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エルフ食神伝  作者: 秋野なのか
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5話・異世界第一号

「何か……美味しいもの食べさせてくれるって聞いたんだけど」


 夕刻、総髪をぼりぼりと掻きながらウィローは教会の食卓に現れた。

 テーブルの上には湯気が昇る丼が4つ。

 俺とマリアとパンサーさん、そしてウィローの分だ。


「ただで食べさせるとは言ってない。ダンジョンアタックに参加してくれると約束してくれたら食べて良い」


「ふーん、まあ、そういう話だったな。で、食べてみて美味しくなかったら断ってもいいんだよな?」


 そう言いながらウィローは食卓に着く。

 そして湯気の香りを鼻で感じ――目の色が変わった。


 すでにマリアもパンサーさんも涎をたらさんばかりに丼を見つめている。

 これ以上待たせるのは酷と言うものだ。


「それじゃ、揃ったので、食べましょうか」


 三人が「いただきます!」と声をそろえて言った。

 ふうふう息を吹きかけて一心に麺を口に運ぶ。

 やはり初めての食べ物だから麺をすするということは出来ないか。

 だが、三人ともフォークで麺を絡めとり、器用に食べていた。


 そう、作ったのはラーメンだ。

 

 <調理>スキルは豚選びの段階から活躍していた。

 村の市場は小さなものだったが、その卸しているものの中で最も熟成した豚肉の目利き。

 元の世界ではなかったような野菜類がたくさんあったが、どれがラーメンの具材に適しているか判断する力。

 それらをまずスキルでまかない、そして実際に作る段階においても、塩漬けする時間、煮込む時間をスキルによって圧倒的に削減できた。

 そうでなければ思いついてから夕飯時までに間に合わなかっただろう。


 そしてパンを焼くための小麦粉を分けてもらい、麺を作った。

 これが一番の難点だった。

 質の良く無い小麦粉に、さらにはかん水が手に入らなかったので、歯ごたえが悪い。

 しかも麺きり包丁がなく、ナイフで細く切り分けたので、いまいち形状も一定しない。

 しかしスキル補正を精一杯使って、最低限の麺にすることは出来たのだった。


 ダシは塩漬け豚を作ったスープをそのまま使える。

 麺を入れ、市場で買ったネギに似た薬味を入れ、塩漬け豚をこれでもかというほど盛る。

 豚料理と言われても仕方がないくらい入れたが、ラーメンとしての完成度をごまかす意味もある。


 元の世界で、半分ラーメンの世界に足を踏み入れようとしたものとして言うが、これはあくまで似非えせラーメンだ。

 まともに食べて美味しいと思えるのは塩漬け豚のチャーシューくらいだろう。

 スキル補正がなければとても人前に出せたものじゃない。

 だが、能力として得ているものを出し惜しむ手はない。


 山盛り塩漬け豚のラーメン。

 異世界で作った第一号ラーメンだ。


 これが現状で作れる、俺のラーメンだった。

 世界一のラーメンを食べさせると約束した人には決して出せない代物だが、それなりに美味しいという事は、夢中になって食べている三人が保証してくれている。


「旨かった!」


 空になった丼を置いたウィローの第一声がこれだった。


「これってパイロンで昔作ってたって言うラーメンだろう? イズーの方に伝播していたのか」


「いや、これは俺のオリジナル、というか力技と言うか。ラーメンではあるには間違いないけど、パイロンもイズーも関係ない」


「ふうん、まあ何だっていい。それより教えろよ。食卓に着いた瞬間匂ってきたあの食欲の湧く香りは何だったんだ?」


 難点は麺だったが、今回の肝になっていたのはそこだった。


 スープが完成し、味見をしてみたが、どうも物足りない印象の味にしかならなかった。

 市場を探してもニンニクに類するものが見つからなかったのだ。こってりとしたラーメンでこれは致命的だった。

 薬味を変えたり火を入れてみたり色々やってみたが、どうしても一味足りない。


 思い悩んでいると、右手の先のステータスウィンドウがちかちかと光り始めたので、触ってみると、スープにアイコンがついて『ニンニク』と表示された。

 さらにそのアイコンに触れてみると、スープからニンニクの香りが漂い始めた――と、同時に体に酷い疲労感が襲ってきた。

 ゲーム風に言うと、MPを消費してニンニクの風味を投入したという事になるのだろう。

 ステータス表示にHPMPはないが、俺の中で疲労感として消費されたことは間違いない。

 <味見係>を習得した際に<調理>にボーナスが付いたが、このことだったのだろうか。


 足りない味を補ってくれるスキル。確かに有り難いが何度も使えない荒業だった。


「ま、そこは秘密という事で」


「おい……いや、まあいいか。なあ、俺が出資するからこのラーメンで店を作らないか? パイロン伝説のラーメン屋、儲かると思うぜ? そして俺はあがりをもらってウハウハと言う寸法よ」


