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エルフ食神伝  作者: 秋野なのか
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3話・一ヶ月後

 早いもので、異世界にやってきて一ヶ月が経とうとしていた。

 初日から薬を飲んで死にかけたのは良い思い出――では無いな。

 だいたいにして昼に師匠から武術の手ほどきを受け、夜は再びあの丸薬を飲まされるということを半月は繰り返したのだ。

 初日だけの思い出では済まなかったのだ。


 それ以降は体に経脈が備わったとの事で丸薬は無しになったが、内功を高めるという名目で氷のベッドで寝かされる日々は今も続いている。

 氷のベッドで眠るにはコツがあって、内功を常に漲らせていれば、氷の冷たさを感じずに眠ることができる。

 つまり眠るときさえ内功の力――頸力けいりょくを発揮し続けなければならないということだ。


「一ヶ月コースなんだからスパルタなのは当たり前でしょう? それに、達人は内功を極めてなお力の維持のために自分を常に追い込んでいたそうよ」


 と言うのは師匠の言葉だが、確かに最強を目指す以上、こんなことで根を上げてはいられない。


 そして一ヶ月たった今、俺は卒業試験の真っ最中だった。

 最初に見つけた川。初めて自分をエルフだと自覚したその水辺に、そいつはいた。


 白い毛皮に下顎から生えた鋭い牙。

 師匠が言うにはこの森の主と言うほどではないが、かなり上位のモンスターらしい。


  <呪われたイノシシLv30>


 一か月前に、俺が一目散に逃げだしたこいつを倒してこいと言うのが、卒業試験だった。


「ぶしゅるるるる……」


 相変わらず好戦的な目でイノシシはこちらを見ている。

 状況も同じ。お互い川の対岸に位置している。


 だが、今度はこちらから相手に突進する。

 軽身功。内功を使った力の一つで、体を軽くし、動きを素早くする。

 俺はそれを使って川の上を走る――流れの早い川では難しいが、この程度のゆるやかな流れならば十分走れる。

 

 あの巨体で突進されるのが一番厄介だ。間合いを詰めて、まずそれを封じる。

 近くで見ると、やはりでかい。小さな山を相手にしているようだ。


 そして肉薄した俺に、イノシシは素早く牙を突き上げた。まともに食らえば体を突き抜けるであろう一撃を、右手で受け止める。

 身体を鋼鉄にする硬功夫イーゴンフーの一点集中。体全体を鋼鉄にする域には達していないが、右手一本ならばどんな攻撃も防げる無敵の盾と化す。


 そして、この右手の鋼鉄はそのまま攻撃に転じれば無敵の矛と化す。


降魔四十八神掌こうましじゅうはちしんしょう鶏頭けいとう


 親指を曲げ、四本指の貫き手でイノシシの額を貫く。

 師匠がパイロンを離れて開発していた48の技の一つである。

 完成すれば48の技がそれぞれ繋がり、隙のない連続技になるらしいが、未だ完成はしていないようだ。

 ただし、一つの技を取ってみてもかなりの威力である。

 こうして大きなイノシシの額を貫けるほどの―――


「ぶもおおおおおおおおおおおおおっ!」


 しかし額を貫かれてなお、イノシシは生きていた。

 とどめを刺すまで油断しちゃいけなかった――!


