4話・守銭奴シスターとニート騎士(と書いてサムライと読む)
翌朝、庵を訪ねてきたのはシスター服の青い瞳の女の子だった。
土間で出迎えた俺を見るなり、穏やかな顔で言う。
「おはようございます。ヤスタカ様ですね? マリアと申します。シュエメイ様からお話は伺っています。コルトの村までご案内しますよ」
「おはよう……って手ぶらのようだけど、備蓄品を持って来たんじゃ?」
「ああ、それなら……」
と、マリアは袖から石のようなものを取り出し、土間に直接置いた。
「この魔法石に一月分の備蓄がストレージしてあります。必要分だけシュエメイ様が取り出すでしょう」
おお、これが魔法か……。ずっと武術の修行ばかりだったし、森の魔物に魔法を使うものはいなかったから見るのは初めてだった。
目を丸くする俺に、マリアはにこりと笑った。
「聞いていた通り、本当にエルフらしくない方ですね。魔法石を見るのは初めてですか?」
「ああ、初めてだ。こんな小さな石に全部収まってるのか……質量とかどうなってるんだ……」
しかし理屈で考えても仕方がないことなのだろう。きっとそれが魔法なのだ。
そう考えれば、スキルと言う存在自体、魔法と大差ないところもあるな。
「この小さな石が、良いお金になるのです。さて、時は金なり、ヤスタカ様、準備がお済みでしたら早く参りましょう」
「師匠……シュエメイさんに会っていかなくてもいいのか?」
「御代はすでに前払いで頂いていますし、そもそも私はシュエメイ様の姿を見たことが有りませんし」
ああ、なるほど。いつもの気配隠しと声だけでやりとりをしているのか。
荷物はまとめてあるが――しかし、このまま行ってしまってもいいのだろうか。
師匠に何か挨拶をしていきたいところだが。
「……そうだな」
あの人の事だから、今も気配を隠してどこからか見ているに違いない。
「お世話に、なりました!」
土間に一礼して、マリアと共に外に出る。
師匠の姿を見るのは、次の機会で良い。それは必ずあると心に決めて。
外に出ると、マリアは魔法石を一つ杖に変えて手に持った。
「たいてい弱い魔物しか出ませんが、物騒ですしね」
まあ、この森の弱い魔物は俺がひと月乱獲したおかげで、滅多に姿を見せなくなってしまったのだが。
食材目当てでモンスター狩りをする際は、こちらから探しに行かなければならないほどだった。
それよりも、
「それ便利な魔法だな……たいていの人が使える魔法なのか?」
「いえいえ、ストレージの魔法はなかなかのレアスキルでして。所有物なら何でも小さな石に変えてしまうことができるので、日常生活から旅のお供まで、活躍の場は広いのですけど」
「ふーん……たしかに。レアスキルって言ったけど、魔法ってどうやって覚えるんだ?」
「エルフなのに……いえ、記憶喪失なのでしたね。基本的にはスクロールを読んで習得しますが、稀に突発的に覚えることもあります。私もディアン・ケヒト様に信仰をささげていたら、いつの間にかこの魔法を習得していました」
「なるほど……スクロールが基本なのか」
せっかく魔力が高いエルフなのだから、格闘以外にも魔法の一つや二つ覚えたいが、どのくらいの価値の物なのだろうか。
師匠がイノシシの牙と引き換えに、路銀として6シルバー渡してくれたが足りるかな。
「なあ、スクロールっていくらぐらいするものなんだ?」
「魔法の国イズーの相場は分かりませんが、ディスペア領では、安値の火弾魔法のスクロールで30ゴールドほどですね」
全く足りない……。100シルバーで1ゴールドと言う話だから、5000倍に増やさなければならないのか。
「まあ、庶民には縁の無いものですから。必然値段も高くなります。ヤスタカ様はダンジョンに行かれるおつもりなんですよね? 最奥の宝箱にスクロールがあったという話も珍しくはありませんし、いくらでも手に入れる方法はありますよ」
「ふーむ。そういやコルト村には面白いダンジョンがあるって聞いたけど、どんなダンジョンなんだ?」
俺が聞くと、マリアは困ったような顔を見せた。
「コルト村近辺には二つのダンジョンがありまして。一つはワ―キャットが宝箱を守る普通の洞窟なのですが……その面白いというのは、もう一つの……ディアン・ケヒトの地下迷宮の事でしょうね。最奥を目指して入った人が帰ってきた試しがない危険なダンジョンなので、一人ではもちろん、強いパーティーでなければ入ることすらお勧めできないです」
深刻な表情で言うので、俺は思わずつばを飲み込んでしまった。
多少強くなった自信はあるが――己惚れは禁物だ。
まずはそのワ―キャットの洞窟と言うのを目指してみようかな。
「あと、ダンジョンアタックなら、仲間を募るのがお勧めですよ」
と、表情をがらりと変えてマリアはニコニコして言う。
「心当たりが一人いますので仲介できると思います。あっ、仲介料はもちろんお安くしますよ!」
力強く人差し指と親指で丸を作るマリア。
思ったのだが、このシスター結構がめついのでは?
