6話・ウィローのステータス
コルト村の近くの小さな山にぽっかりと空いた入り口。
その洞窟は、奥で宝箱を守る魔物の名前からとり、ワ―キャットの洞窟と呼ばれていた。
『ワ―キャットの洞窟・脅威度4』
入口にそんな表示が見えて、どういったことかと聞くと、
「ワ―キャットの脅威度が、そのまんまダンジョンの脅威度になってんだよ」
ウィローが簡単に説明してくれた。
つまりは奥に待つワ―キャットを除けば、雑魚しかないという事だった。
事実、道中は楽勝だった。
ウィローの体は<無刀取り>のスキルの応用とやらでモンスターの攻撃のすべてを躱し、攻撃には<明鏡止水>を使って、必中で敵を切り裂いた。
その横で俺は<内功>を使った格闘技を大いに活用した。
ゴブリンや骨兵士如きに降魔四十八神掌を使うまでもない。
ただの殴打が必殺だった。森にいたモンスター以下の雑魚しか出ないことには拍子抜けさせられた。
ただ、空を飛び上空からの攻撃を加えてくる『ドレインバット』なる蝙蝠型モンスターには多少てこずった。
何せ地上からの攻撃が当たらず、向こうの攻撃の際にカウンター気味に拳脚を当てなければならない。
そうなれば中衛、後衛のパンサー、セレナの出番だった。
パンサーの槍は地上からでもドレインバットを串刺しにし、セレナの氷結魔法は氷の矢をドレインバットのさらに上から降らせ、相手をいとも簡単に殲滅した。
初めてのパーティーでの戦闘という事で、どう動けばよいかと言う不安は最初少しだけあった。
が、いざモンスターと遭遇して見れば、ウィローが上手く俺や中衛より後ろに合わせてくれるという戦闘巧者っぷりを見せてくれたので安心して戦うことができた。
即席パーティーにしてはウィローを中心に息が合いすぎるほどにうまく事が進んでいる。
やる気はなくとも騎士団長の名は伊達ではないという事なのだろう。
結局、苦戦することなく中継地点の魔物除けの魔法陣の張られた部屋までたどり着くことができた。
たき火を囲み、腰を落ち着けると、何となく手持無沙汰になってしまった。
そうだ、モンスター数十体を倒したのだ。スキルもいくつか上がっているだろうと期待して、ステータスウィンドウを開いてみた。
<現在のステータス>
名前:ヤスタカ 種族:エルフ 所持金:0G 1S 60C 場所:ワ―キャットの洞窟
装備:布の服 上級体力の護石 所持品:補給食×3 ゴブリンの肉×4 尖った骨×8 ドレインバットの牙×3
ステータス 体力:E(32) 魔力:C(50) 筋力:G(15) 耐久力:D(40) 素早さ:E(35)
スキル <味見係Lv1><内功Lv8><パイロン式武術Lv3><マーシャルアーツLV1><調理Lv3>
もともと持っているスキルに変化なし。そうか、相手が弱すぎたものな。
しかし新しいスキル<マーシャルアーツ>を習得することができた。
道中、魔物を殴る蹴るを繰り返していた際、以前やっていたキックボクシングの癖が出ていたのだ――というか、骨兵士はエルフであるわが身の高身長に対してちょうどいい位置に頭があり、ハイキックが心地よく決まったので、多用しすぎたせいもあるだろう。
これでただの殴打にもボーナス補正が付くはずだ。≪内功≫と組み合わせればさらに攻撃力は上がる。
タリスマンはウィローがどうしても嫌がったので、今回の洞窟攻略中に限り、3S支払って借りたものだ。
「リヴィングストン家の所有物ですのでただではお貸しすることは出来ません」
相変わらず抑揚のない声でセレナが言うので、しぶしぶお金を払ったのだが、3Sでは安すぎるほどの効果だった。
「エルフの方には効果が薄いと思われますが」
と言っていたが、体力が10、耐久力が25も上がっている。
種族が人間であればこの倍上がるらしいが、今までの貧弱なステータスを思えば破格だ。
ただし、装備ボーナスには<内功>が重複せず、元のステータスのみに乗るようなので、その辺は注意が必要なのだった。
自分の身体能力を上げる<内功>とは違い、体を武器として使う<マーシャルアーツ>には装備ボーナスが乗るようだが……何だかややこしくなってきたな。
元から持っていた謎のスキル<食い意地>から変化した<味見係>以外のスキルは、何となくこういうスキルだというのが確認した瞬間分かるのだが、増えてくると煩雑になってしまう。
何かわかりやすくする手はないものかとも思うが、でもまあ、今でなくてもいいか。
――それよりも、気になっていることが一つある。
世界最強を志しているが、今現在、師匠やウィローが俺を超えて強いのは分かる。
そのウィローはどのくらい強いんだろう?