 闇雲に牙を振り回すイノシシ。額から流れる血が両目に入り、俺がどこにいるかも見えてはいないのだろう。

 すでに俺はイノシシの目の前にはいない。

 左の側面を取り、両の掌を白い体毛に押し付けた。


「降魔四十八神掌・南天なんてん!」


 手のひらから頸力けいりょくを送り出し、体の内部を破壊する技だ。

 あと一つ教わった技があるがそれを使う間もなく、イノシシはその場に倒れた。

 どしん、と地鳴りがした。

 そして異世界に来て最初に倒したゴブリンのように黒い粒子になって消えていく。


 後には白い肉の塊が一キロほどと、大きな牙がが残った。


 <呪われたイノシシの肉><獣の牙・大>


 と、それぞれ名前がついていた。


「よし、やっぱり肉をドロップしたな」


 この一ヶ月で気が付いたのだが、俺は普通の人とは違い、修行で技術を身に着けることは出来ても、ステータスが上がらない。

 しかし食事をすれば、その食べ物の価値に応じてステータスが上がるようだった。

 師匠に聞いたところ、恐らく<食い意地>のスキルが関係しているのかもしれないと言われたが、<食い意地>はレアなスキルに分類されるらしく、師匠も初耳だったようだ。


 修行の合間にモンスターを狩っては食べ、ステータスも大分上がっていた。

 今はこんな感じだ。


 <現在のステータス>


名前:ヤスタカ 種族:エルフ 所持金:0G0S0C 場所:フィンの森

装備:布の服 所持品:なし

ステータス 体力:F(20) 魔力:D(48) 筋力:G(15) 耐久力:G(15) 素早さ:E(30)

スキル <食い意地Lv9><内功Lv8><パイロン式武術Lv3><調理Lv2>


 修行で≪内功≫、及び≪パイロン式武術≫を上げ、食事でステータスを上げる。

 ≪食い意地≫と≪調理≫は食事の過程で勝手に上がっていた。

 魔力に突出しているのはやはりエルフだからで、筋力耐久力は相変わらず貧相だ。

 しかし、魔力と一体となった内功で補えばCランク相当の力は出せる。

 これからも魔力を伸ばし続ければ、それだけ強くなれるはずだ。


 そして何より――。

 イノシシの肉を拾い上げる。

 これを食べればさらにまた強くなれるという寸法だ。


 牙も忘れずに回収し、さらに予てから見つけておいた薬草を採取して、庵に戻る。

 一人で行動しているように見えるが、陰で師匠が見ているらしく、庵の魔除けにひっからずにすんなりと戻ることができるのだった。

 

「師匠、調理場借りますよ!」


 どこにいるとも分からない師匠に声をかける。


「私の分も作るように」


 やはりどこから声がしているか分からないが、返事は帰って来た。


 それを聞いて、土間の奥で鍋に火をかける。

 ダシにこの辺りに生息する小鳥型魔物のミニミバードの鶏ガラを使う。

 ミニミバートは簡単にダシが出るが、その分あっさりしている。

 本来はダシを取るのに向いていないのだろうが、他にダシに使えそうなものが手に入らないのだ。

 

 しかし野生の肉を煮込むのに、このあっさり具合は中々合っていて、初め魔物を食べることを嫌悪していた師匠も、普段は備蓄の物を食べているのに、時々俺の作る食事に手を付けることもあった。

 ダシを取っている間に、包丁でイノシシの肉を薄くスライスする。

 そして豪快に鍋に流し込み、塩と一緒に、採取した呪い消しの薬草を入れる。

 食べても別に呪われはしないだろうが、肉一辺倒では食べている間に飽きてしまうし、何よりもこの呪い消しの薬草は肉の臭み消しにも役立つのだ。


 調理を終えると、いつの間にか師匠が御椀を用意して待っていた。

 苦笑いしながらよそって、二人で食べる。


 ――噛みごたえのある固い肉を予想していたが、想像以上に柔らかい。

 豚肉と言うよりは上質な牛肉のような味。こんなことなら煮込むよりも焼くべきだった……!

 しかしながら、柔らかな歯ごたえと口の中でほろりと旨みが溶けるような感覚はステーキでは得難いものがある。

 一緒に入れた薬草も口の中の油をさっぱりと中和してくれる、入れて正解だった。


「美味い」


「旨い」


 二人して、それだけしか感想が出なかった。

 反省点はあるが、しかし十分に及第点の味だった。

 

 そしてステータス画面がピコンと音を立て、能力上昇を告げる。


 <体力・魔力・素早さ>UP! スキル<食い意地>UP!<調理>UP!

 スキル<食い意地>が<味見係>に変化! 以降<調理>にボーナスが付きます!


