探偵とギルド
起きれば元の場所に戻っているわけもなく、昨日泊まった宿の一室だった。
ベッドの上からのそりと起きて寝ぼけながらも井戸水で顔を洗い髪を軽く手で整えた。俺としては今日中にギルドで登録を済ませておきたい。
身分証がない、というのは不便だろうからな。
「おはようございます」
「おや、おはよう。昨日は気持ちよく眠れたかね?」
「ええ、それはもうおかげさまで。朝までぐっすりでしたよ」
そう言うとにこりと微笑んでみせる。立ったままでも寝れる人もいるが、横になって寝た方が楽に違いないだろう。
電車内で寝たい時には便利なのでは、と思うが。
「そりゃあよかったよ。よければ朝食はうちで食べてくかい?」
朝食も取れるのは正直に言ってありがたい。外食ばかりで済ませないようにしないと。水にも気を付けておいた方がいいのだったか。
何年も前の学生時代に聞きかじった知識を引っ張り出した。あれは海外の場合だが。異世界も海外と同じ部類に含まれるのだろうか。
下痢は嫌だな、なんて思う。
「是非ともお願いします。あ、ここのおすすめって何かありますか?」
「朝だからパンとスープかねえ。サラダも付くけど。朝と昼は軽食が定番でね。晩になればここらじゃ肉や酒が主役だよ」
これからギルドに行くんならあんたもしっかり食べておきな、とおばちゃんは苦笑しながら教えてくれた。細いから、なのだろうか。
広告を出して探偵としての仕事が来るまでは、そのままギルドで依頼を受けることにした。
ギルドは町の中央付近にある、大きめで看板に書かれた絵が少し目立っている建物だ。モンスターの姿に似せて作られた像が入口の扉の左右に配置されていて独特の雰囲気を漂わせている。
誰かの趣味だろうか?
「ギルドは初めてですか?」
「ええ。冒険者として働こうかと思っているので登録をお願いしたいんですが」
「では、まずはお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ユキト、です」
名字を言うよりも無難そうな名前のみを言う。名前が先なのかどうかもまだわからないからな。呼びやすい、というのもあるが。
「はい、ユキトさんですねー。少々お待ち下さい」
「あ、はい」
「お待たせ致しました。こちらがユキトさんのギルド証になります」
渡されたのはたった一枚のカードだった。皮で作られたものなのだろうか。偽造を防ぐ為の素材ならば、モンスターの皮で作った可能性もあるか。焼き印で名前と登録日、発行番号といったものがこれには明記されているようだった。
読みたくても俺には自分の名前さえ全く読むことが出来ないのが残念である。自力で勉強するしかないんだろうか。
現実は辛く厳しい。
「ありがとうございます」
「それでは簡単な説明の方をさせて頂きますね」
この世界の地図を見たことはないが、聞いた話によれば俺が今居るのはフィーネという名前の夏の国なのだとか。
この町は都市部から遠く離れた森の方にあるという話なので時間もかかるうえに行くには馬か徒歩で行くしか方法はない。
春夏秋冬で分かれているとしたら他に3つは国がある、ということになる。一度は自分で調べてみたいものだ。
登録するときに驚いたのがステータス画面。次にドロップアイテムだ。
大体のことならステータスで健康状態も確認出来る。これは身分証代わりにもなりそうでいいところだな。
俺は平均よりも少し賢さと回避、素早さのみが優れているだけだった。特別な能力があるわけでも力があるわけでもないのだから、こんなものだろうか。
尾行も変装も出来るのだがそれらはスキル扱いなのだろうか。鍵開けとか。
そのままモンスターを倒せばお金が落ちるというものではないようだ。あくまでもこの世界では動物系だと解体する必要性があり解体した後にドロップ化する。
ドロップアイテムと化した後の大きさは小さいが、そうしなければ重いし運びにくいという不便や買取が難しい為だそうだ。
便利なのかやら不便なのやら、微妙である。今のところはナイフも必要のない採取系のみを選んでやっているが。
ギルド内の男女比は女性よりも男性が多い気がする。6:4ぐらいだろうか。
「たまにどちらともいえないような人も居るんだけどね」
とは俺に教えてくれたギルドの受付嬢の言葉である。異世界でもオカマなどと呼ばれる人達はいるようだ。
薬草などを取る為に山に入る。一人で大丈夫か、などと思いそうなところだが危険な生き物や盗賊に遭うことがなければあまり問題はないらしい。
雑草をかき分けて進みながら薬草を摘み取る。その繰り返しをしていると何やら見覚えがある生き物に遭遇した。
・・・・・どう見てもドラゴンである。以前に追いかけられたのと同じやつだろうか。今すぐにでもこの場から逃げ出したい。
慌てて山を下りようとしたところで気付かれてしまい追い付かれる。襲われるかと思いながらそっと様子を窺うとどういうわけなのか、俺にすり寄ってきた。
どういう状況なのか理解できずに困惑していると、そこには猫ほどのサイズにまで小さくなったドラゴンがいた。
え?大きさってそんな簡単に変わる様なものだっけ?
そう思った瞬間に、俺の中の常識がガラガラガラガラと瓦礫が大きな音をたてて崩れていったような気がした。
仕事探し、ということで。ギルドです。