そう思って俺は、
「ゴブリンの肉、食べないか?」
唐突に言ってみた。補給食は三人分しかないが、ゴブリンの肉はちょうど四つある。
食事は人の心を和ませるものだ。あわよくばステータス画面を見せてくれるかもしれない。
しかし、ウィローたちの反応は冷たかった。
「はあ?」
「ゴブリンの肉は食べモノじゃないですぞ」
「ゴブリンの肉は通常調合に用いるものですが」
いやいや、待ってくれ。
緑色の毒々しい色をしているし、焼くと紫色になってさらに食べんのじゃない外見になるけど、これが結構美味しいんだって!
力説を重ねると、渋々ながら四人分焼くことを許可してもらった。
食べるかどうかはそれから決めると。
じゅうじゅうと肉汁がしたたり落ちるとともに肉の色が紫色に変化していく――と、同時に香ばしい匂いが辺りに立ち込める。
「食べてみないか?」
俺が言うと、おそるおそると三人はゴブリンの肉に手を伸ばす。
一口齧ると――あとは完食するまで時間はかからなかった。
ウィローはよっぽど気に入ったらしい。満足そうに肉が刺さっていた木の棒をなめた。、
「さすがエルフ……奇食に詳しいな……」
「エルフは関係ないけどな」
遅ればせなら俺もゴブリンの肉に手を伸ばすと、ウィローがさらに言う。
「物足りねえ。一口分けてくれね?」
「良いけど、代わりにちょっとステータス見せてくれないか?」
瞬間、空気が凍り付いた。
まずい、変なこと言ったか。
「なんでそんなこと知りたがる?」
真剣な声音でウィローが言った。
横でパンサーが泡食ったような表情でになり、セレナの目も先ほどよりずっと冷たくなった。
「ウィローが強いから、どれくらい強いのかと思って」
「興味本位なら今すぐ言葉を取り消せ。いや、何にせよ取り消せ。もしお前がイズーのスパイだとしたら、俺は今ここでお前を斬らなきゃならなくなる」
ウィローの目がは真剣だった。
「一応俺も十三番騎士団の団長だ。おいそれと情報を漏らすわけにはいかない。――ヤスタカ、俺は働くのが大嫌いなんだ。こんなところで仕事をさせるなよ?」
そうか。今の俺はエルフ――ウィローからすれば他国の人間なんだ。
スパイと疑われても仕方がないのか……。
「ごめん。俺、世界最強を目指してるから、強い人のステータスとか、単に見てみたかっただけなんだ。取り消すよ」
何となく気まずい空気が漂い始めた――と思いきや、ウィローがいきなり笑い始めた。
「世界最強だと? 魔法も使えないエルフが?」
「何だよ。悪いかよ」
ウィローは首を横に振った。
「いやー悪くない。悪くないから面白い。お前マジで変わりもんだな、俺好きだよ、そういうの。おいセレナ、悪いけど親父殿には黙っといてくださいお願いします」
「ウィロー様」
セレナが制止したが、ウィローは既に右手を操作し、一枚の紙を寄越してきた。
<ウィローリヴィングストン>
ステータス 体力:A 魔力:C 筋力:AA 耐久力:B 素早さ:S+
「数字抜きのステだけな。スキルも≪無刀取り≫と≪明鏡止水≫は教えちゃったけど、他は内緒ってことで」
「この事が御家に知れたら大事になります。ステータスを知られて悪用されたらどうなるか――」
「俺昔っから思うんだけどさー、俺見てればスピード+器用さ特化の刀使いってのはすぐに分かるじゃん? このくらいのステ知られたってどうという事もないんじゃないの?」
――正直、それは分かっていたけれど、ステータスを見ると改めて凄まじい。
