分の影を見ながら歩いては、きゃっと叫んだ。
「あ、ごめんリサ大丈夫か?!」
ディアンがリサを見回し、リサは微笑んだ。
「うん。平気」
「良かった~! あれ、どこに行くんだ?」
「デートよ」
「………」
ディアンは笑顔が固まり、大きく瞬きし、リサの笑顔を見ていた。
「だ、誰と」
「秘密!」
リサはそう言い、慌てて走って行った。ディアンは瞬きし続け、その場に固まっていた。
デスタント邸についた彼女は、トタンの塀を見ては、くぐった。
びくっとし、二階部分を見上げた。カミーラがリサを伏せ気味の瞼で見下ろしているからだ。倦怠感の中に座り、青空にはカミーラの水色の瞳が映えた。
「こ、こんにちは……」
リサは小さく笑い、そのままバスケットを抱え込んで走って行った。カミーラはその金髪ウェーブの揺れる小さな背を見送り、片眉を上げた。この世の中も珍しい事もあるものだ。まさかあのダイランの妹が好んでここに来るなんて。
きっとダイランにまた説教しに駆けつけてきたのだろうけど。
リサは庭を見回し、姿鏡が無いかと探した。
「そうだ!」
リサはデスタント邸へ入って行った。階段を上がっていき、さっきカミーラがいただろう部屋のドアを叩いた。
「おばさんおばさん」
ドアが開き、カミーラがリサを見下ろしどついた。
「おばさんじゃないよ。姐さんとよびな」
リサは肩を竦めてからドアを潜り、姿鏡があった。
「あんたら兄妹はあたしの息子達をたぶらかすのが好きだねえ」
リサは黒樹脂ドレッサーのスツールに座り、おどけた。
「たぶらかしじゃないわ。カミーラさんの思い過ごしよ。リサ、デイズは狙ってるけどディアンは狙ってないもん」
「将来手玉に取る性格じゃなけりゃいいけど」
現にディアンは「リサは可愛い」と連発しながら夕食を終える日もあるのだから。今日のリサは、黒のホルダーネックに、大振でピンクの薔薇をつけていて、足の付け根だけ隠す銀のスカートをはき、赤の網タイツ。赤ボンボンのイヤリング、髪を上部だけシニョンにして、他は卸していた。黒アゲハの飾りをシニョンにつけている。
「今日はおデートかい」
カミーラはベッドに座り、足を組み放った。
「うん。デイズと」
「へー」
そのデイズはダイランのことが好きで仕方ないみたいだけどね。それは言わなかった。あの子はガキ時代からそうだ。何であの子がダイラン相手に夢中になってるのかはよく理由は分かる。まるであのダイランが光のようだからだ。きっと、どんなになってもダイラン自身が失う事の無い光だろう。ダイランには不思議とオーラというか、覇気というか、気迫がある。ぼんやりしていても、小さな太陽のようだ。
デイズはそういう物に惹かれる何かがあった。兄より頂点に立ちたい事とか、デイズ自身がひくピアノや天を差すパイプオルガンなども、頂上だとか、太陽、光、熱帯、そういう何かしらの王者を勝ち取るものがデイズの気質と合うのだろう。
ダイランの場合は、まるで眩しい太陽のような雰囲気で、やんちゃで、煩くて、可愛い。欲しい。手に入れたい。第一印象はそれだったのだろう。
リサを見ると、彼女は薄桃色のルージュを唇に引いているところだった。ドレッサーの棚の中からいろいろなチークを見ていて、ピンクを乗せると、ローズ色のグロスを唇に乗せた。
香水のポンプを一つ一つ確認して、蜂蜜でスパイシーなものを拭きかけようとして、やはりやめていた。パール入りで薔薇の香りがするボディークリームを腕やデコルテに塗っている。
「リサ」
「なあに?」
彼女は振り返り、赤のボンボンがゆれた。
「デイズに近づくのはやめな。ディアンがいるだろう」
「なんで? いいじゃない。デイズってクールでかっこいいんだもん」
「男は優しさが一番さ。あんたみたいなお嬢ちゃんにはね」
「デイズはいろいろなこと先頭切ってやってくれるわ」
「そういう力があって、見合う女と、吊り合わない乙女もいるってことよ」
「カミーラさんは反対なの?」
「デイズは凶暴だ。あたしがいっちゃ何だが、何するか分からない子だよ」
「カミーラさんらしくない」
リサは鏡を向き直り、ビューラーで睫をもっと上げてから、おいた。
「ダイランがなんて言うか」
「ダンは応援してくれたもの……」
そううつむき、いつもダイランはリサに綺麗な洋服を買ってくれる。アクセサリーだとか、靴や、飾りだとか、リサが買えないものも、マスターからもらうお小遣いをためて、買ってくれた。いつか、ミルクの香りがする香水も買ってきてやると言ってくれた。
ダイランのためにいつも可愛くキメてるリサは、今日はデイズのために自分がお洒落をしていることに、カミーラの横に来てベッドに上がって座り、藤色に黒レースクッションを背にした。
「リサ、悩んでるの」
「何を?」
黒のクッションを抱え込み、リサは溜息をついた。
自分がダイランの親父であるウィストマに連れられてこの場所に来て、三年弱。ロサンゼルスで麻薬にまみれた本当の親の下にいた時より、貧しい暮らしだけど、幸せだった。ジョスおじいちゃんがいて、ウィストマがいて、優しいダイランがいて、楽しかった。でも、ダンは麻薬をやるし、お酒にも酔うし、煙草もやるし、大人に着いていって強盗もやるし、喧嘩をすると銃を撃つし、薬でラリると広場できゃっきゃはしゃぎながら乱射する。
ダン達と一緒に、他の所に行きたかった。ウィストマは工場で契約修理屋だってしてるし、ジョスおじいちゃんももう少し他のところでお店を出せばいいんだし。
「家出しちゃおっかな」
「行く当てあっても、ジョスが狂うほど心配するからやめな」
「カミーラさん、まともなときって安全な考えの人なんだね」
リサはおでこを叩かれ、舌を出しておでこを撫でた。
「あたし、仕度も整ったから行くわ。おじゃましました。ありがとう」
カミーラは一度手を上げ、リサが走って行く背を見ていた。
リサは振り返り微笑んで、手を振り出て行った。
木の上の部屋で、デイズは床に寝ころがっていた。膝に足首を乗せ、草を加えては、ぼうっとしている。頭にはリサとのデート話はあまり記憶に無かった。
ダイランは適当なことを話していた。デイズはたまに受け答えていて、目を閉じていた。
ダイランは上目になってデイズを見て、話を聞いてい無いからそこまで来た。
「なあ。ロタ島の話、しようぜ」
デイズは目を開き、黒紫のバンダナに巻いたシルバーがジャランと音を立てた。
起き上がり、耳の重いピアスが揺れ、まるで豹の様にダイランの上に四つん這いになり鋭い目がダイランを剣呑と見下ろした。
「い、いやならいいよ……」
「お前、泳げるのかよ。ロタホールにいくんだろ」
「泳げねえよ」
「俺が手をずっと離さないでいてやる」
真っ赤なダイランがうつむいていて、シルバーの揺れる横のデイズの顔が鋭くて、ダイランは言い知れずに何か責められている気になってきて上目になった。俺は何も悪い事してないよな? とダイランは思いながらも、何を考えているのか分からないデイズの様子を窺った。
止められた事で、デイズはダイランが自分のことがやはり嫌いなのだろうと思った。リサとデートだって? 何でリサとなんだ。
「ロタホール、楽しみにしてる」
デイズはそれだけを言うと、ダイランから離れてベッドに座った。ダイランは小さく頷き、デイズと二人きりになれることが嬉しかった。
ダイランはリサが来る前に、早めに帰ることにした。邪魔をしたらいけないしな。
立ち上がり、デイズを見た。
「俺、帰るからな」
「おいちょっと待てよダル」
デイズは立ち上がり間口のところまで来て、腕を引いてダイランを見下ろした。ダイランは見上げた。
優しく頬を掴み、デイズは間近のダイランの熱っぽいエメラルドを見つめた。
「俺……」
デイズは物音に顔を向け、口を閉ざしてリサを見た。
リサは瞬きを続けていて、綺麗な香りがした。
「……ダン」
リサはそう言い、走って行ってしまった。ダイランは驚き走って行った。
デイズは追いかけ、ダイランよりも早くリサの手首を掴んだ。リサは恐くてぎゅっと目を綴じた。
「ごめんリサ」
そうデイズが言った瞬間、ひとつの恋が終ったんだと、リサは思った。
「あたしのダンよ! 馬鹿!」
デイズをどつき、リサはダイランの手首を引っ張ってポーチを走って行った。梯子をダイランをひっぱり降りていき、リサはダイランを連れて行ってしまった。デイズは茫然とし、それを見送るしか出来なかったが、一瞬後を置いてからポーチから地面に飛び降り、走って行った。