「店で出せるレベルじゃないよ。それより、パーティーの件だけど」


「ああ、いいぜ。働くのは好きじゃないけど、冒険は嫌いじゃないんだよな。ぶっちゃけ美味しかろうがまずかろうが気分次第で参加してたと思う」


 あっさりとウィローは頷いた。それなりに苦労してラーメンを付くた意味は……。

 いや、まずかったら気分を害して断られていたかもしれない。

 それなりに苦労したかいは多分あったのだろう。


「んで、俺が前衛でパンサーのおっさんが槍を持って中衛、ヤスタカが魔法で後衛ってことでいいんだよな?」


「ですな。バランスのいいパーティーになりましたな」


 パンサーも頷いたが、俺は大いに異議があった。


「いや、俺魔法使えないんで、前衛二人ですよ?」


「はあ? エルフなのに?」


 ウィローが懐疑的な声をあげ、パンサーも驚いた顔をする。

 事情を知るマリアだけが素知らぬ顔で食後のお茶を飲んでいた。


「エルフなのにです。魔法は一切覚えてないんで、パイロン式武術で戦う」


「お前、何となく初めから思ってたけど、変な奴だな……」


「働く気がない騎士団長の方がよっぽど変だぞ」


「まあまあ二人とも」


 パンサーが俺たちの会話をなだめ、話題を変えた。


「しかし前衛二人に中衛一人では後ろが寂しいですな」


 と、言いながらマリアを見る。


「私ですか? ヒーリングくらいならできますが、高いですよ?」


 にっこりと笑い指で丸を作ったので、パーティは前衛二人中衛一人の三人で決定した。

 このラーメンを作るのにもパンサーの仲介料にも大分支払ったのだ。

 いくら払う羽目になるのかなんて聞きたくもない。



 そして翌朝、村の入り口に三人が集まった。

 ニンニクの臭いが残っていないのはスキルで作ったものだからだろうか。これは僥倖だった。

 むさくるしいパーティーでさらにニンニクの臭いをまき散らしているのはなかなかに酷い光景だ。

 そうならなくて良かった。


 パンサーはよくそのサイズがあったなという鉄製の鎧兜を身に着け、身の丈より少し長い槍を手にしている。

 そしてウィローは相変わらずの総髪に布の服で、腰に刀を帯びていた。


「よく知らないけど、母親の形見らしくてな? なかなかの業物らしい。ま、俺にはこれ一本あれば十分なわけだよ」


「自信過剰じゃなければいいけどな」


 ぼそっと嫌味を言ってみたら、ウィローは案外おおらかに受け流した。


「まあそう言うなよ。久々のダンジョンアタック、俺も楽しみなんだよ。そういうお前も手ぶらじゃないか」


 確かに俺一人布の服に手ぶらだ。鎧なんてつけたら重くて戦えないし、ナイフを持つより殴った方が攻撃力が高い。

 一応マリアに補給食を魔法石にストレージしてもらったものを袋に入れて腰に下げているが、持ち物と言ったらそれくらいだ。


「忘れ物がなければ、出発するか」


 二人の顔を交互に見て確認すると、双方とも頷いて答える。


「おう」


「ですな」


 こうして、俺の初めてのダンジョン――ワ―キャットの洞窟の攻略が始まった。


 と、思ったのだが。


「お待ちください」


 まだ始まらなかった。三人肩を並べていざ行かんとしたその時、背後から女性の声で引き留められた。

 抑揚がないというか、聞き覚えの無い感情のこもっていない声だ。


「げ……セレナ」


 嫌そうな声を上げたのはウィローだった。

