私の哲学
思春期や鬱の人のためになればいいな〜。
そもそも哲学とはなんだ?
ある命題に答えを出すことであるらしい。どっかで読んだ。
私はなんというか自身の生きる道標みたいなものだと勘違い?している。まぁ、いいよそれで。
私の哲学をフイに書こうと思ってね。
ネットの世界は広いし、誰か読んでなるほど〜とか、それはちゃう!とか思って、気に留めてくれたら私としてはなにより。
さぁー、前置きが長いのは好かんし、簡潔に書くと、こゆこと。
二者択一的思考。
例で述べよう。
あなたは時限爆弾が体についてます!剥がれません!
で、君は最終的に爆弾で死ぬんだけど。数キロ先に爆発の時間を伸ばせる道具とか爆弾のこと忘れれる楽しい何かがあるわけ。
でも動くと一定の確率で爆発する爆弾なのね。信管が動く衝撃で外れるみたいな感じ。
もちろん動かなくても腹減って死ぬんだよね。
あなたはどうしますか?
なんだそれって?でも私たちの世界の話だよ?
動く?動かない?
動くでしょ?当たり前じゃん。だってどっちにせよ死ぬんだから延命したり楽しいことしたいもん。
この動く?動かない?が二者択一的思考ね。
助ける?助けない?
殺す?殺さない?
生きる?死ぬ?
すべてそう。それを決定するには判断材料がいる。
時間制限だってある。
じゃー、判断材料ってなんだ?
その選択肢を選ぶメリットとデメリット。
子供がほしい!ってなったとする。
じゃー、恋愛して、結婚して、子供作る!とか養子を作る!とか、強姦して子供孕ませるか。とか色々あると思うんだけど。まず法律的にダメなものあるよね。家族と疎遠になりそうなものあるよね。とか考えるじゃん。
もうここで、二者択一です。
恋愛からの子供。悪くないなぁ。むしろ良し。
養子。うーんちょっと愛せるか自信ない。
強姦。無理、アホ。法的に社会的に色々なことで自分が死ぬわい。
って感じで◯かXになるわけね。無理か可能か。
これも二者択一的に判断していく。総合的にこれかなってなる。
思考過程も二者択一的でどれがいいかなー。って比較する。それか、これがいい!それ以外ありえぬ!って1つとそれ以外って2択かな。
そこに正義も悪もないよ。あるのは自分にとってメリットになるか、デメリットになるかだけ。
極論になるけど、法で裁かれると好きなことできねーだろ?困るじゃん。だからやらない。なんかカッコ悪いし。妙に胸糞悪かったりするし。存在してるか分からんけど、周りから冷たい視線で見られるし。なんか気分悪い。
でも、そんなこと気にならないくらいしたいことあるんなら、デメリットよりもメリットがあるなら、法だって犯してもいいんじゃないと思うんだよね。
ほら、胡蝶の夢かもしれねーじゃん。我思うゆえに我ありだよ。他は存在してねーかもしんねーじゃん。
だから、そゆことなんじゃないかなと。
結局したいことやんなよ!自己責任だけどな!
通り魔にあったとしても、君は外に出るって選択しちゃったんだから!仕方ないよ!通り魔に刺される可能性が0に近いとしてもあるんだから!それでも外に行きたかったんでしょ?
なんとなく伝わったかな?けど、みんな分かって生きてるか、あはは
これが私の哲学。
最後にアインシュタイン先生の偉大なお言葉
「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う。」
常識だって独断と偏見で選り好みされてんだって。
私の哲学を裏打ちしてくれたな。
最後に拙い文でごめんね笑