リサは角に来てダイランの手首を離した。
「ダン、デイズのこと好きなの?」
「………」
ダイランは何も言えなくなって目をきょろきょろさせた。
リサはうつむき、落ち込んで歩いて行った。
「リサ!」
ダイランは追いかけ、リサの手を握って振り向かせた。
「好きだけど、でもお前のことだって大事だ」
「リサは反対!」
ダイランはショックを受け、そんな事言われたことが初めてだった。
「絶対リサは反対なんだから!」
ダイランは動けなくなってリサの背を見つづけた。
デイズは二人を探していて、リサの背を見つけた。
薔薇の香りがする。
日に焼けた肌の腕がきらきらと光っていた。
「リサ」
リサは振り返り、珍しくメイクもしている。
「俺のためにやったのかよ」
「そうよ。デイズとデートしろってダンが言うから、朝からこうやってサンドイッチとジュースだって」
「その黒とピンクでオレンジなんか似合わねえよ色的に。俺が飲んでやる。悪かったなデートの日に」
リサは腰に手を当て、デイズを睨み見上げてから首をかしげた。
「いくらダンが可愛いからって、リサの大事にしてるダンなんだから! また悪い子になっちゃうわ!」
よくリサは年上目線でものを言って来る事が口癖のような物だ。酷くなると、語尾ばかり強く言って何を言ってるのかよくわからない。そういう、リサのよくわからない部分がデイズからしたら怪しいところだった。
「じゃあ、デートしてくれたら今日のこと見逃してあげる」
ぴかりと光った目でリサがいい、デイズは今日のリサはいつにも増して可愛いことだし、頷いた。もともとリサは確かにかわいらしい顔をしている。巨大な目は緑で、長い金髪はふわふわで、コンパクトなつくりをしていて総合的にもかわいい。口煩いのが余計だった。
「どこに行く気だお前。ピクニック気分かよ。広場でサンドイッチなんて冗談じゃねえ」
「どこでもいいけど、リサ、サーカステントに行ってサーカスみたいな」
「一人で行け」
「いいじゃない!」
リサはそう言って歩いていき、デイズはうんざりした。
バートスクでバスにのり、これから駅まで進み、電車に揺られて隣街へ行くのだ。そこからまたバスにのり、サーカステントのある公園広場につく。
デイズは面倒くさくなって来ていた。
「隣街についたら公園広場でサンドイッチ食べて、それでカート売りのソフトクリーム食べよう。チョコチップがたくさん降りかかったストロベリーのやつがいいな。それで、サーカス見たら、道化師と一緒に写真とって、それでラーティカでネックレスも見たいな。デイズ買ってよ」
デイズはバスの中でシートに転がり眠っていた。リサは頬を丸くし、前に向き直った。
リサはぷんぷん怒ってバンダナを奪ってやった。
「………。可愛い」
リサは瞬きしてバンダナを取った眠るデイズを見て、今まで恐いイメージしかなかったから意外すぎてじーっと眺めていた。別に、決して女の子顔だというんじゃ無い。男の子顔だが、不思議と可愛い。
そうか。自分がディアン寄りの鋭い目つきじゃ無いから気にしてたんだ。確かに、あのデイズの性格で可愛いっぽいような顔が浮かばない。バンダナ顔が板に付きすぎて、目元が剣呑としている。
でも、この顔もわりと好きだな……。リサは目を開かせるためにデイズの頬を叩いた。
「いってーな、」
こっわい目をして起き上がり見下ろしてきて、リサは口を引きつらせて、やっぱり恐い、と思った。まるで、イヌワシのような目で、殺気立って恐かった。適度で形が良い鉤鼻でふんと言い、デイズは横を向いて頭をさすった。
「………」
デイズははっとしてリサを振り返り、その顔が予想以上に猛禽類の赤ちゃん顔で可愛かったからけらけら笑った。
「んのガキ! バンダナ返せ!」
ドラ声でリサの手の中のバンダナを奪い取り、デイズはまた頭に巻いた。
「可愛い~! デイズ!」
「うるせえ、」
デイズはグサグサ傷ついてリサから座席を相当離れて座った。
リサはその背中を見て、怒らせてしまったらしかったからその席に自分も移った。
「ねえデイズ」
デイズは答えることなく、リサは前を向いた。
電車の中でも、隣街のバスの中でもデイズはずっと憮然としていた。リサは自分の格好を見下ろし、デイズの薄い腹に頬を付けて抱きついた。いつもリサがやることだ。
「何」
「今日のリサ、可愛くない? せっかくお洒落したのに、見てくれないじゃない。ダンはいつもリサのこと誉めてくれるのに」
「可愛いけど」
「けど何? ダンじゃ無いから嫌?」
「別に」
リサが泣き始める前に、デイズはリサの手首を引っ張って連れて行った。
「イチゴアイスでも食ってろよ」
それを受け取り、リサはにこにこ笑ってそのチョコレートチップがかかったソフトクリームを食べ始めた。この街のソフトクリームは甘い。
サンドイッチをリサは取り出し、デイズにひとつ先に渡して、ジュースを出した。
「ひとつしかねえじゃねえか」
「だって、パンが無かったんだもん。わけっこしよう」
パンの中身はイナゴだった。
「………」
デイズは腹が鳴ったリサに全部やり、リサはイナゴが食べれないからデイズに渡した。
「ありがとうな」
リサは微笑みうなずいて、ジュースを飲んだ。
リサは歌い始めていて、可愛いソプラノで歌っていた。デイズは間延びし、眠りそうな目を泳がせた。肉になる犬やペットが主人とともに転がっていた。
デイズはパンツポケットの金をさぐり、歩いていった。何もいまから主人に交渉して犬を広場でさばくために買い取るわけじゃない。
ドーナッツ屋しかなかったから、それを買ってリサに渡した。
「ありがとう」
「いいから食え」
「うん」
リサはドーナッツを食べ、小鳥が公園広場にはとまっていた。
一陣の風が吹き、デイズは目を木々から離れて行く葉に向けた。
デイズは目を閉じて風の流れを読み取る。
肌に触れる風、耳に聞こえる音。体の揺らぎ、そっと風に沿って手を掲げ、風の香り、声を聴く。ふと手を握った。
「………」
目を開き、手を開くと、綺麗な色の葉が納まっていた。小さく、若い色の葉だ。
デイズは微笑み、その葉を掴んでからリサが肩に後ろから手をおいた。
「うおお、」
「何よ驚かなくてもいいじゃない!」
デイズはリサが手首を引っ張るのを歩いて行った。
遠くの優雅で絢爛なサーカステントの方では、入り口で客寄せピエロや道化師達が演術を繰り広げている。
彼らは歩いていき、戯曲の流れるエキゾチックな雰囲気とヨーロピアンな中を歩いていき、ミステリアスな美しい道化師たちが彼らに微笑んだ。
サーカステントのエントランスビロード幕が開かれ、すでにリサの頭には道化師の女が微笑みつけたきれいなカチューシャ銀のボンボンがゆれていた。
デイズはリサに渡された風船を渡し、彼女は大喜びでデイズの腕に腕を回し風船を揺らし歩いていった。薔薇の香りが近くなり、進んでいく。
ボリュームのあるクッションの利いたビロード一人掛けがずらっと円形に並ぶギャラリーに入っていく。黒の太い柱が五本建ち、円形のステージがランタンと、天井の巨大で荘厳なシャンデリアに照らされている。
妖艶な道化師たちが、午後一時からの開演までを軽い芸を華麗に魅せていた。
リサはわくわくして目を輝かせている。デイズの手を取って、道化師に手をゆったりと振られたのを喜んで振り返した。
デイズは買ったチョコレートコーティングのポップコーンをリサに持たせ、彼女はそれを食べながら話し出した。
「あたし、サーカスって好きなの。パパとママはいつでもリサのことそういうのに連れてってくれなくて、そっとテレビでやっているものを隠れて見てたわ。ちっちゃなわんちゃんとか、コーンをつけて回るのよ。それに、大きなキリンの背に乗ったお猿さんとかがジャグリング。家の横の開けた場所にね、一度そのテレビで見た移動サーカス団が来たの。あたし、すっごく興奮して内緒で観に行ったわ。お金が無くて入れなかったから、ずっとテントの近くで客寄せのピエロを見ていたの。そうしたら、最後の日になってピエロがね、あたしを抱き上げてくれて、内緒だよって言ってサーカステントの裏口から中に入らせてくれたのよ! ステージ裏からわんちゃんとか、お猿さんとか、大きなキリンだとか、綺麗なおねえさん達や力持ちのお兄さんたちがギャラリーの皆に笑顔で演技を見せていて、パワフルな曲が鳴っていて、金の花吹雪が舞ってて……夢のようだった。あの時だけは、何もいやなこと忘れていたの……」