コルト村に付くと、何やら想像していたのと様子が違った。
村人が畜産をのどかな村だと聞いていたのだが、今は騎士が闊歩し、何だか物々しい。
「ああ、今、ウィロー様が徴兵にいらしてまして」
「徴兵?」
「一応魔王軍と戦う義勇兵を集めてるんですが……まあ、紹介しますので、一度会ってみてください。多分、見た目ほど大層なことは起こってないのでして」
案内されて行った村役場の前には重装備の騎士が二人いて、じろりと俺たち――いや、エルフの俺を見てくる。
やっぱりエルフに対する偏見があるのだろうか。
何か嫌なものを見る目つきだった。
中に入ると、木の長い机があり、その先にぐったりと机に身をゆだねている男がいた。
黒色の髪を総髪にしているその男は、表の騎士とは違い鎧を身に着けておらず、ただの布の服――それどころか、やる気のない死んだような目をしていた。
なんなんだこの男は。いや、何となくは分かるが……。
「ウィロー様。エルフのヤスタカ様をお連れしました」
やっぱりこのやる気のなさそうな男がウィローだった。
マリアの声に面倒くさそうに視線だけこちらに向けた。
「ヤスタカ~? なに、兵士になりたいの?」
「いえいえ、この村のお客様でして。一応ご挨拶をと」
マリアの言葉に俺は一歩前に出て会釈する。
「ヤスタカです。エルフですが、記憶喪失中なもので、何か失礼があってもご勘弁を」
記憶喪失中と言う自己紹介も変だが、未だ世情に疎いため、こうやってごまかし続けるしかない。
俺の言葉に対して、ウィローははふぅとため息をついて、
「エルフ、エルフねえ……。お前らはいいよな。自国に引きこもって魔物とやりあわなくていいんだから……俺も働きたくないでござる……」
「ウィロー様。一応自己紹介を」
マリアのフォローに渋々と言った感じで、ウィローは言う。
「ウィロー・リヴィングストン。ディスペア第十三騎士団の団長で徴兵係やってる……けど、この村にいるのが一番いいよなあ。兵士になりたがる馬鹿もいないし、一日中ぐでっとしていられる」
ウィローはやはり視線だけこちらに向けて、体重は完全に机に預けている。
団長と言うにはずいぶん年若い――俺と同じか少し上くらいの年に見える。
何にせよ、一国の騎士団の団長がこんなことで大丈夫なのか人類。
「この村でもう2,3日サボるつもりだから、部下にはいつものようにその辺うろうろしとけって言っといたし、見た目は物騒だけど、鎧着た石像が動いてるだけとかそんな感じでスルーしてくれ」
「はあ……ダンジョンアタックで人を募ろうと思ってるんですが、徴兵の邪魔にはなりませんか?」
「敬語なんてやめてくれ。徴兵の邪魔? ならないならない。だって徴兵する気ねーもの。けど、あんたエルフだろう? この辺エルフの偏見強いからなぁ……まあ、好きにしてくれ」
言うだけ言うと、さっさと追い払うように手を振った。
……エルフへの偏見?
