探偵と未知
命がけの鬼ごっこです。
「グォーンッ」
突然の咆哮に驚いて俺が後ろを振り向くとそこには人の数倍の大きさはあるような真っ黒な伝説上の生き物であるはずのドラゴンが一匹いた。
牙や爪は鋭くとがっていて鋭い。
象牙よりも白いそれは人が当たれば簡単に死んでしまうのではないか、という恐怖を抱かせることだろう。
ギロリと目玉が動きこちらを向いた。
それはまるで輝いているようにも思える。
・・・どう考えてみても国外どころか、明らかにここは異世界ですね。ええ。教えてくれてどうもありがとうございました。
と、ここで俺が現実逃避をしたくなったのも無理はないだろう。
慌てて逃げようとするとどういうわけかドラゴンにずっと追いかけられているんだが!?食べられるのか?喰っても美味くないと思うぞ?
もやしというか、痩せてるし。自慢じゃないが太りにくい体質らしいからなあ。そう思い返して溜息をつく。
おかげで体重はあまり増えることがない。太っていたら逃げようと思っても逃げられそうにないが。追いつかれて餌食になりそうだな。
ああ、もしもこの世界でネットが使えるなら相談したい気分だ。試したくても今の俺にそんな余裕はないけどな。
俺じゃなくても混乱するだろ、これ。たぶんだけど。
逃げるために必死になって走っているうちに体力がなくなり、疲れ果ててそのまま俺はうつ伏せで地面に倒れ込んでいた。
出来れば次に起きた時には既にドラゴンがいないことを願いながら。
次に起きた時には、俺はいつの間にか町のそばにいた。入り口付近にいた門番らしいがっしりとした体格の人が甲冑を着て仁王立ちをしている。腰にあるのは剣だろうか。
・・・よく考えたらこの世界だと不審者扱いされそうなんだが。見慣れない格好の人というのは良くも悪くも目立つだろう。
黒髪黒目というのがこの世界で珍しい部類なら、なおさらだ。
「あのー、すみません。町に入りたいんですが、その。あいにく持ち合わせが・・・」
なるべく不自然にならないように意識しながら申し訳なさそうに言う。冷や汗をかきそうだ。
「ん?ああ、そういやあんたさっきまで追われてたな。走ってる途中で財布どころか銅貨も一緒に落としちまったのか?」
物珍しいような反応は無いようだ。髪の毛の色や目の色について何も言われないのは何故だろう。多種多様なのか?と疑問を抱く。
「え、ええ、まあ」
嘘は言ってないしセーフだ、セーフ。と、内心焦りながら心の中で言い訳をした。
「まあ、一回ぐらいはいいだろう。通してやるよ。ただ、その服装は目立つだろうから避けた方がいいな。喧嘩ふっかけられねえように気ぃつけろよ?」
細い割に育ちはよさそうだからな、と冗談交じりに言ってがはははと豪快に笑った。
良い人なのかそれとも何か思うところがあったのか。思ったよりも親切そうな門番さんだ。
今度会ったら名前でも聞いておくことにしよう。
お礼に一杯おごらせて欲しい。俺は酒をあまり飲まないタイプだが、それぐらいはしないと気がすまない。
服装は現金が出来てから購入を考えるべきだろうか。やはりこのスーツ姿は目立つようだ。通報されそうで怖いしな。
不審者とみなされたら門番さん、この人です。って言われて牢屋行きになるんだろうか。
想像しただけでも嫌すぎる。
「あ、はい。ありがとうございます」
そう礼を言ってから町へと無事に入ることが出来た。門から入ると道に沿うような形で店がありそれ以外は家ばかりのようだ。
住宅や店が立ち並ぶ中、物珍しさについ建物に目がいった。土か木で出来ており、花やツタといった植物が建物と一体化しているような見た目のものまでと様々だ。
それは野球場の外観の様な感覚で俺には、何処か懐かしく感じた。野球場はもう何年間も行っていないというのに。
この町のほとんどの建物はレンガや石では作られていないらしい。これは地域的な特徴だろうか。
看板は文字よりも絵が多いことから、文字が読める人は多くないのだろう。文字が読めるかと試しに見てみたが俺には日本語に見えることもなく文字の判読が難しかった。
文字の見た目はアルファベットに近いが、ローマ字でもなければ英語でもない。
具体的には新しいという意味の単語のnewがnewrtという表記になっているような感覚だ。
素で、何語だよ!?と言いたくもなるだろう。
町を歩いている人達の服装を観察していると、服はモンスターの皮や麻で出来た布で作った質素な格好だった。
暫く観察した後、何かの鱗がポケットに入ってることに気づいて売りに行ったら・・・俺が追いかけまわされたあの黒いドラゴンの鱗だった。
いつの間に入っていたのかという疑問は残るが、鱗一枚だけでもかなり価値があり入手しにくいことから高額だったらしく金貨3枚と銀貨6枚を入手できた。
どうやら暫くはこれで何とかなりそうだ。必要な分は使うが使わない分は貯金することにしよう。
主に治療費用に。保険もなければ保証もないのだから。
医療費、いくらなんだろうか。高くないといいんだが。
とりあえず、何処か泊まるか。というわけで二階建てらしい宿屋へ向かった。
「ここらじゃみかけない顔だね。泊まりかい?」
「ええ」
「一人部屋なら一泊で銀貨1枚だよ」
銅貨以下の硬貨ってあるんだろうか。
銅貨一枚が10円だとして10枚なら100円ぐらい、になるのか?銀貨だから1000円・・・あれ?思ったよりも随分安いな。
一泊の宿泊費としてはかなり安いように感じる。ネカフェで寝泊まりする時と同じぐらい安いんじゃないだろうか。
物価自体が安いのかもしれない。市場で一度誰かに値段を聞けばよかった、と後悔をする。
「それじゃ、銀貨5枚で」
当然、一部屋だけだ。数日はこの町にいるつもりなので5泊分をまとめて先払いした。
「はいよ。・・・確かに。五日分だね。まいど」
気前よく支払うよう俺に愛想よく笑いかけた。
「ほら、これが鍵だよ。無くさないように気をつけな」
「ありがとうございます」
お礼を言ってその場から立ち去って部屋へ移動する。俺が泊まる部屋は、宿屋の二階の右端。階段を上がってすぐのところだ。
窓が二つに簡素な木製のベッドと机に椅子が壁際に置いてあるだけの部屋だった。中は洋室で、フローリングの床はまだ清潔そうに見える。
物が置かれていて狭いとは感じるが、寝るためだけに使う部屋ならこれでも十分だろう。他にはカーテンがあることだろうか。
明日はギルドに行ってみるか。聞いたところだと広告も出せるらしいし。
そう思いながら俺はベッドに腰かけるとそっとスマホを取出し、電源を入れてどうにか連絡を取れないかと独り模索し始めた。