きらきらと光る目でステージを見ていたリサは、はっとして口を止め、デイズを恐る恐る見た。
「………」
デイズは頬杖を着いてステージを見ていた。
リサが何者なのかも、本当にダイランと血が繋がっているのかも知らないが、デイズは一度リサを横目で見てから、背をシートに沈めた。
「ダンのママの再婚相手のパパって、ウィストマとは全然性格違ったから」
慌ててリサがそう言い、押し黙ってうつむいた。
デイズはくるんとなったリサの睫を見て、頬にキスをしてからまた戻った。
まさか、金髪で緑の目をしているからダイランと似て思えて、異父兄弟だと紹介されて信じ込んでいたのが、実は全くの赤の他人だというわけでもあるまいし、リサの気まずそうな横顔が思いつめて思えた。だが、今は正直、リサ自身が個人的にサーカスの想い出話で沈んでいるために男としては、慰めてあげたくはあった。
「嫌な事なんかわすれちまえ」
「うん」
リサはうつむきそう言い、ステージをまた見た。
三年弱前にリサはこの街にウィストマに連れられやって来た。ダイランと親父のウィストマを捨てて他の男と去った女が、他の地でリサを産み、そしてまたリサを育てられない状況になったらしく、孤児院に引き取られる前に、ウィストマが連れて来たという事だ。
ダイランはリサを妹として可愛がっている。自分にまさか妹がいたなんて思ってもいなかったし、そのリサが本当にまじめでいい子で、自分達を捨てた母親を憎んでいたダイランからしたら、再び孤児院に入れられそうになったリサを有り余るくらいに可愛がってあげたかった。
リサはダイランに、母親は病気がちで、入退院を繰り返していて、その内に本格的な入院をする事になり、父親もリサを育てる事をせずに直ぐに孤児院に入れようとしたために、母親と離れざるを得なかったのだと言った。母親は本当に優しかったし、体が弱いなりにリサをいつも気遣ってくれた大好きな母親だったのだと言った。
そう言ったリサの心の中は、泣いていた。
初めて会った少年が自己の母を憎いと言っていて、そんな感情をその子にこれから一生思わせつづけたくなど無かったからだ。ウィストマが目の前に現れた事で自分は恐怖を消すことが出来たからだった。その恩返しだった。
それでも、ここに来てリサは巨大な本物の愛情を温かさを持ってもらい続けて来た。嘘をついた心の傷が癒えるほどに、忘れるほどに大きな愛情を三人の家族から今はもらっているのだから。
リサはデイズの腕に頭をつけ、ステージを見た。
幻想的な世界が、広がっている。夢現で、まるでメリーゴーランドに迷い込んだかのようだ。どちらに行けばいいか、どこを見て進むのか、どこから曲を流し、どこに起動ストップの装置があるのか……道化師達がそれに乗っているかのような幻覚。
リサはデイズの腕にしがみついて、深く青い光が充ちた中、目を綴じた。そのまま、眠りたかった。
「リサ。おいリサ」
リサは目を開き、辺りを見回した。
仮面を付けた道化師がデイズの横にいて、リサは驚き彼等を見上げると、デイズを見た。
眠ってたみたいだ。リサはデイズにフルーツの飾られたソーダを渡され、それを飲んだ。
道化師は彼女の頭を優しく撫で、仮面の中でウインクし歩いて行った。リサはぼんやりと手を振り、デイズが立ち上がった。
「出るぞ」
「うん」
リサは歩いていき、ふと不安になってステージを振り返った。
道化師やピエロ達がリサに手を大きく、というか大げさに振って、リサは笑って手を振り走って行った。
「ねえデイズ。お腹すいちゃった。売店でフランクフルト買おうよ」
「ほらよ」
「いいよ。自分で出せるもの。あたしだってちゃんとお小遣いあるんだから」
そう言って走って行き、フランクフルトを買った。
デイズにはフライドポテトとフライドチキンを渡し、リサの財布は空っぽになった。
リサは歩いていき、フランクフルトを食べながらソーダを飲んだ。
腰には風船がついて頭上で揺れていて、その頭には銀のボンボンカチューシャが揺れていた。
風が吹き揺られ、紫色のヘリウムセロファン風船が揺れる。リサは空を見上げ、雲が流れて行く速さを見つめた。
緑の葉が青空に混ざって吹かれて行く。
「ダンのこと、デイズは好きなんだね……」
やっとで掴んだ幸せの家族は、どんなにリサがダイランを好きでも、進む事は無い事だ。わかってる。本当は血が繋がって無いし、本当はリサは十歳じゃなくて今十三歳で、ジュニアハイスクールで二年生に通う年齢だけど、全てをいつわってここにウィストマと共に来た。元々、発育不良だから、背が小さいけれど……。
後から現れたのは自分だ。分かっている。
リサはデイズを見上げてから、微笑んだ。
「リサ、ダンのこと好きなの。分かってるよね」
デイズは頷き、リサはスカートのパンツポケットに入ったハートピンクのカードケースを出し、デイズにみせた。
リサの顔を見て、写真を見下ろした。
ジョス、ウィストマ、ダイラン、リサが写ったオリジンタイムス前での写真だ。
「絶対に崩さない。宣戦布告したっていい。デイズが本当はどんなに凄いところの良家の貴族かは知らないし、どこの貴公子だろうが、大富豪のところの人間だろうが、ダンは渡さないわ。連れて行かせないし、どんな形でも、養子縁組だろうが、絶対にリサの元から連れて行かせないから」
デイズは顔を反らし、颯爽と歩いて行った。
「絶対になんだから!!」
リサはそう大きな声で言い、デイズを追いかけた。
「デイズ。あたしと結婚して。そうすればダンのこと諦めるでしょ?」
「俺はお前のこと別に好きじゃねえよ。好きじゃねえ奴となんで結婚しなけりゃならねえんだ」
「あたしは好きだもん! デイズのこと!」
デイズは怪訝な顔をして振り返り、リサを見た。
ピンクに頬が染まり、デイズはそのまま向き直り歩いて行った。リサは追いかけ、にこにこして腕に手を回しルンルン言って歩いて行った。可愛いリサに好きだと大声で叫ばれるのは別に嫌な気はしない。
「ねえデイズあたしと結婚して! いいでしょ?」
それは話が全く別だ。
「デイズってあたしには冷たいよね」
3. RED SNAKE
ダイランはキースの部屋でナイフで彫り物をしていた。セスナを彫っているのだ。
「なあ。お前って新しいピアス開けねえのかよ」
キースはダイランのパイロット帽の頭にナイフを投げさした。
「っぶねーなこのサドが!」
ダイランはがなり、パイロット帽を外しバンダナの頭をさすってナイフを抜き取るとキースに投げつけた。キースは刃を挟み受け止め、背後の壁に投げつけた。
ダイランは舌を打って向き直りまた自分のナイフを操り始めた。
「ったく、このドラ猫がデイズの前じゃあ子猫の皮被りやがって、今にあいつの前で皮剥いでやりてえもんだなあ。薄皮剥げば血まみれだぜお前」
「るっせーよ」
ダイランは睨み、ピアスの嵌る厚い唇を歪め言ってからピアスがはまる舌をべーっと出した。
「この野郎はデイズに惚れてやがるからなあ」
ハーネスがそう言い、バーボンを流し込んだ。
「おいあいつに攻めてみろよ。どうせお前可愛がられてるんだぜ」
ダイランは口をつぐんで耳を真赤にし、金髪で耳を隠してセスナの彫刻を彫り進めた。
「よーうデイズ」
キースは悪ふざけはやめておき、コンクリート壁にごつんとチェーン着き首輪を投げつけ、牛皮の一人掛けにまた収まり煙草の方向を変えた。
デイズは剣呑とキースを睨み、ダイランの横に座ってからダイランは猫を被って可愛い子ぶった顔になった。デイズの前にいるときの顔だ。
キースとハーネスは目玉を回し、首を振った。
ダイランが猫を被ると、本気でそう見える。キースはダイランを見てから、今にぜってえ叫ばせてやると思いながらも、拳銃を回し収めた。
「なあデートどうだったデート」
キースとハーネスはその言葉に上目でダイランを見て、デイズは答えずに放置されたイベント雑誌を捲った。
デイズの頭を見て、キースはダイランに首をしゃくった。ダイランは口であーだーこーだー言い、キースはまた首をしゃくった。ダイランは顔を反らし、キースの指示を無視した。
キースは意地悪したくなり、口端を微笑ませてから立ち上がった。
デイズの横にしゃがみ、耳打ちした。ダイランはキースを恐い目で睨みつけ、デイズは口をつぐんでキースの顔を見た。
「あんだよこの垂れ目! 何デイズに吹き込んでんだよ!」