傲慢だとか、国が閉鎖的とは聞くが、そんなに嫌われているのだろうか。
「わ、私が紹介する人はそんなことないのでして。さ、ヤスタカ様、そろそろお暇しましょう」
マリアはそう言って慌てて俺を外に連れ出した。
エルフの俺に気を使ったのかもしれないが、理由の部分を聞かないとどうも座りが悪い。
「エルフって、嫌われてるのか?」
直球で聞いてみると、マリアは困った顔をしながらも答えてくれた。
「……はい。この村はイズーからフィンの森にいらっしゃるエルフの方の補給地点になるのですが、エルフの方はお肉を召し上がらないので、畜産が名物のコルト村とは、なんというか相性が悪いといいますか……」
「俺は肉食べるけどなあ」
スキルのおかげか、それとももともと人間だったからなのか。
元居た世界にもベジタリアンを標榜する人もいたし、それに近いのかもしれない。
「体質と言うよりは食べ物とみなしていないような……あ、今日は教会にお泊りください。今の時間ならパーティになってくれる方もそこにいらっしゃるはずですし」
「何から何まで世話になります」
「宿泊料はシュエメイ様からすでに頂いてますのでご安心を!」
ああ、そういうことなのか。
ちゃっかりしているマリアはともかくとして、師匠の手回しには頭が下がるな。
教会は村のちょうど真ん中に位置するところにあるという。
村役場が、村に入ってすぐの所にあったことを思えば、そう大きくない村である。
そしてしばらく歩いた先の教会にいたのは、でっぷりと太ったおっさんだった。
「こちらは村の警備隊長のパンサーさんです。パンサーさん、こちらはヤスタカ様、エルフですが、悪い人ではないとシュエメイ様からのお墨付きでして」
「パンサーですぞ」
と、太ったおっさん――パンサーは村全体がエルフ嫌いと言う話がウソだったような笑顔で握手を求めてきた。
「いやあ、若い連中はとやかく言いますが、私としては別段偏見はないんですな。何か困ったことがあれば私に言ってくだされ」
「ヤスタカです。そう言ってもらえると助かります。肉も好物ですし」
「ほう。わが村の豚肉は最高ですぞ。是非食べていっていただきたい」
「あ、いえ、それよりも、差し当たってダンジョンアタックの仲間を募りたいんですが」
握手に応じながら用件を伝えると、パンサーはにわかに驚いた顔をした。
「むむっ、ダンジョンアタックですと?」
「はい、近隣にワ―キャットの洞窟があると聞いたので、そこに行ってみようかと」
「その気概やよろしい! 私が同行して進ぜましょうぞ」
「え?」
この太ったおっさんが……?
そう言えば警備隊長と言っていたが戦えるのか?
困惑した心情が顔に出たのだろう。マリアが慌ててフォローに入る。
「パンサーさんは槍の名手でして。仲間としては最適だと思いますよ」
「うむ。それに一応徴兵しているというのに若い衆に武装させるのも変ですしな。警備隊ならば近隣調査と言い訳が立つと言うわけですな」
「ちなみに他に警備隊の方は」
一応聞いてみたが、こんな小さな村だ。答えは想像がつく。
「私一人ですな」
やはり二人旅になるのか。
想像としては四人くらいのパーティーになると思っていたのだが、現実はそう甘くないな。
しかし、初めて魔物の住む洞窟に赴くのだ。用心は重ねたい。
「徴兵と言っても、徴兵隊の隊長があの調子だけど、やっぱり駄目なんでしょうか?」
「ああ、ウィロー殿に会われたのですな。やはりやる気の無さは気に障ったかもしれませんが……あの方は貴族であるリヴィングストン家の者とパイロン国の女の、いわゆる妾腹と言う奴で、なかなか立場が微妙なんですな。村の豚肉が大好きでめっぽう強い剣術家なのですが……」
確かに、あれは一国の騎士団の姿勢ではなかったな。
しかもめっぽう強い剣術家と来たか。
元居た世界にも、やる気のない天才と言うのはいた。
普段だらしのない姿ばかり見せているのに、成果だけは出す奴。
あるいは体格にものを言わせて、こちらの努力をあっさりと乗り越えて試合出場の権利や勝利を得るような奴らが。
完全に嫉妬でしかないが、凡人の俺はそういう奴らが苦手だった。
この場合は少し意味合いが異なるかもしれないが、それに近い苛立ちを、俺は感じていた。
力があるのなら出し惜しみせずに平時から出せばいいのだ。
俺はあのやる気のない騎士団長を是が非にも働かせたくなってきていた。
「分かりました。パンサーさんにはパーティーに加わってもらって、あとの村の若い人たちは諦めます」
「そうしてくだされ。まあ、いざとなれば引き返してもいいんですからな」
「その代わりウィローに加わってもらおうと思います。暇そうにしてたから、近隣調査に同行したと言えば面子もたつでしょう?」
「そりゃそうかもしれませんが……」
「あのウィローさんが同行するとは到底思えないのでして」
パンサーさんもマリアもそろって困惑した表情で言った。
「ウィローは村の豚肉が大好きと言いましたよね。……旨いもので釣ってみます」
唐突な俺の提案に二人とも目を丸くした。
人に何かやらせたい時はとにかく美味しいもので釣ってみる。
ラーメンの約束と引き換えにパイロン武術と丸薬を授かった時のように。
唐突かもしれないが、やってみる価値はあるはずだ。
「そりゃウィロー殿は旨いものに目がありませんが……」
「パンサーさん、食材の手に入る場所を教えてください。マリアはウィローに仲介……話だけ通してみてくれ」
二人とも困惑していたものの、俺の行動に少しの興味が湧いたようだった。
好奇心が隠し切れず、それぞれがテキパキと動いてくれた。
今こそ<調理>スキルの出番だ。
これがただの手際の良さを現すスキルじゃないことを見せてやる……!
今回も読んでいただきありがとうございました。