 振り向いて確認すると、ショートボブのメイド服の女性が立っていた。


「また現場をほったらかしにして遊びに出掛けるのでしょうか? ウィロー様?」


「いや……これはあくまで近隣調査であって業務の一環だ。うん、仕事なんだよ」


「働きたくないが口癖のあなたが? ウキウキして出かけて行ったと報告がありましたが」


 ウキウキして出てきたのか。何かウィロー年上だけど可愛いやつだな。


「あれ、俺の御付のメイドなんだけど頭硬くてな。ちくしょうこっそりでてきたのに。ヤスタカからもなんとか言ってくれ」


 冷や汗を流しながら頼んでくるウィローは不憫だったし、何と言っても誘ったのは自分だ。

 フォローする義務は十分すぎるほどある。


「今回の件を騎士団長殿に依頼したヤスタカです。ワ―キャットの洞窟の調査に行こうと思っているのですが、何分仲間が集まらず、ディスペア騎士団に助力を願ったところ、団長殿自ら力を貸してくれるとの事で、大変ありがたく思っているのですが」


 やや敬語が怪しいが、ペラペラと嘘を捲くし立てた。まあでも半分は本当だし。


「ヤスタカ様。エルフで記憶喪失の料理人ですね。教会の情報屋の少女は『らあめん』とやらで買収されたと仰ってましたが」


 教会の情報屋の少女――マリアのことか。金で情報も売ってるのかあの子。

 エルフで記憶喪失で料理人って、なんか複雑になってきたな。ざっくり纏められないだろうか。

 ……と言うか、完全に情報筒抜けじゃないか。どうしようかこれ。


「パンサーさん……!」


 年長者に頼ってみたが、首を横に振るばかりだった。


「セレナ嬢は稀代の頑固者。ウィロー殿でもダメと言われれば同行は不可能ですぞ」


「そんな」


 あとちょっとでダンジョンアタックが始まるというところなのに……!


「何を勘違いされているのかは知りませんが」


 取り出した魔法石をスタッフに変え、メイド服姿のセレナは言う。


「聞けば後衛不在との事。リヴィングストン家の者が満足にパーティーも組めないと後ろ指をさされては事です。不肖ながら私、セレナも同行いたします。ストレージから氷結魔法まで一通りこなせるので邪魔は致しません」


 ストレージってレアスキルじゃなかったのかよ。このメイドさん凄いな。

 しかしウィローの顔は青ざめたままだった。


「絶対俺の監視目的じゃないか……俺は自由が欲しいんだ!」


 だっとワ―キャットの洞窟に走り出すウィロー。


「だからお待ちください。せめてお父上から預かっている護石タリスマンくらいはお持ちになってください」


 そしてその後を全く走る素振りもないのに、スタスタと一定の、しかし凄い速度で追いかけるセレナ。

 姿勢もいいし、何か武術も齧ってるなあの女。


「まあ、これで晴れてバランスのいい四人パーティーになったし、ウィローには悪いけど、このままいきますか」


「ですな。やあ、ご婦人がいると気分も華やぎますな」


「何か不思議な感じの人ですけどね。しかももうすでにめちゃくちゃ遠くまで行ってるし」


 二人の姿が豆粒になる前に、後を追いかけた。

 肩を並べてとは行かなかったが、ようやく小さな旅が始まったのだった。

ラーメン回でした。最強を目指す話なので第一号もこんなもんですね。

次回もよろしくお願いします。

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