「おい俺は目は垂れちゃいねえぞ」
「雰囲気的に垂れてんだよ」
「のガキが」
キースはダイランの頭を蹴りつけ戻って行き、ダイランは蛇の様な顔をしてキースを威嚇した。デイズに向き直り、ぶーぶーとキースの文句を言った。
デイズは胡座をかいたままセスナを見ていて、ダイランを一度横目で見た。猫被ってるも何も、このダイランしか知らない。護ってやりたくなるダイランだ。
猫かぶりだろうが何でも構わない。
ダイランはノックされたドアを見た。
黒ペンキ塗りのドアが開き、ウィストマが顔を覗かせた。
「あ! 親父!」
ダイランは立ち上がり、セスナを持ってウィストマに見せた。
「ようダイラン。やっぱここに来てたか。何だすっげーじゃねえか。お前また彫ったのか?」
「すっげーだろ!」
「どんどん精巧になってくな」
ウィストマはダイランのパイロット帽の頭をガシがシ撫でた。
「店忙しいのか?」
「ああ。悪いな。手伝って欲しいんだ。お前等も悪いな。こいつを連れてく」
「ああ。かまわねえよ」
キースはそう言い、ダイランはにこにこ笑って出て行った。あいつは二重人格なんじゃねえかと思われるほど、ころりと性格が変る。
デイズは一度横目で閉ざされたドアを見て、寝ころがった。
「入墨でも彫るか」
ごろんと横になると頬杖をつき、そう言ってからハーネスとキースを見た。
「どういう図柄彫るつもりだ?」
「まだ決めてねえよ」
「どこに」
「腰」
「はん。エロいな」
「あんだよハーネス」
「何でもねーよ」
蛇の様に分かれる舌を出しハーネスは威嚇し、ソファーの背もたれに腕を広げた。がたいのいいハーネスは背に鉤爪を引っ掛け天井から吊るされるパフォーマンスをよくやるボディーピアスマンで、いたるところがピアスだらけだ。眉も無く、ピアスでそれは形成されていた。
このデイズは痩身でひょろっとして思え、ところがとんだ悪魔野郎だ。ハーネスでさえもこのデイズには敵わなかった。実質的にはキースよりもサディストで、ダイランと女にだけは優しい。
「そうだ」
デイズが狂気とした目を覗かせると、悦として何かを思いついたのか、立ち上がった。
キースは上目でデイズの小さな頭を見て、何かをするつもりだろう。
「そういえば、レッドスネークのヘディアカってさあ、最近昇格したらしいじゃねえか」
「ああ。気にくわねえ野郎だ」
ナイフを回し、マッチを擦って煙草に火をつけると吹き消し、その炭を指で潰して黒いそれを首をかしげ見た。
「奴に記念に彫ってやろうぜ」
そう悦として微笑し、ハーネスは頷いてから、キースも共に部屋を出た。
ヘディアカはレッドスネークの次期頭だと言われていた。
レッドスネークというのは、黒旗に赤蛇がダイヤ型にうねり頭上左右に赤星のロゴを持っている。
格闘リング、入墨、闇取引、ボディーピアス施術、パフォーマンスイベント、麻薬、娼婦斡旋、臓器・人肉売買、世界各国アングラのコアイベント参加・主催、奇人・狂人卸し、小人や奇形を集めている快楽や娯楽主義の黒い一団だ。
レッドスネークの本拠地につくと、奴等は唾を吐き捨て鉄パイプで地面を叩き、鎖を回しスラブ建てに叩きつけた。
黒の髪と黒の唇に、黒ビキニと皮パンのロングやショートやボブの女達は長い睫の目で彼等を見て、キセルをくゆってゆったり伏せ気味の目で空間を見た。
黒の皮パンに上半身裸で黒のバンダナを着けた眉なし男達スキンヘッドが剣呑とした目で口元を歪めた。
「何の用だ」
二十二から三十二までと年齢制限されているレッドスネークは、頭に二十八の男を置き、地下クラブホールを根城にしていた。
元々、ダイランはレッドスネークの人間に可愛がられてきた。666やFiveもレッドスネークの人間で、今は取り壊された娼婦館も彼等が裏で牛耳ってきた。元はハーネスもレッドスネークの人間だった。地下リングのデスマッチ上でも、連勝をしてた。
六年前に娼婦館が街の人間に撤去させられると、彼等は教会を根城にし始めたが、戦時前後に新しく移民してきた異国人達が再び増え始めると、対立が起こり始めた。その事でレッドスネークたちは活動を変え始めていた。
教会はその新しい顔の人間達が占領しはじめ、レッドスネークは地下に身を潜め始めていた。そのニューフェイスがデイズ達でもあった。
広場は薬中ティーンエイジャー達の溜まり場のまま変らない。
脱退は別に自由で拘束もしないが、実質的には裏切り者とでも適当に名がつくハーネスを殺気立った目で見ては、頭がデイズを見た。頭は髪があり、黒髪はウェーブ掛かって目元が見え無いが、たまに覗くと白のコンタクトを填め、中央の小さな黒の点が居抜くように人を見た。
「どうした坊主。また俺らの所の人間暇つぶしにバラしにでも来たのか。どいつだって差し出そうじゃねえか。いい物見せろよ」
女達はしなって微笑み頭の顎を撫で、彼は微笑み女達の頬を撫でてから横目でデイズを見た。
「最近、血に餓えてた所だ」
鎖がぶらさがり、揺れている。
「ダイランの奴は連れてねえのか? いつだって返しに来いよ。あいつは俺らの気に入りだ。お前が独占してるからころっと遊びに行ってたまにしか帰ってきやしねえ」
「おいデイズ。そろそろお前もレッドスネークに加われよ」
「二十二からだ」
頭がそうFiveに言い、デイズは鉄格子に背をつけ、ナイフを回していた。
「ダイランはよくここに帰るのか」
「決まってるじゃねえか。ダイランの奴はスネークの一員だぜ。奴は娼婦館の時代から娼婦達や俺らが可愛がってきた俺らのもんだぜ」
「あの可愛いチビは今はどこにいるんだい? 坊や。あたしらに大人しく手渡したら、顔首揃えてあんた等も入団許してあげるかもよ? 今度、ここの奴等でアムステルダムにバイクイベントに向かうんだ。どうやら、モスクワ行きたいらしいじゃないか。それなら、いっそのことブラックスネークに入っちまいな」
女がそう言い、喉を猫のように震わせた。
ブラックスネークは、三十三以上か、二十二以下の人間が形成している所だ。わりとそこは自由が利く。
デイズはダイランが未だに元の鞘に戻りかけている事を知ると、気に食わなかった。元々ブラックスネークだったが二年前にレッドに入ったヘディアカは、第一にデイズ達ニューフェイスに愚弄を吐いて来たいけ好かない野郎だ。元がハーネスとも反りが合わなかった男だった。
「我等の美しきヘカテ達はどうやら大歓迎らしいが、お前等自身が俺らを嫌ってたんじゃあ、無理に勧めねえよ。俺らはコスモポリタンってわけでもねえが、争いとは元が縁がねえ人種だ。快楽さえ共に出来ればいいのさ。そりゃあ、大人数の方がいいだろう?」
「こちらとしちゃあ、おもしれえ性質のお前は欲しいところだがなあ」
「はっ、馬鹿にして来た野郎が一人でもいる場所に加わる気はねえんだよ」
「大したプライドなこった。そういう男の方が好きだぜ。ってことは、ヘディアカでもばらしに来たようだが、生憎奴は今アメリカにはいねえよ。残念だったな。そう殺気立つのも時に無駄な労力につながるもんだぜ」
デイズは剣呑とバンダナの下の目で頭を睨み、頭は声を上げ笑った。
「ますます気に入った」
胸部にヒダ付きの輪ピアスを填め、眼帯を填めた黒ストレートの女がハイヒールで進み出て、腰からのスリットが入る牛皮スカートで鞭を手に持ち微笑んだ。パツンの目元が微笑み、蛇のような舌を出して唇をなめた。
「この子、ダイランの香りがする」
腰を折りそう首筋に鼻を近づけ太陽の香りを嗅ぎ、とがった舌で首神経をなぞると微笑した。
デイズは目元を引きつらせて女を睨み、女は背を伸ばして肩に腕を乗せ、耳元でドラ猫声で囁いた。
「あんた、あたし等の可愛い子ちゃんに手出ししたんだろう。すぐにあたしには分かるんだ。見かけに寄らず、野郎好きなんだね?」
デイズはシカトし、勝手に言わせておいた。
「可愛い」
そう頬にキッスをし、仰け反らせていた首を戻して女はまた言った。
「あんたって今、十二だろう? どうなの? あたしで試してみなよ。いい想いさせてあげる」
「嫌だ」
「へえ? でも、そうなると思うなあ。いい結晶も入ってるしねえ」
以前は、娼婦やレズビアン、ゲイ、小人や異形人間、パフォーマンサー達の砦だった娼婦館は地下と共に取り壊されたが、レズビアン達やゲイ、娼婦達は今も街にいる。
この女は頭の女で、名をレディーシルバーといった。だが、完全に性転換したニューハーフだ。