 初めて説明的な文章が出たな。改めてステータス画面を見てみよう。


 <現在のステータス>


名前:ヤスタカ 種族:エルフ 所持金:0G0S0C 場所:フィンの森

装備:布の服 所持品:なし

ステータス 体力:F(22) 魔力:C(50) 筋力:G(15) 耐久力:G(15) 素早さ:E(35)

スキル <味見係Lv1><内功Lv8><パイロン式武術Lv3><調理Lv3>


「師匠、魔力が50のCになりましたよ」


「そう。まあ、これで一人前と言ったところね。成長曲線と言うものがあるから、ここから先は上がりにくいんだけど……ヤスタカの場合スキルで上がってるからどうなるのかしらね」


「食べてみないと何とも言えないですね」


「そうね。何にせよ……卒業よ。おめでとう、ヤスタカ」


 柔らかい微笑みと共に師匠は言った。

 そうだった。イノシシを倒すのは卒業試験――晴れて、合格したのだ。


「ただし、私の庵での修業が終わっただけだというのは肝に銘じてね。あなたはまだ最強にはほど遠いのだから」


「それは自覚してます」


 一方的に指導されるだけで手合わせはしたことがないが、今の自分は右足を失った師匠にも勝てないだろう。

 気配も気取れないほどの力量差が厳然と存在するし、何より一つ一つが必殺足りえる降魔四十八神掌を俺より遥か上のレベルで扱うのだ。

 多少強くなったからと言って、己惚れてはいない。


「しばらく、世界を見てくるといいわ。ちょうど明日、コルト村から備蓄の補充に人が来る。一緒にコルト村に行きなさい。あそこには面白いダンジョンもあるし」


「はい。お世話に――本当にお世話になりました!」


「ほんと、エルフとは思えない。人間みたいね、あなたって。私も楽しかったわ」


 少し年上のはずなのに、少女のように師匠は笑った。


 ――この人がいなければ、俺は森でのたれ死んでいたかもしれない。

 少なくとも、世界最強と言う目標を再び目指すなんてことは出来なかったのは間違いない。


 この人に会えてよかった。心からそう思う。


「世界を回って、世界一強くなって帰ってきます」


「世界一のラーメンも忘れないでね」


「もちろん、最高の食材探しも一緒にしてきます」


「私もそれまでに降魔四十八神掌を完成させて、パイロンを正しい国にしておく」


「それは契約に含まれてませんけど」


「約束よ、個人的な。あなたには関係ないかもしれないけど、私なりの決意表明」


 そう言って、握手を求めるように手を差し出してきた。


「強い力をどう使うか――なんて、偉そうに説教する気はない。けど、私は故国のためにこの力を使おうと思っている。一人前の強さを持った今こそ、あなたも少し考えてみて」


 俺は少し考えてしまった。

 ――ただ憧れていただけの力を手にした今、俺は何をするべきなのか。

 考えて――手を握り返せなかった。


「すいません。俺にはまだわからないです。握手は、また次の機会に」


 苦虫をつぶしながら言うと、師匠は宙ぶらりんになった手をひらひらさせて、慈しむような目で俺を見る。


「そうね。世界最強になる前でもいい。短期的な目標として――この庵の魔除けをレジスト出来るものを見つけて、一度遊びにいらっしゃい。その時に答えを聞かせてもらうわ」


「はい、その時までには、答えを用意しておきます」


 決意を固めて俺が言うと、師匠は頷いて、


「それじゃあ今日は早く休みなさい。マリア――備蓄を届けにくる子、かなり朝早くに来るから」

 

 と言い残し、また気配と姿を消してしまった。


 俺は洗い物をしながら、世界を回ってすることを考えた。

 まずは世界最強になる。技を磨き、ステータスを上げる。

 そしてラーメンの食材探し。様々なダシ、上質な小麦粉、具材などなど、集めるものは沢山ある。

 そう言えば、この庵は人里から離れているからそんな気はしないが、この世界の人間は今魔王の脅威にさらされているんだったか。それも気になるところだ。


 洗い物を終え、氷のベッドにごろりと横になる。

 今ではもうほとんど氷の固さも冷たさを感じない。

 

「――世界最強か」


 今はまだ遠い目標だが、その時俺はどう考えて力を使っているのだろう。

読んでくださりありがとうございました。

またよろしくお願いします。

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