ウィローにとってネックになっている魔力が、現状の俺の最強ステータスであるの魔力と同じCなのだ。
それ以外にも、Aはおろか、AA、S+と想像もつかない文字が見えている。
「これで、ウィローはディスペアで何番目くらいに強いんだ?」
ディスペア第十三騎士団の団長で、冷や飯食いのような徴兵係などやっているようだが、実力と言うよりも本人のサボりたがりな資質によるものが大きいのだろう。
実際の所、このステータスはどれほどのものなのか知りたい。
「相性にもよるけど、ディスペア王お抱えの四聖騎士ってのもいるし、他の騎士団長の事も考えりゃ、10番目くらいじゃねえの? まあ真面目にやり合ったこともないけどな」
10番目……、それがざっくりとした計算だったとしても、四聖騎士という四人は明確にウィローより強いのだろう。
世界最強まではまだまだ遠いか。
「これでヤスタカ様がイズーのスパイだったら、ウィロー様はおろか、リヴィングストン家が処罰を受けることになります」
「大丈夫だろ、多分。それに首になりゃ働かなくてすむしなー」
「大丈夫です。絶対に他言はしない。パンサーさんも、俺が無作法を働いたこと、黙ってていただけませんか?」
「もちろんですぞ」
俺の言葉に、パンサーは胸をどしんと叩いた。顔には冷や汗が浮かんでいて、迷惑に巻き込んでしまったようで申し訳ない。
「ありがとうございます」
「おい、ヤスタカ、ステータス見せたんだからゴブリンの肉を寄越せ」
ウィローは俺からゴブリンの肉を刺した木の棒を奪い取ると、一口で食べてしまった。
「おい! 俺まだ一口も食べてないのに」
ウィローはニヤニヤしながらしばらくもぐもぐと咀嚼する。
「頭が痛いですね。私が付いていながら……」
セレナは感情が分かりにくい抑揚のない声で言った。
「あ、そうだ。ヤスタカ」
肉を飲み込んだウィローが言う。
「世界最強目指してるんなら、ワ―キャットとタイマンしてみろ。いい経験になると思う」
「ウィローさん、それは危険ですぞ!」
パンサーが止めに入ったが、ウィローは本気のようだった。
「ここの洞窟の宝箱はディアン・ケヒトの加護の余波か知らねえけど、わりとすぐに再来するから、ケチな冒険者が一人をおとりにして、宝箱だけ頂いてワ―キャットとはやり合わないってのが、セオリーなんだよな」
それは知らなかった。
最初からワ―キャットと戦うものだとばかり思っていた。
「だけど、ヤスタカにはマジでやってもらう。世界最強と口にした、その意地を見せてくれ」
タイマン――。一対一と言うのは想定外だったが、元よりこちらはワ―キャットと戦うつもりでここに来たのだ。
「分かった。そうしよう」
俺は頷いた。脅威度4のモンスター。今までの雑魚とは違うだろうが、やって見せる。
「なるほど、最強を口にした手前断れないし、もしもスパイだと困るのでモンスターをけしかけ効率的に口封じを」
物騒なことを言うセレナを、ウィローはたしなめる。
「馬鹿、男のロマンだよ」
「私は女なので分かりかねますが」
「夢より実ばかり取りやがって。さあ、じゃあ最奥までもう少し、張り切って行こうか」
働きたくないが口癖の男とは思えない、揚々とした声で、ウィローが号令をかけた。
あの、結局俺何にも食べられてないんですが。
単なる独り言。次々回くらいで方向性が固まってくるのですが、小説書くのは楽しくもあり難しくもありますね。頑張ります。
評価やお気に入り登録ありがとうございます。本当に励みになっております。
では、また次回もよろしくお願いします。