女達の中でも、唯一ブロンドのままの女、娼婦のマゼイルがキセルをくゆらし黒ビロードの上で黒天蓋の中にいたのを、くるんとデイズを見た。
「ねえデイズ? ダリーボーイは最近あんたにおいたをしたの?」
「何で」
「ダリーボーイがこの前、あたしに言って来たから」
彼女の目に嵌る取手付きの黒ビロード仮面を彼女は横に外し、微笑した。
「恋してるって。ダリーキャットって、いつでも思い立ったら飛び掛るから、あんたにもう飛び掛ったんだって思ってた」
デイズは口を一文字にし、どうせここの女達はそろってデイズをからかって来る年上女ばかりだ。
その内、十一のローランサンが高い声を出し猫の様に笑った。ブラックスネークの少女で、ダイランと同様に小さな頃からレッドスネークの人間に可愛がられてきた少女だ。ダイランとは第一の幼馴染でもある。乳のみ親がいなかったダイランに乳をのませていたのも、ローランサンの母親で、娼婦館の娼婦だった元流れ者ジプシー、シシリーだ。
「ダリーが男に惚れるの? 強いものに憧れるのは分かるけど、どうかなあ?」
そうアクアマリン色の瞳の上目で微笑み言い、ホワイトブロンドの髪を弄んだ。レッドスネークだが、自由な髪色のままだ。黒ビキニに、黒牛皮のスカートなのだが。
「へえ。お前等デキてんのか。それはダイランの猫も蛇と鷲の方に浮気するわけか」
「悪いかよ」
デイズは不機嫌になって言い、キースは口笛を吹き片眉を上げデイズを見た。どうやら自棄にチビ時代からそんな風は感じてはいたのだが。チェスをしていた男達は顔を上げ、デイズに言った。
「俺がお前にヤリ方しこんでやる」
「うるせえよ」
「ユダヤ人ってのは野郎同士はダブーだとでもいう戒律でもあるのか?」
「俺は無神論者だ」
イスラエル系ユダヤ人の血が流れているだけだ。
「あのダイランは可愛いからなあ。なおの事抜けられなくなるんじゃねえのか?」
そう目元を笑ませ言い、再びチェスの駒を進めた。クロコダイルソファーに沈み、男は巻いた葉を吸い込むと、勝ったチェス盤の上に足を組み放ってブーツ足を回した。駒がはじかれ、空と床に散らばった。
「一生ダイランがスネーク団を抜ける事はねえ。あいつは生粋の団員だからな。生粋の快楽と悦楽の娯楽好き性質はかわらねえよ」
確かに、スネーク団の証である蛇の入墨がダイランの手首には巻かれている。脱退する以外ではその入墨は消さない。ローランサンも肩甲骨の中心にうねった蛇の入墨が彫られている。マゼイルは入墨が嫌だから入れていない。
黒旗に赤蛇がラリッた女にその背後からナイフで切り裂かれ、女は垂れ幕のように悦とした上目で腕でそろりと払い歩いてきては、頭の背後に来て髪を掻き撫で、キースに微笑し短剣を投げつけた。キースは受け止め柄を持ち的の脳天に立てた。
「あんた等、何か今から楽しい会議かい?」
ボブにショートスカートの女が低い声でそう言い、レディーシルバーの肩に肘を乗せ微笑んだ。
ニ山型黒ビロードに、赤絹糸で刺繍され、金糸で縁取られているレッドスネークのタペストリーをまさかぶった切る事は無いのだが。
「ダイランの奴は将来、レッドスネークから派生させたチームを組みたいらしい。王様気分が好きな奴だからな。なんでも好きにやりたいペガサスみてえな奴なのさ。お前も、そのチームになら加わるのか?」
「あたし、そのダーランボーイのチームに加わるつもりだけれど」
マゼイルがそう言い、頭は葉巻を差し出され火を広げた。一瞬くゆって、煙が立ち昇る。
「そんな話は初耳だ」
ダイランがその話を自分にはせずに、レッドスネークの仲間にはしたなんて。
デイズの肩を引き寄せ、レディーシルバーが歩いて行かせた。
階段のところへ来ると、デイズにキスをしてから頬を微笑し抱き囁いた。
「ヘディアカは当分アメリカには帰らないよ? あたしのハレムにおいで坊や」
ニューハーフとやる気は無かった。デイズは奥から来たキースを見て、首をしゃくった。歩いて行き、腕を組み背を壁にしたシルバーは言った。
「あたしはいつでも入団待ってる」
ダイランはその日、留置所の中で悪態をつき、鉄格子を背に足を放っていた。共にブラックスネークの少年が大きな欠伸をしていた。
また少年課の刑事にパトカーに突っ込まれ、警察署まで連行された。
無所属の少年と二人が派手に喧嘩をして、火炎瓶を投げつけ大怪我を負わせたからだった。ダイランは暇で眠り始めていた。
「おい起きろよダイラン。お前、いつホワイトスネーク立ち上げるつもりだよ。俺も加えろって。派手やらかすチームにするらしいじゃねえか」
「ああ。全てを蹴散らすくらいド派手なチームだ」
ダイランは上目で目をぴかりと光らせた。
「娼婦館の艶やかな時代をまたおこして、大好きな女達に贅沢させたいんだ」
「お前らしいな」
ホワイトスネークをダイランが立ち上げるのは、まだ十一歳の自分にはどちらにしろ完全に他の奴等をまとめていく力に欠くように思えた。だが、絶対に立ち上げる。
「その記念で胴と脚に蛇の入墨彫る」
「へー。いつ立ち上げるんだ?」
「まだ先だね。レッドスネークとブラックスネークから派生させるには、どっちにしろいろいろ建前必要だし。俺いま何もねえし」
首に巻いたバンダナをダイランは頭に巻くと、眼深く被って欠伸を吐き出し寝ころがった。
「酒もってるかよ」
「さっきポリ公に持ってかれたっつーの」
「おいダイラン!」
ダイランはバンダナを放ってからダイランのパイロット帽を小脇に抱えた親父、ウィストマを見た。
「親父!」
留置所に保護者として来たウィストマはやれやれと頭を掻き、婦警に謝った。
少年課の婦警は留置所の鍵を開けた。
「つかまるのもたいがいにしてくれないと、困るわ」
スラムの子供は本当に危険だ。特に、ブラックスネークの少年少女達は本当に見境が無い。
黒の皮パンに髑髏の黒バンダナを填めた少年はダイランの耳に耳打ちしながら歩いた。
「無所属からレッドスネークにこの前入団したエスリカの奴、スキンを嫌がってるからホワイトスネークに誘っちまえよ」
「エース?」
ダイランは意地悪エースを思い浮かべて憮然とした。いつでもチビだったダイランを蹴り飛ばし退かして来た奴だ。ダイランはそれ毎にビービー泣いて、娼婦達にしがみつきに行っていた。
そのエースがさっそく他の牢屋に今しがた他の青年と共に突っ込まれた所だった。エースはだるそうに胡座をかき、他の奴等は鉄格子を蹴り叩きまくってはがなり怒鳴っている。
もとからエースはだるそうな性格だ。
ダイランが通ったのを、元々エースが無所属時代に連れだった青年達が呼び止めた。
「おうチビじゃねえか。鍵すってこいや」
「手前で牢屋から出てやりな」
ダイランはシカトし歩いて行き、青年達はその腕を鉄格子から伸ばし掴んだ。
「離せよ」
ウィストマは振り返り、ダイランが鉄格子を挟んで青年と乱闘していた。
「おいおいダイラン!」
また警官達が駆けつけて来て、ダイランは抑えられるのを暴れ歯を剥きがなり、青年は履いていたブーツをぶん投げがなった。
血の気が粗いダイランは全く誰に似たのか、ウィストマは首を振ってからダイランの頭にパイロット帽をすぽっと被らせた。迎えに来ていたのがジョスだったら説教されていた所だ。
大人しくダイランをトラックに入れ、少年はトラックには乗らずに歩きかえると言った。
ダイランはガム風船を膨らませていて、車窓の景色を見ていた。
そのトラックの背後で、少年が口を背後から押さえ込まれ、陰に連れて行かれた。二人と乱闘した少年の仲間がおとしまえに来たのだ。
少年はあばれがなった。
ダイランが戻って来ると、まずはレッドスネークへ行った。
階段を降りて行き、地下のドアを開けるといつもの気だるい風があった。
「ハアイ。ダリーボーイ?」
「マゼイル」
黒ビロードソファーに来てダイランはマゼイルの横に寝ころがって、マゼイルは微笑んで髪を撫でた。
「またおいたしてきたの? 奴等がそう言ってた」
「だってさあ」
ダイランは腰の拳銃をくるくる回し、回転させた。的に向かって命中させ、くるくる回し収めた。
「なあライナスとミリアナスは?」
ブラックスネークの姉妹で、彼女達も豪遊して贅沢をさせてくれるというダイランのホワイトスネークに加わるつもりでいた。まるで月の女神と太陽の女神のような姉妹だった。
「何処だったかしら。富豪のオーナーを掴んで、ジェットで旅行ですって」
「モンテカルロだ」
男の中の一人がそう言った。
