錬金術士が現代の科学技術でお砂糖作りする話
この世界のどこかには、『砂糖』という甘さを具現化したような食べ物がある。そんな噂を、私はずっと世迷い言の類だと思っていた。しかし、それはあくまで今日までの話だ。
私の目の前にあるものは、甘さを結晶化したような白い粉。紛れもない『砂糖』だった。こんなに甘い食べ物があるなんて今まで知らなかった。舌の上で唾に溶けたそれは、甘すぎてむしろ吐き出したくなるような味がした。
「他のみんなには内緒だよ?ティロ姉とボクだけの秘密だからね」
そう言って、得意そうにしている少女はフィナ様。領主様の血を引く方である。中途半端に辺鄙な領地を治める零細貴族ではあるが、私のような平民とは身分が違うのだ。
私は領主様に仕えるメイドとして、幼い彼の世話をしているのだった。
私の目の前で、砂糖を作り出すという奇跡を起こしたのは、フィナ様だ。どうやら彼は『能力者』であったらしい。
この世界には、奇跡の力としか思えないような特別な『能力』を持つ『能力者』という人々がいる。彼等は、生まれつき『能力』の使い方を知っていて、フィナ様のように幼い頃に奇跡を起こしたり、偉業によって歴史に名を刻んだりしている。
「砂糖を生成する方法は、大きく4つのステップに分けられるんだ。……」
得意げに語り始めるフィナ様だったが、私には理解できない内容なので聞き流す。…もちろん笑顔は忘れない。
「デンプン――アミロースの加水分解、グルコースの異性化、そしてグルコースとフルクトースの脱水縮合、最後に結晶化だ。まずアミロースのグリコシド結合を…」
フィナ様は、素早くいくつもの6角形を描いていく。しかし、それが何なのかさっぱり分からない。
「とにかく!ボクの能力『酵素』を使えば、砂糖を作るのは簡単だよ」
最後まで説明が終わったのか、途中で飽きたのか分からなかったけど、いつの間にか話が終わっていた。
フィナ様に砂糖菓子をせがまれたりもしたが、伝説上の存在である『砂糖』を使ったレシピを私が知っているはずもない。あとで料理人の同僚と相談しようと思う。フィナ様には悪いと思うが、『能力』のことを領主様に報告する必要もある。
この『砂糖』のせいでトラブルに巻き込まれたり、フィナ様の『能力』を巡って争いが起きたりするのだけど、それは別のお話。
『原材料名:液糖』ってあるでしょ。あれ、デンプンを酵素で処理して作ってるらしいですよ。知ってました?