「レース好きだっけ? ふたりって」
「カジノでもやるんだろう」
「へーいいなー」
ダイランはごろんと転がってから、マゼイルがダイランの腹部を撫でながら言った。
「デイズが来たんだ、ここに」
クッションに肘をつき彼女がそう言うと、ダイランは大喜びして起き上がった。
「いつ来たんだよ。ブラックスネークに入るためにエックスに言いに来たんだろ?」
「入る気ないみたいよ。ヘディアカがいる限り、あたし達を敵視し続ける気かも」
ダイランはそれを気にして、ホワイトスネーク勧誘をとめていた。デイズとディアンは民族プライドが高い。ユダヤ人を馬鹿にして来たヘディアカを嫌っている。スネーク団には入らないだろうと思っていた。
ダイランは無償にデイズに会いたくなり、会いに行く事にした。
根城を出て、目の前が一瞬で暗くなった。
ダイランは倒れ、連れて行かれた。
目を開くと、鎖に胴体を拘束されていた。横にはぼろぼろの少年が吊るされていた。
ダイランは大きな目を伏せさせて男共を睨め付けた。
「離せよタマ無し野郎共が」
頬を蹴られ、ダイランは血唾を吐いて鎖を足に引っ掛け、ぶんっと男に鎖を振り叩きつけた。男はひるみ、頬から血を流してダイランを獣の様な目で睨み見下ろし進んできた。
ダイランは猫の様に身軽に起き上がり、拘束されるまま全身で鎖を振り回し、強烈に回り飛んで三人の男をぶち叩き払うと、歯で少年の縄を噛み解き始め、その背を鉄パイプで払いつけられた。
男はレッドスネークお抱えのチビを見下ろし、少年の吊るされる鎖を持ち上げた。
「よく俺の弟痛めつけてくれたじゃねえか。今頃お前等に悪態ついてやがるぜ」
ダイランは背を抑えながら体を起し、ナイフを手に収めた。
エメラルドの目が鈍く光り、低い体勢から突進した。
血が飛び、男はダイランの手の上から柄をきつく持ち切りつけられた脇腹を見下ろし、歯を剥いてダイランの腕を持ち上げた。
「ダイラン!」
デイズがガラス窓から飛び割り入って来て、破片を舞わせ男の額を鷲掴み壁に叩きつけた。男はダイランから離れ、目を回し倒れた。他の殺気立った男達はナイフを手にし、デイズが黒の日本刀を抜き掲げたから、その目を見て間合いをあけた。ダイランは少年の所に駆けつけ縄を解き卸した。
一瞬背を向けたその瞬間、ダイランの背に生温かい液体が降りかかった。
振り返り、デイズを見上げた。黒い刃を振り鞘に収めて、デイズはダイランの腕を掴み引っ張って気絶した少年を肩に担ぎ走って行った。
ダイランはデイズにしがみついた。
「大丈夫か?」
ダイランは頷き、背後を見てからデイズに降ろされた少年の頬を叩いた。
そのブラックスネークの少年は唸って目を開け、いきおいよく起き上がった。
「野郎共は、」
デイズを示し首をしゃくり、少年はデイズが他所を見ている顔を見上げてから顔をそらした。余所者に助けられたわけだ。
「ありがとうな」
少年はぶっきらぼうにだがそう言い、手を差し出した。デイズはその手を取らず、身を返し歩いていった。
「あんだよ! 気障な野郎だな!」
それをデイズが振り返ったから、少年は口を閉ざし後ずさり、デイズを見た。
「お前、ブラックスネークの奴だよな」
「だからどうしたってんだよ」
「お前もこいつのチームに入るのか?」
「だったらどうだってんだよ」
「へえ」
ダイランをデイズは横目で見て、歩いていった。ダイランはしまったと思い、デイズの後をおいかけ、肩越しに少年に首をしゃくってから走って行った。
少年は肩をすくめ、足を引き釣りながら歩いていった。
デイズはダイランを振り返り、ダイランは頬を真赤にして目をそらした。
「明日、ロタに行こうぜ。今日の夜に俺の部屋に来て泊まれよ」
そう言い、デイズは歩いていった。
ダイランは喉が干上がり、口をまっすぐにして耳を赤くした。
善は急げだ。ダイランは走ってオリジンタイムスに戻った。
「マスター俺明日ロタ!」
「おう」
マスタージョスがキッチンから顔を覗かせ、カウンター内のスツールに座ると腕を置いた。
「しっかり浮き輪持ってけダイラン」
ダイランは憮然とし、頬を膨らめた。ダイランはカナヅチで泳げない。
ジョスはパイプをくゆらし乾いた声で笑い、ダイランがいじけるのを頭をぽんぽん叩いた。
「なんだ。ディアンと行って来るのか」
「ううん。デイズ」
「珍しいじゃねえかデイズと連れ立つなんて」
「そうなんだけどな」
上目で一度ジョスを見て、ダイランはまたクリスタルの振り子を揺らし始めた。
「リサには内緒な」
「なんだなんだ。また珍しいこと言いやがって、昨日リサのやつはイナゴでサンドイッチ作って出かけて行ったんだぞ」
「イナゴサンドイッチ~?」
ダイランは顔を歪めてそう声を張り上げ、デイズのためにリサがあの苦手なイナゴを手にしてサンドしたというのだから、なんだか悪い気がしてきた。
リサはデイズを狙ってるっていうのに、連れだからって自分はデイズと二人でロタ。
「リサも誘うかな~」
だが、リサはパスポートを持ってはいなかった。
ダイランは今回のところはリサには内緒にしておき、あっちで充分楽しむぶんの薬を袋につめるために麻の袋を探しに裏手に回った。
ダイランの背後でガラスが割られる音がした。
ダイランはドアを開け店内を見ると、ジョスが外に怒鳴り散らしている所だった。ダイランは駆けつけ、遠くを見てからジョスを見上げた。
「全く、ガキ共はすぐにこれだ」
まさかジョスの店のガラスを割ろうなんて、ダイランが下手をやらかしたからだった。
ダイランは投げ込まれた石を掴んで走って行った。
「おいダイラン!」
ダイランは恐い目をしてブラックスネークの根城につき、がさがさとやり始めていた。
「何だよ何やってんだ?」
「レーデの奴等、潰そうぜ」
そう武器を彼等にも投げ渡し、ダイランを彼等は見て、口端を引き上げた。
「行こうじゃねえか。奴等気に食わなかったところだ」
彼等は一斉にスクーターやバイクに乗り走らせて行った。
スラム地区の一角で爆弾が爆破して黒煙が巻き起こり、その中心で少年や青年達が狂気として乱闘しあい、鉄パイプや鎖が火花を散らし、ナイフが光っては火炎瓶が火を燃え上がらせた。
怒声が響きバイクが縦横無尽に疾走する。
ブラックスネークヤングの奴等がダイランを先頭に襲撃に入った報せを受けたレッドスネークの頭は、男達に駆けつけさせた。
男達が駆けつけると、無所属の一部の少年青年達が地面に転がっていた。既にブラックスネークの奴等もダイランもいなかった。
その報せに頭はやれやれ首を振り、熱血で熱いティーンエイジャー達の事は放っておいた。
ダイランは石を投げ受け取りながらバーにすっきりして帰って来て、ディアンがいたから手を上げた。
「おーディアン!」
「よーダイラン」
ディアンがスツールから振り返り、ダイランが横に座った。
「明日からリサにかまってやってくれディアン」
「明日から?」
ディアンは首を傾げてから、ダイランを見た。性格が全く違って何を考えているのか不明な弟デイズと、昨日リサがデデデデデートしたという話を聴いていたから、あのデイズは人の気持ちを知っておきながらリサとデートしたために、ディアンはカンカンに怒っていて、ここに来たのだ。
だが、任せてくれるというんならディアンは大喜びだった。
リサは別にディアンが嫌いなわけじゃ無い。友達だし、面白いし、楽しいし、優しいし、適当だし、ただ、恋愛感情は無いだけだ。遊ぶなら何日間だって楽しい。リサも承諾するだろう。
ディアンはころっと気分が戻って大喜びで帰って行った。
ジョスは可笑しそうに笑い、ダイランは首をかしげながらディアンから振り返った。
「それより、さっきの石投げつけて来た奴等とは話しつけて来たのか」
「ん? うん」
ダイランはこくりと頷き、またジョスを上目で見た。
「どうしたダイラン。お前、何か考えごとか?」
ダイランはうつむきカウンターの木目を見つめ、きょろきょろしてからおもむろに溜息をついた。
ジョスは笑って終ったレコードを取り替えた。
初めて男同士は変だとリサに言われ、何がそんなにおかしいのかがダイランには理解出来なかった。好きだというのなら、別に関係無いというのに、そう言われた事が心に突き刺さっていた。
「なあマスターって何で結婚しねえんだ?」
「え? 俺か? んな事、今更別にその気もねえからだ。ここに一人増えたら俺がやることなくなっちまう」
「マスターなら出来た妻できそうだもんな」
「なんだ。母さんか婆さんでも欲しくなったのか?」
「そうじゃねえもん」
ダイランは首を振り、目をきょろつかせた。
「俺もいつか結婚しなきゃなんねーのかな」
「お前が決める事だ」
ジョスはそれだけを言い、レコードを棚に戻した。ダイランの観念からしたら、性別なんか関係が無い事だった。まさか、変だと言われるなんていう感覚すらなかった。チビ時代から娼婦館で横にはゲイやレズビアンが座っていたし、普通にやりあっている横で寝ころがってカードとかをして来た。それが激情して行き焚き火に転がっては二人がキャーキャー言いながらぷんぷん怒り、また微笑み合ってちゅっちゅとキスをし合っていたりした。そして終ればヒップをフリフリ振ってバスタブの中に歩いていったのだ。館の中のレズビアン達の部屋はいつでもロリータで、いつでもダイランは縫いぐるみに混ざってユニコーンの木馬に乗ってはきゃっきゃとはしゃいでいた。
リサがドアを開け店内に入って来て、ダイランを見た。
「ダーン!」
「ようリサ」
リサはにこにこしてスツールに座り、常におめかししているリサは今日もしっかりとお洒落をしていた。
「昨日どうだった? デート」
「うん。サーカスに連れてってもらったの。それで、たくさん食べたわ」
リサは昨日デイズについつい言ってしまった内緒の事を絶対にこれから出さないようにしなければならなかった。今日の朝、ウィストマにその事を話した所だった。
「楽しかったか?」
「うん」
ダイランはニコッと笑ってリサの髪を撫で、リサは微笑んだ。
5. 旅
夜、ダイランは走って行った。広場の近くにさしかかると、レッドスネークの奴等が集まり、高く炎を中央で焚いていた。
どうやら、出た少年青年達の肉を焼き食べているようだ。酒樽の横に、ビリヤードバーのリドがいて、頭と話していた。
ダイランはそこへ歩いて行き、その時教会の方向から、パイプオルガンの弾き鳴らされる音が低い黒い曇り空に響き渡った。天を振り仰いだダイランは炎の立ち昇る先の教会方向を見た。
デイズが弾いているんだろう。しばらくは離れることになり、鍵盤を弾くことはなくなる。
「ようチビ」
ダイランは持ち出したソファー上に座る女達を見てから、呼びかけた男の方へ走って行った。
「肉食うか」
「食う」
ボトルも渡され、ダイランは食べながらオットマンに跨り座って上目で女達を見た。彼女達は黒のビロードアイマスクで妖艶に微笑し、ダイランに手を緩く振った。
「可愛い坊や。ここにいらっしゃいよ」
ランタンを支柱からつるし、暖色が闇をぼんやりとさせていた。パフォーマンサー達が演術を見せていて、天高くに炎を吹いている。
「なあ。俺明日ロタに行くんだ」
「素敵。楽しんでらっしゃいよ」
「何か土産持ってきてやる」
「楽しみにしてる」
ダイランの頬にキッスして、ダイランは教会へ走って行った。
その背を見ていて、Fiveは肩をすくめた。
「いつまでも遊びに行かせておくつもりか? あのデイズを丸め込むか、とっとと引き戻しちまえよ」
「別に、ダイランがあっちに行きてえならいいじゃねえか。好きにさせておけ」
Fiveはじろりとした目になった。
「中途半端はまた争い生むぜ。セドンの話じゃあ、どうやらデイズが奴等に落とし前つけたらしいじゃねえか。だから奴等の大元がキレて余所者と俺等の間で浮気してやがるダイランに喧嘩吹っ掛けたんだぜ」
頭は相槌を打ち、ダイランの消えて行った教会方向を見た。
リドの妻でもあるタトゥーアーティストのマーノが顔を向け、頭に言う。
「デイズってのは変ったガキなのさ。祖父さんのブラディスも変わり者だったが、あの」
と首をしゃくり、地面にはアジャシンがラリってのめっていた。
「アジャシンの凶暴性も受け継いでるんだ。デイズは将来が恐いもんだよ」
「全く性質が異なって行く可能性だってある」
炎がバチッと音を立て、パイプオルガンの鳴り響く天をゆらゆらと慰めるかの様に撫でていた。
ダイランは教会へ入って行き、奴等は皆狂いはしゃいで乱舞していた。キースは長椅子に座り、足を放って目を覆い、薬に酔っているようだった。
デイズのいる段の上を見上げ、ダイランは歩いていった。
デイズの横に来て、激しく重厚にかき鳴らす手腕を惚れ惚れと見つめた。目を閉じ弾いていたデイズは目を開け、横目でダイランを見た。ゴールドの大振のピアスがこげ茶色のバンダナの下で揺れ、ダイランは乱そうとボロンボロンとでたらめに鍵盤を鳴らそうとしたが、デイズを見てやめた。
背後の奴等は叫び咆哮を上げていて、誰もが言語がばらばらだ。主に、ヨーロッパ各地と黒人系がここには多い。デイズ達の様に中東の人間は実に少ない。
また向き直り目を閉じてデイズは弾き鳴らし、高揚して行くごとに奴等は狂い猛るかのようだった。
ダイランは微笑して段から飛び、回転し降り立って自分も踊り始めた。
デイズは肩越しに楽しげに激しく踊るダイランを見て、口端を笑ませ顔を戻した。ここにダイランが居て、そして来る事。
デイズがまだ仕度をしていなかった為に部屋へ戻って行った。ダイランはディアンが教会に来た為に連れ同士で話していた。ディアンは大体はリドのビリヤードバーでビリヤードをしている事が好きだった。
デイズは麻の袋に適当に詰め込んで行った。
荷を見下ろし、ダイランに今日、告白しよう、そう思った。
黒バンダナとゼブラ柄帯、赤の玉飾りを頭から外し放り、デイズはランタンをつけ、ミラーの中の自分の顔を見た。
溜息。
「あーあ。今日も顔変って無かった」
おもむろにそう言い、背を向けた。
実は、デイズは自分の顔が気に入っていなかった。自分の顔は兄に劣ると思っていて、格好良く無いと気にしまくっていた。そんなことは決して無いのだが。
少年の悩みとして、ずっと他人と付き合わせる顔は重要と思っていて、まるでバンダナをしていない事はメイクが常の女がスッピンで出歩く事のように恥かしいことだと思っていた。
顔のことを考えると憂鬱になる。深刻な悩みだった。何故自分はディアンと微妙に違う顔で育っているのかが分からなかった。ディアンは目が鋭い。微笑するとやはりいい男だから女からももてる。
ダイランはなんであんなに犬みたいに可愛いんだ。ダイラン可愛いよなあとデイズは頬を染めて天を仰いだ。
腰に巻いたさっきのバンダナを頭に巻きなおし、デイズは部屋を出た。ポーチに出ると、星を背にカミーラが二階鉄バルコニーでがなっていた。何て言ってんのか不明だ。シカトしておいた。
カミーラは向き直って引き返し、ホワイトシルクガウンとブラを藤色オットマンに放ってベッドのアジャシンにしなだれかかった。
「ったく、分かったってんだろうねえ可愛い顔してあの馬鹿。ねえ? アジャシン」
そう微笑みアジャシンの胴体が埋まる頬と黒のボース頭を撫で、シルバーピアスにホワイトピンクの唇を寄せて艶声で言った。
「ねえ? ちょっと? ハヤウェと交信でも取ってんの? どっかにいっちゃってないでさあ、たまにはそのヤバイ目戻してあたいを見てよ」
アジャシンは変らず理性の無い半目で口をあぐんとあけていた。
デイズはデスタント邸へ入って行き、階段を上がって行く。
ドアを開けた。
「腹減った。かあちゃんメシ」
「うるさいね! あたしは今アジャシン色仕掛けに掛けてんのよ!」
カミーラは黒のレースティーバックだけの姿でベッド上振り返りがなり、アジャシンは壁に頭と肩が埋まっていた。
「ほっとけよそんな壁に埋まってるようなやつ。何処まで神に近づいてんだよ」
「黙りなあ! あんた暖炉にくべるよ!」
デイズは呆れ入って行き、藤色ビロードと黒樹脂縁の三人掛けにどさっと座ってやれやれ首を振った。
カミーラは煙管を唇から離し、デイズを上目で見た。
「あんた、まさか野郎相手に本気になるってんじゃないだろうね。やめときな。あんたには可愛がってくれる大人の女が似合う。あんたを立ててくれる頭のいい女がね」
そうじゃなけりゃ、すぐにあんたは抜けられなくなって手に入らないと分かると危険な方向へ行くんだ。考えまくって、行動に移してめためたに壊して、全てを失う性質だ。愛するなら、とことん愛するんだね。あんたは一人で考えが爆走しまくって、何仕出かすかわからないんだから。
デイズはうつむき、口を閉ざし膝を見下ろした。諦めたくなんか無い。
「あたしが言っちゃなんだが、愛したらとことん大事にし尽くすんだよ」
ダイランは教会を離れて肩に荷を担ぎ走って行き、口笛を吹きながらデスタント家の塀を潜った。
大木を見上げ、梯子を上がって行くが、よくトラップがあるのでパイロット帽のゴーグルを下げ顔を覗かせ、珍しくなかったからほふく前進までして進んで行った。
立ち上がり、暗闇の中を声を掛けた。月光が長く伸びている。その先のベッドに、デイズの足が真っ白く伸びていた。
ダイランは近づいて行き、デイズが背を上に、顔をあちらに向け見え無い状態で眠りこけていたから憮然とした。
「あれ。こいつソフトモヒってやがるじゃねえか」
バンダナはベッドのヘッドに掛けられていた。
ダイランはその横に仰向けに寝ころがり、腕を枕に回した。
「あーあ」
ダイランは欠伸をし、その時デイズが目覚めてその瞬間心臓がばくばく言った。俺の横でダイランが転がっている。
ダイランは顔を見てやろうと体を向けて頬杖をついた。
「おーいデイズ。起きろよ。起きろ。………。ばーかばーか。カボチャちゃぶだいマントヒヒ」
デイズは憮然として横目でダイランを睨み、ダイランを真っ直ぐ見たデイズは猛禽類、鋭い鷲だとか顔の小さい鷹だとかそっくりの顔つきをしている。
「俺のこと嫌いか?」
ダイランは必死に首を横に振った。デイズは信じられなくてダイランのうつむく瞳を見つめた。
「おいデイー……」
なにやらダイランが泣いてでもいるのか、デイズが金髪を抱え頭を撫でてやっている。
首をかしげディアンはとっとと下へ降りて行った。五回目に触れると作動するトラップが梯子のディアンを直撃し、あえなくディアンは地面に落ちたのだった。
まさかのあの乱暴でがさつなデイズにも優しさでもあったか。
リサはダイランがデイズと共にロタ島へ行ったという事をディアンから聴き、デイズが最終的にダイランを連れ去ったからかんかんに怒った。
「そう出るわけ?! んもう! デイズったら!」
リサは牛乳を飲みながらカウンターをばんばん叩いた。
「こらこら。そんなに叩いたらカウンターに穴あいちまう」
リサは唇を突き出してジョスを見てから牛乳を自棄飲みした。
「ハアイ?」
ジョスはドアを振り返り、女は腰を振って入って来た。
「いらっしゃい」
「マスター。お酒」
女は緩く微笑みしなだれるようにスツールに座った。
「何がいい」
「水割りで」
女は怒っているリサを頬杖をつき微笑み見て、その背を撫でた。
「どうしたのよ。朝から怒ってるじゃない?」
「リアナこそ朝から来るなんて。お昼からが今までだったのに」
「あたしは今日も渋くて素敵なマスターを口説きに来たのよ」
ジョスはおかしそうに肩をすくめ、女は上目で微笑みマスターを見た。
「マスターだって、いつかは観念してあたしの相手するんだ」
「当分先よ!」
リサは自分の恋がうまくいかなくてそう叫び、女は笑った。
「リサは怒った顔も可愛い子ちゃん」
リサは怒っていても疲れるから笑い、牛乳を飲んだ。
「ジョスおじいちゃんは結婚しないの?」
ジョスは振り返り、リアナにグラスを出してからリサを見た。
「なんだなんだ。ばあちゃん欲しいのかリサは」
続けざまに聴かれ、リアナも微笑んだ。
「あたし、候補に上げてくれてもいいのよ」
「お嬢さんみたいな美人に似合うのは若い男だ」
「謙遜しちゃって。あたし、マスターみたいな年上のおじさまって大好きなの」
現在ジョスは六十二歳だった。身長は二メートルを越す長身で、大男だった。
「嬉しい事言ってくれるじゃねえか」
彼女にチョコレートとフルーツも出し、リサもにっこり微笑んで頬張った。
バーの裏手には林檎の木が立っていて、小振りの林檎が成る。ダイランのたってのお願いで林檎好きだからジョスに植えてもらったのだが、実際実が成るとすっぱくて、食べられるものでもなかったため、ジョスが毎回蜂蜜で似たり、砂糖を入れてジャムにしていた。戦後の今はそうは砂糖や蜂蜜が流れてこなくなったので、じっくり煮込んで肉のソースなどになっていた。
人の出入りが激しい隣街は、戦時から更にはぶりが良い女地主が頑として金を出し、甘い菓子などが戦前と変らず売られつづけている。
「ジョスおじいちゃんってこんなに格好良いんだから結婚すぐ出来ると思うのに。リアナだって、他の人だって言い寄ってるのリサいつも見てるんだから」
ジョスは笑い、首を振った。
「リサはどうなんだ。好きな奴でもいるんじゃねえのか?」
「いるわよ! リサだってそれは。でも、うまくいかないのがどうせ恋よね!」
リアナは笑い、リサの頭をぽんぽん撫でた。
「だから朝から怒ってるのね。こんなに可愛いあんたに惚れられたら、男は喜ぶと思うけど。ディアンってあんたのこと、きっと好きよ?」
リサは頷いた。
「ディアンは良い奴じゃねえかリサ」
「あの二人って、本当はお金持ちなんでしょ? イギリス人とのクオーターで貴族だってみんな噂してたもん。なのにわざわざスラム地区で生きてるって、本当変わり者よ」
「どうしたのよ。嫌な事されたの? あんたがそう言うなんて」
リサは唇を突き出し、牛乳を飲んだ。
「今はもう二人ともここの者と同じさ。そうだろう」
リサはこくんと頷き、牛乳を見つめた。
今日のリサは足の付け根だけ隠すゼブラ柄のレオタード素材のホルターネックミニワンピースで、パープルファーを二つつけたラメパープルのカチューシャを頭に付けていた。耳で銀の太陽が揺れていて、首に赤玉のネックレスを掛けていた。手首に幅の広い銀のアームバンドをつけている。足元は黒のバレエシューズで、赤のマニキュアを塗っていた。
ふわふわウェーブの金髪をアップにしていて、背に揺れていた。
今日も可愛くキメたのだが、見せるダイランがいなかった。それでもお洒落をし続けた。
指にはまる紫ファーを見つめて、それには銀の蝶があしらわれている。
「ディアンにみせに行こう!」
リサはそう言い立ち上がり、二人に手を振って走って行った。
ディアンは広場にいて、他の連れと話していた。
その広場には、リサの友達の女の子もいた。彼女は金持ちの『ご主人』に貢がれていて、ばりばりのロリータの子だった。
ホワイトピンクの裾の広がりボレロ袖のワンピースに、シルクホワイトピンクの帽子を被り、それには黒の薔薇があしらわれている。黒の唇にぐるんとした睫とアイライン。ピンクのチークに、白レースのグローブから黒マニキュアが覗いては、指にプラチナが嵌っている。白のレースタイツに、白のシルクリボン編上げハイヒールをはき、黒の薔薇があしらわれている。黒のボブ髪は艶掛かっている。その毛先だけが紫に染められている。
彼女は振り返り、リサに手を振った。
「今日も可愛い」
少女はそう言い、黒ファーのハンドバックを短いチェーンで腕に掛けているのを、開いた。中からキャンディーを出して、リサにあげた。
「ありがとう」
リサはにっこり微笑んで、キャンディーをなめた。女の子からは甘い香りがして、リサは香水をたくさん持っていていいな、といつも思う。自分もミルクの香りの香水が欲しかった。
少女はブラックスネークの少女達とは全く異なるために、リサとしか頑として話さない。
「あ! リサ!」
ディアンが走って来て、リサを見た。
「おはようディアン」
「おはよう。ダルたちはもう行ったんだよな」
「うん。見て。今日の格好も可愛い?」
「うん可愛い!」
リサはにっこり微笑んだ。
「今から港に行くんだ。一緒に行こう。お前も来るか?」
「行くわ」
少女はボブを艶めかせ頷かせ、五人で歩いていった。
ディアンは無免だが運転も出来るので、ワゴンに乗り込んだ。背後の席で女の子二人はミラーを見たり、香水の話をしたり、チョコレートを食べたりしていた。
ディアンはドキドキしていて、連れのしている入墨コンベンションの話も上の空で半分しか聴いていなかった。
「向こう街でやるんだが、デイズも誘うつもりだったのによお」
酒の瓶を傾け、青年は窓に肘を掛け風に目を細めた。
「キースの話じゃあ、入れるつもりらしいからな」
「へえ。何処に」
「腰だってよ」
「はーん」
ディアンは相槌を打ち、瓶を受け取って傾けると、リサが白い目をして十二歳なのに酒を飲むディアンを見ていた。長身だから青年に見えるのだが。
シートに腕を掛け青年はリサを振り返った。
「こええ顔すんなよ。おかてえな」
「ほっといてよ」
リサはそう言い、息をついた。
結構カミーラの内面性格好きなんですよね筆者。のらりくらりしてるけどいろいろ考えてる。